木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
天理教は、江戸時代に奈良県天理市で始まった新興宗教です。「天理」といえば、高校野球を思い浮かべる人や、騒がしい黒い法被を着た人々を思い浮かべる人が多いかもしれません。
天理教はかつて、政府公認の神道系新宗教教団である「神道十三派」の一つでした。現在、信者は少しずつ減少しているそうですが、それでも100万人ほどいると言われています。これだけ大規模であれば、何人かは有名人がいたとしても不思議ではなさそうです。
彼らは、「陽気ぐらし」という世界の実現を目指しているそうですが、それはいったいどういう世界を指すのでしょうか。また、天理教とはどういう宗教なのでしょうか。色々見ていきましょう!
天理教が始まったのは、1838年、天保9年の江戸時代末期といわれています。当時41歳だった中山みきという人は、病気になった息子の回復を願うために、とある人にお祈りを依頼しました。
その際、中山みきに「天理王命」という神が憑依し、お告げを受けたといいます。それから90歳で亡くなるまで、迫害などにも屈せず、貧民に財を分け与えながら、徐々に教えを広めていきました。
その後、明治・大正と信者を増やしていき、昭和初期にはピークを迎え、400~500万人の信者がいたとされています。これだけの信者数であれば、有名人が数名いたって納得できます。
地名が宗教名になっているのは、日本で唯一「天理教」だけ。天理市の人口は7万人ほどで、その40%は天理教信者といわれています。天理教の二代目である中山正善は、天理市の名誉市民で、毎年多額の寄付を行っています。
また、天理高校・天理大学といった学校施設、あるいは病院施設など、天理市のいたるところに天理教色の強い建築物が存在しています。その独特な街並みは、初めて訪問するときには、驚く人も多いことでしょう。
また天理教の服を着た人が普通に町を歩いているようで、他の場所ではなかなか経験できない、不思議な雰囲気の町といえるかもしれません。
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天理教は、「陽気ぐらし」の実現が人間の役割であると説きます。では、「陽気ぐらし」とはいったい何なのでしょうか。
簡単に言ってしまえば、世界中の人がお互い助け合いながら、楽しく暮らす世界というような意味でしょう。新興宗教は、どうしてもいかがわしいイメージを持ってしまいますが、これだけを聞くといたってまともな教えと言えそうです。
もう一つ、聞き慣れない天理教の用語に「ぢば」というものがあります。これは、人類発祥の地というような意味です。天理市に行くと、「お帰りなさい」いう看板などをよく目にしますが、つまり人類発祥の地へ帰ってきたということを表しているのです。
また、天理教ならではの儀式もあります。ここでは、その一部を見てみましょう。
天理教の結婚式は、神道系の結婚式と共通する部分が多くあります。しかしそれ以外に、天理教ならではの特徴もあります。
それは、「おつとめ着」と呼ばれる黒い衣装を着用すること。天理教のシンボルマークである中山家の家紋もあしらわれています。現在はわりと柔軟に、ウエディングドレスで結婚式を挙げる信者も多いようですが、熱心な信者の方は、天理教会でおつとめ着を着て式を挙げることが多いようです。
天理教のお葬式は、神道とは似ている作法もありますが、仏教と比べると異なる面も多く見ることができます。例えば、お通夜の代わりには「みたまうつし」が、焼香の代わりには「玉串奉奠」が行われます。さらに、数珠は持ちませんし、お悔やみも使わないという違いも。
また天理教では、二礼四拍手一拝四拍手一礼がマナーです。神道では拍手で音を立ててはいけませんが、天理教ではOKという違いがあります。
天理教のお祈りの儀式はいくつかありますが、教会の本部でしかやってはいけない「かぐらづとめ」と呼ばれるものが重要視されています。お面と特別な服を着て歌い踊ります。
特別な祭典としては、毎月26日に行われる月次祭の他、元旦祭、春季祭、秋季祭、教祖誕生祭などがあります。
より一般的に行われるのは、「朝づとめ」「夕づとめ」と呼ばれるものです。神への感謝や願いの儀式で、日の出や日没に合わせて行われているようです。
天理教の死生観は、輪廻転生の概念に近いのかもしれません。
我々の身体は、神様からの借り物であるとされています。天理教では、死のことを「出直し」といいますが、死ぬということは、また神様に新しい身体を頂いて、再びこの世に帰ってくるきっかけに過ぎないというわけです。つまり、死ぬことは、新しい生命の始まりであるというのです。
虫になるのか、動物になるのか、人間になるのか。これは、生前にどういう生き方をしていたかによって、新しい身体が何になるのか決定されるようです。
日本では、新興宗教というもの自体を、何かいかがわしくて、関わりたくたいものだと感じている人が多いかもしれません。オウム真理教などによる、悲惨な事件の悪影響もあるでしょう。
ですから、怪しげな宗教団体を、危険に思ってしまうのは仕方ないのかもしれません。しかし、天理教に関して言えば、比較的トラブルも少ない部類の団体でしょう。また、閉じたコミュニティーの宗教団体も多いですが、天理教はわりとオープンであるとも言えます。
では、なぜ「天理教はやばい」「天理教は危ない」という声が聞こえてくるのでしょうか。これは、天理教内で起こった、いくつかの事件が影響しているのかもしれません。ここでは、3つの事件を紹介していきたいと思います!
昭和60年に起きた天理教の有名な事件の一つです。当時役員であった3人の男が、個人の支出を、宗教法人会計で処理していたことが発覚したのです。宗教法人は非課税ですから、これが脱税事件として報じられました。
驚くべきはその金額で、脱税額は8000万円にも至ったと言うのです。この事件によって、信者達が苦労して捻出したお金を、役員などの高い地位の人たちが吸い上げ、贅沢三昧をしているという、悪い印象を一般の人にも与えてしまいました。
昭和59年、地区の教会長であった男性が、飛び降り自殺をしました。理由は、天理教への献金や勧誘のノルマにあったと言われています。上層部からのプレッシャーが、相当強かったのではないでしょうか。
一方、生活を切り詰めて、天理教にお金を納める信者達がいるわけです。教会長というのは、ちょうどその中間点にいるわけですから、両者からの板挟みで随分と苦しんだのかもしれません。同時期に、自殺ではありませんが、また別の男性が強盗事件を起こしたという話もありますので、やはりノルマに対するプレッシャーは厳しいものだったのでしょう。
天理教以外の方は、「雛形甘露台」と言われても、分かる人は少ないと思います。これは、天理教本部に設置されているもので、六角形の台、計13個の積み上げられた木製のブロックで出来ていて、礼拝の目標となるものです。高さは2.5mほど。
この雛形甘露台が、2017年7月、崩壊したというのです。犯人は、一青年と言われおり、侵入後に突進して、雛形甘露台の上部が倒壊したとのことです。青年は熱心な信者であったとも噂されていますが、天理教が被害を受けた方なので、あまり詳しくは取り上げられていない事件であります。
しかし、「天理教でなにか事件が起きた」というあいまいな情報だけが、悪い印象として広まってしまったということは考えられるでしょう。
芸能界にも、天理教の信者が多くいると言われています。しかし天理教に限らず、新興宗教の信者であるとカミングアウトするのは、なかなか難しいのではないでしょうか。特に芸能人は、イメージ商売ですから、あまり良い印象を持たれないことは、避けるのが当然です。
また、一旦信者であると公表してしまうと、宗教団体の広告塔としての活動を余儀なくされるパターンが多いようです。なので、よっぽどの覚悟がなければ、自らカミングアウトをすることは無いようです。
そうなってくると、信者である芸能人の情報は、必然的に信憑性は低くなってしまうのが、有名人の定めです。というわけでここでは、自らカミングアウトをしている芸能人や、天理教信者の噂がある有名人を見てみましょう!
1952年生まれ、北海道出身の、シンガーソングライターです。彼女は、現在は脱会したという情報もありますが、天理教信者をカミングアウトしていました。天理教発行の新聞ではエッセイも連載していたようです。
中島みゆきの曲で一番好きな曲といえば、「糸」を思い浮かべるかもしれません。文句なしの名曲で、多くの歌手がカバーしている曲ですが、実は、天理教代表の中山善司の結婚を祝った曲らしいのです。これも天理教の新聞に掲載された情報のようです。
1977年生まれ、福島県出身の、女優・タレント・モデルです。現在は二児の母として、芸能活動は少し抑えぎみにしているようです。
彼女が天理教信者だと言われる理由は、彼女が学生時代、大阪にある天理教の分教会で過ごしていたということです。どうやら、不登校ぎみだった彼女を心配して、両親が大阪の分教会へ修養に出したと言われています。
両親が信者だったとしても、彼女が実際に信者であったかはわかりません。しかし、天理教の神社を熱心に参拝していたという噂や、天理教機関紙の表紙に掲載されていたという噂もあります。
1988年生まれ、モーニング娘の元メンバーで、女優・歌手・タレント。波乱万丈の人生を歩んでいる芸能人の一人ですが、2018年にはモーニング娘のOGとして、中野サンプラザホールのステージで、元気な姿を見せたようです。
彼女が信者だと疑われるのは、子供の頃、天理教の恒例行事である「こどもおぢばがえり」に、毎年参加していたと発言したからのようです。しかし、この行事は誰でも参加可能ですし、彼女の出身は奈良県ですから、信者でなくても参加していても不思議ではありません。
1920年生まれ、中国出身の、歌手・女優です。日本以外にも、李香蘭の名で、満州国や香港、アメリカでも活動していたようです。また芸能人としてだけではなく、政治家として、18年間参議院議員をつとめました。
そんな他業種で活動した彼女ですが、自伝を出版しています。この自伝の出版元が、天理教道友社であることから、信者ではないかと噂されているようです。また、教会での目撃情報や、教会施設で公演していたという話もありますので、信者説は濃厚ではないでしょうか。
1961年生まれの、俳優・歌手・タレント・司会者です。奥様は榊原郁恵。長男も芸能人として活躍中です。
彼の出身地である栃木県小山市で、ここは天理教の信者が数多くいるそうです。彼のご両親も天理教の信者でした。そういうこともあってか、週刊誌で、「渡辺徹は天理教信者だ」と報じられたことがありました。週刊誌の情報ですので、真偽の方は不明ですが、少なくとも両親は天理教で間違えなさそうです。
1977年生まれの歌舞伎役者兼俳優。奥様は小林麻央さん。
奥様は2017年に乳がんで亡くなられました。そのしばらく後に、麻央さんの「みたまうつしの儀が終了しました」という報告をしたわけです。しかし、この「みたまうつしの儀」という言葉を聞いて、天理教の儀式だと勘違いしてしまった人がいたようです。
「みたまうつしの儀」は、仏式におけるお通夜にあたるもので、天理教に限らず神式であれば、行われるものであります。ですから、天理教信者である可能性が全く無いとは言えませんが、これだけで天理教だと決めつけるのは、ただの早とちりでしょう。
1962年生まれ、福岡県出身、元チェッカーズのサイドボーカルで、俳優としても活動されているようです。
元々は奥様が天理教信者でだったのですが、本人は宗教に興味はなく、結婚生活もそれとは無縁に過ごしていました。ですが、がんを患った経験をきっかけに、天理教への入信を決意したようです。著書の「ガンが教えてくれた大切なもの」にも書いてますので、間違いなく天理教信者でしょう。現在は、講演会なども行っているそうです。
1960年生まれ、青森県出身の元力士で、第63代横綱。現在は、伊勢ヶ濱親方として指導にあたっています。弟子は、日馬富士などが有名です。
伊勢ケ浜部屋は、大阪場所や名古屋場所の稽古場として、天理教の施設を利用していることから、彼が天理教であると噂がたっているようです。天理教が発行する機関紙に、インタビューが載っていたとの声も。しかし、信者だと決定することはできないと思います。インタビューは、宣伝のために掲載されることもありますから、判断はつきかねます。
1962年生まれで、政治家・教育家として活躍されています。現在は、夫の船田元さんが運営する作新学院の理事長になっています。
彼女は、政治家になる前は、フリーのニュースキャスターとして、さらにその前には、NHKのアナウンサーとして、報道番組等に出演していました。それは1980年代の話ですが、その頃に、天理教機関紙に写真が掲載されたことがあるようです。また、教会でも多数目撃情報があり、信者ではないかと噂がたっています。
1964年、現在50代の調教師です。その実績は凄まじく、最多勝利や最多賞金など、数々の表彰歴があります。
そんな一流調教師の彼ですが、2018年にある発表をしました。それは、3年後に調教師を引退するということでした。それと同時に、2021年で厩舎も解散すると言うのです。どうやら、祖母の代から続く、天理教の仕事を引き継ぐというのが、その理由だそうです。
しかし、その発表をしてから間もなく、飲酒運転で逮捕されてしまい、調教停止処分を受けることとなりました。
実際に自分が天理教をカミングアウトしている芸能人や有名人のは、2~3人に過ぎません。
やはり芸能人はイメージ商売ですので、天理教に限らず、自分が新興宗教の信者であるとは、公にできないことが多いようですね。
そんな中で、信憑性は少ないにもかかわらず、ちょっとした目撃情報や発言などが広まってしまって、天理教の信者だと噂されるというパターンも多々ありましたので、あまり惑わされないように注意しましょう。
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