玉森裕太さんの熱愛相手は?彼女はいないのか結婚しているのか紹介
2024/01/12
himawari3232
奥真奈美さんは、デビュー後「伝説の美少女」、「歴代AKBナンバーワン美少女」などの異名を持ち、美貌に注目が集まりました。
その彫の深い顔、人形のような大きな瞳、スッと通った鼻筋、抜けるような色白の滑らかな肌は日本人離れしています。
それもそのはずで、奥真奈美さんの父親はイタリア人で母親は日本人なのです。つまりイタリアと日本のハーフということになります。
奥真奈美さんは、卒業した大学の学校名は明かしていませんが、商学部に進学したことは公表しています。
ネットでは、日本大学商学部ではないかという声が寄せられています。目撃情報が複数あるので、ある程度信頼できる情報なのではないでしょうか。
なお、大学では経済と簿記を専攻していました。
奥真奈美さんは、元AKB48のメンバーですが、脱退時期は2011年とかなり年月が経過していることから、当時の活動をご存知ない方もいるかもしれません。AKB48時代の経歴を振り返ってみましょう。
奥真奈美さんがAKB48に加入したのは2006年のこと。第二期AKB48追加メンバーオーディションが開催され、総応募数1万1892人という狭き門をくぐりぬけて最終審査に合格。ちなみに倍率は7000倍であったことが発表されています。
2006年4月1日にチームKとして、AKB48劇場の公演デビューを果たしました。
同期のメンバーには秋元才加さん、上村彩子さん、梅田彩佳さん、大島優子さん、宮澤佐江さん、河西智美さんといった初期のAKB48を支えたメンバーが加入。
なお、同期メンバーで最後まで残っていた梅田彩佳さん、小林香菜さん、宮澤佐江さんの3人が2016年3月31日をもって卒業したことで、同全員がAKB48グループの活動を終えています。
2007年7月にリリースしたシングル「BINGO!」で、最初で最後の選伐入りを果たしました。なお、この時の奥真奈美さんの年齢は11歳237日と当時の最年少記録を打ち立てています。
ちなみに、この記録は2008年に松井珠理奈さんが11歳228日で選抜入りして、最年少選伐入りの記録を破っています。
奥真奈美さんは、2009年4月下旬から7月までオスグッド・シュラッター病に罹患し、休演を余儀なくされた時期がありました。
オスグッド・シュラッター病というのは、ジャンプや屈伸をする動作をするスポーツをする中で、大きな衝撃が膝付近に生じ炎症が生じることが原因となります。
奥真奈美さんは、無理せず休演して症状が治まるのを待ち、後に問題なく復帰しています。その後チームBに異動しました。
2010年5月12日に「おぐまなみ」名義で、ソロCDデビューを果たしました。デビューシングルは「かたつむり」で、作詞を秋元康さん、作曲を青野ゆかりさんが担当。
楽曲はテレビアニメの「おじゃる丸」第13シリーズのエンディングテーマとして使われました。
なお、キャッチコピーは「世紀のスーパーアイドルおぐまなみデビュー!!」が設定されましたが、実はリリース当時は、奥真奈美さんであることが伏せられていたのです。
2010年8月にイベントでお披露目がされて、初めて奥真奈美さんであることが判明しました。
奥真奈美さんは2011年2月にAKB48の卒業を発表。同年4月8日の「チームB 5th Stageシアターの女神」が最後の公演となったのです。
6月19日の「桜の木になろう」劇場版握手会をもって奥真奈美さんはAKB48から完全に卒業しました。
奥真奈美さんのAKB48は、芸能界からの引退も伴っていたという噂がありますが本当でしょうか。また、AKB48卒業後に1度だけ復活した日のことについても紹介します。
奥真奈美さんは、2011年6月にAKB48から卒業するだけではなく、芸能活動も終了していました。
2016年4月1日にAKB48で開催されたのが「チームK2期生10周年記念特別公演」で、卒業生が舞台に登場しました。
その中には2011年6月以降、一般人として生活している奥真奈美さんの姿も。奥真奈美さんは、本編終盤でで私服姿で舞台に登場すると「草原の奇跡」を披露しました。
当時最年少で選伐入りした奥真奈美さんは、人気があったにも関わらずなぜ引退したのでしょうか。引退理由について調査しました。
奥真奈美さんの引退理由は、進学の準備および学業に専念するためでした。
当時、自身のブログでは、10歳の時からアイドルをしてきたことで、実は学校とアイドル業との両立ができていなかったことを明かしています。
また、奥真奈美さんはAKB48のメンバーから加入前にアルバイトをしていたという経験談を聞く中で、誰もが通るであろう当たり前の学生生活を送ってこなかったことに気が付いたそうです。
こういった背景からか奥真奈美さんは引退理由の1つに「普通の生活に戻りたい」と語っています。
奥真奈美さんは芸能界を引退して、念願の普通の学生生活を送るようになっても、グループの先輩にあたる篠田麻里子さんとの友情が続いています。
篠田麻里子さんのツイッターに度々登場してきました。引退中の奥真奈美さんは、自身の手で顔を隠している画像が多いようです。
また、篠田麻里子さんは奥真奈美さんのことを「おくたま」と呼んでいるようです。
奥真奈美さんは、芸能界に復帰しています。現在どのような活動を行っているのでしょうか。また、気になる芸能界に復帰した理由についても紹介します。
奥真奈美さんの芸能界復帰が報じられたのは、2018年3月のこと。この時点の奥真奈美さんは大学4年生で磨きのかかった美貌に注目が集まりました。
7年ぶりとなる復帰の初仕事は「KANSAI COLLECTION 2018S/S」の出演を皮切りにモデルとタレントとして活動するという内容を芸能事務所が発表。
復帰当日の奥真奈美さんに対する注目度は高く、ランウェイを終えると集まった取材陣の囲み取材にも応じていた様子が報じられています。
奥真奈美さんは、引退した時も、機会があればもう一度やりたいと考えていました。芸能界を去った後も交流を持っていたスタッフが、ずっと「戻ってきなよ」と言ってくれていたんだとか。
大学4年生になり、将来を決めるタイミングで「やるなら若いうちに。今しかない」と芸能界に復帰することを決意しました。
引退した時の奥真奈美さんの年齢は15歳。そして芸能界に復帰を発表した時の年齢は22歳でした。すっかり、成長して大人の美女になっています。
現在の奥真奈美さんは、モデルやタレントとして活動しています。公式サイトの活動内容には「サンデージャポン」に不定期出演していて、レギュラー番組は持っていないようです。
芸能界に復帰した奥真奈美さんが所属したのはフレイブエンターテイメントで、契約満了に伴い2020年1月31日で退所しています。
その次に所属したのはオスカープロモーションで、2022年7月19日に事務所がプレスリリースとして奥真奈美さんが所属タレントになったというプレスリリースがされました。
2022年以降はウォークゼロに所属しています。同じ事務所には森泉さん、外岡えりかさん、荒井レイラさんがいます。
奥真奈美さんは、2006年2月に開催されたAKB48の第二期追加オーディションに合格し、チームKのメンバーとして活動を開始。伝説の美少女と呼ばれ注目を集めました。
2007年7月にリリースされたシングル「BINGO!」で当時の最年少選伐入りを果たしました。2011年に進学と学業の専念と普通の生活に戻りたいとしてAKB48の卒業と芸能界引退。
2018年3月に芸能界に復帰しています。すっかり大人の女性となった奥真奈美さんは、現在タレントやモデルとして活動しています。
今は、レギュラー番組は持っていないようですが、さらに美貌に磨きがかかった奥真奈美さんの今後の活動が楽しみですね。
この記事に関する記事
キーワードから記事を探す
Copyright© 運営事務局