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    イケメン俳優・西村和彦の若い頃は?意外にもバツ2だった!

    イケメン俳優として活躍している西村和彦は、一体どんな若い頃を過ごしていたのかも気になるところでしょう。それに、西村和彦の婚姻関係についても知りたいという方もいるかもしれません。そこで今回は、西村和彦の若い頃や結婚のこと、そして実家に関して見ていきたいと思います。

    西村和彦はバツ?

    若い頃からイケメン俳優として人気の西村和彦さん。50代を迎えた現在もイケメンは健在で演技にも磨きがかかっています。

     

    そんな西村和彦さんですが、実は2度の離婚を経験しています。どんな人と結婚してどんな結婚生活を送ってきたのでしょう。西村和彦さんの過去の結婚についてご紹介します。

    西村和彦のプロフィール

    • 本名(ふりがな/愛称):西村和彦(にしむら かずひこ/)
    • 所属事務所:ソニー・ミュージックアーティスツ
    • 生年月日:1966年8月21日
    • 現在年齢:53歳
    • 出身地:京都府
    • 血液型:O型
    • 身長:175cm
    • 体重:60kg
    • 活動内容:俳優
    • 家族構成:

    『夏アクターズスタジオ』の一期生

    高校時代から役者を目指していたという西村和彦さん。大学に進学するも、演技の勉強を主にしようと思いたち、大学を中退しました。

     

    その後、俳優の夏木陽介さんが主催する「夏アクターズスタジオ」の一期生となり、デビューを目指します。

    戦隊モノでデビュー

    西村和彦さんが見事デビューを勝ち取ったのは、1988年のこと。1988年2月27日から1989年2月18日までテレビ朝日系列で放送された『超獣戦隊ライブマン』のイエローライオン役で活躍しました。

     

    『超獣戦隊ライブマン』は、今では子供たちの人気定番番組となったスーパー戦隊シリーズの昭和最後の作品。また、スーパー戦隊シリーズ第1作目である『バトルフィーバーJ』が放送されてから10年目に当たることで、“スーパー戦隊シリーズ10周年記念作品”としても注目されさ作品でした。

    リポDのCMで有名に

    大人子供問わずに西村和彦さんの顔が広く知られるようになったのは、「ファイト!一発!」の名台詞で知られていた、大正製薬『リボビタンD』のCMです。

     

    西村和彦さんがCMに出演していた1991年には、この台詞をマネをする人が続出。西村和彦さんの知名度がどんどんアップしていきました。

    西村和彦の学歴

    西村和彦さんの出身高校は京都市立日吉ヶ丘高等学校です。中学まではソフトテニス部に所属していましたが、高校時代はハンドボール部に所属していました。

     

    その後、日本大学藝術学部映画学科に進学しましたが俳優の勉強をするために中退しています。

    西村和彦は若い頃どんなだった?

    現在もドラマや映画で活躍する西村和彦さん。若い頃はどんな活躍をしていたのでしょう。イケメンとして人気だった当時の西村和彦さんについてご紹介します。

    トレンディドラマに多数出演

    西村和彦さんがCMで知名度を上げた1990年代は、トレンディドラマ全盛期。1993年のドラマ『同窓会』では同性愛者の青年役を熱演した西村和彦さんは世間に強烈なインパクトを残しました。

     

    また、1992年には『誰かが彼女を愛してる』では主役に恋する画廊店店長の役を演じ、土曜ワイド劇場や月曜ドラマスペシャルなどにも多く出演していました。

     

     

    大河ドラマへの出演

    NHK大河ドラマは、出演できれば俳優として認められた証といわれています。

     

    西村和彦さんは、1995年の大河ドラマ『八代将軍吉宗』には徳川宗堯(むねたか)役で出演。2003年には『 武蔵MUSASHI』で伊達政宗の役を演じています。

    仮面ライダーのオーディションも受けていた

    西村和彦さんは、『超獣戦隊ライブマン』でデビューしていますが、その前年に『仮面ライダーBLACK』の主人公・南光太郎役のオーディションに落ちていたことを明かしています。

     

    これは、2015年に公開された『仮面ライダー×仮面ライダー ゴースト&ドライブ 超MOVIE大戦ジェネシス』の舞台あいさつで明かされたもの。西村和彦さんは、この映画に出演したことで、当時のリベンジができたと微笑んでいました。

    2度の結婚を経験?

    西村和彦さんはこれまで2度の結婚を経験しています。相手はどんな人だったのでしょう。また、子供はいるのでしょうか。西村和彦さんの結婚生活を振り返ります。

    西村和彦は2度結婚している

    西村和彦さんには、実は、2度の結婚歴があり、現在は独身です。また、結婚しているときに授かった子供は西村和彦さんが引き取り、俳優業と育児を両立しているようです。

    初めの妻は立原麻衣

    西村和彦さんが最初に結婚したのは1996年のころ。お相手は、女優やジャズ歌手として活動している立原麻衣さんです。

     

    立原さんはドラマ『七人の女弁護士』に出演したことで女優の知名度を上げた方です。このドラマは、1991年から1997年までテレビ朝日系で放送されていたドラマシリーズで主演はは賀来千香子さん。立原さんは第2シリーズと第3シリーズに出演していました。

     

    西村和彦さんと立原さんの間には子供はいなかったようです。

     

    9年で離婚

    西村和彦さんと立原麻衣さんの結婚生活は9年続き、2005年に離婚に至りました。離婚理由については2人とも口を閉ざしていたため、多くの憶測が飛び交いました。

     

    中には、西村和彦さんの浮気ではないか?という噂もありましたが、夫婦間にすれ違いが起きてしまったことが主な原因のようです。

    國重友美と2度目の結婚

    西村和彦さんの二度目の結婚は、2006年のこと。お相手は、書家でタレントの國重友美さんです。

    西村和彦さんは、立原麻衣さんとの離婚が成立すると、テレビ番組の共演で知り合った國重友美さんと交際わずか2ヵ月で再婚しました。スピード婚で注目された二度目の結婚でしたが、2008年には第一子の長男、2009年には第二子の長女に恵まれています。

     

    でも、残念ながら2015年に離婚したことで、西村和彦さんはバツ2になりました。

    現在はシングルファーザー?

    2度の結婚、2度の離婚を繰り返した西村和彦さん。2度目の離婚に至った理由は?また、西村和彦さんのイクメンぶりもご紹介します。

    國重友美と離婚

    西村和彦さんは國重友美さんとの子供を授かった後は、積極的に育児をこなしていました。長女が産まれた後は二ヶ月間の育児休暇をとって育児専念していましたし、國重友美さんが2012年に海外に留学したこ時期には、西村和彦さんが育児全般をこなしていたようです。

     

    それでも、育児や家事はできる方かすればいいと話していて、とてもいい旦那さんでパパであったといわれています。

     

    しかし、そんな生活は長くは続かずに2015年に離婚。子供たちの親権は西村和彦さんが持ちました。

    現在はシングルファーザーとして奮闘中

    現在は、2児のシングルファーザーである西村和彦さん。離婚前から積極的に育児をしていましたが、國重友美さんは書家という仕事柄渡米することも多く、子供たちの環境も考えて日本で育児を引き受けることにしたといわれています。

     

    また、慰謝料もなく円満に離婚したといわれています。

    キャラ弁作りもしている

    西村和彦さんは、子供たちのお弁当も作っていて、その様子をたびたびブログに掲載していました。

     

    子供のころから料理が得意で台所にもよく立っていたということで、バラエティ番組でもその腕前を披露したこともありましたが、ネットでは西村和彦さんの料理のクオリティの高さに絶賛するコメントも多くあったようです。

     

     

    西村和彦はバイクが趣味?

    育児と仕事の両立で忙しいかと思いきや、きちんと趣味の時間も確保している西村和彦さん。どんな趣味で息抜きしているのでしょう。多趣味の西村和彦さんについてご紹介します。

    西村和彦はバイク好き

    西村和彦さんの趣味はバイク。自動二輪中型免許も取得していて、工具や好きなおもちゃをガレージにおいているそうです。また、車好きでもあり、自分で整備をしているといいます。

    スポーツマンでもある

    リポビタンDのCMではさわやかな筋肉を披露していた西村和彦さん。その筋肉は趣味であるスポーツで鍛えられたもので、空手、水泳、乗馬、体操など、いろいろな競技を得意としています。

     

    最近では、高校時代からやっていたハンドボールを再開し、40歳以上の選手で結成したマスターズチーム「GHBP ARES」に入って活動しながら競技の普及にも力を入れているようです。

    鉄道や船も好き

    多趣味で活動的な西村和彦さんですが、フジテレビ系のバラエティ番組『超潜入!リアルスコープハイパー』に出演した際には鉄道好きであることも公表しています。

     

    また、別の番組では船好きであることも明かしていることから、スポーツだけでなく乗り物好きであることもわかっています。

    京都の老舗茶屋が実家?

    西村和彦さんの実家は、京都にある老舗茶屋です。それは、現在も外国人観光客にも人気のスポット。西村和彦さんの実家や子供の頃についてご紹介します。

    実家は『仁志むら亭』

    西村和彦さんの実家は、京都にある伏見稲荷大社の境内にあります。境内にある四ツ辻茶屋の『仁志むら亭』が西村和彦さんが育った場所です。

     

    子供のころは、家が山腹にあることで友達があまり遊びに来てくれなかったことが悩みだったようですが、外国人に人気の観光スポットということで、大人になってからは誇りに思っているそうです。

    江戸末期からの老舗

    西村和彦さんの実家である四ツ辻茶屋『仁志むら亭』は、江戸時代から続く歴史ある茶屋で、150年もの間経営されてきました。現在は、西村和彦さんの両親とお兄さんがお店を切り盛りしているようです。

    実家が山腹にある

    西村和彦さんは幼少期、山腹にある実家から毎日学校に通っていました。また、放課後は家業の手伝いをしていて伏見稲荷大社の参道と実家を往復する毎日を送っていたそうです。

    友達があまり遊びにきてくれず

    西村和彦さんは家業の手伝いのために忙しい毎日を送っていたようですが、さらに、実家が実家は伏見稲荷大社の山腹にあることで、なかなかお友達が遊び来てくれずに悩んだこともあったといいます。

    西村和彦は亭主関白だった?

    今ではシングルファーザーとして育児に奮闘している西村和彦さん。結婚生活が続いていたときも家族への献身的な生活が番組で紹介されています。

     

    でも、実は、もともと亭主関白だったそうです。そんな西村和彦さんを変えた一言とは?その後の西村和彦さんについてもご紹介します。

    西村和彦を変えた一言とは?

    西村和彦さんは、國重友美さんと結婚した当初は、実は亭主関白であったそうです。そんな西村和彦さんを変えたのは、國重友美さんの一言でした。

     

    それは、「家族を笑わせたり喜ばせたりできない人が、なんでほかの人を笑わせたり喜ばせたりできるの?」という内容でした。

     

    俳優をしている西村和彦さんにとってファンを喜ばせることが最大の仕事。そんなことから、西村和彦さんは心を入れ替えたといいます。

     

    亭主関白を返上してからの西村和彦は?

    國重友美さんの一言から亭主関白を返上した西村和彦さん。その後の生活はこんな感じです。

    ・料理、洗濯、ごみ捨てなどの家事全般を西村和彦さんが行った。

    ・國重友美さんに留学期間はとくに決めずに好きなようにやらせた。

    ・長男が生まれる前まで、お風呂上りの國重友美さんの体を拭いていた。

    ・時々國重友美さんのトイレの後にお尻を拭いてあげた。

     

     

    西村和彦の現在は育児と仕事の両立

    若い頃は、イケメン俳優として人気を博した西村和彦さん。現在も実力派俳優として活躍していますが、これまでのキャリアを積むまでにはプライベートでさまざまな苦労があったようです。

     

    そんな経験も活かして、さらに演技に磨きをかけてほしいですね。

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