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    梅沢洋のトラック危険運転死傷事故とは?原因や勤務会社は?現在は?

    千葉県八街市で起きた『トラック危険運転死傷事故』を覚えているでしょうか。そこで今回は、梅沢洋の起こした『トラック危険運転死傷事故』の概要や原因について迫ってみたいと思います。また、犯人である梅沢洋の勤務していた会社や現在についてもお伝えします。

    トラック危険運転死傷事故の概要はどんなもの?

    最初に、『トラック危険運転死傷事故』の概要についてお伝えします。『トラック危険運転死傷事故』はどういった事故だったのでしょうか。

    千葉県八街(やちまた)市で発生

    『トラック危険運転死傷事故』は、2021年6月28日午後3時25分頃に発生しました。ちょうどその時間帯は、児童・生徒の下校時間と重なるかもしれません。事故が起きた場所は、千葉県八街(やちまた)市の市道12016号線です。

    トラックが小学生の列に突っ込んだ!

    事故の発生した八街市道12016号線は、八街市朝暘小学校の児童たちの通学路にもなっていました。事故当時、現場を朝暘小学校の児童5名が下校の途中でした。その児童たちの列に、犯人・梅沢洋の運転するトラックが突っ込んだのです。

    男児2名が亡くなった

    この事故によって、朝暘小学校の男子児童2名が幼い命を落としました。それだけでなく、女児1名が意識不明の重体となり、男児2名が重傷を負っています。女児1名と男児2名については命を落とすことはなかった模様です。

    トラック危険運転死傷事故はどんな原因?

    では、『トラック危険運転死傷事故』はなぜ起こってしまったのでしょうか。続いては、悲劇の原因について迫ってみたいと思います。

    犯人の梅沢洋は飲酒運転をしていた!

    『トラック危険運転死傷事故』を引き起こしたのは、千葉県八街市でトラック運転手を務めていた梅沢洋です。何と、『トラック危険運転死傷事故』の原因は梅沢洋の飲酒運転にありました。彼は飲酒運転をしていたために、運転が正常ではなかったのではないかと言われています。

    基準値を上回るアルコールが検出される

    梅沢洋は事故後にアルコール検査を受けています。彼の呼気からは、基準値を上回るアルコールが検出されました。なお、呼気1リットル中アルコール0.15ミリグラム以上0.25ミリグラム未満であれば、免許停止となるレベルです。

    正確な検出数値は明らかになっていないものの、免許停止となる程度のアルコールは検出されたと考えられるでしょう。

    過失運転致傷容疑で現行犯逮捕

    梅沢洋は、自動車運転死傷処罰法違(過失運転致傷)の容疑において現行犯逮捕されました。そして法定刑がより重い自動車運転死傷処罰法違の、『危険運転致死傷容疑』に切り替えられ、千葉地検に送検されています。

    『危険運転致死傷容疑』に切り替えられたのは、酒の影響により正常な運転が不可能な状態で事故を起こした可能性があるからというのが理由です。

    家で飲むために酒を買っていた

    梅沢洋は、家で飲むためにコンビニで酒を購入していたといいます。寝る前の”晩酌”のために買っていたのかもしれません。しかし、高速道路のパーキングエリアで昼食を食べていた時に、つい飲みたくなり飲んでしまったというのです。そして、酒を飲んだ状態でトラックを運転し事故を起こしてしまいました。

    梅沢洋が勤務していた会社はどこ?

    梅沢洋が勤務していた会社は公に判明しています。では、梅沢洋が勤務していたのはどこの会社だったのでしょうか。ここで、梅沢洋の勤務先について迫ってみましょう。

    南武運送株式会社に勤務

    梅沢洋が事件当時に勤務していたのは、南武株式会社の子会社である南武運送株式会社です。南部運送株式会社と間違われるとの情報もありますが、南部運送株式会社というのは間違いです。なお、梅沢洋が事故を起こした場所は、南武運送株式会社から1分という距離にあるといいます。

     

    梅沢洋は2005年から南武運送株式会社に勤務しており、事件を起こすまで就職してから16年ほどが経過していました。

    週6で勤務していた!

    南武運送株式会社では、”早起きと安全運転が趣味のプロフェッショナル集団”と謳っていました。また、定休日を覗き週6日勤務だったといいます。また求人にも”年間休日68日”と書かれており、休日は週に1日しかありませんでした。

    社長によると、梅沢洋は真面目であり事故のあった日も”元気よく(会社を)出ていった”と話していました。

    白ナンバーのトラックだった

    一般的に業務用として用いられるのは、緑色ナンバーのトラックです。しかし、梅沢洋が事故を起こしたトラックは白ナンバーのプレートが付いていました。白ナンバーだと、業鵜養ではなく”自家用”として扱われるのです。梅沢洋は、自家用とされる白ナンバートラックでジオを起こしたのでした。

    アルコール検査をしていなかった

    梅沢洋は、普段から酒臭い匂いがしていたとされています。また、週末になると酒を大量に買い込みトラックに積んでいたのだという話もあります。そして、白ナンバーではアルコール検査が義務となっていません。南武運送株式会社では、飲酒運転を黙認していた気配もあるといいます。

    梅沢洋は現在何をしているの?

    次に、梅沢洋の現在について迫ってみたいと思います。梅沢洋は現在どうしているのでしょうか。勤めていた会社の現在についても触れてみましょう。

    裁判で懲役14年が言い渡される

    2022年3月2日に、梅沢洋の第5回公判が行われました。その際に、亡くなった朝暘小学校の児童の父親は、「酒飲んで運転して、突っ込んだことを絶対に許せない」「俺たちの前から消えてくれ」と述べています。そして、出所後には月命日に児童の好きだったコーラとソーダを供えて欲しいと要求しました。

     

    そして2022年3月25日に、梅沢洋に対して懲役14年の実刑判決が言い渡されました。この裁判で、裁判長は『飲酒運転の危険性を顧みない態度は最悪』と述べています。また梅沢洋は、裁判の中で『週に2回から3回程度』と業務中の飲酒を認めていました。

     

    求刑は懲役15年でしたが、1年の減刑となっています。梅沢洋の弁護側が最終弁論において、梅沢洋が起訴内容を認め反省しているとしていました。そして被害弁償が見込まれる点も含め、情状酌量を求めていました。これが認められ、減刑になった可能性もあります。

     

     

     

    刑が確定した

    2022年4月11日までに、梅沢洋に言い渡されていた懲役14年の刑が確定しています。これで、彼は14年間刑務所において服役することが決まったのです。

    控訴はしなかった

    梅沢洋側は、控訴をしませんでした。そのため、2022年5月現在は既に収監され服役しているものと考えられます。彼が出所するのは2036年以降となり、その頃には75歳ほどとなっているでしょう。

    会社のホームページがリニューアル

    では、梅沢洋が勤務していた南武運送株式会社はどうなったのでしょうか。南武運送株式会社は、現在も通常通りに営業をしている模様です。事故後の南武運送株式会社のホームページは、謝罪文のみが掲載されていたとされています。

    2022年3月25日に南武運送株式会社代表のコメントが掲載されたのです。また2022年4月22日にホームページはリニューアルされており、現在は全体的に閲覧可能となっています。

    梅沢洋には家族がいる?

    梅沢洋の家族についても気になるところかもしれません。ここで、梅沢洋の家族をご紹介します。彼にはどういった家族がいるのでしょうか。

    結婚をしていて嫁や子供がいる

    梅沢洋は結婚をしており子供もいます。彼の妻は、体調を悪くしているという噂もあります。ただ、妻子についてはそれ以上の詳細な情報はありません。事故が影響してなのか、既に妻とは離婚をしているとの噂はあるでしょう。

    母親は雑貨店を経営

    梅沢洋の母親は既に80代となっており、健在で夫と共に雑貨店を営んでいます。その雑貨店は、朝暘小学校の児童たちからも親しまれてきた店舗だといいます。母親は、児童たちの成長を見守ってきたのかもしれません。

    父親は取材に答えていた

    梅沢洋の父親も、既に80代から90代となっていることが考えられます。その父親は、日本テレビの取材を受けたことがありました。父親は、息子である梅沢洋の飲酒について「飲む時は飲んでいただろう」と語っています。そして続けて、「そんなに深酔いしたのは見たことない」とも言っていました。

    なお父親は薬剤師だといい、薬局を経営しています。雑貨屋は、その隣にある模様です。

    梅沢洋の自宅

    梅沢洋の自宅は、さすがに住所までは判明していない模様です。しかし、事故現場の直ぐ近くであることや、朝暘小学校からも近いと考えられることは分かっています。そして、自宅は実家である雑貨屋と同じ敷地内にあるとされています。また、自宅への家宅捜索の模様がテレビでも放送されました。

    梅沢洋はどんな学歴?

    ここで、梅沢洋の学歴について迫ってみたいと思います。梅沢洋はどこの学校に通っていたのでしょうか。彼の学生時代について遡ってみましょう。

    朝暘小学校の卒業生だった!

    梅沢洋は、事故で死傷させた児童たちが通っていた朝暘小学校の卒業生です。彼は、自身の後輩たちを死傷させてしまったのです。

    高校では吹奏楽部所属

    梅沢洋については、中学校時代の情報はあまりありません。そして、高校では吹奏楽部に所属していたことが分かっています。吹奏楽部では、トランペットを担当していました。運動は得意ではなかったのだといいます。

    自動車関連の専門学校へ

    梅沢洋は、子供の頃から車が好きだったといいます。それもあってなのか、18歳になりすぐに自動車の運転免許をしました。そして、高校を卒業した後には1年間アルバイトをしてお金を貯めています。そのお金で、彼は自動車関連の専門学校に通ったのです。

    どこの専門学校に通ったのかは不明ですが、母親は息子が自動車整備等を学んだと話しているといいます。

    梅沢洋の生い立ちはどうだった?

    ここで、梅沢洋の生い立ちについて迫ってみたいと思います。梅沢洋はどの様な生い立ちで育ったのでしょうか。彼の子供時代についてお伝えします。

    事故現場近くで生まれ育つ

    梅沢洋は、千葉県八街市の事件現場の近くで生まれ育ちました。成人した後も、彼はこの地から離れたことはなかったといいます。

    反抗期がなかった?

    梅沢洋には反抗期はなく、素直な子供だったと母親が語っています。彼は、手のかからない子供だったと振り返っているのです。梅沢洋は、親の言うことにも逆らわなかったでしょう。

    梅沢洋はガソリンスタンドを経営していた?

    梅沢洋は過去にガソリンスタンドを経営していたという話があります。彼は本当に、ガソリンスタンドを経営していたのでしょうか。

    夫婦で経営をしていた

    梅沢洋は、妻と共に夫婦でガソリンスタンドを経営していたことが分かっています。ガソリンスタンドに”勤務していた”という話もある模様ですが、梅沢洋自身が社長となり経営をしていたという情報が正しいでしょう。ガソリンスタンドがあった場所は、朝暘小学校の前だったといいます。

     

    なお、ガソリンスタンドの店名は、『梅澤商事株式会社(ENEOS 梅澤商事 八街神田SS)』であることが判明しています。

    ガソリンスタンドは廃業

    ガソリンスタンドの周辺は農家が多いということもあり、トラクターに燃料を入れに訪れる人も多かった模様だという証言もあります。しかし経営していたガソリンスタンドは、2005年に廃業してしまいました。現在はガソリンスタンドの施設は撤去されています。

    しかし、ガソリンスタンドがあった名残は現地に存在しています。

    ガソリンスタンドの廃業後

    ガソリンスタンドを廃業することになり、妻とも離婚したのではないかという推測があります。またガソリンスタンドが廃業した後の梅沢洋は、南武運送株式会社に入社しました。彼が南武運送株式会社で働くことができたのは、同社がガソリンスタンドの顧客だったことが縁だったとされています。

    なお、妻もガソリンスタンドで南武運送株式会社のドライバーの相手をしてきたことが考えられるでしょう。そのため、当時から南武運送株式会社のドライバーが飲酒運転をしていることに、妻も気付いていた可能性もないとは言い切れません。

    梅沢洋のSNSはあるの?

    事件の時点で60歳となっていた梅沢洋ですが、SNSはやっていたのでしょうか。最後に、梅沢洋のFacebook等のSNSについて迫ってみたいと思います。

    Facebookアカウントはない

    Facebookにおいて梅沢洋のアカウントを探ってみても、彼のものと見られるアカウントは発見できません。なお、時期を置いて再度検索をしてみると、”梅沢洋”というアカウントが見つかっています。そのアカウントの勤務先が『南武運送株式会社』とされるため、一見すると梅沢洋のものと考えられるでしょう。

    しかしこのアカウントは、梅沢洋が逮捕される前には存在していません。よって、なりすましである可能性が高いです。

    ツイッターもやっていない?

    では、ツイッターの場合はどうなっているのでしょうか。ツイッターでは『梅沢洋』という名前のアカウントが2件存在します。しかし、トラック危険運転死傷事故の犯人である梅沢洋との関係性は不明です。なお、1つのアカウントは2014年に開設されていますが、使用されていない模様です。

    梅沢洋は飲酒運転でトラックを児童の列に突っ込ませた!

    南武運送株式会社のトラック運転手だった梅沢洋は、飲酒した状態によりトラックを運転し事故を起こしました。自身の母校でもある小学校の児童たちの列に突っ込み、児童たちを死傷させたのです。飲酒運転は常態化しており、同社では毎日のアルコールチェックを行っていなかったといいます。

    トラック運転手が勤務中に飲酒をするなど言語道断であり、アルコールチェックが徹底されていなかったこともあり得ないことかもしれません。この様な事故が2度と起こらないように、会社側もドライバーも気を引き締めて欲しいものです。

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