2024/02/16
r.y6
忽那汐里さんは、2008年から50代目ポッキープリンセスとしてCMでチアリーダー姿でノリノリのダンスを披露。可愛いと評判を呼び一躍有名になりました。
その後数々のドラマや映画に出演してきましたが、最近は、メディアに姿を見せる機会が少なくなってきました。
忽那汐里さんには、極秘出産の噂が以前より流れています。もし本当であれば産休、育休中ということになりますね。
果して噂は本当なのでしょうか。現在の様子だけではなく、家族がスゴイと言われている真相についても調査しました。
忽那汐里さんが初めて連続ドラマに出演したのは、全日本国民的美少女コンテストで審査員賞を受賞した翌年2007年にTBSで放送された「3年B組金八先生」でした。
イギリスに5年間住んだ過去を持つ帰国子女設定の金井亮子役として登場。
当初帰国子女の設定はなかったのですが、オーストラリアで生まれ育った忽那汐里さんの日本語があまり高くなかったことから急遽決まったそうです。
その後ブレイクのきっかけとなった日本テレビで放送された「家政婦のミタ」において、我儘な長女として「阿須田結役を演じ、父親の社会的地位を奪い一家離散に追い詰める少女が話題に。
2016年にはNHKドラマ初出演を果し「鴨川食堂」において、普段は食堂で働きながら探偵事務所の所長を務める鴨川こいし役を演じました。
忽那汐里さんは、英語が堪能として知られていますが、その背景に生まれ育った場所がオーストラリアというのが大きな理由です。
オーストラリアで生まれ14歳まで過ごした忽那汐里さんの家族構成は、父親、母親、弟の4人家族。
父親は、日系のオーストラリア人で、旅行会社に勤務していると言われています。実家がかなりの豪邸であるそうなので、社会的地位が高い男性なのかもしれません。
母親は、日本人で学生時代にシドニーにホームステイした時に、とても気に入ったことから卒業後の進路を、オーストラリアの企業を選びシドニーで働く中で父親と知り合ったそうです。
実は、ドラマデビューをした2007年に忽那汐里さんは本格的に日本に移住することになったのですが、数ヶ月間は、母親と弟が東京で一緒に暮らす生活を送っていたこともありました。
忽那汐里さんの今は、芸能界から消えていることはありません。むしろ得意の英語を活かして海外へと仕事の幅を広げていました。
忽那汐里さんは、オーストラリア出身の帰国子女で英語が特技と公表しています。舞台挨拶においても海外では英語を披露することも。
2016年に行われたベルリン国際映画祭において、「女が眠る時」の舞台挨拶において見事な英語を披露し、ファンから「英語を教えてほしい」、「羨ましい」など賞賛の声が多く寄せられました。
2018年に映画「アウトサイダー」に出演しハリウッドデビューを果した忽那汐里さん。映画はオーディションがあり、300人の中から選ばれたのです。
この作品の主演は、ジャレット・レトーさんで、日本人の共演者に浅野忠信さんや椎名桔平さんのベテラン実力者が揃いました。
さらに同年に公開された映画、「デットプール2」、「オー・ルーシー!」に出演しバイリンガルの強みを遺憾なく発揮し、海外映画に力を注いでいる様子がうかがえますね。
2016年6月にフジテレビで放送されたバラエティ番組「ぼくらの時代」に出演した忽那汐里さん。
共演者であるオスカープロモーションに所属する女優の武井咲さんと、剛力彩芽さんの3人で華やかなトークを繰り広げました。
もしもダンスと歌のオファーが来たらどうする?という武井咲さんからの質問に対して、忽那汐里さんは「自宅にいる時には、お酒を飲み1人ライブをやっちゃってるからさ」と返答。
意外なことにお酒が大好きで、毎日晩酌を楽しみ、料理をしていても冷蔵庫に入っていたら飲んでしまう生活ぶりが明らかになりました。
武井咲さんからは「収録があるのに、気を付けて貰ってもいい?」と窘められていました。
忽那汐里さんは、海外へと活動の幅を広げInstagramに注目が集まりました。2017年11月の段階でフォローワーは7万6千人であることが確認されています。
今は、フォロワー数が22万人を突破。最近反響が大きかった投稿は、2020年2月に金髪のドレッドヘアの自撮り写真がアップされて、2.7万人の「いいね」が集まったのです。
女優の高畑充希さんは「Wow」とコメントを投稿して驚きを表現。
これまでの黒髪ロングヘア―というイメージを払拭し、新しいイメージの忽那汐里さんに驚いたファンが多かったようです。
忽那汐里さんには、以前より結婚と出産の噂が絶えませんでした。噂の出所や、本当に出産していたのかという真実を見てみましょう。
子供の出産に関する噂があることは、自身でも知っているようです。2016年に放送された「ボクらの時代」において噂についてどのように考えているのかを自身で語っています。
忽那汐里さんによると、名前の後ろに子供というキーワードが出てくることに対して「私、子供産んでないわ!」と否定。
さらに検索キーワードに妊娠という言葉も入っている事に対して「もうなんか、お父さんとお母さんごめんねみたいな感じ」と家族に心配をかけていると考えているようでした。
出産を疑われた理由として、2014年に出版された「日刊サイゾー」が忽那汐里さんの極秘出産を報道しています。
記事によると、大ヒットドラマに出演し人気を確立しつつある22歳の女優が、大学を中退して一般人男性の子供を極秘出産しているという内容でした。
その当時の条件に見合う女優とは、忽那汐里さんだったのです。
2014年からメディアに対する露出が極端に減っていたことから、極秘出産を経て育児中であるという憶測に基づいたもの。
実際に2014年の活動内容を見ると4月から6月までの期間をTBSで放送された「ビター・ブラッド~最悪で最強の親子慶刑事~」や11月にNHKで放送された「鵜飼いに恋した夏」に出演しています。
ドラマだけではなく映画においては2015年に公開された「海難1890」や「黒衣の刺客」のロケをしていたと見られているようです。
極秘での出産と育児は難しいためガセの可能性が高いと見られています。
大学を中退したというのは事実で、2013年6月に中退したことが報じられ忽那汐里さんの事務所では「女優と学業の両立が厳しかった」とコメントを発表し認めています。
一方で、メディアへの露出が減ったことで「女優に専念していると言えるのか?」と考える人もいたようで違和感があると囁かれてきました。
この違和感こそが、極秘出産の噂話に繋がっていったようです。
極秘出産していないのであれば、なぜメディアへの露出が減ったのでしょうか。過去に報じられた熱愛報道が原因にあるのではないかと噂されています。
忽那汐里さんが、メディアへの露出が減ったと言われる理由の1つに20歳の頃に、俳優の松田翔太さんとの熱愛スクープだと指摘されています。
2013年2月に発売された「フライデー」においてデートの一部始終の様子と、手を繋ぎ親密そうな松田翔太さんとの写真が掲載されました。
オスカープロモーションは、20歳未満で事務所に入ったタレントは25歳まで恋愛禁止というルールがあるのですが、これを守らなかったことで社長が激怒。
忽那汐里さんに対しての制裁は、仕事の量を抑えられたことで結果的に忽那汐里さんを見なくなったという結果になったのではないかと推測されています。
元々オーストラリアで育った忽那汐里さんの強みである英語力を活かすために、事務所からの推薦もあり海外女優として活動の幅を広げています。
海外へと拠点を移すことで自然に日本のメディアに登場する機会が減ってしまうのは、仕方のないことなのかもしれませんね。
忽那汐里さんは、2008年にポッキープリンセスに就任すると瞬く間に人気を得て、注目度の高いドラマや映画に次々に出演しました。
オーストラリアで育ち、父親は日経オーストラリア人で、英語が堪能な才媛としての顔も持っています。
映画祭などの舞台挨拶を見事な英語を披露して話題になったことも。しかし、近年はメディアへの露出が減っていることから、極秘出産や結婚の噂もありました。
2018年に、ハリウッドデビューを果しています。たて続けに出演作品数を伸ばし、海外女優として歩む忽那汐里さん。
活動の拠点を海外に移しても、Instagramで日々の様子をうかがうことが可能です。
フォローワー数も爆発的に増加している、忽那汐里さんの2020年の活動を応援しましょう。
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