木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
まずは、カラーギャングがどういったものなのかについて、ご説明します。カラーギャングとは一体何なのでしょうか。
カラーギャングは、アメリカのストリートギャングを真似ている点が特徴です。そして、ヒップホップ文化に色濃く影響されているとされています。
カラーギャングは”ギャング”であることから、犯罪も犯すことのある集団です。そうしたこともあり、彼らは武器も用意しています。カラーギャングは、エアーソフトガンや木刀、スタンガン、金属バットなどを所持し、武装しているのです。
カラーギャングとアメリカのギャングは、格差についての違いがあります。アメリカのギャングは、根底に”貧困”が存在している点が特徴です。ここが、日本のカラーギャングと異なるポイントです。日本のカラーギャングは、貧しい人たちから成っているわけではありません。
しかし、アメリカでギャングになる人々は貧困に悩む若者が多くなっています。そうしたことから、”逞しさ”が異なるでしょう。
続いては、カラーギャングの由来について迫ってみたいと思います。”カラーギャング”と呼ばれる理由などはどうなっているのでしょうか。
カラーギャングが”カラー”と呼ばれている理由は、各チームが色分けされている点にあります。それぞれのチームにより、シンボルカラーが決まっているのです。青をチームカラーとしているチームがあれば、赤がチームカラーのチームもあるということです。
チームメンバーは、着用するバンダナあるいはジャンパー、Tシャツなどがチームカラーにマッチするものが選ばれています。
カラーギャングの発祥地は、2つが挙げられます。1つは『池袋ウエストゲートパーク』も有名になった、東京の池袋です。そして2つ目としては埼玉県大宮市です。大宮市にも、カラーギャングが存在していたということになります。
”鬼丸”という俳優がいました。日本初のカラーギャングは、この鬼丸が作ったとされます。彼は過去に伝説の不良と言われていました。暴走族『関東武蔵連合・大宮緋龍会』に所属していたこともあったといいます。一度はダークな世界から足を洗ったものの、カラーギャングのチームを設立したのです。
その後は、俳優に転身し活動をしていました。 なお鬼丸は、2019年に心筋梗塞により亡くなりました。
カラーギャングは犯罪行為も行っていたといいますが、事件は起こしているのでしょうか。ここで、カラーギャングが起こした事件についてお伝えします。
カラーギャングは、『千葉女子高生拉致殺害事件』を起こしています。この事件は、2004年12月に千葉県茂原市で発生しました。12月22日の午後4時半頃に、当時高校2年生だった女子生徒が、カラーギャングにJR茂原駅前で軽自動車で連れ去られました。
そして、同日の午後6時半頃に東金市にある廃屋において、女子高生を絞殺し敷地内に遺棄したのです。女子高生の遺体は、23日の午前0時過ぎに発見されています。
また2012年9月には、埼玉県内において集団リンチ事件を起こしています。この事件が発生したのは、さいたま市を拠点とする『黒ギャング』チームと、桶川市を拠点としている『青ギャング』チームの対立が原因とされるでしょう。
2016年8月に、東松山都幾川河川敷少年殺人事件が発生しました。この事件は、埼玉県東松山市を拠点とするカラーギャングの『パズル』が、メンバーの知人だった少年をリンチした挙げ句に殺害したというものでした。
日本もしくは世界的に有名になっている、カラーギャングがいるのでしょうか。続いては、知名度のあるカラーギャングについて探ってみたいと思います。
最初にご紹介するのは、上記のリンチ殺人事件も起こしている”パズル”というチームです。拠点は埼玉県東松山市にあります。パズルのチームカラーは赤であり、メンバーたちは赤色のものを身に付けていたでしょう。リンチ殺人事件だけでなく、様々に事件を起こし警察沙汰にもなっています。
なおパズルのメンバーは15歳から18歳の少年であり、30人弱が在籍していました。またパズルのリーダーは総合格闘技の経験者でもありました。主として東武東上線の東松山駅や高坂駅前にたむろしており、毎週土曜の午後9時から集会が行われていたといいます。
続いての”ゼロス”は、埼玉県草加市が拠点となっている無国籍カラーギャングです。黒をチームカラーとしていて、10か国以上の人間が集まっていました。メンバーが外国人ということもあり、いじめあるいは差別を受けていた者たちが多数在籍していたといいます。
幹部も外国人であり、近隣の暴走族との争いも絶えなかったでしょう。メンバーの1人が人気番組に出演したことにより、ゼロスは知名度が上がりました。
カラーギャングとは、日本の不良集団のことを指します。アメリカなどにもストリートギャングがいますが、”カラーギャング”と呼ばれる世界的な集団はないと考えられます。海外にあるカラーギャングの情報は見受けられません。
かつては数々あったカラーギャングですが、現在はどうなっているのでしょうか。続いては、カラーギャングの現在についてお伝えします。
池袋においては、メンバーの数も激減しました。それもあり、活動は行っていないのではないかと言われています。とはいえ、水面下では少人数で活動をしている可能性もあります。
1990年代の渋谷は、カラーギャングなどがたむろしていました。治安も良くはなかったのです。ただ、現在では渋谷の治安も良くなったとされています。過去にはカラーギャングが派生するきっかけの集団であるチーマーが、渋谷センター街を深夜に占拠するなどしていたでしょう。
埼玉でも、カラーギャングのチーム数が多数あり大きな紛争が起きてきました。チームとしてはブルーやブラックが有名となっています。しかし、埼玉のカラーギャングの組織は見かけなくなりました。多くあった組織も、いつの間にかなくなったと考えられるでしょう。
大阪のカラーギャングも既に解散している可能性があります。ただ、他の組織に入り、非合法な活動をしているメンバーもいることは考えられます。
2017年11月に、福岡を拠点としていた”護国一家”という組織が解散しました。元メンバーの13人が解散を宣言したのです。そして彼らは、地域貢献活動として舞鶴地区に描かれた落書を消す作業を行ったといいます。護国一家が解散したのは、集会がされなくなってきたことが挙げられています。
また、ライバルのチームも解散したことも理由の1つとなった模様です。
現在ではチームも数が減り廃れてきた印象のカラーギャング。では、カラーギャングはなぜ廃れてしまったのでしょうか。最後に、カラーギャングが廃れた理由についてお伝えします。
カラーギャングが廃れた理由は、不良に憧れる若者があまりいなくなったことが影響しているでしょう。以前とは時代が変わってきたということかもしれません。
カラーギャングが廃れたのは、狂暴すぎる点も理由です。有名なカラーギャングのチームは、容易に人を刺すことや殺人等の犯罪を犯しています。そうしたことから、幹部たちは刑務所や少年院に送られました。その影響から、チームの運営に支障をきたすようになり解散していったこともあります。
カラーギャングとは、不良少年の集まりです。アメリカのストリートギャングを真似て作られた組織でもありました。そして、武装をしており犯罪にも手を染めている点も特徴です。それぞれのチームでカラーが決められていたことから、”カラーギャング”と呼ばれています。
有名なチームもあり、カラーギャングが起こした事件は幾つもありました。しかし、不良に憧れる若者が減ったことや、狂暴すぎる点から幹部らが逮捕され運営ができなくなっていきました。そして現在は、カラーギャングも廃れてしまっているでしょう。こうした組織が、今後は出てこないことが望ましいです。
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カラーギャングは、端的に言うと不良の集団です。チーマーブームが終焉を迎えた1990年代後半頃より日本で流行するようになりました。なおチーマーとは、集団になって街で強姦、窃盗等を行う反社会的集団を指します。
若者やその集団が、自らを”チーム”と呼んでいたことから、”チーマー”と呼ばれるようになりました。