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    東尋坊事件の詳細内容とは?被害者や犯人は少年?犯行動機や現在(2022)は?

    2019年に福井県で起きた「東尋坊事件」。この事件は当時20歳の男性が複数の少年らによって殺害された事件です。少年らの実名や顔は公表されている?被害者の男性と主犯格の少年は知り合いだった?事件の内容や判決・犯人らの現在(2022)について紹介します。

    東尋坊事件とは?

    2019年に起きた東尋坊事件を皆さんは覚えていらっしゃるでしょうか。当時20歳の男性が複数の少年らによって殺害された事件ですが、この事件はむごいとしか言いようのない集団リンチ殺人事件でした。

     

    詳しく事件を振り返っていきたいと思いますので、最後までお付き合いくださいね。

    2019年に福井県で起きた事件

    この事件は2019年10月19日に福井県の東尋坊で起きました。

     

    「東尋坊」は、越前加賀海岸国定公園にある国の天然記念物で、巨大な柱状の岩(柱状節理)が約1kmにわたり海岸線に広がる豪快な景観で、観光名所となっている場所です。また、自殺の名所としても知られている場所です。

     

    2時間ドラマのサスペンスなどで、犯人が追い込まれてたどり着く場所としても有名です。

     

    この場所で、滋賀県東近江市在住の当時20歳っだった嶋田友輝さんは、複数の少年らに暴行されたのち、崖から飛び降りることを強要され、崖から飛び降り、殺害されました。

     

    崖下で浮いているのが発見されて、殺人事件が発覚しました。

    暴行した後に殺害

    犯人の少年ら7名が被害者の嶋田友輝さんを数日間にわたって暴行したあとで、東尋坊まで連れていきました。

     

    そして、自殺を装って殺害しようともくろみ、約20メートルの高さの崖の端に嶋田友輝さんを追い詰めて取り囲み、「お前は死ぬしかない」「早く飛び降りろ」などと言って、崖から海へ飛び降りることを強要しました。

     

    そして、被害者は飛び降り、生きたまま、およそ20メートルの崖から転落して、岩に頭を強く打ちつけて、脳挫滅で亡くなりました。

    wikipediaは存在しない

    このような事件はWikipediaで、ページが作成されていますが、東尋坊事件については存在していません。

     

    しかし、色々なニュースサイトで事件の概要を知ることができるます。

    犯人は全員少年だったのか?

    この事件が、大々的に報道された理由の一つとして、実行犯のほとんどが未成年だったということです。詳しくご紹介します。

    実行犯のうち6人は少年だった

    実行犯のうち6人は少年で1人が成人でした。少年たちの年齢は17~19歳でした。

    少年らの実名や顔は公表されていない

    未成年だった少年らは、少年法のもと実名や顔は公表されていません。少年法とは「20歳に満たない者(少年)」の矯正を目的に施行されている法律です。

     

    事件当時の少年たちの職業は、

    • 少年A(当時19歳・とび職)
    • 少年B(当時19歳・無職) 
    • 少年C(当時19歳・アルバイト) 
    • 少年D(当時17歳・とび職)
    • 少年E(当時17歳・通信制高校生)
    • 少年F(当時17歳・通信制高校生)

    とされています。

     

     

    成人の犯人は上田徳人

    唯一の成人の犯人・上田徳人については実名が公表されています。

     

    上田徳人は、事件当時39歳で、滋賀県長浜市神照町に住んでいる、職業はとび職でした。SNSなどでは顔画像などは出回っていませんでした。

     

    上田徳人は以前から主犯格の少年Aと知り合いだったとされています。一人だけ随分年齢が離れており、事件当初は上田徳人が主犯格で少年たちを使って暴行を行っていたのではないかとも見られていました。

    主犯格は19歳少年

    この事件が発覚当初、成人の上田徳人が主犯格と思われていましたが、その後、捜査が進むと、実際は19歳の少年が主犯格だったことが判明しました。

    犯行の動機や事件の詳しい内容

    続いては、この事件が凶悪犯罪と言われる事件の内容について、詳しくご紹介していきます。

    リンチの内容がひどすぎる

    10月8日、主犯格の少年Aが被害者の嶋田友輝さんに対して”スパーリング”と称して暴行を始めた。暴行は断続的に27時間にも及び、被害者に骨折や全身挫傷などの重傷を負わせています。

     

    10月10日午後1時頃~12日午前3時頃までの間も、主犯格の少年Aを中心として、暴行をくり返しました。

     

    一旦は、暴行が止まったのですが、10月16日午後10時45分頃、嶋田友輝さんは、(詳しくは後述します)トラブルになっていた暴力団関係者との電話で、主犯格の少年Aの居場所を教えてしまいます。これが東尋坊事件が起こる大きな原因となります。

     

    激怒した主犯格の少年Aは、共犯の少年たちと一緒に、被害者に対する集団リンチを再開したのです。

     

    10月16日から彦根市で嶋田さんを暴行し、乗用車のトランクに監禁します。17~18日は少年ら6人と共謀し、

    • 路上に横たわらせ嶋田友輝さんの足を車でひく
    • 火のついたたばこを鼻の穴に押し込む
    • ハンマーを口の中に入れて歯を折る
    • 喉仏が折れるまで首を絞める
    • 顔や背中を木製バットやフライパン、ハンガーなどで殴打

    など、思いつくであろうありとあらゆる、様々なリンチを行っていました。

    被害者の体は傷とやけどだらけだった

    長期にわたり暴行を受け続けていた嶋田友輝さんの遺体は、傷ややけどだらけだったと言われています。

     

    主犯格の少年Aは、共犯の少年たち以外にも、知人を呼びましたが、その事が少年たちの暴行が表に出るきっかけになります。

     

    暴行のひどさを見かねた知人が警察に通報したのです。10月18日午前3時頃、警察が主犯格の少年Aのもとにやってきます。

     

    その頃には嶋田友輝さんの顔は、原型を留めていないほどの状態だったそうですが、被害者は車に乗せられていた為、発見される事は無かったそうです。

    車のトランクに入れられて移動

    警察が来たことに焦った犯人たちはこれからどうするかを嶋田友輝さん、本人の目の前で話し合います。

     

    その内容は、嶋田友輝さんを「働かせて金づるにする」か、「殺すか」という内容でした。

     

    結局、答えが出ないまま、暴行のあと、嶋田友輝さんを車のトランクに入れ、暴行現場のから100キロ離れた東尋坊まで移動します。東尋坊に移動すると決まった時点で、嶋田友輝さんを自殺に見せて殺害する事を決めていたのでしょう。

     

    移動中の車内で主犯格の少年Aは嶋田友輝さんに対して分で落ちろよ、あと1時間の命やしな」などと言っていたそうです。

     

    到着すると被害者を車から降ろし、「はよ歩けや」など言いながら崖の上まで移動させます。そして、崖の上に被害者を立たせ、「はよ落ちろや」などと飛び降りるように追い詰めたのだそうです。

     

    長時間の暴行で、体も精神状態も限界だった被害者には、抵抗する気力もまったく残っていなかったと考えられます。被害者は、そのまま崖から身を投げました。

    被害者は、崖下で頭を強く打ち、死因は脳挫滅でした。

     

    すぐに逮捕

    嶋田友輝さんを東尋坊の崖から飛び降りさせると、少年らは滋賀県に戻りました。

     

    一方警察は、17日深夜に彼らの知人が通報して以降、捜査を続けており、午後10時30分頃、多賀サービスエリアに居る所を発見しました。

     

    そして、事情聴取のあと、翌10月19日には、少年6人(A、B、C、D、E、F)と上田徳人は監禁容疑で逮捕されています。

    動機は少年の恨み

    嶋田友輝さんがどうして暴行され殺害されたのか。

     

    動機として挙げられている事は、主犯格の少年Aがブラジル人に暴行された際に、嶋田友輝さんが助けなった事があり、これに対して主犯格の少年Aはわだかまりをもっていました。

     

    その後、2019年10月上旬頃に東近江市のコンビニの前で、嶋田友輝さんが暴力団関係者とトラブルになり、主犯格の少年Aも巻き込まれたとしてさらに恨みをつのらせた事などが犯行動機のようです。

     

    驚くべきことに、被害者に対して恨みを抱いていたのは主犯格の少年だけで、その他の犯人たちは直接は何も関係なかったというのです。

    被害者は当時20歳の嶋田友輝さん

    続いては、被害者となった嶋田友輝さんについて、ご紹介していきます。どういった経緯で、主犯格の少年Aたちと知り合ったのでしょうか。

    母子家庭で育つ

    被害者の母親は事件から15年ほど前に離婚しており、嶋田さんと兄を母親がひきとっています。

     

    離婚してすぐの頃は、母子手当や、生活保護も受けながらだったそうですが、母親は介護の仕事をしながら、女手一つで子供を育てていたようです。

     

    お兄さんはまじめだったと嶋田友輝さん家族を知る人は話していて、嶋田友輝さんに関しては少しやんちゃだったと明かしています。

    高校を2年で中退

    嶋田友輝さんは、高校を2年で中退しています。中退後は、母親の影響で介護の仕事や建設の仕事などをしていたとされています。

     

    やんちゃだったとの証言もある嶋田友輝さんですが、悪評ともいえる声はあがっていないようです。

    主犯格の少年とは知り合いだった

    事件1か月ほど前に主犯格の少年の家に居候していた嶋田友輝さんですが、2019年9月中頃に主犯格の少年Aと知り合っていました。同じ建設現場で働いていたという話があります。

     

    東尋坊殺人事件の約1ヶ月前には、家族から嶋田友輝さんの行方不明届が警察に出されいたようです。

     

    先ほども述べたように、主犯格の少年Aが嶋田友輝さんに恨みを抱くきっかけともなった、嶋田友輝さんが男性複数人に喧嘩を売り、逆に暴行を受けて警察沙汰になった際に家族に連絡をするように促されていたとの情報もあります。

     

    暴力団とのトラブルになるなど、嶋田友輝さん自身に以前から問題があったのではとも言われています。

    判決や犯人らの現在(2022)

    続いては、東尋坊事件という凶悪事件を引き起こした少年たちにはどんな判決が下ったのか詳しくご紹介していきます。

    犯人らの当時の職業

    成人の犯人の職業はとび職で、6人の少年らは高校生が2人、残りは無職やとび職でした。

     

    そして、驚くことに、少年Eと少年F、そして唯一の成人だった上田徳人は、主犯格の少年Aとは以前からの知り合いでしたが、残りの3人に関しては、事件が起こった数週間前に知人を通じて知り合っていたのです。

     

    「濃密な人間関係がないからこそ、ノリでその場が盛り上がる道具として暴力が用いられた。」と専門家は可能性を指摘しています。

    主犯格には懲役19年の判決が下る

    2021年7月、殺人と監禁などの罪に問われた主犯格の少年Aの裁判員裁判の判決が、大津地裁であり、裁判長は、求刑通り懲役19年を言い渡しました。

     

    被告人質問で、主犯格の少年Aは「今回の事件では、自分に一番責任がある」と証言しています。

     

    また、嶋田友輝さんと直接関係が無かった他の少年たちがなぜ、共に暴行に加わったのかについては「けんかの強さによる力関係があり、格闘技経験がある自分の意見は通りやすかった」と述べています。

     

    そして、「東尋坊に行くことを決めたのは自分である。殺害することや、暴力を止められたのも自分だと思う」などと証言しています。

     

    しかし、一方で、「対等な立場で事件を起こした」とも述べ、主犯格の少年Aの指示によらず共犯の少年らが自らの意思で暴行などをしたと主張しました。

     

     

    他の実行犯には懲役5~15年の判決

    他の実行犯には懲役5~15年の不定期刑の実刑判決が下されています。不定期刑とは、刑期を裁判所で確定せず、受刑者の収容施設での経過・実績により事後に刑期が決定されるものです。

     

    • 少年B(当時19歳・無職)    懲役5年~10年
    • 少年C(当時19歳・アルバイト) 懲役10年~15年
    • 少年D(当時17歳・とび職)   役5年~9年6か月
    • 少年E(当時17歳・通信制高校生)懲役6年~12年
    • 少年F(当時17歳・通信制高校生)懲役5年~9年6か月

     

    成人の上田徳人は、初公判で、殺人と傷害の罪について「関与していない」と起訴内容を否認し「東尋坊の駐車場で待機し、飛び降りの現場には立ち会っていない。極めて従属的な役割でしかない」と主張していました。

     

    求刑公判では、「けがを伴う暴行には加わっておらず、元少年らに言われるまま東尋坊まで車を運転したに過ぎない」と主張していましたが、裁判官は「元少年らが嶋田さんを死に追い込んでいく状況を認識しながら東尋坊まで連行した」とし、いずれの罪も成立すると指摘し、懲役10年の判決を下しました。

     

    しかし、上田徳人側はこれを不服として現在控訴しています。

    東尋坊事件は、リンチ殺人の凶悪事件

    2019年に福井県で起きた「東尋坊事件」について、詳しくご紹介してきました。

     

    当時20歳だった、嶋田友輝さんが、複数の少年らによって長期間にわたって暴行されたのちに、東尋坊より飛び降りを強要され、殺害された事件です。

     

    犯行に及んだ少年たちは、知り合って間もない間柄で、被害者の嶋田友輝さんと直接かかわりがあったのは主犯格の少年Aだけでした。

     

    少年らは、競うように暴力をふるっていたのであろうことが想像できます。残虐な暴行の内容がそれを証明しています。

     

    元少年らの実名や顔は公表されておらず、主犯格の少年Aにはと懲役19年、その他の少年らには不定期刑の実刑判決が下されています。

     

    唯一、成人していた上田徳人だけは、「けがを伴う暴行には加わっておらず、元少年らに言われるまま東尋坊まで車を運転したに過ぎない」と主張し、懲役10年の判決を不服として現在控訴しています。

     

    このような残虐、凶悪な事件が二度と起きてはなりませんね。被害者の嶋田友輝さんのご冥福をお祈りいたします。

     

    最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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