木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
最初に、スーパーフリー事件がどういったものだったのかについてご紹介します。スーパーフリー事件とは、一体どの様な事件だったのでしょうか。逮捕された犯人についても見てみましょう。
スーパーフリーは、早稲田大学のイベントサークルです。このスーパーフリーは、六本木のクラブで定期的にイベントを開催していました。勧誘されイベントに訪れた女性たちに強いお酒を飲ませ、泥酔させた後で輪姦していたのです。
スーパーフリーでは、”スペシャルサワー”という酒が存在し、これにより女性たちを酔わせていました。犯人たちは、スピリタス(世界一アルコール度数が高いとされる)でサワーを作り、女性たちに飲ませてたとされています。そうして早く酔い潰させて、犯行を行いやすくさせていたのでした。
犯人たちの間では、このサワーを”スーパーヤリヤリサワー”と呼んでいたといいます。
スーパーフリーが起こした事件では、3つの事案が立件されています。1つ目の事案は、2001年にスーパーフリーの代表を務める和田真一郎の自宅で、鍋パーティーを開いた際に起こした強姦事件です。当時19歳だった女性を酔い潰させた上で、強姦をしました。
なお、和田真一郎の自宅において起こした事案で、立件されているのはこれのみとなります。
2つ目の立件された事案は、 2003年4月27日に東京都港区六本木ロアビル12階にある、居酒屋においての二次会で発生しています。18歳だった女子大生を泥酔させて、人通りのない11階のクリニックの入口にあった玄関マットに寝かせ1時間半にわたり強姦しました。それは、1人に対し13人によって行われたのです。
2003年5月には、二次会で20歳の女性が酔い潰されて5人に輪姦されています。上記と同様の六本木の居酒屋で泥酔させられた挙句に、同じ手口(クリニック入口の玄関マットに寝かされ)で強姦されているのです。この事例が、立件されている3つ目の事案でした。
上記3つの事案の被害者が、警察に被害届を提出しました。それだけでなく、他の被害女性たちも被害届を出したのです。それだけ多くの被害があったのかもしれません。これにより、スーパーフリーの代表である和田真一郎やメンバー計14名が逮捕されました。
スーパーフリーが絡む事件の被害者が、多数に及ぶとされています。彼らの強姦被害に遭った女性は、実は400名以上いるのではないかと言われているのです。スーパーフリーでは、立件される以前から強姦が行われていました。それは、常態化していたのかもしれません。
この被害に遭った女性は、9割ほどが声を上げられず泣き寝入りしたとの話もあります。また、自殺した女性もいるといいます。
スーパーフリー事件では、フリーアナウンサーの本田朋子(元フジテレビアナウンサー)が関与しているという噂があります。彼女は”見張り役”を担っていたとする話もあるでしょう。しかしこの噂は事実無根であり、真実ではありません。
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スーパーフリーの代表であった和田真一郎は、現在どうしているのでしょうか。続いては、和田真一郎の現在について迫ってみたいと思います。
スーパーフリー事件の主犯であった和田真一郎には、懲役14年の判決が言い渡されました。そして彼は、千葉刑務所に収監されていたのです。そこで和田真一郎は、印刷工場で7年働き”炊場(受刑者の食事を作る部署)”に5年間配属されていました。
和田真一郎は既に出所しています。彼は、2018年頃に千葉刑務所での刑期を終え出所したのです。和田真一郎の出所後の話によると、彼が出所後に初めて食べたのはステーキだったといいます。そして”この世のものとは思えないほど美味”だったと答えていました。
和田真一郎という名前は全国的にも報道され、知れ渡っているでしょう。それもあってなのか、和田真一郎は”和田耀平”に改名をしたとされます。そして、服役中の縁もあり大阪に移住し仕事をしていると言う話もあります。
2019年に、和田真一郎はスーパーフリー事件についてデイリー新潮の取材を受けています。この際の彼の受け答えの内容により、スーパーフリー事件の話題が再燃したのでした。和田真一郎は服役中に反省したと言っていたが、実際には反省はしていないのではと疑われたのです。
スーパーフリー事件に関する、逮捕者の”まとめ”があるというのは本当でしょうか。ここで、スーパーフリー事件での逮捕者について探ってみたいと思います。
インターネットでは、スーパーフリー事件で逮捕された学生たちについて、どういった内訳だったのかが載っています。犯人は大学生たちであり、成人している者は実名公表されています。
スーパーフリーのメインであった早稲田大学からは、4名が逮捕されました。団体の代表を務めていた和田真一郎を含めて、沼崎敏行や小林潤一郎、若松直樹が逮捕されています。なお、和田真一郎の前にも代表を務めた人物はいたでしょう。彼らは大学を卒業と共に団体も辞めていったと考えられます。
そうして点では、強姦を起こしていた人物が過去にもいたと考えられ、逮捕されるはずの学生はこれまでにもいたのです。
当初、スーパーフリーは早稲田大学の学生が多く所属していた模様です。しかし複数の大学で構成されるサークル(インカレ)となってからは、関東で勢力を強めていきました。そしてスーパーフリー事件では、他大学の学生も10名が逮捕となっています。
逮捕されたのは、法政大の吉野豪洋や日本大の藤村翔、産能大の小泉創一郎といった面々です。また、東京大の高山知幸や駒澤大の小林大輔、慶應大の岸本英之、明治大の宇田篤史、フリーターの関本雄貴も逮捕されています。残りの2名については未成年だったため非公表とされているでしょう。
スーパーフリーには、各チームが存在していました。ここで、スーパーフリーに存在したチームについて紹介します。一体どういったチームがあったのでしょうか。
スーパーフリーには、”ギャルズ”というチームがありました。ギャルズは女性の勧誘をしたり、知り合いを差し出す担当をしていた女性たちです。彼女たちは犯罪に加担していましたが、逮捕はされていません。なおギャルズには、学習院大学法学部に在学していた塚原綾香(2002年度ミス学習院)も所属していました。
鬼畜斑は、強姦の実行チームでした。10名ほどが在籍していたとされます。鬼畜斑では女性をおもちゃのように扱っており、基本として幹部が就いていました。
実行チーム(鬼畜斑)が輪姦した後の、被害者達のアフターフォローをしていたのが和み斑です。40名ほどから成り、その最低な行いを隠すために被害女性らを丸め込み、黙らせる役割を果たしていました。また、鬼畜斑と和み斑を兼任していた者もいたといいます。
次は、主犯格の和田真一郎について探ってみたいと思います。和田真一郎とは、一体どういった人物なのでしょうか。生い立ちなどにも触れてみましょう。
1974年生まれの和田真一郎は、父親にスパルタ教育を施され育ちました。厳しい家庭環境であったことがうかがえます。和田真一郎が8歳の時には、新潟から北海道まで1人旅をさせられたといいます。
元々、和田真一郎は中央大学に入学していましたが、早稲田大学政経学部に入学し直しています。そして、8年間も早稲田大学に在学している”プロ学生”となりました。大学に長くい続けていることもあり、上下関係も顕著になっていきました。和田真一郎は、”和田サン”と呼ばれ崇め奉られる存在となったのです。
和田真一郎は、スーパーフリーを有限会社として起業しており、イベントでの集金システムを完成させました。このシステムにより、入場チケット料などで学生にしては大金を稼いでいたとされます。
スーパーフリー事件が発覚してから20年近くが経ちますが、その後スーパーフリーはどうなったのでしょうか。最後に、事件後のスーパーフリーについてお伝えします。
スーパーフリーは、事件の影響により直ぐ解散となりました。代表や幹部が逮捕されたこともあり、組織として成立しなくなったこともあるでしょう。
スーパーフリーが早稲田大学公認の団体であったこと、被害者の規模が大きかったため報道され知名度が高くなりました。これで大きな集団強姦がなくなったと思われるかもしれません。とはいえ、大学生による似たような事案はなくなったわけではない模様です。
現在でも、”ヤリサー”と呼ばれるスーパーフリーと似たような行為をしている大学生のサークルは存在しているのです。
スーパーフリーは、早稲田大学の公式団体のサークルでした。その実態は、女性を泥酔させ強姦するという行為が日常茶飯事に行われていたのです。スーパーフリーが起こした事件で立件されたのは3件に留まりますが、被害者は多数存在していた模様です。
多くが、泣き寝入りをしたか自殺にまでも追いやられています。女性を判断がつかないくらいに酩酊させ、自分たちの欲望のはけ口としていたことには怒りを禁じえないでしょう。2度と、女性が辛い思いをするようなこうした事件は起きて欲しくないものです。
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かつて、”スーパーフリー”という早稲田大学の公式団体がありました。スーパーフリー事件とは、このスーパーフリーが2003年5月迄にかけておよそ数百件という被害を引き起こした集団強姦事件のことです。