マネーの虎で出資に成功した出演者のその後は?社長のその後が悲惨?

    当時大人気だった出資番組の『マネーの虎』ですが、この番組で出資に成功した出演者や成功しなかったものの有名になった挑戦者は、現在どうなっているのでしょうか。また、番組を盛り上げていた社長たちの現在は悲惨なものになっているようです。

    マネーの虎とは?

    マネーの虎とは2001年から日本テレビ系列で放送されていた深夜番組です。自分の事業を起こしたい人たちが資金を得るためにマネーの虎に挑戦するという、当時としては異例のテレビ番組でした。

    マネーの虎は番組に登場する大物経営者の呼び名で、番組内では単に虎とも呼ばれていました。志願者が資金を融資してもらうのはなかなか難しかったですが、虎と志願者の真剣勝負が話題になり一時はゴールデンタイムに進出するほどの人気番組になりました。

    志願者が投資してもらうために何をしたのか、番組のルール、最終的に番組はどうなったのかなどマネーの虎についてご紹介します。

    プレゼンして投資させる!

    マネーの虎は志願者が自分の授業についてプレゼンすることで、虎に出資してもらう番組でした。出資する資金は全額虎が自己負担するということで、虎達の審査は非常に厳しくなります。

    プレゼンの内容に少しでも疑問点があると、そのことに関して徹底的に追及されるのが当たり前でした。虎達は非常にシビアで、志願者の人格が否定されるような発言も少なくなかったのです。

    しかし、志願者も資金を得るために必死に食い下がります。そんなプレゼンの熱意が伝わり番組は人気になったのです。

    ルールが厳しい

    番組で厳しいのは虎達の追求だけではありません。ルールも非常にシビアなものでした。まず、志願者は希望の投資金額を提示することになります。プレゼンの結果、出資希望の虎がいたとしてもその金額が希望金額に到達しない場合は、出資金を受け取ることができません。

    1円でも足りない場合は「ノーマネーでフィニッシュ」となり、出資の話は無効になってしまうのです。志願者の希望した金額に出資額が到達した場合のみ「マネー成立」として出資金を受け取ることができました。

    こうした厳しいルールも番組を盛り上げたのです。番組の最後に「ノーマネーでフィニッシュ」か「マネー成立」か宣言するのが、司会の吉田栄作さんでした。

    2004年に放送終了

    2001年に深夜番組としてスタートしたマネーの虎は、話題となりゴールデンタイムに進出しました。しかし、ゴールデンタイムに向かない番組内容だと当初から指摘されており、ゴールデンタイムではあまり視聴率は振るいませんでした。

    その後深夜番組に戻りますが、以前ほどの視聴率は取れませんでした。以前ほど魅力的な志願者が登場しなくなったことや視聴者が番組内容に飽きたとも言われていますが、2004年の3月を最後に番組は終了となりました。

    マネーの虎の志願者のその後は?

    出資を受けるためにマネーの虎に志願した出演者は、様々な人たちがいました。無事に出資を受けたものの、その後失敗した出演者もいます。逆に、出資を受けることはできなくても、大成功した出演者もいるのです。

    マネーの虎の出演者のその後についてまとめてみました。

    大川祝続(ブライダルスクール)

    大川祝続さんは、ブライダルのプロデューサーを養成する学校の広告費として888万の融資を希望してマネーの虎に参加しました。大川さん自身も結婚式の司会をしておりテンポの良い独特の語り口でしたが、それを胡散臭いと感じる人も少なくなかったようです。

    大川さんは自信を持って説明しますが、他のブライダルスクールと違いがわからないことや貯金が900万あるのにそれを使わないことを指摘され、「ノーマネーでフィニッシュ」となりました。

    しかし、現在はブライダルスクールの代表を務めながら現役の司会者として活躍し、エステも経営するなど絶好調のようです。融資は受けられませんでしたが、見事に成功しています。

    小路五郎(あってり麺)

    小路五郎さんは、ラーメン屋の開業資金として980万円の出資を希望しました。店で出すのはあっさりでもこってりでもない「あってり麺」というものでした。あってり麺の味は好評でしたが、プレゼンの評価は芳しくなく出資を受けることに失敗します。

    しかし、その後は長野県で「あってり麺」の店を開き、現在も経営を続けてます。群馬県安中市にも、「あってり麺」の店があるようです。

    村野達郎(ラーメン屋)

    村野達郎さんは、大食い向けのラーメン屋を作るために1000万の出資を希望してマネーの虎に参加しました。かつて大食い番組に参加して、ラーメンを食べつくした自分ならうまいラーメンが作れるはずと豪語しました。

    しかし、味よりもラーメンの量の多さばかりを強調したプレゼン内容は不評でした。川原浩史さんが経営する「なんでんかんでん」で修行すれば出資を受けられることになりますが、初日から無断欠勤し出資の話はご破算になります。

    現在は母親名義のマンションからの家賃収入20万円で生計を立てており、ラーメンとは無関係な生活を送っているようです。

    下山征人(F1レーサー)

    下山征人さんは、F1ドライバーになるための資金として3000万円を希望し、マネーの虎に挑戦しました。プレゼンの内容は評価され資金を出そうとする虎も現れましたが、3000万円は高すぎたのか、「ノーマネーでフィニッシュ」となりました。

    しかし、番組とは無関係に500万を出資する虎が現れ、イギリスに出発しF1ドライバーを目指しています。結局、F1ドライバーになる夢は叶いませんでした。現在は、高級ブランド品の卸売りを始め、成功しているようです。

    兼子ただし(肩こり治療の専門店)

    兼子ただしさんは空港に肩こり治療の専門店を開業するために、マネーの虎に挑戦しました。プレゼンでは、自ら考案したストレスを披露し、虎達からも好評でした。しかし、なぜ空港で開業するのか分からないと言われてしまい、出資を受けることには失敗します。

    その後、スポーツストレッチングトレーナーとして成功し、複数の店舗を経営するようにもなりました。マネーの虎以外にも複数のテレビ番組にも出演しています、YouTubeでは、ストレッチの動画を公開しています。

    しかし、空港で肩こり治療の専門店を開業することはできていません。

    内村浩一(パンのレストラン)

    内村浩一さんは、メニューがパンだけの料理店を出すという夢を実現するためにマネーの虎に参加しました。プレゼンの際のリズミカルな口調はネットでも話題になりました。パンのみのフルコースを出すという斬新なプランでしたが、資金は獲得できませんでした。

    パンの味は認められましたが、批判を受けても笑っていたことが虎を感情的にさせたようです。その後はパン教室を開業し、パンを作る漫画「焼きたて!!ジャぱん」にも監修という形で制作に協力していました。

    現在でも、パンのフルコースは実現できていないようです。

    チャンコ増田(萌え抱き枕)

    チャンコ増田さんは、アニメやアイドルの抱き枕を作るビジネスの資金を出資してもらうためにマネーの虎に参加しました。虎達からもビジネスとしては通用すると評価されますが、気持ち悪がられ出資を受けることはできませんでした。

    その後は、ビジネスを成功させ、同人作家としても活動しています。皮肉にもアニメキャラの抱き枕の市場は大きくなり、かなり高額な物が販売されています。チャンコ増田さんは虎達を皮肉った言葉の入った画像をTwitterに掲載しています。

    揚田亜紀(健康的なレストラン)

    元グラビアアイドルの揚田亜紀さんは、健康を意識したレストランの資金を出資してもらうためにマネーの虎に参加しました。健康を考えながらおいしいレストランを作るという計画は虎達から評価され、1475万円を出資してもらうことに成功します。

    しかし、番組終了までに店舗の準備ができず、出資を辞退することになります。その後、自力でレストランをオープンさせ、取材を受けるほど成功しています。その後、レストランは閉店しましたが、複数のビジネスを展開しています。

    古坂和仁(海外で音楽活動)

    古坂和仁さんはお笑い芸人として活動していましたが、海外で音楽活動をする資金を獲得するためにマネーの虎に参加しました。音楽の才能を虎達から評価されますが、希望金額には古坂和仁さんの生活まで含まれていることが発覚します。

    リスクなく海外で活動しようとする姿勢は、虎から厳しく指摘され「ノーマネーでフィニッシュ」となります。その後は音楽活動やお笑い芸人としての活動を続けていました。2016年にピコ太郎として発表した「ペンパイナッポーアッポーペン」が世界的にヒットし、一躍脚光を浴びることになりました。

    辻康裕(モンゴルでタクシー会社)

    辻康裕さんはモンゴルでタクシー会社を作るためにマネーの虎に参加しました。出資希望額は1752万円です。モンゴルは厳しい寒さの国ですが、移動手段が確立していませんでした。タクシーの数が少ないということをビジネスチャンスと捉えたのです。

    提案が現実的でプレゼン内容もしっかりしていたため、虎達からは1200万円の出資の声がかかります。問題点も指摘されましたが、条件付きで全額の出資をしてもらうことに成功します。

    見事にタクシー会社を立ち上げますが、その後タクシーの数が増え経営が厳しくなったため会社を売却し居酒屋などを始めたそうです。経営は順調だということで、衆議院選にも出馬しました。

    金(キムチの移動販売)

    金さんは、キムチの移動販売のために資金獲得のためマネーの虎に参加しました。360万円の出資に成功し、事業用の車も用意してもらったと言われています。プレゼンの内容よりも金さんの人柄が評価されたと言われており、この回のマネーの虎に感動した視聴者も多かったようです。

    現在も、金さんはキムチの移動販売を続けており、好評を博しています。

    千代敬司(ペットの飲料水)

    千代敬司さんはペットを健康にする飲料水を販売する資金のために、マネーの虎に挑戦しました。飲料水は怪しげな商品が多いと最初は信用されませんでした。しかし、プレゼンから千代敬司さんの熱意が伝わり、希望金額の370万円の出資を受けています。

    現在は、チヨペットというペット関連商品を販売する会社を立ち上げ、経営も順調のようです。現在もペット向けの飲料水は販売されています。

    薩摩宣永(ボクサー)

    薩摩宣永さんは西日本で活躍したプロボクサーでした。世界ランカーと戦うための資金として300万円の出資を希望し、マネーの虎に参加します。プレゼンから熱意が伝わり4人の虎から出資を受け、「マネー成立」となりました。

    しかし、試合で世界ランク3位の選手に敗北し、アメリカに修行に出ることになります。その後も、成績を残すことができずに引退しました。現在は、大手の建設会社に就職して働いているようです。

    尾身和樹(アパレルショップ)

    尾身和樹さんは、元ジャニーズでホストクラブに勤めていたという異色の経歴の資源者でした。アパレルショップを経営するための資金を獲得しようとしましたが、プレゼンでは事業計画の甘さを指摘され全員から失敗すると言われていました。

    しかし、アダルトビデオメーカーの社長高橋がなりさんから、失敗したらビデオに出演するという約束で出資を受けることになります。

    指摘の通り、アパレルショップの経営には失敗してしまいますが、結局ビデオに出演する話はなくなったようです。現在は、ジャニーズ時代の仲間とバーを経営していると言われています。

    岡田耕児(カオソーイ料理店)

    岡田耕児さんは、タイ料理のカオソーイの店を開くためにマネーの虎に挑戦しました。出資希望額は404万円でした。カオソーイの味は賛否両論がありましたが、見事に出資を受けることに成功します。

    カオソーイの移動販売を始め、短期間に出資金額を返済するほど売り上げは好調だったと言われています。その後は、タイ料理の店舗を出店しますが、2店続けて閉店に追い込まれます。

    現在は、カオソーイの移動販売やインターネット販売をしており、売り上げは好調なようです。ただし、移動販売を行っているのは別の人で、岡田耕児さんは表舞台には立っていません。

    トルコ人の2人(ケバブ料理店)

    マネーの虎には日本人だけでなく、外国人の志願者も登場しました。今では、一般的になったトルコ料理のケバブの店を出店するために、トルコ人の男性2人が番組に参加しました。希望金額は1800万円でした。

    ケバブの味は虎達に大好評で、出資を受けることに成功します。「ミスターケバブ」という店を出店し、現在は「マモケバブ」と名前を変えて経営を続けています。現在では、ケバブの店は珍しくなくなりましたが、マモケバブが日本にケバブを広めるきっかけになったと言われています。

    DJ-UTO(レーベル設立)

    音楽プロデューサーだったDJ-UTOさんは自分のレーベルを作るために、マネーの虎に参加しました。音楽に詳しい虎が番組に出演していたため、プレゼンは順調に進み資金を獲得することに成功します。

    無事に「エグジットチューンズ」というレーベルを設立し、音楽番組に審査員として出演するようにもなりました。現在はエグジットチューンズの代表取締役を退き、「nagomix 渋谷」というクラブのオーナーになっているようです。

    菊野慶吾(ハンドメイド家具職人)

    家具職人の菊野慶吾さんは、「一生使える家具をお得な価格で提供したい」というコンセプトでマネーの虎に挑戦しました。口下手でプレゼンはたくみとは言えませんでしたが、菊野慶吾さんの人間性と家具に対する情熱が伝わり、虎達の間で争奪戦になりました。

    最終的に貞廣一鑑さんが500万を出資し、マネー成立します。愛媛県に自分の店舗を開き、業績は現在でも好調なようです。ネットショップも開き、全国に家具を販売しています。

    立花洋(パスタ料理店)

    立花洋さんはパスタ料理店を開く資金獲得のため、マネーの虎に参加しました。世界一のパスタ屋を目指す立花洋さんの考えは、利益よりもお客様のための料理を出すというものでした。利益を第一に考えない立花洋さんの思想は批判されますが、支持する虎も現れ「マネー成立」に至ります。

    開業したパスタ料理店「ラ・パットータ」は順調に業績を伸ばし、4店舗を経営するまでになりました。しかし、2017年に鎌倉店が閉店し、2018年には茅ヶ崎の本店まで閉店する事態になります。

    最後に残った平塚店も閉鎖され、その場所にセンチュリー21ができたため全店閉店してしまったようです。

    黒澤文昭(パソコンメンテナンス)

    黒澤文昭はパソコンが普及していない2000年代前半に、パソコンの無料出張修理のサービスを行う会社を設立するアイディアを持っていました。パソコンが一般的でなかったこともあり、最初は虎達に受け入れられませんでした。

    しかし、最終的に670万円を出資してもらうことに成功し、株式会社「パソコン救急バスターズ」を設立します。パソコンが普及していく波に乗ったこともあり、少しずつ会社は業績を伸ばしていきました。

    現在は、8店舗を展開する会社に成長し、目標だった自社ビルを建てることにも成功しています。

    マネーの虎の社長のその後は?

    マネーの虎には、豊富な資金を持った社長たちが志願者に出資するために出演しました。当時は羽振りが良かった虎達ですが、その後は破産してしまった人も少なくありません。マネーの虎達のその後についてご紹介します。

    野口美佳

    野口美佳は日本大学芸術学部を中退しグラフィックデザインを学んだ後、通販会社やデザイン会社など様々な職種を経験しました。1994年に女性向け下着の通信販売会社「ピーチジョン」を設立します。

    マネーの虎に出演するようになりますが、一度も出資することはありませんでした。その後、2006年には16店舗の直営店を持ち、年商は173億円に達したそうです。2008年には「ワコールホールディングス」第4位の大株主になりました。

    しかし、2011年には、業績不振でピーチジョンの社長を降格させられ、2015年にはピーチジョンを退社しました。

    吉川幸枝

    吉川幸枝さんは1935年に13人兄弟の末っ子として生まれました。5歳の頃に父親を亡くし、ホームレス同然の幼少期を送ったそうです。しかし、20代半ばで不動産会社の代表になり、アメリカの豪邸を意味する「マンション」を賃貸住宅の名前として定着させたのは、吉川幸枝さんだと言われています。

    2001年から2003年まで、マネーの虎にレギュラー出演していました。その後、2007年に経営する飲食店で食中毒が発生し、20億の負債を抱えます。しかし、見事に完済し、信用も取り戻しました。歩く百億円という異名を持っています。

    上野健一

    上野健一さんは、28歳の若さで100億円規模の企業グループを作り上げました。1995年の阪神淡路大震災時には、新しいシステムを作り出し復興に貢献しました。2001年には、「株式会社ZKR」を設立します。

    マネーの虎出演で一気に知名度を上げますが、その後2013年にZKRに民事再生法が適用され、200億の負債を抱えることになりました。逮捕説や死亡説も流れましたが、現在は出家し上野玄津と名乗っています。

    尾崎友俐

    尾崎友俐さんは、ノストラダムスの大予言の日までに会社を開くという夢を持ち、わずか180万円で焼き肉店をオープンさせました。狂牛病が問題になった際は、焼き肉店を焼き鳥屋にして乗り切ったという逸話を持ちます。

    マネーの虎では、女性起業家の中で1人だけ出資したことで知られています。その後も、他業種のコンサルタントや女性総合研究所を始め、起業アカデミーを開くなどの活躍をしています。2014年ごろに年下の男性と再婚したと言われています。

    現在は株式会社オリエンタルホールディングスの代表を退いているようです。

    臼井由妃

    臼井由妃は夫が癌になったことにより、夫が経営する会社を引き継いだいう異例の経歴の持ち主です。会社には3億の負債があったようですが、見事に返済し会社を立て直しました。この活躍により、マネーの虎への出演依頼が来たとも言われています。

    現在も有限会社ドクターユキオフィスと株式会社健康プラザコーワの会社の代表を続けるほか、毎年著書を出版するなど精力的に活動しています。

    岩井良明

    岩井良明さんは同志社大学文学部を中退後、1984年にリクルートに入社します。リクルート退社後は塾講師など経験し、1992年に「株式会社モノリス」を設立しました。2002からマネーの虎に出演するようになります。

    その後は、「プロフェッショナル・ベースボール・アカデミー」のCEOに就任し、2007年に設立した株式会社「MONOLITH Japan」の代表取締役に就任しました。「南原ビジネスアカデミー」の講師として活躍し、2019年からはYouTubeで「令和の虎」の放送を開始しました。

    文野直樹

    文野直樹さんは「大阪王将」の創業者の家に生まれ、16歳で店長を経験します。その後、1985年に2代目社長となり、餃子専門店からラーメンやチャーハンを扱う店にモデルチェンジを果たします。

    マネーの虎では一度も出資することはありませんでした。その後も、「株式会社イートアンド」の代表取締役を続けています。しかし、似た名前の店「餃子の王将」の社長が射殺される事件が起こります。そのため、文野直樹さんは存命ですが、死亡したという誤った噂も流れています。

    樋口道也

    樋口道也さんは、市役所と鹿児島県警に勤務していたという虎の中では異色の経歴の持ち主です。1985年には古書店を回転させ、1996年に「有限会社ドリーム」を設立し、ほんだらけ1号店をオープンします。

    マネーの虎ではレギュラーではありませんでしたが、スピード投資男と呼ばれるほど出資が速くレギュラーよりも出資回数が多いことで知られていました。その後は、ほんだらけの本店が閉店しグループも縮小しました。

    全盛期は年商10億を超えていたようですが、現在は半分以下になっているようです。

    川原浩史

    川原浩史さんは、東京で本格的な豚骨ラーメンが食べられる「なんでんかんでん」の社長でした。第1回から出演しているマネーの虎の顔の1人で、データや理論よりも熱意や経験を重視する事業家として視聴者から評価されています。

    マネーの虎終了後、スープが足りなくなりお湯で薄めていた事実が発覚します。更に、迷惑駐車や近所の住人からのクレームを無視するなどのトラブルが起こります。結局、なんでんかんでんは全店舗閉店することになりました。

    その後は、「なんでんかんでん」の元社長としてタレントになり、催眠術ショーを開いたりしています。ちゃんぽんの店を開く計画を2016年に明かしています。

    堀之内九一郎

    堀之内九一郎さんはマネーの虎の顔と言える人物でした。リサイクルショップ「生活倉庫」をフランチャイズ展開して150店舗を達成、全盛期は全米にリサイクルショップを展開する計画もあったようです。

    マネーの虎では、志願者に対して辛辣な態度を取ることが多く賛否両論ありましたが、間違いなく番組を盛り上げていました。マネーの虎が放送していたころは事業は好調でしたが、その後ネットオークションが広がります。

    普通の人が直接取引をするスタイルが一般化しリサイクルショップは衰退、「生活創庫」は倒産してしまいます。負債は15億円にもなったそうです。その後、現在まで再起することはなく、2014年に取材を受けた際には「そっとしておいてほしい」とコメントを残しています。

    安田久

    安田久さんは、1997年に「株式会社エイチワイジャパン」を設立しました。独創的なエンターテインメント型レストランを出店し、監獄レストラン、リゾート型レストラン、遊郭レストランなどが知られています。2002年からマネーの虎に出演しました。

    その後、2006年に「株式会社エイチワイシステム」を設立しました。手がけた店舗は100を超えると言われますが、2011年にエイチワイジャパンとエイチワイシステムが破産し6億を超える負債を抱えることになりました。

    現在は外食虎塾の代表取締役を務め、「南原ビジネスアカデミー(NBA)虎道場」でも活動しています。

    南原竜樹

    南原竜樹さんは、ヨーロッパに旅行したことがきっかけで自動車の輸入販売を開始します。「株式会社オートトレーディングルフトジャパン」の代表取締役社長をしていました。しかし、2005年にイギリスのMGローバーが破綻した影響で大量の売れない在庫を抱える事態になります。

    一時は負債が50億にもなり、ホームレスにまで落ちぶれてしまいます。その後、人材派遣業やレンタカー事業を開始し、負債を全額返済することに成功します。更に、飲食業にもビジネスを広げています。

    「南原ビジネスアカデミー(NBA)虎道場」では塾長をしており、YouTubeでは「帰ってきた元マネーの虎たち」という動画を公開しました。

    加藤和也

    加藤和也さんは「株式会社ひばりプロダクション」と「藤和エンタープライズ」の社長を務めています。血縁上は美空ひばりさんの甥にあたりますが、養子縁組して長男になっています。マネーの虎では「ラ・パットータ」に出資しました。

    現在も美空ひばりさんの権利関係の事業で活躍しています。2006年に経営難になった「嵐山ひばり座」を買い取りました。一時は閉館に追い込まれますが、「京都太秦 美空ひばり座」として再度オープンさせています。

    小林敬

    小林敬は攻撃的な発言が多く、マネーの虎で最も怖い事業家として恐れられていました。飲食の鬼の異名を持ち、マネーの虎放送時は何種類もの有名飲食店を経営していたのです。

    志願者のリサーチや事業計画に対して、非常に厳しく穴を見つけると激しい勢いで指摘をするのが印象に残っている人は多いでしょう。マネーの虎終了から2年後に「キャスビレッジ」という名前の食のテーマパークを計画します。

    しかし、半年後に経営破綻し、自己破産に追い込まれます。当時の負債は20億円ほどでした。その後は、飲食系の事業を計画するも失敗が続いたようです。現在は、コンサルタントやセミナーを中心に活動しています。

    高橋がなり

    高橋がなりさんは、アダルトビデオのソフトメーカー「SOD」を創業した社長でした。マネーの虎の事業家の中では一番の変人と呼ばれていましたが、感情的になることは少なく常に冷静な発言をしていました。

    虎達の厳しい対応に打ちのめされる志願者に、助け舟を出す姿が印象に残っている人は多いようです。マネーの虎終了後にSODの代表取締役をやめ、農業ビジネスを始めました。しかし、あまりうまくいかなかったようで、2013年から再びSODの株主になっています。

    現在は、SODで社主を務めています。

    貞廣一鑑

    貞廣一鑑さんは高校3年生の時に家出し、飲食業界で働くようになります。その後、30歳の時に勤め先が倒産し、「株式会社ラヴ」を設立しました。和食やカフェを中心に店舗を増やしていきました。マネーの虎では人情を優先する経営者という評価を受けています。

    その後、2006年に社名を「Jellyfish.株式会社」に変更し、2012年からは「株式会社商業藝術」になりました。その後も業績は拡大していますが、2017年に「株式会社ダイヤモンドダイニング」の傘下に入っています。

    マネーの虎にやらせはあったの?

    虎と志願者のやりとりや虎同士のかけあいで人気を博したマネーの虎ですが、視聴者からは脚本アリのやらせではないかとの声もありました。実際はどうだったのでしょうか?これに関しては南原竜樹さんが取材で回答したり、出演しそうになった人がやらせを否定しています。

    マネーの虎のやらせ疑惑についてご紹介します。

    南原竜樹がやらせを否定?

    2016年に取材を受けた南原竜樹さんが、マネーの虎に関して答えています。当時、「冷徹なる虎」と呼ばれ川原浩史さんとの対立で番組を盛り上げたことに関しては、自分で計算して番組を盛り上げていたと言っています。

    一方で、脚本などは何もなく出資に関しては、全て自腹でギャラもなかったそうです。会社の宣伝になったということで文句もなかったそうですが、交通費も出なかったというのもすごい話です。

    ここまで、何もないと逆に怪しい気もしますが、出演しそうになった人の証言もあります。

    やらせではなかった!

    冷やかし半分でマネーの虎に企画書を送ったという人が、やらせではないかという質問に答えたやりとりがネットに残っています。日本テレビにメールで企画書を送ったところ、出場してほしいから完全な企画書を送ってほしいと返事がきたそうです。

    その人は、冷やかし半分でメールを送ったため、辞退しようとしたら費用は番組で出すからなんとか出場してほしいと熱心に頼まれたそうです。その際に、収録の際のやりとりはアドリブでどんな発言があるかはわからないと言っていたそうです。

    出場するなら、覚悟を決めて欲しいとも言われています。番組終了後にこんな嘘をつく意味もないので、かなり信憑性は高いでしょう。番組を盛り上げるための演出はあったようですが、マネーの虎に台本ややらせはなかったようです。

    マネーの虎のとんでもエピソード!

    マネーの虎では、虎と志願者のプレゼンで激しいやりとりもありました。中には、後に大成功したビジネスモデルとそっくりな企画を持ち込んだ人や虎をバカにする志願者、マネー成立後に病気になってしまう人もいました。

    マネーの虎のとんでもエピソードについてご紹介します。

    完成度の低いアイドル

    マネーの虎には様々なエピソードがありますが、アイドルを手掛けたいというある志願者がAKB48そのままのビジネスモデルを提案したことがありました。その男性は現在の芸能界には本物がいないと断言し、名前を出して役者を批判をしていました。

    そして、自分達のステージを用意して、毎日ライブをすることでアイドルを育成するプランを提案したのです。AKB48が存在しない時代に、AKB48そのままのプランを提案したわけです。虎達もこのプランに乗り気でしたが、肝心のアイドル候補のパフォーマンスがお粗末だったため虎達は激怒します。

    先見性のあるプランを提案していたため、出資していたら成功したのではないかとも言われています。しかし、マネーの虎はプレゼンで虎達を納得させて出資してもらう番組です。いくらプランに魅力があっても、行動が伴っていなければ出資者が納得しないのは当然でしょう。

    ガンになったおにぎり屋

    マネーの虎で初めて「マネー成立」したのは、おにぎりの移動販売でした。しかし、この計画は出資が決まった後に災難が続き、最終的に志願者が辞退することになりました。最大の不運は、移動販売がスタートした直後にガンになってしまったことです。

    これに関して、出資した高橋がなりさんは、すごい発言を残しています。「病気になるのは能力がないから。そういう運のない人は経営者になってはいけない。自分だったらガンになったことを隠す。」

    あまりに厳しい発言ですが、失敗しても誰も助けてくれない事業では病気になった責任も自分で取らなくてはいけません。志願者はガンから回復しますが、人の資金で仕事をするプレッシャーに耐え切れずに辞退しました。事業を立ち上げる厳しさがわかるすごいエピソードです。

    川原社長をバカにした

    厳しい話がある一方で、マネーの虎ではとんでもない志願者もいました。ラーメン屋をしたい村野達郎さんは、非常に態度がふてぶてしく川原浩史さんの経営する「なんでんかんでん」のラーメンをまずいと馬鹿にします。

    思ったことを素直に言ったのかもしれませんが、視聴者はその態度に完全に「ノーマネーでフィニッシュ」だと考えていました。しかし、高橋がなりさんが救いの手を差し伸べます。その流れで、なぜかラーメンをバカにされた川原浩史さんが自分の店で修行したら、出資すると言い出します。

    村野達郎さんは修行することになりましたが、結局一度も川原浩史さんの店に顔を出すことはなく出資の話はなくなりました。結局、村野達郎さんがラーメン屋を開くこともありませんでした。

    現在もマネーの虎は続いている?

    既に終了して十数年が経つマネーの虎ですが、影響力は大きく様々形で爪痕を残しました。似た企画の番組やかつての虎達がマネーの虎を復活させたこともあります。マネーの虎のその後についてご紹介します。

    似た番組が増えた

    当時としては斬新な番組だったマネーの虎ですが、その後は似た企画の番組も作られました。パロディー番組も多く作られたことが、マネーの虎の人気を証明しているでしょう。

    更に、海外用にローカライズされたマネーの虎が各国で人気になっています。「Dragons' Den」はその1つです。意外な形でマネーの虎は続いています。

    YouTubeではマネーの虎が復活した?

    マネーの虎はYouTubeでも人気です。2016年には「帰ってきた元マネーの虎たち」というタイトルでかつての出演者がマネーの虎を復活させました。更に、2018年には、岩井良明さんが就活生向けのマネーの虎「就活の虎CHANNEL」を始めました。

    2019年4月に「就活の虎CHANNEL」は「令和の虎CHANNNEL」と名前を変えましたが、現在も精力的に活動しています。マネーの虎はまだ終わっていないのです。

    マネーの虎の与えた影響は大きい!

    伝説の番組マネーの虎についてご紹介しました。個性的な志願者や起業家が出演して番組が盛り上がっただけでなく、志願者の立ち上げた事業が大きな流行となったものもあります。結局、成功したなかった志願者の持ち込んだアイディアが、大成功しているものがあるのも何とも皮肉です。

    虎達も業績を伸ばす人たちがいる一方で、破綻した人が多いのも栄枯盛衰を感じさせます。未だに、ネットで話題なるのもわかる魅力的な番組でした。意外な形で復活することもありますし、マネーの虎は形を変えて続いていくことになりそうです。

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