埼玉女子中学生誘拐監禁事件を起こした寺内華風

埼玉県朝霞市で中学1年だった女子生徒が行方不明になった、誘拐事件をご存知でしょうか?

なんと、丸2年もの間監禁をされていました。

 

その犯人は、大学生・寺内華風でした。

埼玉女子中学生誘拐監禁事件の真相や、犯人である寺内華風の大学や就職先などをまとめました。

「埼玉女子中学生誘拐監禁事件」の概要は?

2014年、当時中学1年だった少女を誘拐2年間も監禁をしていた事件でした。

その犯人は寺内華風。

 

寺内華風は大学生を機に、上京したアパート先で監禁をしていました。

 

「埼玉女子中学生誘拐監禁事件」の概要をご紹介します。

2014年当時中学1年生だった斉藤杏花さんを誘拐

学校から帰宅した中学1年生の斉藤杏花さんは、自宅前で見知らぬ若い男に話しかけられました。

その男が寺内華風でした。

この二人のやり取りは、近所の人が目撃をしていました。

夕方自宅に帰った母親が「家も学校もちょっと休みたい。探さないでください」と書いてあるメモを見つけ、その日から斉藤杏花さんは行方不明となりました。

 

家族が朝霞署へ捜索願を出しています。

千葉の自宅アパートに連れ込む

寺内華風は千葉にある一人暮らしをしている自宅に連れ込み、少女を監禁していました。

自分が出かける時は、外からかんぬき錠をかけ、少女を外に出させない様にしていました。

部屋にも特殊で中から開けれない鍵をつけていたみたいですね。

少女には「チャットで知り合った高校生のところにいる」「探さないでほしい」などの手紙を両親に送らせていました。

もちろん、寺内華風の命令でした。

2年後、少女が東中野駅から自宅に電話をかけた

長時間、寺内華風が家を開けているすきに少女は家から逃げ出し、自ら近くの公衆電話で自宅に電話をしました。

 

その後、都内で無事保護されました。

少女保護から1日後、静岡で寺内華風の身柄確保

少女は警察に「男に連れまわされ、監視されていた」と告白をし、その翌日、未成年誘拐の疑いで寺内樺風の身柄を抑えました。

犯人・寺内華風の家族は?

2016年、未成年誘拐をして世間の注目を浴びた犯人・寺内華風の家族構成はどの様になっていて、どの様に育てられたのでしょうか?

寺内華風の家族について調べました。

会社経営者の父・専業主婦の母の間に大阪で生まれる

寺内華風の出身は大阪の様です。

父親は会社を経営、いわゆる社長さんですね。

そして、母親は専業主婦

 

とても裕福な家庭で育ったみたいですね。

名前も「華風」で、かなり個性的ですよね。

少し変わっている両親だったのかな?と思います。

 

両親とも、とても教育熱心でした。

寺内華風も素行不良は全くありませんでした。

父は防犯グッズの販売をしている

父親は会社を経営しております。

「e防犯.com」という、防犯グッズの販売をしている会社でした。

大阪府池田市で会社を経営していたことが、ネット上で見受けられました。

家族は、犯人とは関係ないと言いますが、息子の素行で嫌でも注目されてしまいますね。

息子が犯した罪が会社のイメージと繋がってしまいました。

 

最終的には、信用を損ねるという結果になってしまい、会社が傾いてしまいました。

妹が一人いる

寺内華風はが一人います。

寺内華風は事件を起こした時は大学生だったので、妹さんも学生だと思われます。

 

地元民には、この事件のせいで白い目で見られているのかもしれませんね。

寺内華風の学生時代は?

学生時代はとても真面目で素行不良はしなかった寺内華風。

報道された時も、真面目そうな顔をしていましたね。

 

お金にも余裕があった寺内家は、寺内華風を良い学校に入学させました。

小学生の頃はリーダー的存在

市立の小学校に通っていた寺内華風。

小学生の頃はとても明るく、6年生の頃は地域の子供会で、リーダーを任されていました。

 

スポーツをする時は、年下の面倒見が良くしっかりした子だった様です。

キャンプなど学校の行事にも積極的に参加をしていました。

 

この頃から数学には強かった様です。

関西でも屈指の名門校出身

大阪教育大学附属池田中学・高校に進学をした寺内華風。

関西でも屈指の名門校でした!

 

ちなみに、大阪教育大付属池田中学の偏差値は73で、高校は偏差値は76

大阪で3本の指に入るほどの、関西でトップクラスの偏差値を誇る学校でした。

 

親も教育熱心だった為、小さい頃から勉強が出来たのでしょう。

学生時代を見ると将来有望な気はしますね。

交際経験もあるまともな学生だった

噂によると、高校時代には交際経験がありました。

高校2年のときに、ぽっちゃりとした女子と付き合っていたことがありました。

 

すぐに別れたみたいですが、同級生がこの様に語っていたので事実なのでしょう。

犯罪を起こす様なタイプではなく、一般的な人生を送っていました。

目立つタイプではなかったが好きなことには饒舌

中学・高校時代は、寺内華風はクラスでは決して目立つタイプではありませんでした。

ですが、気の合う仲良しのクラスメイトはいた様で、その中だとハキハキと話していたみたいです。

 

寺内華風は好きなものについては、とても饒舌に語る一面があり、電気系パソコン関連についてはかなり詳しかった様子。

千葉大学に進学でパイロットを目指していた寺内華風

寺内樺風は高校を卒業した後は、千葉大学に進学をし大阪から上京してきました。

千葉大学は難関ですので、そこに現役で合格した寺内樺風は、やっぱり頭が良いことが証明されましたね。

 

そうして寺内樺風は、パイロットに関して興味を持ちました。

大学進学を機に千葉での生活を始める

大阪から上京をした寺内樺風。

千葉大学の近くにアパートを借りて、初めての一人暮らしをすることになりました。

そうして、この家が少女を監禁した家となりました。

 

大学近くのアパートで監禁するなんて、バレてしまうかも?などの不安はなかったのでしょうか?

やはり、こうゆうところが異常だと思われます。

工学部情報科学学科に在籍

寺内樺風が在籍していたのは、工学部情報科学学科です。

 

今は、ITの世界となりつつあり、とても人気の学科で倍率も高かったと思われます。

なのに、そこの学科に受かったのは、相当頭が良く成績も優秀だったのでしょう。

パイロットに興味をもちカナダに留学経験も

寺内樺風はパイロットに関してとても興味を持っておりました。

なので、大学時代留学を経験しております。

カリフォルニアのパイロット養成学校に入学しました。

そこで自家用機の免許を取得しています。

 

パイロット養成学校では、とても真面目な生徒として周囲に認知されていました。

寺内華風は内向的で友達が少なかった?内定先は?

寺内樺風が逮捕された日は3月28日でした。

寺内樺風はすでに千葉大学を卒業していました。

ですが、寺内樺風が逮捕された報道を聞きつけた千葉大学は、卒業認定を取り消しにしました。

 

4月から務めるであろう就職先も決まっておりましたが、当然ダメになりました。

気の合う仲間内だけで楽しむタイプだった

大学内には友達もいたみたいですが、少なかった様子です。

そうして、サークルなどは入っておらず、内向的な性格でした。

 

大学内の友達には、彼女と同棲をしていると言っていた様です。

消防設備関連の会社に内定をもらっていた

寺内樺風は、すでに消防設備関連に内定をもらっていました。

きっと、防犯グッズを販売し会社経営している父親の存在が大きかったのでしょう。

 

今思うと、その様な人が犯罪をしていたってことが、とても怖く思えますよね。

父親の背中を見ていたら、普通の人だったらこの様になりません。

寺内華風の誘拐は入念な準備があった?PTSDって?

2年間という長い期間に及び、少女を監禁し続けた寺内樺風。

この誘拐事件は、計画的な誘拐で、きっちりと準備がされていました。

そのため、純粋だった少女は寺内樺風の嘘に引っかかってしまい、PTSDにもなってしまいました。

”中学生の頃から少女を誘拐したかった”と発言

実は、寺内樺風は中学生の頃から、子供を誘拐したいと考えていたみたいです。

小さい子が好きだったのでしょうか?

好きというより所有したい感じですね。

 

そうして、昔から誘拐に関する本を読んでいた様です。

誘拐・監禁については「失踪マニュアル」の書籍やサイトを参考にしていたみたいです。

 

失踪マニュアルは、元々は借金取りやDVなどから逃げる為のもので、誘拐の為のマニュアルではありません。

寺内樺風は、このマニュアルの捜せないコツを悪用したものだと思われます。

それからは入念な準備に入りました。

自分の家から近すぎず遠すぎず、かわいい少女がいる場所を探し出し、見つけた場所は少女が住む埼玉県でした。

少女はPTSDを患う

寺内樺風は、監禁してから少女を洗脳するために、アサガオの種を使っていました。

アサガオの種から抽出される成分を、用いてドラッグを生成し、少女の食事に服用させていたみたいです。

 

寺内樺風は、計画的にアサガオを栽培していました。

 

そのまま少女が洗脳されてしまい、2年もの間監禁されていたました。

PTSDとは

Post Traumatic Stress Disorderの略で、心的外傷後ストレス障害という病気です。

 

強烈なショック体験、強い精神的ストレスが、心のダメージとなって、時間がたってからも、その経験に対して強い恐怖を感じることです。

震災などの自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などが原因になると言われております。

少女を洗脳していた

アサガオの種で少女を洗脳することに成功した寺内樺風は、「逃げ場はない」「助けは来ない」と、更に言葉で洗脳を続け、少女の心を蝕み続けました。

少女を1人にして外出することも多かった寺内華風

少女を監禁し続けた寺内樺風だが、普通の暮らしをしていました。

寺内華風は大学に通い、アルバイトに行く日々を送っていた様子。

更に大阪に帰省をしていました。

 

少女をアパートに一人残すこともあった様です。

少女が逃げ出さない確信があったのでしょう。

友人には彼女がいると話していた

仲のいい大学の友人には、彼女がいることを話しておりました。

少女のことだったのでしょう。

 

親友でさえ、寺内樺風の自宅には入ったことがなかったと語っておられました。

少女を監禁しているので、友人を部屋に入れたくなかったのでしょう。

大学やアルバイトに普通に行っていた

大学やアルバイト先には、普通に顔を出していた寺内樺風。

ほぼ毎日外出をしておりました。

その時には少女は寺内樺風のアパート先に一人きり

 

少女の発言では「外から鍵が掛けられていた」と話しております。

少女は監禁というより軟禁に近かった

少女は、インターネットの使用は許されていました。

閲覧できるのは動画サイトなど一部と言っていました。

そこそこの自由は与えられていた様子でした。

監禁でもありますが、少女には優しく軟禁だったのかもしれません。

軟禁だからと言って許されることでもないですが・・・。

 

寺内樺風は少女のことを本当に彼女だと思っていたのでしょうか?

なぜ少女は逃げたり助けを求めなかったの?

監禁のイメージは辛いイメージが多いと思います。

寺内樺風も、最初は怖がらせていたのかも知れません。

ですが、今回の事件は少女には自由が与えられていました。

 

寺内樺風に監禁されていた少女ですが、インターネットなど閲覧できる中、なぜ助けを求めなかったのでしょうか?

 

少女には外部と繋がることのできる手段があった

最初はしっかりと監禁をしていた寺内樺風ですが、時間が経つと監視の目が緩くなっていきます。

 

インターネットを使えたり、ある程度の自由を与えられていた少女

そうして千葉のアパートは大学生向けに作られた安い賃貸のアパートで、大声を出したら隣に聞こえます。

 

叫んだら助けを求められたのかも・・・?

 

ですが、少女はまだ幼い中学生です。

怖くて簡単には逃げ出せませんね。

 

寺内樺風は少女に向かって、何度も何度も「逃げられない」「助けは来ない」と呪文の様に唱え続けていたみたいです。

少女が絶望をする状況を作り出し、逃げ場を無くしていました。

 

逃げ出せたのではないか?と言う問いは、ふさわしくありませんね。

緩くても監禁されている状況なので、難しいと思います。

少女はストックホルム症候群にかかっていた?

2年という長い間、寺内樺風と過ごしてきた少女は、ストックホルム症候群にかかっていた疑惑をかけられました。

 

ですが、最終的に自ら逃げ出し助けを求めていたので、ストックホルム症候群は考えにくく、ただただ寺内樺風に洗脳をされていたのだと思います。

ストックホルム症候群とは

誘拐事件や監禁事件などの被害者が、犯人と長い時間を共にすることによって、犯人に対し、好意的な感情を抱いたり、自分は悪くないのに罪を連帯的に考えることです。

 

1973年にストックホルムで起きた人質立てこもり事件で、人質が犯人に協力する行動を取ったことから付いた名称です。

少女は脱出を試みている

アサガオの種で洗脳されていた少女でしたが、一度脱出を試みていました。

それは誘拐されて1ヶ月過ぎた頃でした。

 

助けを周りに求めたが、話を聞いてもらえず、絶望を感じ寺内樺風のアパート先に戻った様です。

2016年少女が自ら通報し保護、そして寺内華風確保

寺内華風のアパートから、少女は自ら逃げ出し通報をしました。

 

今まで逃げ出せなかったのに、なぜ今逃げ出すことにしたのでしょうか?

寺内華風からどの様に逃げ出したのでしょうか?

少女はインターネットで家族が自分のことを捜索していることを知った

寺内華風の目を盗み、インターネットをしていた少女。

その時に、家族が自分のことを探していることを知りました。

 

「味方だよ、ずっと待っているよ」

と、両親がインターネットでメッセージを送っていたことが分かります。

 

それを見た少女は

「涙が出た。絶対逃げたいと思った」

「受け入れてくれる。大丈夫だ」

と、思ったみたいです。

東中野駅の公衆電話から通報

2016年3月27日に無事に部屋を抜け出すことが出来ました。

 

その足で、近くにあった公衆電話で実家に電話をし、母親と話しております。

少女と母親は、各自で警察に通報しました。

 

無事保護され家族と再会できました。

少女は脱出時には、身分証明になる自分の生徒手帳を持ち出しました。

とても頭が良い子に感じます。

 

洗脳されているフリをしながら、確実に逃げ出せるタイミングを狙っていたのかもしれませんね。

その1日後、寺内華風の身柄確保

埼玉県警は、未成年者誘拐の疑いで逮捕状を取り、寺内華風を指名手配しました。

 

そうして、翌日に静岡県伊東市内で確保。

身柄を確保された寺内華風は、血だらけでした。

自殺を測っていました。

静岡県伊東市の山間部にいた様子。

 

通行人に「死のうと思ったが死にきれなかった。警察を呼んでほしい」と震えるような声で頼んでいました。

なぜ少女は中野で見つかった?

最初の監禁場所は、寺内華風が通う千葉大学付近のアパート先でした。

ですが2年後、少女は無事保護されましたが、中野で見つかりました。

 

なぜ中野で見つかったのか?

寺内華風とどこに住んでいたのか?

寺内華風は千葉ではなく中野に住んでいた

フェイスブックでは千葉市在住となっていたが、実際には寺内華風は、JR東中野駅から200メートル先のアパートに住んでいました。

JR東中野駅付近は、住宅地ですが商店街もあり人通りは少なくはありませんでした。

 

こんな所で監禁していた寺内華風は異常ですよね。

大学時代は本当に千葉に住んでいたのでしょうが、就職の関係で東中野に引っ越しをしたみたいですね。

この頃には、寺内華風は少女のことを「絶対に逃げ出さない」と思っていて、監視の目もだいぶ緩くなっていた様です。

少女は逃げ出して近くの公衆電話で助けを求めた

少女は怖い思いもあったが、家族のメッセージを受け取り、逃げる決断をしました。

寺内華風が長時間帰ってこないことが分かり、アパートから逃げ出しました。

JR東中野駅付近から実家にいる母親に電話し、その後110番をし警察に助けを求めました。

友人が語った寺内華風の人間性は?

少女が大好きだった寺内華風。

性格も内向的であまり馴染めない人柄だった様ですが、大学先にはきちんと仲のいい友人がいた様です。

 

友人が語る、寺内華風とはどの様なものだったのでしょうか?

犯人像と友人の前での寺内華風はかけ離れていた

寺内華風の友人たちは「えっ、本当に!?これ、本当なの!?」と驚きを隠せない様子でした。

新聞で指名手配されている友人の名をみて、誰もが信じられないと言っておられました。

寺内華風の友人は本当にびっくりした様子で「友人として間近で見て来た姿を伝えたい」とメディアに応じておりました。

 

「記事に書かれている卑劣な犯行と、僕が知っている彼の姿」

「それがまるで一致しなかった。信じられず、記事を3度も読み返した」

「中学生を自宅に閉じ込めているような様子は、微塵も感じられませんでした」

 

寺内華風はとても真面目で、普通の大学生だったと、友人は語っておられました。

友人には彼女がいると発言

ゼミの飲み会が行われ、自己紹介をしていき、その時に寺内華風は、航空機の免許を持っていることと、彼女がいることを話していた様子。

監禁している少女を、彼女と言っていたのでしょう。

 

寺内華風に彼女がいることはみんな知っていましたが、誰も姿を見たことがありませんでした。

どういう人なのかも知らず、詳しいことは誰一人知りませんでした。

 

今思えば、監禁されているので当たり前ですが。

 

寺内華風が裁判で衝撃の行動をとった?

未成年者誘拐と監禁致傷、窃盗の罪に問われ、懲役9年の判決を受けた寺内樺風。

裁判を受けている時、寺内樺風はある行動を取りました。

 

寺内樺風の衝撃な行動とはどの様な行動だったのでしょうか?

意味不明な発言を連発した寺内華風

まず、寺内樺風は奇声を上げながら入廷しました。

そうして、「私はオオタニケンジでございます」と言いながら着席をしました。

 

裁判長に生年月日を聞かれると、答えたのは全くのデタラメ

本籍を聞かれても「和歌山県那智の滝」と答えていました。

 

極めつけは「私は日本語が分からない」と言い、裁判長と話が噛み合いませんでした。

職業を問われると

「森の妖精です」

 

ここはどこですか?と、問われると

「トイレです。私はおなかが空いています。今なら、1個からあげクン増量中」

と、キチガイ発言連発をしていた寺内樺風。

 

裁判長は弁護人に「ずっとこの調子なんですか」と問うと、「今朝からこの調子です」と弁護人は答えました。

刑を免れるための演技だったか

寺内樺風は、精神的に病んでるふりをすれば減刑されると思っていた様子。

少女や自分の家族に対して反省しているフリをしていただけですね。

寺内樺風は、全然反省してないですね。

 

自分のことだけを思って、このキチガイ発言をしていたのなら許せません。

寺内樺風の裁判後のネット上では、

 

「キチガイのふりしてるだけだろ」

「被告に反省の色が見られない」

「往生際の悪い屑だな」

「絶対演技やんまた無駄だろうけどな」

 

との声が相次ぎました。

結果、裁判は延期に

話にならないと思った裁判長は、判決の続行は困難として、一度裁判を延期することにしました。

 

その後の裁判では、あのキチガイ発言が嘘かの様に、落ち着いていた寺内樺風

上下黒のスーツ姿できちんと敬語で受け答えをしておりました。

 

やはり、あの発言は、全て演技だったのでしょう。

 

寺内華風の判決に不満の声? 

裁判の結果、懲役9年の判決を受けた寺内樺風。

少女の大切な2年間を奪ったのにも関わらず、たったの9年で許されるの・・・?

 

など、寺内華風の判決に不満の声が相次ぎました。

 

判決は懲役9年だった

検察側は寺内樺風に対し、未成年者誘拐罪と監禁致傷罪で起訴し、懲役15年を求刑しました。

少女はPTDSにもなっておりました。

少女を監禁した他、寺内樺風は車のナンバープレートを12枚も盗み、窃盗罪としても起訴されております。

ナンバープレートは、少女を誘拐した時に身元が判明しないように用意した様子。

寺内樺風はこの判決をほぼ認めていましたが、監禁致傷罪については否定をしていました。

 

「数日から数週間監視したのは事実ですが、2年にわたり監視した意識はありません」

「というのも、彼女を家において外出したり、アルバイトに出社していたからです」と主張しておりました。

鍵がかかっていることに関しては、

「かんぬき錠に関しましては強度が非常に弱く、強力接着剤で簡易的に取り付けたもので、物理的に簡単に取り外せる」と主張。

裁判長は「被害者は心身とも成長する上で貴重な期間が失われ、大切な思春期を過ごす機会を失った」と述べた後、寺内樺風に懲役9年(求刑懲役15年)を言い渡しました。

 

”一生出て来ないで欲しい”と話した被害者少女

寺内樺風に対し、少女は「一生刑務所から出てこられない無期懲役にしてほしい」と供述していました。

 

少女の母親も同じことを思っていました。

保護されて数年が経っても「ずっと微熱が続き、腹痛があり、集中できない」と言い泣いている自分の娘を見て、

母親は「娘が社会復帰できる日が本当に来るのか。本当に1人で外出できるようになるのか。家族以外の人間を信用できるようになる日が本当に来るのか」と思う様になりました。

 

「今後2度と娘の前に現れないで」

「一生刑務所から出さないでほしい」

と、母親は言っておりました。

誘拐されない様にするには?

子供を持つ親は、誘拐事件のたびに「我が子は大丈夫だろうか・・・」と心配しますよね。

誘拐されない為に、どの様な準備をしたら良いのでしょうか?

 

子供の安全を守る為に、何をしたらいいのかをまとめました。

時間帯や場所に注意する

子供じゃなくても大人でも、気が付いたら夜道に自分一人だけ・・・?という経験が、多いかと思います。

夜道は視界も悪く、非常に危ないので出来るだけ人通りが多い道を通りましょう。

誘拐及び強姦がおこる時間帯は、午後2時から午後6時頃に多発しています。

学生の下校時間が、一番狙われていることが分かります。

 

いくらお昼時でも、集団下校や友達と帰るなど、一人でいることを避けましょう。

 

ちなみに、季節は7月〜10月が多い様です。

親御さんは、気をつけて様子を見てあげましょう。

防犯ブザーを持たせる

防犯ブザーは、小学生は学校で配られていたりしますよね。

 

実際は、現場でなかなか使えるものではないことが分かりました。

もし違ったら・・・、もし悪い人じゃなかったら・・・

など、迷いがある場合もあります。

 

なので、少しうるさいですが、防犯ブザーをきちんと使う方法や、練習もしっかりした方がいいと思われます。

催涙スプレーを持っていると尚よし

小学生などは使用する時、危ないので本当に気をつけなくてはならないので、あまりオススメできません。

ですが、中学生や高校生になると、防犯ブザーを持っていない方が多いと思います。

 

なので、催涙スプレーを持っておくと安心でしょう。

友達同士、悪ふざけで使わない様に、しっかりと親が言い聞かせてくださいね。

洋服や持ち物に安易に名前を書かない

洋服やランドセル、持ち物には名前を書かないといけないですよね。

ですが、怪しい人は名前などを確認して、あたかも知り合いのように名前を呼んできます。

親しい人かも?と、思ったら小さい子は心を許してしまいます。

 

そうゆう事態を避けたいので、名前は必ず見えないところに書きましょう。

 

大声を出し暴れて、周りに気付いてもらう

大きな声を出すことは有効です。

実際に大きな声を出して、誘拐犯から逃げれた子は多いようです。

周りに気づいてもらえるように、大きな声を出しましょう。

 

また、車に乗せられそうになった時には暴れてください。

暴れると犯人は手こずり、時間が稼げそうです。

 

「助けて!」と叫ぶより「火事だ!」と、叫んだ方が、無意識に注目を浴びることができ、人が集まるかも知れません。

何を言われても絶対に車には乗らない

まず、車から話しかけられた時は、即座に離れましょう。

近づかなかったら、車で拉致することは不可能になります。

どのくらいの距離をおけば、車に乗った大人から手が届かないかなど、実践的な部分も体験してみるといいですね。

 

突然連れ込まれることも考え、駐車している車の側を通るのは辞めましょう。

 

寺内華風は最悪な誘拐犯だった!

埼玉県朝霞市で当時中学1年生だった少女を誘拐し、2年もの間監禁をし続けた寺内樺風

用意周到な準備をし、誘拐を実行。

千葉大学付近の自宅アパートで監禁していました。

 

なぜバレなかったのか?少女は逃げ出せたのではないだろうか?

など、不可解なことが多数ある事件でした。

少女は全く悪くありません。全て悪いのは犯人です。

 

裁判になり、寺内樺風はたったの懲役9年の判決でした。

少女の大事な2年間を奪い人生を壊したのだから、もっと長い求刑でも良かったのではないだろうか・・・?

 

こんな事件が二度とない様に。

少女が、いち早く笑顔で社会復帰できる様、陰ながら願っております。

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