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海老名美どりの現在!ゲームに夢中?母や妹との間の確執とは?

人気俳優の峰隆太さんとご結婚された海老名美どりさんをご存知でしょうか?海老名さんは現在、家事もせずにゲームに熱中しているとの噂や病気になったとの噂があります。今回はそれらの噂の真相に迫るとともに、確執があるといわれている母親や妹との関係も調べてみました。

海老名美どりの現在!ゲームに夢中?母や妹との間の確執とは?

人気俳優の峰竜太さんとご結婚された海老名美どりさんをご存知でしょうか?海老名さんは現在、家事もせずにゲームに熱中しているとの噂や病気になったとの噂があります。今回はそれらの噂の真相に迫るとともに、確執があるといわれている母親や妹との関係も調べてみました。

海老名美どりってどんな人物?

いつも夫の峰竜太と一緒におしどり夫婦として明るい笑顔をふりまいているイメージがある海老名美どりですが、素顔の彼女は一体どんな人物なのでしょうか?

詳しく見ていきましょう。

海老名美どりのプロフィール

本名:下嶋みどり

生年月日:1953年2月14日
現在年齢:66歳
出身地:東京都台東区
活動内容:元女優、美容研究家
家族構成:初代林家三平(父)、海老名香葉子[母)、泰葉(妹)、9代目林家正蔵(弟)と2代目林家三平(弟)、峰竜太(夫)、長女と下嶋兄(けい、息子)、国分佐智子(義妹)

海老名美どりは、1953年に東京都台東区で生まれました。女優として、1973年に「銀座わが町」というNHKのドラマでデビューし、その後、女優・タレントとして活動の幅を広げていきました。

美容に関しての高い意識とこだわりを持ち、「海老名美どりの20kg減量3分間体操」や、
「海老名美どりのやせる56ポーズ」など、当時は少なかったダイエット本など美容に関する本も数多く出版し、現在も美容研究家としても活動しています。

海老名美どりの出演作品まとめ


●ドラマ
1973年「銀座わが町」
1976年「いごこち満点」
     「高原へいらっしゃい」
1980年「噂の刑事トミーとマツ」
1984年「大岡越前 第8部」
1986年「暴れん坊将軍II」
     「いのち」
     「超新星フラッシュマン」
1987年「水戸黄門 第17部」
1990年「月影兵庫あばれ旅」
1991年「ああ相続」
1992年「俺たちルーキーコップ」
●映画
1984年「お葬式」
1987年「首都消失」
1990年「ペエスケ ガタピシ物語」
1991年「花のズッコケ児童会長」

海老名美どりは結婚している?旦那は?

有名な両親のもとに生まれ、常に私生活も注目されている海老名美どり。彼女ががどんな結婚生活を送っているのか、また旦那さんについても詳しく見ていきましょう。

俳優の峰竜太と結婚

海老名美どりは、1975年に俳優の峰竜太と結婚されています。当時、海老名美どりは22歳、峰竜太は23歳という若い二人でした。

峰竜太との馴れ初め

海老名美どりと峰竜太の馴れ初めは、当時日本テレビ系列で毎朝放映されていた子供向け番組「おはよう!こどもショー」での共演がきっかけでした。番組の中で、海老名美どりは司会の「みどりちゃん」として、峰竜太は「体操のおにいさん」としてレギュラー出演していました。

峰竜太が海老名美どりに一目ぼれし、交際が始まり結婚に至ったようです。当時の峰竜太は、まだ駆け出しの若手俳優・タレントで、当時人気絶頂の有名な落語家(初代)林屋三平氏の長女である海老名美どりとの結婚はかなりの格差婚でした。

浮気がきっかけで「鬼嫁」のイメージが定着

結婚後峰竜太は、海老名美どりの父親である林家三平氏が親交の深かった俳優石原裕次郎に頼み込んでくれて、石原プロに入社してブレイクしました。人気が出ると、私生活では女性にもモテたようで、1982年に浮気現場を写真週刊誌にスクープされてしまいました。

峰竜太は浮気について正直に海老名美どりに告白したところ海老名美どりは峰竜太に殴る蹴るの暴行を加え、カッターで切りつける程激高したと言います。しかしながら浮気相手ともけじめをつけさせ、結婚生活を続けることとしました。

海老名美どりは最終的には峰竜太を許し、その後異例とも取れる「浮気謝罪・和解会見」を夫婦揃って行ったことで、一気に「鬼嫁」キャラのイメージが定着されました。

子供はいる?

海老名美どりと峰竜太の間には2人の子供がおり、77年に生まれた一般人で家事手伝いをしている長女の生(うぶ)さんと、83年に生まれた元ジャニーズJr.で、現在もタレントやリポーターとして活動している下嶋兄(けい)さんです。

海老名美どりの家族間の確執とは?

海老名美どりは、母親である海老名香葉子さんや妹である泰葉との関係が悪く、家族間で確執があると言われています。

一体どのような理由でそれぞれの確執が生まれたのか、詳しく見ていきましょう。

関係が悪化したのはいつから?

海老名美どりと母親の海老名香葉子さんとの関係が悪くなったのは、峰竜太の独立の頃と言われています。

海老名家には長年、家族・一門のマネジメントを行う法人「ねぎし事務所」があり、初代林家三平さん亡き後は妻の香葉子さんが運営を担っていました。家族である峰竜太も当初は、ねぎし事務所でマネジメントを行っていたのですが独立し、海老名家と親交の深かった石原プロに入社したもののその後独立をしています。

今では、峰竜太は独立して自宅に個人事務所を構えています。海老名美どりと海老名香葉子さんとの間に亀裂が入り始めたのは、この独立がきっかけではないかといわれています。

ミステリー作家になるという宣言で炎上!

海老名美どりは、1991年に「緊急会見」と題してマスコミを呼び込み、記者会見を行いました。

誰もが、以前から関係の悪さを噂されていた夫である峰竜太との離婚会見かと予想していましたが、予想に反し、ミステリー作家になるという転身宣言会見だったのです。

多くのマスコミが集まり注目されたことで、著作「ビッグアップル殺人事件」の大きな宣伝になった一方で、マスコミは肩透かしを食らい激怒し、海老名美どりは大ひんしゅくを買いました。

会見が原因で家族関係は悪化!母香葉子が激怒?

海老名美どりの緊急会見により、後に峰竜太と海老名香葉子さんが謝罪会見を開く事態となってしまいました。

この会見が原因で、もとより不仲だった海老名美どりと香葉子さんの関係は決定的なものとなったといわれています。

妹の泰葉とは昔から不仲だった?

母親である香葉子さんと不仲である海老名美どりですが、驚くことに妹の泰葉とも不仲だという噂があります。

1980年に父親が亡くなった際に、峰竜太を養子に迎え家元を継いでいた海老名美どりは、泰葉に対して相続の放棄を強要し、不仲になりました。

そして、緊急会見の際に、泰葉は香葉子さん側につき一緒に海老名美どりを批判したことで、二人の関係に完全に亀裂が入りました。

父親の三十三回忌で和解?

母親とも妹とも不仲だった海老名美どりですが、父親の三十三回忌法要の会では、家族が和解したように思えました。

10年前に行われた二十三回忌の際では、母娘の確執がこじれ、峰竜太、海老名美どり夫妻は共に欠席する異常事態が起きましたが、三十三回忌では、海老名美どりは、腰をかがめた香葉子さんの手をいたわるように引き、夫婦以外にも泰葉、正蔵、二代目三平)の兄弟が勢ぞろいし家族の結束が見られました。

三十三回忌の少し前に、弟である二代目三平が、最初にフィアンセである女優の国分佐智子を連れていったのは、母親である海老名香葉子さんではなく、姉の海老名美どりの家でした。

海老名香葉子さんより先に紹介してもらった海老名美どりは、悪い気はせず、一気に家族の確執が氷解していったというわけです。これにより、三十三回忌では皆が久しぶりに勢ぞろいして集まることができたようです。

海老名美どりの現在は?病気や整形の噂!

海老名美どりは、現在テレビなどで元気な姿を見かけることが少なくなり、病気や整形の噂が立っています。

どんな病気なのか、整形の真相も合わせて詳しく見ていきましょう。

病気の噂の真相は?病気なのは妹の泰葉だった?

噂を調べてみるも、海老名美どりが特に病気を患っているという事実はなさそうでした。
むしろ、心配なのは妹の泰葉の方で、彼女は精神的な病気を患っているのではないかと噂されています。

泰葉は春風亭小朝と20年ほど結婚していましたが、その後離婚しています。離婚会見の際には、結婚などめでたい時に使う金屏風を会見場に立てており終始場違いな笑顔とピースサインでした。さらには離婚後10年経って夫を暴行、いじめ、異常性行為で告発しています。

泰葉の奇行はそれだけにとどまらず、その後も別の芸能人を告発するなど、異常行動が目立ち、何かしら精神的な病気を抱えているように端からは見えます。

海老名美どりの整形疑惑!真相は?

海老名美どりが、2代目林家三平の襲名会見などで久しぶりに表に姿を見せた際、昔の顔の印象とかなり違っており整形疑惑が持ち上がりました。

特に、海老名美どりの鼻に違和感があり、鼻を整形したのではないかと噂でもちきりになりました。

海老名美どりが沈黙を保っているため実際に整形をしたのかどうか真相はわかりませんが、昔の印象よりも暗い印象を受けますし、整形をしたとしても、評判はあまり良くありません。現在海老名美どりの露出度はかなり低くなっていますし、整形疑惑の真相はわかりません。

海老名美どりが家事を全くしないとの噂は本当?

海老名美どりの結婚生活に目を向けてみると、全く家事をしないという噂があることがわかりました。

実際のところどうなのか、見ていきましょう。

家事担当は娘!

峰竜太は以前ラジオ番組で、海老名美どりは掃除や家事を一切せず、家事手伝いである娘の生さんが全般的に担当していることを告白しています。

海老名美どりは、もともと整理整頓が苦手でしたが今は全くしないので家は散らかり放題なんだそうです。

峰竜太も最初のうちはお願いなどしたそうですが、今ではキッチンやリビングなどの共有スペースが汚いのは日常のことだとあきらめ、自分の部屋などは自分で掃除をし、かろううじてそこだけは綺麗さを保っているのだそうです。

海老名美どりが家事をしない理由はゲーム?

海老名美どりが家事をしないのは、どうやら彼女がゲーマーになってしまったからのようです。

彼女の年齢からしてにわか信じがたい理由ですが、海老名美どりが一日中ゲームに没頭し、家事もせずご飯も食べずに、ゲーム三昧の暮らしをしているがために、娘の生さんが家事をしているというのです。海老名美どりのゲーム好きは筋金入りで、朝の4-5時頃までオンラインゲームに明け暮れているのだとか。

子育ても一段落して、自由に過ごしたいという海老名美どりの気持ちもわからなくもないですが、なんだかやり過ぎのような気も若干しますね。

海老名美どりの母親の海老名香葉子さんとは?

海老名美どりの母親で、初代林家三平氏と結婚され、三平氏が亡くなられて以降は、一門を支えている肝っ玉母さんのイメージが強い海老名香葉子さん。

彼女はどのようにして三平氏と出会い、海老名美どり達が生まれたのかを見ていきたいと思います。

戦争孤児であった海老名香葉子

海老名香葉子さんは、1933年10月6日に、和竿(わさお)職人の 娘として誕生し、両親、おばあさん、3人のお兄さん、1人の弟の 計8人家族で現在の東京都墨田区で暮らしていました。

戦争中、海老名香葉子さんだけがお父さんの妹夫婦が住む静岡県沼津市に疎開し、2番目のお兄さん以外家族を戦争で失ってしまったため、11歳で戦争孤児になってしまいました。

孤児となった海老名香葉子さんは、親戚をたらいまわしにされ、財産などもすべて親戚に奪われてしまいました。そんなある日お父さんの知り合いで釣り好きの落語家の3代目三遊亭金馬さんが家族に迎えてくれ、そこで養女となりました。

初代林家三平氏と結婚、落語界一門のおかみさんとなる

金馬家に、 七代目林家正蔵さんの妻が出入りしていた関係から、海老名香葉子さんは、その息子の 初代林家三平氏と知り合うこととなり、1952年4月に結婚し、以後、 三平氏の芸能活動をサポートしながら、4人の子どもを育てられたのです。

1961年頃には、三平氏と不倫女性との間にできた隠し子騒動などが発覚しましたが、兎不倫女性に自分の子供として引き取りたいなどと打診し、妻として気丈に対応したりもしました。(女性は子供を渡すことを了承した後、結局子供と一緒に行方をくらましました。)

1980年に、初代三平氏がガンで亡くなると、 通常、師匠が亡くなった場合、一門が解散する落語界において、海老名香葉子さんは、おかみさんとして一門の精神的支柱となり、一門を支えられたのです。

現在は、家族・一門のマネジメントを行う「ねぎし事務所」の代表取締役として忙しく活動しているほか、自身の戦争体験を絵本などにまとめ、平和の尊さを訴え、積極的に講演活動やテレビ出演もしています。

海老名美どりの現在!ゲームに夢中?家族との確執は本当だった!

海老名美どりの生い立ちや夫峰竜太との馴れ染め、「鬼嫁」と言われるいわれや現在の様子などを詳しくご紹介いたしました。

海老名美どりは、ゲームに夢中で四六時中ゲームをしている状態で、家事の一切を長女の生さんが担っていました。また、母親の海老名香葉子さんや妹の泰葉と確執があるというのは、本当で長年いがみ合ってきましたが、次男の気遣いなどによりわだかまりもなくなりつつあります。

母親である海老名香葉子さんの家族を支える姿とはまた違うかもしれませんが、彼女もまた彼女なりの方法で一家をまとめているのかもしれません。これからも、いつも明るい海老名家の楽しい話題をお茶の間に振りまいて欲しいと思います。

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