木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
織田無道さんは、神奈川県の厚木市出身で、帝京大学法学部を卒業しています。
織田無道さんが霊能者として注目されるようになったきっかけは、1980年代にテレビ出演した際、お墓の撤去についての話をしている時に、何かが映ってしまったそうです。そこで、「悪い霊が来てしまったらどうすればいいの?」と問われ、織田無道さんは、「私の宗派にお祓いはないから、それは気合です」と答え、その場で霊との闘いが始まって、それが全国に放送され、住職ではなく、霊能者、除霊をする人と認識されたようです。
それから、霊能者として、1990年代のオカルトブームの波にのり人気になり、酒と女が大好きという、僧侶とは思えない、強烈なキャラでバラエティ番組で引っ張りだこになり、タレントとして活動していました。
テレビ出演のギャラは、1回で500万~600万円が普通で、アメリカでシカゴのテレビ番組に出たときは1本でギャラが2000万だったんだそうです。
織田無道さんは、タレントとしてテレビに出演していましたが、本職は、臨済宗建長寺派圓光禅寺の第49代住職でした。
霊能者としてオカルト系の番組に出て名前が知られるようになりました。
2002年には暴力団組長らと共謀し、宗教法人(都内の霊園)の乗っ取りを計り、偽りの登記を行ったとして逮捕され、懲役2年6か月・執行猶予4年の有罪判決を受けました。本人は無罪を最後まで主張していました。
また、石川県の寺の住職になりましたが、宿泊施設などに勤務する従業員などへの、諸々の支払いが滞り、約3,000万円の未払いがあるまま、大半の従業員に解雇通告したということで、労働基準監督署に相談される騒ぎが起きたことも報道されました。
また、2007年には、織田無道さんがプロデュースした格闘技イベント「無道Spirit」が開催され、盛り上がりました。しかし、そこそこ有名選手を呼んだにもかかわらず、選手へのファイトマネーの支払い問題が起こり、台湾やアメリカなどでも無道Spiritを行う予定でしたが、結局一回だけで終了してしまいました。
近年、メディアでは一切姿を見ることが無かった織田無道さんは、現在どうされているのでしょうか。
織田無道さんは、2020年12月9日に68歳で亡くなっています。
2018年に大腸ガンのステージ4だと分かり闘病生活を送っていた末の死去でした。余命1年の宣告だったそうです。
医師からは、手術や放射線治療をしても手遅れだと言われ、様々な民間療法も試したそうです。
漢方薬の調剤師、知人の僧侶、超能力者など、様々な専門家から意見を聞き、サプリメントやワクチンなど、あらゆる療法を試したそう。
全部で3000万円ぐらいつぎ込み、1本2万円の謎のドリンクを、毎日飲んだりしたこともあったそうです。
晩年はテレビから離れていたため、死去したことでいろいろなブログで彼の生前の活動について語られ、再び、注目されました。
2019年には余命1年となっていましたが、YouTubeチャンネル『織田無道ワールド』を開設し、自分の闘病生活についてや『霊魂の世界』『死後の世界』などの動画を投稿していました。
葬儀は、神奈川県厚木市の円光寺で親族のみで行われたとのことです。
続いては、織田無道さんの家族について詳しく見ていこうと思います。
織田無道さんが一般人女性と結婚したという情報はありますが、時期やどんな女性なのかは、情報がありませんでした。
織田無道さんが、有罪判決を受けたり、賃金未払の騒動があったりしましたが、最期まで離婚せずにいたようです。
織田無道さんには、息子と娘、子供が2人いるという情報がありますが、それ以上のことは分かっていません。
息子さんは、神奈川県の圓光寺の住職をしているという情報もあります。
織田無道さんは、織田信長の子孫だと名乗っていたため、織田信長の子孫として知られている元スケーターの織田信成さんが、息子ではないかと言われたことがあります。
しかし、これはデマで、織田信成さんの父親は大阪の会社の社長です。織田信成さんも、織田無道さんも、本当に子孫かどうかの真偽は不明です。
続いては、織田無道さんがどのような活動をしていたのか、見ていこうと思います。
織田無道さんは、『織田無道の心霊写真』『悪霊退散!とっておきの恐怖体験 』『織田無道のミステリー・ツアーへようこそ』などの、心霊写真やミステリーツアーなどのオカルト系の本を何冊も出版しています。
2010年あたりまでは俳優として、堂本剛さん主演のドラマ「金田一少年の事件簿 雪夜叉伝説殺人事件」や、映画「お墓がない」、Vシネマ「修羅のみち」「新・男樹」「新・男樹2」などドラマや映画にも出演していました。
また、バラエティ番組にもよく出演していて、タレントとして活動していました。
織田無道さんは、カーマニアとして知られていましたが、彼の愛車はランボルギーニ・カウンタック・ウォルター・ウルフでした。実は、この車は世界に3台しかない激レア車で、ランボルギーニマニアのカナダの石油王「ウォルター・ウルフ」が、普通のカウンタックに改造を施すように命じ、制作されたものだったのです。
織田無道さんの愛車は、映画「蘇える金狼」で、故・松田優作さんが乗っていたものだと言われています。
自慢の愛車だったわけですが、偽りの登記を行ったとして逮捕され、有罪判決を受けた後、妻に売り払われていました。
続いては、織田無道さんの印象に残る発言について見ていこうと思います。
テレビ番組に数々出演していたため、やらせをする番組を多数あったため、テレビはやらせが多いと暴露したのが話題となりました。
織田無道さんが、テレビに出演していたころは、今ほどいろいろな規制が無かったころです。
織田無道さんは、
など、雑誌のインタビューで、暴露しています。
「悪い霊が来てしまったらどうすればいいの?」と問われ、織田無道さんが「私の宗派にお祓いはないから、それは気合です」と答えたことから、除霊ができる人と認識されるようになり、仕事が次々と舞い込んできたそうです。
『九字護身法(くじごしんぼう)』の『臨兵闘者(りん・ぴょう・とう・しゃ) 皆陣列前行(かい・じん・れつ・ぜん・ぎょう)』を唱えながら九字の印を結び、「この者に宿る邪悪なる魂よ!出ていけ!」といって悪霊に喝を入れていたことが印象的でした。
1990年代に霊能者としてテレビに出演していた織田無道さんについてご紹介してきました。
強烈なキャラで、バラエティ番組で引っ張りだこになった織田無道さんですが、数々のトラブルもあり、近年はメディア出演はほぼありませんでした。
2020年12月に癌により亡くなっています。良くも悪くも強烈な印象を残した織田無道さんの冥福をお祈りいたします。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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