19歳の時に上京する。事務所やオーデションを片っ端から受けるもエキストラがせいぜいであった。売り込むために本人とマネージャーの一人二役をこなしていた事もあったがなかなか芽は出ず、失意の中一度は廃業しオーストラリア、南アメリカ、東南アジアなどおよそ4年間海外で放浪生活をしていた。 しかし「これでは逃げ出したままで終わってしまう」と思い直し一路帰国の途に就く。俳優活動を再開し、やがて三池作品や望月六郎監督作品と出会った事がターニングポイントとなり今日の活躍に到る。

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