2024/02/16
r.y6
1985年、小学6年生の時に、明星食品「チャルメラ」のCMで芸能活動をスタートさせた宮沢りえさん。
宮沢りえさんが、大きく話題となったのは、歴代出演者が美少女ばかりだと言われる、三井のリハウスガールの初代を務めた事です。
“白鳥麗子”役で出演し、「あの美少女は誰だ!」と大きな注目を集め、トップアイドルとなっていきました。
宮沢りえさんの映画初主演作は、宗田理の小説で、大ヒットシリーズの『ぼくらシリーズ』の第1作目『ぼくらの七日間戦争』を原作とした映画でした。
管理教育に抑圧された中学生が、学校教師や大人に「戦争」を挑むという内容で、映画もヒットしました。
宮沢りえさんは、この映画で、日本アカデミー賞新人賞を受賞しました。
アイドルとして、歌手デビューも果たし、それと並行で女優としても活躍していた宮沢りえさん。
テレビドラマ、映画、舞台と幅広く活躍され、数多くの作品に出演しています。
映画では、2001年、香港映画『華の愛〜遊園驚夢』で第23回モスクワ国際映画祭・主演女優賞を受賞し、2003年には『たそがれ清兵衛』で日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞を受賞、2005年には『父と暮らせば』で第47回ブルーリボン賞・主演女優賞受賞するなど、数々の賞を受賞しています。
続いては、2008年に再婚された森田剛さんと馴れ初めなどについて見ていこうと思います。
二人の出会いは、2016年8月に上演された舞台です。蜷川幸雄さん演出の舞台『ビニールの城』で初共演しました。
この共演がきっかけで交際がスタートし、10月には森田剛さんが宮沢りえさんの自宅に泊まったと二人の熱愛がスクープされました。
2018年3月16日に二人は、直筆の署名入りの文書でマスコミ各社に結婚の報告をしました。また、森田剛さんはファンクラブ会員には結婚報告の封書を送付していました。
続いては、宮沢りえさんの妊活についての噂を見ていこうと思います。
結婚当初から、『いずれはふたりの子供が欲しいね』と夫婦で話しており、2人は子供を望んでいたのだそうです。
宮沢りえさんは、46歳という年齢による焦りもあり、自然妊娠を待つよりも妊活をはじめることにしたのだそうです。
結婚後すぐに仕事を控えたり、体に負担がかかりそうな仕事のオファーも断るなどしてプライベートを優先していました。
2018年7月に発売された『女性セブン』には、都内の有名産婦人科に極秘通院する宮沢りえさんの姿を掲載されました。また、病院で森田剛さんが目撃された情報もあり、夫婦で通院していた可能性が高いです。
妊活には、非協力的な旦那も多いという話ですが、夫婦で通われていたのでしょうね。
2019年には、宮沢りえさんが妊娠しているのではないかという噂が広まりました。詳しく見ていこうと思います。
2019年の4月に来春公開予定で重要役出演が内定していた医療もの映画を、宮沢りえさんが突然降板したことで妊娠説が出ましたが、両サイドがこれを否定しました。
宮沢りえさんは、この頃、本気の妊活に突入していたそうですが、現在まで宮沢りえさんが妊娠したという情報はまだありません。
結婚後は、仕事をセーブし、妊活に取り組んでいた宮沢りえさんですが、なかなか妊娠する事はできず、徐々に思いつめるようになってしまったのだそうです。
そんな宮沢りえさんの姿を見て、森田剛さんは2019年9月には『本当に無理しなくていい、もう頑張らなくていいよ。一緒にいられれば充分だから』という言葉をかけたと言われています。
その言葉をきっかけに、宮沢りえさんは、妊娠を焦らずに妊活をしていこうという気持ちになり、舞台の仕事に復帰したのだそうです。
妊活していた病院は、長女を出産した時の病院の系列でしたが、不妊治療に特化した別の病院で再チャレンジすることにしたようだと関係者は語っています。
続いては、宮沢りえさんの最初の結婚相手について見ていこうと思います。
宮沢りえさんの初婚の相手は一般男性で元プロサーファーの青年実業家・中津ひろゆきさんと言われています。宮沢りえさんがCMのために行ったハワイで出会ったのだそうです。
宮沢りえさんは、2009年2月に子どもができたことを発表し、6月には娘さんを出産しています。
この時、突然の結婚発表、更にはデキ婚ということもあり大きな話題となりました。
離婚理由は、結婚相手が、アメリカを拠点に生活をしており、結婚当初からすれ違いが多かったのだそうです。また、男性はほぼ無職に近く、宮沢りえさんの稼ぎでほとんど生活をしていたという噂もあります。
しかし、旦那はイクメンだったという噂もあり、真相は語られないままです。別居から離婚成立まで約4年かかったのは、親権や面会の条件についてなかなかお互いの合意が得られなかったからだそうです。
続いては、10代後半~20代の頃の宮沢りえさんについて詳しく見ていこうと思います。
宮沢りえさんは、18歳の時(1991年)、人気絶頂の中、ヌード写真集『santa fe』を発売しました。
撮影は篠山紀信であり、155万部のベストセラーとなりました。この記録は、2003年6月までの集計(165万部)では、日本における芸能人写真集の売上部数としては未だに破られていません。
人気絶頂、18歳と言う年齢でのヌード写真集は、衝撃と共に大きな話題となりました。
1992年11月27日、貴花田(当時関脇、元貴乃花親方)との婚約を発表しました。
相撲界は、若貴ブームが巻き起こっている頃で、国民的な人気を誇っていた2人の婚約は“世紀のカップル誕生”と大きな話題となりました。
二人は、揃って記者会見にのぞみ、幸せそうな二人に世間からも祝福の声が多くあがっていました。
しかし、婚約発表からわずか2ヵ月後、1993年1月27日に「人生最高のパートナーになれなかった」とコメントを発表しました。
当時、貴花田を名乗っていた貴乃花は相撲界の未来を担う宝であり、宮沢りえさんも芸能界を引退しておかみの道に進む覚悟はあったが、人気絶頂で仕事が途切れることがありませんでした。
宮沢りえさんの活動方針について両家の認識の差があったことから、親同士が溝を深めて、婚約発表からわずか2カ月で破局に至ったと言われています。
女優の宮沢りえさんの近況についてご紹介してきました。2018年に森田剛さんと再婚され、幸せな夫婦生活を送っていらっしゃるようです。
また、仕事をしながら妊活もされているようで、もしかしたらそのうち二人の子どもが誕生と言うニュースが入ってくるかもしれませんね。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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映画や舞台などで活躍している人気女優の宮沢りえさん。若い頃は超トップアイドルとして人気を集めました。
2018年には森田剛さんと再婚しましたが、妊活をしていることが話題となりました。また、映画降板の噂もありますが妊娠したのでしょうか。
そこで、今回は宮沢りえさんの結婚や妊娠の噂について調べましたのでご紹介します。最後までお付き合いくださいね。