記事ID146103のサムネイル画像

「きのこ」「たけのこ」論争!第三の「すぎのこ」とは?

明治製菓の「たけのこの里」と「きのこの山」は誰もが知るお菓子ですが、実はこれらの仲間として「すぎのこ村」というものが存在していました。今回は、この「すぎのこ村」がどんなお菓子なのかや、今でも食べられるのかどうかなどを紹介します。

「きのこ」「たけのこ」じゃない「すぎのこ」とは?

かつて、この「きのこの山」と「たけのこの里」の仲間に「すぎのこ村」があったことはご存知でしょうか。「え?すぎのこ村ってお菓子なんてあったの?」という人が大半なのではないでしょうか。そのくらい「すぎのこ村」はあっという間に消えていったお菓子です。

 

今回はそんな「すぎのこ村」にスポットを当て、すぎのこ村の誕生秘話や当時流れていたCM、消えた理由や今後の復活の可能性についてご紹介します。また、「きのこたけのこ戦争」についてと「きのこの山」「たけのこの里」「すぎのこ村」の生みの親であるメーカー明治製菓の人気のお菓子5選もご紹介します。

かつて存在した「すぎのこ村」

子どもからお年寄りまでみんなが大好きな明治製菓の「きのこの山」と「たけのこの里」。この二つのお菓子はもはや国民的お菓子といってもいいでしょう。

 

「きのこの山」と「たけのこの里」は有名ですが、それに続いて1987年には杉の木をイメージした「すぎのこ村」というお菓子が発売されたことは覚えていますか。「すぎのこ村」と聞いてもピンとこない人がほとんどだと思います。

 

 

「すぎのこ村」のCM

1987すぎのこ村たけのこの里きのこの山

「すぎのこ村」は「きのこの山」と「たけのこの里」に続き、ビスケットとチョコレートが組み合わされたチョコレート菓子シリーズの一品として販売されました。

 

当時放送されていた「すぎのこ村」のCMは、「きのこのこのこたぬきのこ」という歌い出しに続き、タヌキ扮するきのこの山とブタ扮するたけのこの里が「あの子はだあれ?」とイノシシ扮するすぎのこ村を指差すと、「すぎのこ村のすぎのこじゃあ」と3人で踊りだすという可愛らしいCMでした

ひっそりと消えた「すぎのこ村」

「すぎのこ村」は細いスティック状のビスケットクラッシュアーモンドとチョコレートが杉の木のようにかけてあるお菓子です。発売当初はCM効果もあり、売り上げが好調でした。

 

1年後にはビスケットをココア味に変えてリニューアル、手軽に食べられるお菓子として人気がありましたが、数年すると徐々に人気が落ちていき、ついに1992年の会議ですぎのこ村はシリーズのラインナップから外されてしまったのです。

名前を変えて再登場したことも

1992年の会議ですぎのこ村がラインアップから外された理由は、すぎのこという名前が食材らしくないと判断されたからでした。

 

ただ、すぎのこ村は気軽につまめるお菓子として引き続き販売されることとなり、1992年にラッキーミニアーモンドという商品名でコンビニやスーパーなどで再登場しました。

 

さらに、すぎのこ村はその後いくつかのタイプが販売されましたが売り上げが伸びず、2008年に販売終了します。

「すぎのこ村」が食べてみたい!復活の予定は?

すぎのこ村は2005年に昭和の人気チョコスナックとして期間限定で復刻販売されたことがあります。そのときは「帰ってきたすぎのこ村」とパッケージに明記され、道路が土からコンクリートに舗装されていたり左下の木の下の家がビルになっていたりと、時代の変化を表す工夫をして発売されました。

 

ただ、明治製菓の担当者によると現時点で完全な復活の予定はないそうです。きのこの山とたけのこの里は今後も販売継続していきますが、すぎのこ村についてはしばらくは思い出としてそっとしまったままにしておきたいと語っています。

今も生き残っている「きのこ」と「たけのこ」はどんなお菓子?

きのこの山は昭和50年(1974年)発売、たけのこの里は昭和55年(1979年)発売のお菓子です。実に40年以上明治のチョコレート菓子の代表として今でも皆に愛されており、年間売上は220億円にのぼるそうです。

 

そんなきのこの山とたけのこの里とはどんなお菓子なのか、さらに、国民的イベントとなったきのこたけのこ戦争についてあらためてご紹介します。

 

チョコとクラッカーのバランスが絶妙な「きのこの山」

きのこの山とは見た目はきのこの形をしており、さくさくの香ばしいクラッカーに傘の形をしたチョコレートがくっついたお菓子です。

 

きのこの山が生まれたきっかけは、昭和44年(1969年)に生産がはじまったチョコ菓子のアポロの誕生にさかのぼります。当時、発売されたものの売り上げが悪かったアポロの生産ラインを生かすお菓子を開発すべく悩んだ工場担当者は、軸型ビスケットに傘のようにアポロを挿したお菓子を試作し、明治の研究所に持ち込みます。

 

その後5年間の開発期間を経てきのこの山は発売。するときのこの山は空前の大ヒット商品となります。さらに続くシリーズ商品としてたけのこの里が発売されます。

さくさくのクッキーがくせになる「たけのこの里」

たけのこの里は見た目はたけのこの形をしており、さくさくのクッキーにチョコレートがコーティングされているお菓子です。

 

たけのこの里はきのこの山の姉妹商品として発売されると、きのこの山に並ぶ人気商品となります。その人気ぶりから次第に世間は「私はきのこの山派」、「私はたけのこの里派」と自分がどちらのお菓子が好きか話題にするようになります。

長年続く「きのこたけのこ戦争」

きのこたけのこ戦争は1980年頃から始まったと言われています。同じような見た目をしているため、たびたびどちらが人気か、どちらが美味しいかといった論争が繰り広げられており、2000年代に入ってからは友人同士やネット上での定番話題となりました。

 

2001年にはメーカーの明治製菓本体もこの話題に乗っかり、「きのこの山・たけのこの里 国民総選挙」が開催されます。現在までの経過を見るとたけのこの里の方がやや強い印象ですが、2019年開催の「きのこの山・たけのこの里 国民総選挙」ではきのこの山が勝利しています。

2020年の「きのこたけのこ戦争」はどうなる?

2019年の「きのこの山・たけのこの里 国民総選挙」ではきのこの山が勝利して幕を閉じましたが、両党で長年にわたる戦いへの健闘をたたえ合い、2019年に「ノーサイド協定」というものが結ばれます。

 

 

この協定で40年にわたる論争に終止符が打たれ2020年はTwitterやWebのキャンペーンでどちらが好きかではなく、それぞれのお菓子がどれだけ好きなのかといったアンケートが実施されました。

明治製菓の人気のお菓子5選

大正5年(1916年)に東京菓子株式会社として創業し、キャラメルやビスケットやキャンディーやチョコレートを販売、大正13年(1924年)に明治製菓株式会社に商号変更、大正15年(1926年)に明治ミルクチョコレートを発売、以来さまざまな菓子を販売してきた明治製菓。そんな明治製菓の人気のお菓子5つをご紹介します。

アーモンドチョコレート

2020年7月20日にテレビ朝日で放送されたどのお菓子がナンバー1かを投票して決める「国民1万4千人がガチで投票!お菓子総選挙」第2位に選ばれたのが明治アーモンドチョコレートです。

 

アーモンドチョコレートはナッツチョコレート売上No.1を記録しており、カリっとした食感が美味しいチョコレートで、老若男女問わず人気があります。

マカダミアチョコレート

明治マカダミアチョコレートは、マカダミアとチョコのバランスがよく、明治製菓も自信を持っている商品です。「国民1万4千人がガチで投票!お菓子総選挙」では第6位に選ばれています。

チョコレート効果カカオ72%

チョコレート効果カカオ72%はカカオポリフェノールが豊富なため、健康志向の方にも人気があるお菓子です。「国民1万4千人がガチで投票!お菓子総選挙」では第8位に選ばれています。

明治ミルクチョコレート

大正時代から90年にわたって人気を保ち続けており、令和の今でも昔から変わらぬ味で愛され続けている明治ミルクチョコレート。「国民1万4千人がガチで投票!お菓子総選挙」では第17位に選ばれています。

アポロ

1969年にアポロ11号が人類初の月面着陸に成功、そのアポロ11号の司令船をイメージしてストロベリーチョコとミルクチョコレートの二層を円錐形に組み合わせつくられたのが明治アポロです。幅広い世代に支持されているロングセラー商品です。

「すぎのこ」とは「きのこ」「たけのこ」の姉妹商品として90年代初頭まで販売されていたが今後復活する予定はない

今回は、誰もが知る明治製菓の「たけのこの里」と「きのこの山」の仲間の「すぎのこ村」がどんなお菓子なのか、今でも食べられるのかどうかについてご紹介しました。

すぎのこ村は販売当初は人気があったものの徐々に売れ行きが悪くなり、ラッキーミニアーモンドと商品名を変えて販売されたり、復刻版が販売されたりしたものの、今はもう発売する予定がないということです。ただ、昭和を彩った懐かしいお菓子として記憶にとどめておきたいお菓子の一つではあります。

関連記事をチェック!

関連する記事

この記事に関する記事

アクセスランキング

最近アクセス数の多い人気の記事

TOPへ