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    豊田商事会長刺殺事件とは?生中継された事件!犯人とその後も解説!

    『豊田商事会長刺殺事件』は戦後最大の詐欺事件を発端とした殺人事件です。衝撃的なことに、この殺人事件はテレビで生中継されていて、悲惨な事件として話題を呼びました。そんな『豊田商事会長刺殺事件』の犯人や豊田商事の詐欺師はどうなっていったのでしょうか。

    豊田商事会長刺殺事件はなぜ起きた?

    1985年6月に起きた豊田商事会長刺殺事件は、取材陣前で永野一男会長が刺殺される様子がテレビで生中継されたショッキングな事件でした。

    今回は、被害総額2000億円も出した昭和の日本最大級の詐欺事件と豊田商事会長刺殺事件の真相やその後、犯人や関連人物のその後と現在、豊田商事のやばい動画などを詳しく解説していきたいと思います。

    豊田商事会長刺殺事件とは?

    「金(きん)」を使った現物まがいの悪徳商法で詐欺事件を起こしていた豊田商事。そこで、黒幕として、会長である永野一男さんは、警察に連日のように真相究明の取り調べを受けていました。その永野一男会長が大阪府の自宅マンションでたくさんの報道陣がいる中で、大胆にも刺殺された殺人事件は有名になりました。

    永野一男会長は当時まだ32歳という若さでした。刺殺事件の6月17日にも警察の取り調べを受けていました。事件当日は自宅マンションにたくさんの報道陣が詰めかけていたため、外出できずに、一人で自宅の部屋にいました。

    午後4時半ぐらいに、突然自称右翼の男2人が現れて、事件が起きました。偶然にも、事件の一部始終は詰めかけていた報道陣たちによって、日本国内に生中継されてしまうショッキングな大事件となりました。

    テレビで中継された殺人事件

    豊田商事会長刺殺事件は、1985年6月18日に、大阪北区にある豊田商事会長である永野一男さん(当時32歳)の自宅マンションで唐突に起きました。

    自称右翼の自営業・飯田篤郎さん(当時56歳)と、その会社の社員だった建築作業員・矢野正計さん(当時30歳)が突然、永野一男さんの自宅室内に乱入しました。マスコミ報道陣が何人もいましたが、その目の前で永野一男会長を刺殺しました。

    突然の出来事だったためか、目の前に犯人がいるにも関わらず、40数人もいたとされたマスコミ報道人も誰一人として、その瞬間を止めに入る人はいませんでした。あっという間の出来事ですぐに判断できなかったのかも知れませんね。

    戦後最大級の詐欺事件が原因

    豊田商事は1981年に設立され、社員が次々と客を騙し続けて、全国60店舗まで増えました。従業員は7500人まで増加しています。永野会長は、高齢者の資産を狙う方法で、わずか4年足らずで2000億円もの資金を集めています。

    豊田商事の社員の営業マンたちの給料は高額だったとされていて、日給2万の社員がいたり、月給1000万円以上の社員もいたと言います。永野一男会長自身も当時32歳で、クルーザーや小型飛行機、高級外車などを所有していた時期もありました。

    待てど暮らせど元金も支払われないと、「純金ファミリー証券」を持っている会員たちは、豊田商事に不満を抱き始めたのが1985年です。財産を失った老人が自殺したり、関連企業の社員が逮捕されるなどのトラブルが目立ってきたため、マスコミから注目され始めました。

    豊田商事会長刺殺事件の原因は?

    豊田商事は現物まがい商法の悪徳商法で被害者は数万人、被害総額なんと2000億円の巨大な詐欺事件を起こしたことで世間からの大きな注目を集めました。

    しかし、幹部だった永野一男会長は刺殺されたことで、資金の流れなどの詳細がわからず、現在でも事件の真相や黒幕が誰かの解明はされていません。

    今となれば真相を知ることは難しいかも知れませんね。

    資産運用が流行った時代背景

    1980年と言えば「バブル時代の初期」にあたり、現在とは違って残業をするのが当たり前の時代でした。バンバンに働き、がっつりと稼ぐ風潮で、流行語では「24時間働けますか?」という言葉が飛び出すぐらい景気のいい時代でした。

    そして、一種のステイタスに投資することがありました。資産運用という言葉が飛び交うような時代背景でした。運用資金を顧客から預かって、「ダイヤモンド」や「金(きん)」などの貴金属を取引して資金を運用していました。

    豊田商事は詐欺団体

    豊田商事事件は、1981年に前身となる「大阪豊田商事株式会社」が設立されると、全国に急速展開され、最盛期では支社・支店が60カ所、社員が7500人と大手の企業の規模となりましたが、その事態は悪質な投資詐欺会社でした。

    豊田商事事件の詐欺の手口は、純金の購入契約を結んだ時に「地金は重たいから弊社で管理して運用する」といって顧客に現物を渡さずに、「純金ファミリー契約証券」という証券を渡すのみで、資金の管理や利息の支払いをする約束をする「現物まがい商法(ペーパー商法)」でした。

    顧客に疑いをもたれないように安い10%の利息を支払うなどと、こそくな手段を用いていましたが、実際には金(きん)を運用していたわけではないので、豊田商事は自転車操業状態だったと言われています。

    被害者は3万人で被害総額は2000億円

    1985年初頭に、「金(きん)」の現物が手元に来ないことに疑問を抱いた被害者家族たちから国民生活センターなどに相談が急増しました。豊田商事の現物まがい商法が明るみとなり、詐欺事件が社会問題になります。すぐに豊田商事事件関連の被害者相談窓口も設置されました。

    4月には、関連会社だった鹿島商事の社員が逮捕されたことをきっかけとして、詐欺事件の捜査が本格的に始動されました。豊田商事事件の被害者は3万人で、被害総額は2000億円とも言われており、戦後最大級の詐欺事件として連日のようにマスコミで大きく取り上げられました。

    詐欺の手口はペーパー商法

    豊田商事の取引方法は、現物を引き渡さないで豊田商事が預かる形にして、その代わりに「純金ファミリー契約証券」という証券を渡していました。顧客は投資しているのに、現物である「金(きん)」を持つことはありませんでした。

    顧客は投資した「金(きん)」を見て確認したり、手に入れることも出来ないまま、「証券」という紙1枚だけを手にしました。これはのちに「ペーパー商法」と呼ばれるようになった現物まがい商法の詐欺です。

    豊田商事会長刺殺事件の真相は?

    豊田商事がマスコミに注目されたことで、詐欺事件の黒幕だと永野一男会長は有名になりました。被害が明るみになったことで、豊田商事の営業成績は逆に悪化して、1985年6月には創業わずか4年余りで営業停止状態になりました。

    豊田商事が集めたほとんどの資金が流用して残っていなかったことはわかっていますが、最高幹部の永野一男会長が死亡したため、お金の流れの解明が難しくなって、今でも真相は明かされていません。

    会長の永野一男が刺殺される

    1985年6月18日の16時30分過ぎに、犯人2人は道路に面した玄関を報道人が使っていたパイプ椅子でドアを叩きつけた後、窓ガラスを割って、永野一男会長宅に侵入します。永野一男会長の頭部などを全身13か所を銃剣で刺しました。

    事件直後にストレッチャーで運ばれる永野一男会長は血まみれで、額がぱっくり割れた痛ましい写真が当時の写真週刊誌にも載っています。

    永野一男会長は45分後に腹部を刺されたのが致命傷となって死亡が確認されました。死因は出血大量でした。この時、永野一男会長は所持金711円しかもっていなかったようですよ。

    犯人は右翼の男2人

    豊田商事会長刺殺事件の裁判では、犯人である2人にそれぞれ懲役刑にされましたが、わずか10年で出所しています。2人は「被害者に頼まれた。永野を殺せと言われた」などと叫びながら、報道陣を押しのけて永野一男会長宅に侵入しました。

    犯人は窓を割って永野一男会長の部屋に侵入しましたが、2人の行動を止める報道陣はいませんでした。止めないだけでなく、この光景をマスコミ各社はワイドショーの生中継をしていました。犯人はまもなく駆けつけた警察官に殺人の現行犯で逮捕されています。

    しかし、取り調べでわかっていることは、この2人の犯人は豊田商事事件の詐欺事件の直接被害者でないことが判明していることから、別に黒幕がいるとも言われています。現在では、2人の犯人は釈放されているので真相は明らかになっていません。

    営業停止で真相は明かされず

    豊田商事が詐欺事件でマスコミなどに注目されると、詐欺事件の黒幕として永野一男会長は一気に有名になることになります。被害が明るみになると、今度は逆に豊田商事の営業成績は急激に悪化して、1985年6月には創業からわずか4年あまりで営業停止状態となりました。

    その4年ほどの間に豊田商事の集めた資金はほとんどが流用されて残っていなかったことが判明しています。黒幕と見られた最高幹部の永野一男会長が死亡したので、お金の流れが解明がむずかしくなってしまい、現在でも真相は明かされず藪の中です。

    豊田商事会長刺殺事件は口封じのため?

    捜査に支障をきたし結果的に原因を究明できずに、未解決の迷宮入り事件となってしまいました。豊田商事会長刺殺事件の犯人が他にいて、口封じのために殺害を依頼されたのではないかという憶測も流れました。現在でも別に黒幕がいるという噂があります。

    取り調べを連日のように受けていた永野一男会長も、実は裏で操られていて、黒幕である真犯人がいて、口封じの目的で自称左翼の2人に刺殺を命じたのではないかという憶測もあります。

    豊田商事とゼネコンの関係

    豊田商事と大手ゼネコン会社の関係は、永野一男会長は生前、金のペーパー商法に変わる新たな商材として「ゴルフ会員権」に目をつけていたことでした。当時、ゴルフ会員権は資産価値があり、それを運用すれば利益を得られるゴルフ会員権ビジネスを考えました。

    目を付けた大手ゼネコンはゴルフ会員権システムを背景としたゴルフ場の建設を請け負っていたのです。その契約の内容は数十億という通常ではありえない高額なものでした。しかも、すべてのゴルフ場は僻地だったり、トラブルがあったりなどと普通では買わないような物件ばかりでした。

    大手ゼネコンも被害者とも言えますが、豊田商事のゴルフ会員権ビジネスの背景を知った上での高額な契約を交わしているので、この大手ゼネコンも旨味を味わったことは間違いないでしょうね。

    豊田商事会長刺殺事件の生中継!

    1985年6月18日、豊田商事会長・永野一男さんは大阪市北区にあった自宅マンションの玄関前には「今日にも逮捕」との情報を聞きつけて多くの報道陣が集まっていました。

    そんな中、刺殺事件が起きてしまいました。

    マスコミ関係者は助けなかった

    1985年6月18日の16時半過ぎごろ、自称右翼の男2人が永野一男会長の部屋の前に姿を現しました。犯人は、報道陣に詐欺事件の被害者6人から「金はいいから、永野を殺せ」と頼まれたと語っています。その後の取り調べで、豊田商事事件の直接的な被害者でないことはわかっています。

    そして犯人2人は、道路に面した玄関横の窓のアルミサッシを蹴破り、窓ガラスを割って侵入し、永野一男会長の頭部などを含め全身13か所を銃剣で刺しました。その頃、たくさんのマスコミは生放送をしていましたが、誰一人助けようとはしませんでした。

    犯人2人は部屋から出た後、「警察を呼べ!犯人は俺だ」と叫び、マンションが出たところ大阪府警察に現行犯逮捕されました。当時はまだ携帯電話がない時代なので、事の重大さに気付いた数人のマスコミ関係者が慌てて、近隣住民に通報を依頼したとされています。

    子供には見せないでと生中継

    永野一男会長が刺殺されている時の怒声や音声、犯人の侵入しているシーン、永野一男会長がストレッチャーで運ばれる様子などの緊張した生々しい場面は、NHKニュースや民法テレビ各局で一部始終、すべてが生中継されていました。

    この時アナウンサーが慌てて「子供には見せないで」と呼びかけるなど、異例にない生々しい光景でした。事件後、週刊誌「フォーカス」が、永野会長の遺体や犯人、もう一人の犯人が拳銃を持つ生々しい現場写真を載せて発売しています。

    豊田商事会長刺殺事件のその後は?

    被害額が膨大なため、真犯人も真相もつかめずに、黒幕説まであった中で、弁護士も、被害者も救いの手立てが見えない難しい詐欺事件だったみたいです。

    老後の資金のために貯金していたお金を投資に充てて、騙されてしまっているので、被害者の感情意識も相当なものであると思います。

    詐欺の被害者は高齢者?

    豊田商事の社員が行っていた勧誘方法は、とてもひどいもので、狙われたのが主に孤独な高齢者であったというのが、被害を大きくさせた要因でした。まず無差別に電話で勧誘して、一人暮らしの老人だと分かると相手の家に訪問しました。

    家に上がり、身の上話を聞いたり、世間話をしたり、身辺の世話を親切にしたりと、寂しい一人暮らしの老人の心の中に入り込んでいき、「自分を息子だと思って」と人情に訴えたりし、巧みに契約を結ばせました。

    金利のつかない銀行に預けるよりは儲けがはるかに出ると言われてしまえば、多くの被害者たちは、豊田商事社員の巧みな口車に乗せられてしまうのも仕方ないですよね。

    被害者に戻ってきたのは10%

    被害者の会が発足していましたが、豊田商事は破産同然で、資金回収の見込みはほぼ難しい案件になっていました。そのため、なかなか弁護を引き受けてくれる弁護士が見つからない状況でしたが、一人の弁護士が名乗りを上げました。

    名乗りを上げた弁護士は、「森永ヒ素ミルク中毒事件」や「千日デパート火災事件」で被害者側に救いの手を差し伸べ、徹底的に戦った中坊公平弁護士でした。

    中坊公平弁護士は尽力を尽くしましたが、残念ながら限界がありました。豊田商事の金庫に残っていたわずかな現金と、1000人以上とも言われている賛同した弁護士団が救済金の回収に尽力し、回収できるとことからかき集めた結果、130億円の資金回収に成功しています。

    しかし、被害者の手元に戻ってきたのは、わずか被害額の10%強にとどまりました。それだけ、被害者の数が多かったということですね。

    トヨタ自動車に風評被害

    豊田商事という社名は、そもそもトヨタ自動車グループ企業と錯覚させるために、最初から詐欺で一儲けしようと考えていた、黒幕の一人である永野一男会長が名付けたとされています。

    トヨタの名前をパクった理由は、永野一男会長が最初に就職したのが、トヨタ自動車グループ企業の日本電装(現在のデンソー)だったからだと言われていますが、その真相は定かではありません。

    豊田商事とトヨタグループは当然ながら、資本関係はまったくありませんが、芸能人を使ったCМを宣伝に使った豊田商事は、トヨタグループだと印象付けを大々的にしました。

    風評被害はトヨタ自動車だけではなかった

    実は、風評被害に遭った企業は、トヨタ自動車だけではありませんでした。

    山口県に紙製品業者「豊田商事株式会社」がありました。こちらは1948年に法人化し、社名は創業者の名前から由来したものです。もちろんトヨタグループとも無関係でとばっちりを受けた企業のひとつです。

    悪徳商法の関連企業には、親会社とされる「銀河計画」、ゴルフ会員権を売りつけて社員が逮捕された「鹿島商事」、ねずみ講で倍々方式で被害を生み出した「ベルギーダイヤモンド」などがありました。

    豊田商事会長刺殺事件の関係者は?

    巨額資金のすべてを知っている黒幕と考えられていた、永野一男会長が刺殺されたことでその解明は困難になりました。現在ではその真相はわからず闇の中ですが、豊田商事会長刺殺事件の関連人物のその後と現在を調べてみました。

    刺殺事件の主犯である飯田篤郎

    飯田篤郎さんは主犯格とされています。当時56歳で大阪府豊中市で鉄工所を持っていました。工場では、積極的に身体労働者や高齢者を雇用していたようですが、下請契約を会社に騙されたり、不景気が原因で、1984年に借金5億を抱える形で倒産しています。

    飯田篤郎さんは、豊田商事の詐欺事件での直接な被害者ではないですが、犯行動機に知り合いに頼まれたこと、高齢者を騙していた豊田商事が許せなかったと供述しています。誰かに雇われて犯行に及んだ黒幕説もあります。

    また供述では、自分の犯行を止めなかった当時のマスコミに責任を求めたりもしていました。現在は、80代後半で3DKの家賃7万円のアパートに妻と子供とひっそりと暮らしているそうです。

    刺殺事件の共犯である矢野正計

    飯田篤郎さんの部下である当時31歳の矢野正計さんは現代60代となりました。釈放後は大阪市内でしばらく生活していたようです。

    美人の奥さんをもらい、子供5人にも恵まれて、雀荘を経営していたが、2010年頃に大阪から広島に引っ越したそうです。

    一部の週刊誌では、釈放された後、犯人である飯田篤郎さんと矢野正計さんは仲違いしたようです。
    理由は、お互いに永野一男会長を刺したのは、自分ではないと言い張っているのだとか。

    豊田商事幹部だった前田英仁

    はなまるうどんの創業者である前田英仁さんは、実は豊田商事の元幹部でした。はなまるうどんの上場申請する時に、週刊誌の報道で創業者の経歴に豊田商事の元社員だったと明かされています。

    現在は、吉野家ホールディングの傘下になっているようです。

    詐欺と戦った弁護士の中坊公平

    中坊公平さんは、京都大学法学部卒業で、大阪に籍を置いている弁護士です。1975年には乳児130人の命を奪った「森永ヒ素ミルク中毒事件」で被害者弁護士団長も務めていました。

    豊田商事事件の後は、1990~1992年に日本弁護師連合会会長を務めています。

    その後、弁護士として引き受けた住宅金融債権管理機構での債権回収方法で、詐欺行為があったと認めた形で、2002年に弁護士を辞めています。2013年5月3日に、心不全のため京都市内の病院で死去しています。

    豊田商事のやばい動画をご紹介!

    ここでは、テレビの生中継で流された「豊田商事会長刺殺事件」をはじめ、「やばい朝礼」、「やばいCМ」の動画をご紹介します。

    豊田商事のやばい朝礼

    豊田商事 朝礼

    こちらは「豊田商事の朝礼」を撮影した動画です。

    22秒の短い動画ですが、とにかく異常でやばいとしかいいようがないような動画です。
    動画開始直後の「オイショ!オイショ!」の掛け声の時点で、すごい衝撃を受けてしまいました。

    豊田商事のやばいCM

    豊田商事 CM集

    こちらは当時の「豊田商事のCМ」の動画になります。

    宣伝やイベント、テレビCМを駆使して信頼を集めました。社名もトヨタ自動車を連想させる目的で命名されたり、車を使ったCМを流したり、トヨタの関連が会社「豊田通商」そっくりのロゴを用意するなど用意周到な作戦に出ました。今やると違う意味で問題になりそうですね。

    商品名も「TOYOTA GOLD」で、営業マンたちの親身な交流もあり、たくさんの人たちが豊田商事を信頼していったのです。

    豊田商事刺殺事件の生中継

    豊田商事永野会長惨殺事件

    こちらは生中継された「豊田商事会長刺殺事件」の動画になります。

    犯人2人は黒カバンの中に銃剣を忍ばせていて、凶器を持っていないと思っていたし、当時のマスコミ報道陣は犯人が本気で何かをするとは思いもしなかったでしょうね。

    しかし、実際は殺人事件が起きてしまいます。その一部始終をマスコミは生中継していました。事件後もこのショッキングな映像は繰り返して放送されることになります。

    豊田商事会長刺殺事件が元ネタになった映画

    【衝撃映像決定版 !! 】 p1-2/5

    豊田商事会長刺殺事件のあった翌年に上映された滝田洋二郎監督作、内田裕也さん主演の『コミック雑誌なんかいらない!』という映画があります。この映画は、豊田商事事件、豊田商事会長刺殺事件がモデルになったシーンがあります。

    本作で再現された豊田商事会長刺殺事件はとてもリアルで、ビートたけしさんが演じる犯人が室内で永野一男会長をめった刺しにするシーンなどは、ぞっとするくらいリアルで、事件の凄惨さが強く印象的ですよ。

    豊田商事会長刺殺事件後は法律が整備

    豊田商事詐欺事件が発生してからは、「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」が制定されました。これにより、現在では当たり前の金(きん)などの預託取引契約などに使えるクーリングオフ制度が導入され、契約を一度しても解約できるようになりました。

    現在ではトヨタ商事詐欺事件のようなペーパー商法などのあからさまな詐欺事件は減ってきてはいます。しかし、より巧妙な詐欺事件は続々発生しているのが現状です。

    詐欺は合わないに越したことはないので、自身で気を付けられるところは気を付けましょう。

    豊田商事会長刺殺事件が現在でも語られる理由

    豊田商事会長刺殺事件は、昭和の大事件のひとつとして現在でも語られています。

    史上最悪とも言われる詐欺事件と、その黒幕とされている豊田商事の豊田一男会長がマスコミの目の前で刺殺されてしまう二重のショッキングな事件だったことから、国民の記憶に強く残る事件となりました。

    この事件の裏側には、現在でも解明されていない豊田商事の金の行方、殺人を犯した犯人の動機、飛び交う黒幕説など、多くの謎を残す事件が現在でも語られる理由のひとつではないでしょうか。

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