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    ソチ五輪銅デニス・テンの死因は?羽生結弦と不仲だった?市民葬とは?

    ソチ・オリンピックで銅メダルを獲得したフィギュアスケート選手「デニステン」。2018年7月に殺人事件に巻き込まれて死亡。浅田真央などのスケート選手だけでなく、世界中が悲しみに包まれました。デニステンの死因や葬儀、羽生選手との不仲説についてもご紹介します。

    デニステンの死因や羽生選手との不仲説について

    ソチ・オリンピックで銅メダルを獲得したフィギュアスケート選手・デニステンさん。日本でのアイスショーにも出演しており、日本でも馴染みの深い選手でした。

     

    しかし、2018年7月に殺人事件に巻き込まれて死亡し、世界中が悲しみに包まれました。

     

    今回は、デニステンさんの死因や葬儀、羽生選手との不仲説についてもご紹介しますので、最後までお付き合いくださいね。

    デニステン選手のプロフィールと経歴

     

    • 本名(ふりがな):デニス・テン
    • 生年月日:1993年6月13日
    • 没年月日:2018年7月19日(25歳没)
    • 出身地:カザフスタン
    • 身長:168cm 
    • 体重:55kg
    • 活動内容:フィギュアスケート選手

     

    生い立ち

    デニス・テンさんは、カザフスタン出身で、朝鮮系のカザフスタン人でした。プロのバイオリニストだった母親の影響で小さい時は音楽学校に通っており、ピアノと合唱を学んでいました。

     

    それ以外にもテコンドー、空手、テニス、水泳、器械体操などに挑戦した事があったのだそうです。

    5歳でスケートを始める

    5歳の時、母親の希望によりスケートを始めました。デニス・テンさんがスケートを始めた頃は、国内には競技用の室内リンクがなく、ショッピングモールの中にあるごく小さなリンクか、郊外の高地にある屋外リンクで練習していたそうです。

     

    そんな練習環境の中で、9歳の時にロシアのオムスクで開催された大会で優勝しました。その時のジャッジの1人に招待されて、旧ソ連地域内の低年齢競技者を対象とした競技会「クリスタルスケート」に出演しました。

     

    この大会でのちのコーチとなる、エレーナ・ブイアノワと出会い、彼女が指導するサマーキャンプに参加するようになり、10歳で母親と共にロシアに移住しました。

    2009年JGPゴールデンリンクスで優勝

    2008-2009シーズンに出場したJPGゴールデンリンクスというジュニアの大会で、優勝し、故郷のカザフスタンに、初めて国際スケート連盟主催の競技会のメダルをもたらしました。

     

    その後の、世界ジュニア選手権は4位。世界選手権では8位に入りました。

     

    翌2009-2010シーズンからシニアにあがり、2010年のバンクーバーオリンピックにカザフスタン代表として出場し第11位となりました。

    世界選手権でメダル獲得

    2011-2012シーズン、世界選手権ではそれまで取り組んできたジャンプ、4回転トゥループを成功させ、自身にとって過去最高の7位に入賞しました。

     

    そして、その後も2013年に銀メダルを、2015年に銅メダルを獲得しています。

    2014年ソチ・オリンピック銅メダル

    2014年に開催されたソチ・オリンピックでは総合3位で銅メダルを獲得しました。翌年の世界選手権でも銅メダルを獲得しており、トップ選手として名を馳せました。

     

    しかし、2015年以降は、怪我の影響などもあり、あまり成績は振るわなくなってきていました。2018年2月16日の平昌オリンピックに出場しますが、SP70.12点で27位に終わり、FSには進めませんでした。

     

    しかし、引退宣言はせず、現役続行の意向でした。

    ショック!殺害事件で死亡

    フィギュアスケートファンに衝撃が走った、デニス・テンさんが殺害された事件について見ていこうと思います。

    駐車場で刺殺される

    事件は、2018年7月19日、彼の故郷のアルマトイで真昼間に起きました。

     

    デニス・テンさんが、食事後、駐車場に戻った際、彼の車のミラーを盗もうとしていた犯人2人と争いとなり、ナイフで右大腿部など複数箇所を刺されました。

    死因は出血性ショック

    出血がひどく、意識不明の状態で病院に運ばれましたが、2時間後に死亡が確認されました。死因は出血性ショック死でした。

    車のミラーをなぜ!?

    犯人が盗もうとしていたのは、価値がたった4万円程のミラーでした。そのためにデニス・テンさんは命を失ってしまいました。

     

    デニス・テンさんは、トヨタ自動車が展開している高級車ブランドのレクサスに乗っていたそうで、高級車はミラーだけでも高値で売れるため、狙われやすいのだそうです。

     

    犯人らは襲ったのが、国の英雄とも言われているデニス・テンさんだとは知らなかったと供述しています。

    海外スケート関係者から悲しみの声

    デニス・テンさん死亡のニュースを受けて、フィギュアスケート関係者から届いた声を見ていこうと思います。

    仲良しだった!浅田真央も追悼メッセージ

    アイスショーなどで度々共演し、個人的にも仲が良かった浅田真央さんもすぐに追悼メッセージをインスタグラムに投稿しました。

     

    「どうして、信じられません、信じたくありません。大切な仲間の命が奪われたなんて、辛いです、悲しいです。心よりご冥福をお祈り致します」とコメントし、冥福を祈りました。

    海外の選手や著名人が追悼

    彼の死により、海外からスケート関係者だけでなく多くの著名人からツイッターで追悼メッセージが投稿されました。

     

    日本からは、高橋大輔さんや、荒川静香さん、織田信成なども追悼のコメントを投稿しています。

    羽生結弦と不仲だった?

    多くの選手がすぐに追悼コメントを発表するなかで、羽生結弦選手はすぐにコメントしませんでした。

     

    そして、2016年の世界選手権の公式練習で、羽生選手の練習順になっても、テン選手がリンク中央でスピンをし続け、衝突しかけた際、羽生選手が声を荒らげるといったアクシデントがありました。

     

    すぐに和解していたものの、その件もデニス・テンさんが亡くなった際の記事で報道され、本当もウソも、すべてがニュースになってしまうと取材や記事に対してナーバスになっていたのが理由のようで、不仲といったことは無かったようです。

    葬儀は市民葬も行われた

    続いては、デニス・テンさんの市民葬など、追悼について見ていこうと思います。

    市民葬が行われた

    7月21日、市内の施設で市民葬が行われました。集まった市民の数は、数千人とも1万人以上とも報道されており、アルマトイ市内の花屋の花が売り切れたため、市民葬に持っていく花を買えなかった人が多数でたとのことです。

     

    国民的英雄だった彼の死を悲しみ、カザフスタンのヌルスルタン・ナザルバエフ大統領も葉哀悼の意を表しました。

    デニスデンのお墓は?

    デニス・テンさんの遺体は、アルマトイ郊外のドルジバ村の墓地に埋葬されました

    1周忌の追悼式に浅田真央・高橋大輔ら参加

    デニス・テンさんの死から1年たった2019年7月には、追悼式が行われ、浅田真央さんや高橋大輔さんなど、彼と仲の良かった選手が集まり追悼のアイスショーが行われました。

     

    他にも、無良崇人選手、ジェレミー・アボット選手、ロシアのセルゲイ・ボロノフ選手、エレーナ・ラジオノワ選手など、生前のデニス・テンさんと親交の深かったトップスケーターが集合しました。

    最後のインスタにファンから追悼

    2019年7月で彼の死から1年。彼の最後のインスタ投稿は事件の2日前でした。

     

    デニス・テンさんのインスタには、海外のファンからいまだに追悼メッセージが多く届いています。

    殺害犯人のその後

    殺人犯は、逮捕された後どうなったのでしょうか。詳しく見ていこうと思います。

    事件翌日に逮捕

    事件の翌日に2人の犯人は拘束されました。

     

    犯人の男はクーダベゲノフ被告とキヤソフ被告の2人で、クーダベゲノフ被告はキヤソフ被告が刺した張本人だと述べ、盗みの容疑を認めましたが、キヤソフ被告は殺害と盗みの両方を否認し、無罪を主張しました。

     

    禁錮18年の判決

    2019年1月18日に、二人の犯人に禁錮18年の判決が下されました。また、事件当時犯人の二人と一緒に行動を共にしていた女性がおり、すぐに通報しなかったその女には禁錮4活の判決が出ました。

    デニス・テンは多くの人に愛されたスケーター

    2018年7月に殺人事件に巻き込まれて死亡した、ソチ・オリンピック銅メダリストのデニス・テンさんについてご紹介してきました。

     

    カザフスタンのフィギュアスケートの第一人者で、国民的ヒーローでもあったデニス・テンさんの早すぎる死に、多くの人が涙しました。

     

    心からご冥福をお祈りしたいと思います。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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