木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
森喜朗さんは、根上町長を務めた森茂喜さんと妻の薫さんの長男として生まれました。小中時代は、いじめの常連で何度も職員室に引っ張られたそうです。
早稲田大学第二商学部に入学し、2年生の時、弁論クラブ・雄弁会に入会し、やがて政治家を志すようになりました。1960年に早稲田大学を卒業後、産業経済新聞社に入社し、日本工業新聞に配属され勤務しました。
翌年の1961年に、雄弁会以来付き合っていった牧千恵子さんと結婚しました。
森喜朗さんは、農機具メーカーの井関農機の取材中に政治家・岸伸介さんの側近の衆議院議員・今松次郎さんと知り合い、彼の秘書を務め選挙の手伝いをしました。
その後、森喜朗さんは1969年の第32回衆議院議員総選挙に旧石川1区から立候補し、泡沫候補と見られていましたが、下馬評を覆しトップ当選を果たしました。
森喜朗さんは、建設大臣や文部大臣などを務めた後、2004年4月に、脳梗塞で倒れ緊急入院した当時の首相・小渕恵三さんの跡を継ぐ形で内閣総理大臣に就任しました。森さんは、小渕政権の政治目標を継承することを重視し、沖縄サミットを完遂し、景気回復を目指しました。
しかし、ハワイ沖で起きた「えひめ丸事故」の対応のまずさや失言の数々で支持率が低下し、2001年4月に閣僚懇談会で辞任を表明しました。
森喜朗さんは、2014年に東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の会長に就任しました。
しかし、2021年2月に日本オリンピック委員会の臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」と女性を蔑視するような発言をし、日本だけでなく世界的に批判を浴びました。「私自身は女性を蔑視する気持ちは毛頭ない。」と批判に対する言い訳をしましたが、結局発言の責任を取り会長を辞任することになりました。
後に、橋本聖子さんが会長職を引き継ぎました。
森喜朗さんと千恵子さんの間には子どもは2人おり、長男は森祐喜さん(2011年死去)、長女は藤本陽子さんです。陽子さんの夫は、実業家の藤本真佐さんで、子どもが1人います。
森喜朗さんの息子・森祐喜さんは、2011年に46歳で亡くなっています。祐喜さんが、どのような人物で生前はどういった仕事をしていたのかなどを調べてみました。
森喜朗さんの息子・森祐喜さんは、1964年10月15日に石川県で生まれました。東京都町田市の玉川学園高等部を卒業後、東海大学教養学部に入学しましたが退学しています。
大学中退後は、アメリカに渡りジョージタウン大学の英語学校に通いました。帰国後は、父・森喜朗さんの公設第一秘書を務めました。この頃より、森祐喜さんが六本木界隈で豪遊しているという噂が週刊誌に出始めました。
森祐喜さんは、2006年に石川県議会議員補欠選挙に、能美市能美郡選挙区から自由民主党公認で立候補し、初当選しました。父・森喜朗さんの出身地だけに、森祐喜さんをバックアップする支持者が多かったせいもあったのでしょう。
2010年8月7日に、森祐喜さんは酒気帯び運転で石川県小松市にあるコンビニエンスストアに突っ込んで物損事故を起こし、逮捕されました。森祐喜さんは事故の責任を取り、議員辞職しました。
俳優&歌手だった押尾学さんが、高層マンションの一室で銀座のホステスと一緒にいて、彼女が亡くなってしまうという事件がありましたが、それに森祐喜さんが関わっていると噂されたことがあります。どのような事件だったのかを調べてみました。
押尾学さんが起こした事件とは、2009年に彼が六本木ヒルズの高層マンションで銀座ホステスの女性と違法薬物MDMAを服用し、その女性が禁断症状を起こして死亡したのに、彼女をそのまま放置して逃亡したというものです。
押尾学さんが起こした違法薬物服用死亡事件の現場には他の人物もいて、押尾さんが罪をなすりつけられたのではないか?とも言われています。そして、事件に関わっている人物として有名芸能人やIT企業社長やスポーツ選手などの名前が取りざたされ、森祐喜さんの名前も挙がりました。
押尾学さんの事件で森祐喜さんの名前が挙がったのは、亡くなった銀座ホステスの女性と一緒に写った写真があったことや、押尾学さんと森祐喜さんが、亡くなった女性が勤務していたクラブの常連だったことが噂の元になったようです。
事件の後、押尾学さんに不穏な動きがあったらしく、森祐喜さんの不祥事として公になることを恐れた父・森喜朗さんが口止め料として2億円を押尾さんに払ったという噂が囁かれました。
森喜朗さんの長男・森祐喜さんは亡くなっています。どんな病気で亡くなったのか、また森祐喜さんの死に関する妙な噂などを調べてみました。
森祐喜さんは、2010年8月に飲酒運転でコンビニエンスストアに突っ込む物損事故を起こし逮捕されて議員辞職しましたが、それから2ヶ月後の10月31日に自宅で倒れ、一時心肺停止状態に陥り入院しました。その時は、手当を受け一命は取り留めました。
森祐喜さんは、2011年5月頃より体調を崩し、金沢市内の病院に入院し治療を続けましたが、同年11月に急性膵炎による多臓器不全のために46歳で亡くなりました。
急性膵炎の原因のうち、最も多く見られるのが飲酒だそうで、森祐喜さんは酒を止められなかったのかもしれません。父・森喜朗さんは森祐喜さんについて多くを語らず、告別式は近親者のみでしめやかに行われたそうです。
森祐喜さんは、押尾学さんの事件後に亡くなっていることから口封じのために暗殺されたのではないかと噂されたことがあります。
東京電力の女性社員が命を奪われる「東電事件」が過去にありましたが、その殺人事件に森祐喜さんが関わっていたという噂があります。どのような事件だったのかを調べてみました。
東電事件とは、1997年に起きた殺人事件です。東京電力の幹部だった女性が東京都渋谷区のアパートで殺害されたもので、近くに住んでいたネパール人男性が逮捕されました。男性は無実を訴え、2011年に新技術を搭載したDNA鑑定の結果、無実が証明され、未解決事件となりました。
東電事件で、事件直後に現場から密かに姿を消した男がいたことが、後になって分かりました。その男こそ、森祐喜さんではないかと言われたことがあります。
東電事件で犯人とされてネパール人の無実が証明された4日後に森祐喜さんが亡くなっていることから、現場から消えた謎の男は森祐喜さんで、そのために暗殺されたのではないか?という根拠のない噂が立ったようです。
森祐喜さんが、タイで生きているという話が昔報道されたことがあったそうです。そのせいか、ネットのYahoo!検索で虫眼鏡マークのところに「森祐喜 生きている タイ」と出てくるそうです。
森祐喜さんは、韓国出身のタレント&女優のユンソナさんと関係があったといいます。2人にどのような接点があったのか、2人に共通の知人は誰だったのかなどを調べてみました。
日本でもドラマやバラエティで活躍していた韓国出身のユンソナさんと森祐喜さんは、共通の知人を通して知り合ったようでツーショットの画像があります。
森祐喜さんとユンソナさんの共通の知人として浮かび上がったのが、押尾学さんです。押尾学さんが2009年に起こした事件と同時期にユンソナさんが芸能活動を休止していて、彼女が押尾さんと何らかの関係があるのではと思われましたが真相は分かりません。
押尾学さんの事件で亡くなった銀座ホステスの女性と森喜朗さんや森祐喜さんは、知人同士の可能性があると言われています。ユンソナさんが自身のブログで、亡くなった女性や森さん親子が一緒に写った画像をアップしていたことで、その可能性を疑われています。
森喜朗さんの長女は藤本真佐さんと結婚していますが、長男の祐喜さんには奥さんがいたのかどうかを調べてみました。
森喜朗さんの長男・祐喜さんは、生前は恋愛に関する情報が流れたことはなく、結婚したと言う話も見つけることができず、どうも独身だったようです。
森喜朗さんには、息子は祐喜さんしかいませんでしたが、その祐喜さんは独身のまま亡くなりました。そのため、息子の嫁はいないものと考えられます。
内閣総理大臣にまで登りつめた森喜朗さん。「失言」が多いことでも知られている森喜朗さんですが、不肖の息子・森祐喜さんのことは愛していたと思います。
それゆえに、息子である森祐喜さんの死は、森喜朗さんの心に深い影を落としているのではないでしょうか。
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