地図にない集落「犬鳴村」の都市伝説の真相は?現在も存在するの?

2020年に映画公開が決まった「犬鳴村」ですが多くの都市伝説が存在します。地図にない村、犬鳴村は日本国憲法が存在しない?一度入ると生きては帰れない恐怖のトンネルがある?犬鳴村の都市伝説の真相と現在どのような状況になっているのかを調べてみました。

恐怖の都市伝説「犬鳴村」の真相は?現在もあるの?

犬鳴峠は、日本でも最凶の心霊スポットとして恐れられています。犬鳴峠にある犬鳴トンネルを抜けた先には、犬鳴村という集落があると言われているのです。犬鳴村には、数々の恐ろしい都市伝説があります。

2020年には映画『犬鳴村』の公開が決定しました、犬鳴村の都市伝説は、どのようなものがあるのでしょうか?犬鳴村の都市伝説や真相について調べてみました。

犬鳴村の都市伝説とは?

犬鳴村は恐怖の都市伝説として非常に有名です。ネットでも様々な噂が流れ、現地に向かう人もかなりいます。YouTubeには、実際に犬鳴村周辺に行った動画が多く公開されているのです。犬鳴村の恐ろしい都市伝説をご紹介しましょう。

日本国憲法が通用しない

犬鳴村の都市伝説として、一番最初に語られるのは村の中では日本国憲法が通用しないというものでしょう。犬鳴村に入ろうとすると、驚くような内容が書かれた看板が目に入ります。看板には「この先、日本国憲法は適用しません」と書かれているのです。

信じられない話ですが犬鳴村は日本の中にありながら自治権が認められており、憲法は適用されないと言われています。このことは、この後の恐怖の都市伝説に関わってきます。

セダンの廃車

更に、伝わる都市伝説に白のセダンに関するものがあります。犬鳴村に繋がる犬鳴トンネルの前には、なぜか「白のセダンは迂回してください」という不思議な看板があるというのです。

白のセダンだけが入れないというのが妙ですが、これには理由があります。以前、面白半分に犬鳴村にやってきたカップルがいました。このカップルが白のセダンに乗っていたそうです。

2人はそのまま村に入りましたが、村人によって殺されてしまいます。その後、村の入り口の近くにボロボロになった白のセダンが、見せしめのように置き去りになっているのです。

現在、犬鳴トンネルは閉鎖されており、白のセダンは迂回するよう書かれた看板はありません。

犬鳴村は全域が圏外

犬鳴村の都市伝説には、村の全域が圏外と言うものがあります。全てのメーカーの携帯やスマートフォンが、村の中では使用不可能なのです。そのため、犬鳴村に迷い込んでしまうと外界と連絡が取れません。

圏外になること自体がそこまで不自然なわけでありませんが、犬鳴村は日本とは別の自治区のような存在のため圏外になるとも言われています。

犬鳴村にはコンビニがあるが警察にはつながらない

犬鳴村は外の世界とはかかわりを断って自給自足で生活しています。しかし、なぜか村の中にはコンビニがあると言われており、公衆電話もあるそうです。しかし、コンビニの電話から110番しても警察には繋がりません。

一度村に入ったら、外界に助けを求めることはできません。

犬鳴村の場所はどこ?

数々の恐ろしい都市伝説を持つ犬鳴村ですが、現在でも訪れようとする人は多いです。恐ろしいのは犬鳴村だけでなく、辺り一帯も心霊スポットとして知られています。犬鳴村は日本のどこにあるのでしょうか?

犬鳴村は九州にある

犬鳴村があると言われる犬鳴峠は、福岡県の宮若市と糟屋郡久山町の境にあります。犬鳴峠は、宮若市と糟屋郡久山町をまたぐ形で存在しています。特に犬鳴村に繋がる犬鳴トンネルは、九州だけでなく恐ろしい心霊スポットとして30年以上前から知られているのです。

犬鳴村は地図にはのっていない

犬鳴村は犬鳴トンネルを抜けた先にあると言われています。犬鳴トンネルは現在封鎖され、車で通り抜けることはできなくなっています。犬鳴村は、全ての公的記録から抹消されたと言われており、地図にも載っていません。

グーグルアースで犬鳴村があるといわれる周辺を調べると、一部が黒く塗りつぶされているという噂があります。実際は、グーグルアースで調べると黒く塗られているところはなく、犬鳴村がある辺りは森林になっています。

グーグルアースでも犬鳴村の存在が隠されているというのは完全にデマですが、村があるのかどうかも分かりません。トンネルには人間なら通れる隙間があるので、徒歩なら入ることができます。しかし、村にたどり着いて戻ってきた人は誰もいないと言われています。

最大の心霊スポット犬鳴トンネル

犬鳴村に行くためには、犬鳴トンネルを抜ける必要があります。この犬鳴トンネルは心霊スポットとして日本中に知られており、犬鳴村の名前が広まる前から有名でした。犬鳴村につながる犬鳴トンネルの情報をまとめてみました。

犬鳴トンネルを抜けると犬鳴村に

現在、犬鳴トンネルはブロックで塞がれており、車が通れないようになっています。しかし、人間が入れるような隙間があり、中には入ることができます。トンネルを抜けると脇道があり、ここが犬鳴村に繋がっているといいます。

トンネル付近の公衆電話の都市伝説

現在は撤去されてしまったようですが、犬鳴トンネルの付近にあった電話ボックスは幽霊が必ず出るという話で有名でした。そこの公衆電話で電話をかけると女の不気味な声が聞こえたり、電話ボックス付近に若い女の幽霊が出るというのです。

全く関係ない電話番号が犬鳴トンネル近くの公衆電話の番号だとされ、電話をかけると死んでしまうという噂もありました。現在でも、ネットには電話ボックスで幽霊を見たという多数の目撃証言が残されています。

実際に電話ボックスを見ても、何も出なかったという話もあります。しかし、幽霊が出るという話が有名になりすぎたせいで、電話ボックスは撤去されてしまったと言われているのです。

犬鳴トンネルは実際に危険?

心霊スポットとして犬鳴トンネルは非常に有名です。現在でも、この近くでおかしなものを見たという話や突然気分が悪くなったという人は後を絶ちません。これらは、勘違いや思い込みで実際は何もないという人もいます。

一方で、犬鳴トンネルは心霊現象とは無関係に恐れられているのです。なぜ、犬鳴トンネルは恐れられているのでしょうか?

交通事故が多発

ブレーキが突然きかなくなるなどの理由で、犬鳴トンネルの周辺は交通事故が多発する場所として知られています。ブレーキがきかないと聞くと心霊現象のように考えてしまうかもしれませんが、犬鳴峠周辺は冬になると雪や凍結が多くなる土地です。

心霊スポットとして知られる前から、元々交通事故が多発していました。事故の多い土地が心霊スポットとして有名になり、事故が心霊現象と結びつけられたとも考えられます。この事実だけでも犬鳴トンネル付近が危険なことがわかりますが、理由は他にもあります。

暴走族や不良に襲われた人も

犬鳴トンネルの付近は昔から色々といわくのある場所ですが、現在は暴走族などが度胸試しに訪れる場所にもなっているようです。実際、トンネルを閉鎖したブロックにはスプレーで落書きがされたり、トンネル内には空き缶が捨てられています。現在でも、人が訪れているのは間違いありません。

トンネル周辺で、トラブルに巻き込まれたという話もあります。犬鳴トンネルで、心霊現象が起きたという話は少なくありません。しかし、犬鳴トンネルで生きた人間に襲われた人もいるのです。犬鳴村までいかなくても、襲ってくる人間はいます。

犬鳴トンネルは2つある?

心霊スポットとして有名な犬鳴トンネルですが、実は犬鳴トンネルは二つあります。犬鳴村に繋がる道と言われているのは封鎖された旧犬鳴トンネルですが、トンネルはもう一つ存在しています。

新犬鳴トンネルについてご紹介します。

新たに作られた新犬鳴トンネルがある。

心霊スポットとして有名な犬鳴トンネルはかなり昔から通行禁止になっており、1975年に新犬鳴トンネルが開通しました。なぜ、旧犬鳴トンネルが通行禁止になったのかはわかっていません。

通行禁止になってからもしばらくの間は通行することが可能だったようで、当時の様子を話す人もいます。旧犬鳴トンネルが封鎖されてしまったのは、心霊スポットとして有名になったからとも言われています。

しかし、心霊スポットとして有名になる1980年代より前に、トンネルは通行禁止になっていました。新犬鳴トンネルができたのは、旧犬鳴トンネルが心霊スポットとして有名になる前なのです。新しいトンネルができたことと心霊スポットとして有名になったことは関係ありません。

新犬鳴トンネルも心霊スポット


旧犬鳴トンネルが心霊スポットとして有名になる前から開通していた新犬鳴トンネルですが、現在ではこちらのトンネルも心霊スポットとして知られています。新犬鳴トンネルで写真を撮ろうとしたら、黒い手が伸びてきたという話があります。

トンネルを通った人が体調不良になったという話も後を絶ちません。新犬鳴トンネルの入り口の近くには排水溝があり第三のトンネルと呼ばれていますが、この近くにも幽霊が出るという噂もあります。

幽霊が必ず出ると言われた電話ボックスがあったのも、新しいトンネルの出入り口付近だったそうです。最近では、新犬鳴トンネルが日本最凶の心霊スポットとして紹介されることもあります。

村人が襲ってくる?

恐ろしい都市伝説を持つ犬鳴村ですが、村の中に入ると村人に襲われると言われています。村の中に入るとどんな目に合うのでしょうか?犬鳴村の中の都市伝説についてご紹介します。

村に入るとすぐにわかるように罠が張られている

日本国憲法が適用されないと警告していることからわかるように、犬鳴村は外部からの入る人間を拒絶しています。村の入り口を通ったすぐ後に、空き缶や縄で作られた罠が仕掛けられています。罠は侵入者を知らせる警報装置のようなもので、殺傷能力はないようです。

しかし、侵入者が来たことが分かると斧や鎌などで武装した村人がすぐに現れて、襲い掛かってきます。

生きてかえれた人はいない

いきなり、武装した村人が襲いかかってきたら、誰でも逃げるでしょう。しかし、犬鳴村の住民たちは異常に足が速く、簡単に逃げることはできません。この足の速さは農作業で鍛えられたせいとも言われていますが、詳しいことは分かっていません。

カップルが殺されたという話からもわかるように、犬鳴村の住民たちは侵入者を問答無用で殺しに来ます。日本国憲法が通用しない地域のため、日本人が殺されても誰も抗議しないようです。また、助けを呼ぶ手段もないため、生きて帰ってきたものはいないと言われています。

犬鳴村はなぜ隔絶された集落なのか?

犬鳴村は外の世界とは完全に交流を絶っていますが、なぜこんな村が存在するのでしょうか?また、なぜここまで村人は攻撃的なのでしょうか?犬鳴村が隔絶されている理由やどうやって暮らしているのかについてご紹介します。

犬鳴村は迫害されていた

地図に載っていないこととも関連してきますが、犬鳴村は江戸時代の頃に差別された人が隔離された場所と言われています。詳しい理由は分かりませんが、差別された人が犬鳴村に集められたのです。

戦前の時代には、ハンセン病の患者が犬鳴村に隔離されたという話も残っています。これらの理由から犬鳴村の住民は外の世界の人間を恨んでおり、村に入った人間を攻撃してくるようです。

自給自足

コンビニがあるとも言われる犬鳴村ですが、村は外との交流を拒んでいるので住民は完全に自給自足で生活しているという噂です。農作業を行っているようですが、縄文時代のような生活をしているという噂もあります。

近親婚で存続している

外の世界とのかかわりを断っている犬鳴村ですが、村の規模は大きくなく少人数で暮らしています。外からの人間を受けいれることがないため、周りは近親者ばかりです。近親婚を行うことで、何とか村を維持することしかできません。

そのため、先天的に障害や疾患を持っている人も少なくないと言われています。一説には、住民が攻撃的になる原因の一つとされています。

犬鳴峠のリンチ焼殺事件とは?

犬鳴村の話とは直接関係ないのですが、犬鳴峠はある殺人事件が起こった場所としても有名です。実はこのことが、犬鳴村の都市伝説を有名にした原因と言われています。犬鳴村のリンチ焼殺事件と犬鳴村が有名になった理由についてご紹介します。

男性が殺害された

事件が起きたのは昭和63年の12月7日です。仕事を終え、自宅に帰ろうとする20歳の男性が赤信号待ちをしているところに、5人の少年に声をかけられます。少年は彼女を送るから車を貸すように要求しますが、男性は断ります。

これに逆上した少年たちは、男性を拉致してリンチを加えました。少年たちは散々男性に暴行を加えた後、事件が発覚することを恐れて男性にガソリンをかけ焼き殺してしまったのです。犯人たちはすぐに逮捕されました。その後の詳細は不明ですが、犯人は現在も服役中と言われています。

犬鳴村が有名になったきっかけ

このように、犬鳴峠では非常に残忍なリンチ焼殺事件が起こっています。この事件は有名ですが、犬鳴村があると言われる周辺では他にも死体遺棄事件や殺人事件が起こっているのです。これらの恐ろしいイメージが犬鳴村や犬鳴トンネルを有名にしたと言われています。

犬鳴村に関する情報は噂話ばかりで、実際に人が行方不明になった話は存在しません。また、周辺が心霊スポットとして有名になったのも、殺人事件が起きたあたりからです。

事件そのものは、過去の話になっています。しかし、その恐ろしいイメージが残り、犬鳴村や犬鳴トンネル周辺の噂に繋がったと言われているのです。

犬鳴村は実在する?

恐怖の都市伝説として知られる犬鳴村ですが、村に向かった人間が戻ってこないという事実はありません。一方で、犬鳴村があるとされる場所に行って、戻ってきた人もいます。また、過去に犬鳴村があったという記録も残っていました。

犬鳴村が本当に存在するのかまとめてみました。

現在は犬鳴村は実在しない可能性が高い

犬鳴村は犬鳴トンネルを抜けてすぐにあると言われています。しかし、グーグルアースの衛星写真でもわかるように、その辺りは森林になっており村があることは確認できません。実は、犬鳴村があるとされる場所に行った人がブログを書いています。

しかし、そこには、「日本国憲法は適用されない」という看板も、侵入者を知らせる罠も、襲ってくる住人もいなかったようです。周囲に民家はあったそうですが、人が住んでいるのかもわからず何も起きませんでした。

他に、犬鳴村に向かったら大きな施設があり、近づいたら警報が鳴ったので逃げてきたという話もあります。いずれにせよ、現在恐ろしい村がある可能性は低いでしょう。

日本国憲法の看板にはモデルがあった

犬鳴トンネルは、現在は封鎖されています。しかし、20数年前は使われなくなっても、誰でも通ることはできました。その頃、犬鳴村があるとされる方向に進んでいくと、民家があったのは間違いないようです。その近くには、赤いペンキで文字が書かれた白い看板がありました。

それは、「この先に進むと責任は取れない」というような文字が書かれた不気味な看板だったそうで、犬鳴村の話に登場する看板の元になったのではないかと言われています。当時は犬鳴村の噂はありませんでした。

しかし、死体が遺棄される場所と噂されていたことも分かっています。当時から、かなり不気味な場所として恐れられていたようです。

過去には実在していた

犬鳴村があると言われた場所に民家があったのは間違いないようですが、それとは別に犬鳴村は存在します。正確には犬鳴谷村という名前ですが、市町村合併を繰り返しながら1994年まで村が存在したことは間違いありません。

しかし、過疎化が進み、1994年に犬鳴ダムの底に犬鳴谷村は沈みました。直前まで住人はいたようですが、全員周辺の町に引っ越したそうです。現在でも、「宮若市犬鳴」として地名は残っています。この村の航空写真は現在でも見ることができます。

ただ、犬鳴谷村は犬鳴村とは全く違う場所にあるため、別物として考えてもう一つ犬鳴村と呼ぶ人もいます。もちろん、都市伝説のような物騒な話はなく普通の村です。しかし、犬鳴ダムでは死体遺棄事件が発生しており、周辺の恐ろしいイメージに関係がないとは言い切れません。

犬鳴村伝説の真実

犬鳴村は、過去から差別を受け続けた集落とされています。そのため、あらゆる記録から抹消され地図にも記載されていないと言われていますが、これらは事実とかなり異なることが分かっています。

犬鳴村があるとされた地域の記録や地図の真実についてご紹介します。

犬鳴村がある地域は福岡藩の要所だった

犬鳴村があるのは記録が抹消された地域とされていますが、実際はかなり詳細に記録が残されています。江戸時代には足軽が移住した記録があり、住んでいた人たちの墓地も確認されています。他の地域と交流があったのです。

江戸時代末期には避難場所としても利用された犬鳴御別館が作られており、差別された人々が隔離されたイメージとは全く重なりません。

実は地図には民家が書かれていた

犬鳴村は犬鳴トンネルを抜けた先の小道から行ける集落とされています。そこは地図には何も記載されていないと言われていました。しかし、犬鳴村があるとされた場所に、民家が記載された地図もあることがわかっています。

この民家は「この先に進むと責任は取れない」と書かれた看板の先にあったそうで、犬鳴村のモデルになった場所で間違いないでしょう。犬鳴村そのものではないですが、地図にはきちんと記載されていたようです。

犬鳴村の名前の由来とは?

犬鳴村の犬鳴という言葉は、なんとなく恐ろしい言葉のようにも思えます。しかし、この辺り一帯に犬鳴という名前が使われており、特に恐ろしい意味合いはありません。実際の由来はなんなのでしょうか?犬鳴の由来や地元での読み方についてご紹介します。

諸説あるが犬や狼が鳴いたことが由来とされている

犬鳴の由来は、元々は犬鳴山から来ています。この山は非常に険しいことで有名です。犬や狼でも山を越えることができずに、悲しんで鳴いたことが犬鳴と呼ばれるようになったと伝えられています。

他にも、猟師の連れた犬が大蛇を警戒して鳴いたというエピソードもありますが、犬が鳴いたことが由来とされることが多いです。稲置(いなぎ)という言葉が変化して、犬鳴になったいう説もあります。

犬鳴(いぬなき)は地元ではいんなきとも呼ばれる

犬鳴村の犬鳴はいぬなきと読むのが普通ですが、地元では「いんなき」と読まれることもあります。これは、筑前方言では犬のことを「いん」と読むためです。そのため、犬鳴山は「いんなきやま」になり、犬鳴村は「いんなきむら」と読まれることもあります。

犬鳴村がテレビで特集された?

実際は存在しない可能性が高い犬鳴村ですが、テレビの心霊番組で特集されたことはあるのでしょうか?ネットでは、「犬鳴村 アンビリバボー」のキーワードで検索されることもあります。

犬鳴村がテレビ番組で特集されたことがあるのか調べてみました。

テレビで特集されたのは犬鳴峠

犬鳴トンネルがある犬鳴峠一帯は、日本最強の心霊スポットと呼ばれておりテレビで特集されたことは何度もあります。

過去には霊能力者として有名な宜保愛子さんの番組で取り上げられましたが、危険だということで撮影中止になったエピソードも知られています。

奇跡体験アンビリバボーでも犬鳴峠が取り上げられ、近くに行った人の体験談や電話ボックスのエピソードが紹介されました。

しかし、なぜか犬鳴村に関しては、テレビ番組で取り上げられたことはありません。

これから犬鳴村は特集される可能性が高い

なぜ犬鳴村がテレビで取り上げられたことがないのか、理由はわかりません。かつて日本テレビで放送されていた特命リサーチ2000Xという番組に、犬鳴村に関して調査してほしいという依頼もあったそうです。

しかし、その番組でも犬鳴村が取り上げられることはありませんでした。犬鳴村に関してテレビで放送されたことがないことも、この都市伝説が信憑性を増す結果になりました。

しかし、犬鳴村を題材にしたホラー映画が公開されることが決定しました。かなりの話題作のようなので、今後犬鳴村が心霊番組で取り上げられる可能性は高いでしょう。

映画『犬鳴村』2020年公開!

恐怖の都市伝説として有名な犬鳴村ですが、2020年に映画が公開されることになり話題になっています。まだ細かい情報は入ってきていませんが、かなり注目度の高い作品です。

誰が監督をするのかなど、映画犬鳴村に関する情報についてまとめてみました。

映画『犬鳴村』の監督は清水崇

映画犬鳴村の監督は、ホラー映画の巨匠として有名な清水隆さんと発表されました。清水隆さんは1972年生まれで、群馬県前橋市出身です。清水隆さんは2001年に『富江re‐birth』で映画監督としてデビューを果たしました。

代表作として知られる呪怨はビデオ版からスタートしましたが、映画化してシリーズ化されました。ハリウッドで作られた呪怨のリメイク版も制作しており、日本人監督として初めてハリウッドデビューを果たしています。

このリメイク版は全米興行収入でナンバーワンになるほどのヒット作になりましたが、これは日本人監督の実写化作品としては初の快挙です。また、ホラー映画だけでなく実写版の『魔女の宅急便』の監督としても知られています。

世界中からオファー殺到

監督の名前が公表された映画『犬鳴村』ですが、キャストやあらすじに関しては全く明かされていません。まだまだどんな映画になるのかわからない状態ですが、すでに外国の映画会社からオファーが殺到しています。

映画化が発表されたばかりの時点で、これだけ声がかかることはまずありません。清水崇さんの監督作品は、2度にわたって全米興行収入初登場1位を記録しました。そのため、映画『犬鳴村』は海外では非常に注目されていることがわかります。

英語版のタイトルは『HOWLING VILLAGE』と発表されています。

犬鳴村の伝説は終わらない

福岡の都市伝説犬鳴村についてまとめてみました。犬鳴村は実在しない可能性が高くなりましたが、とうとう映画にまでなりました。人々の心の中に、犬鳴村は存在するということなのでしょう。犬鳴村の伝説は国内だけでなく、海外にまで知れ渡ることになりそうです。

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