大相撲の八百長を自ら告発した板井圭介!超ヤバイという死因を探る

最近何かと騒がしい大相撲。その大相撲の昔から噂になっていた八百長疑惑を自ら告発した力士がいます。元大相撲力士の板井圭介です。大相撲の八百長は以前から問題で、八百長を告発した板井圭介の死因がヤバイという話があります。これから死因などについて見てみましょう。

自らの八百長を告発した板井圭介の死因とは

大相撲には八百長疑惑が付きまとっています。その八百長疑惑を告白した板井圭介。その板井圭介が2018年8月14日に亡くなったと報道されました。

その死因が超ヤバイという事です。大相撲の八百長を告発した板井圭介のその後と、死因についてまとめてみたいと思います。

板井圭介はどのような経歴なんだろう?

板井圭介は元大相撲の力士でした。大相撲と言えばずいぶん前から、八百長が問題となっています。

板井圭介はその八百長に関与していたことを告発しました。そんな板井圭介とはどんな人物なのでしょうか。

板井圭介のプロフィール

本名:板井圭介(いたい けいすけ)

生年月日:1956年3月21日

身長:178㎝

出身地:大分県臼杵市

板井圭介は1978年11月場所で初土俵を踏み、その時の四股名は本名でした。1979年9月場所から四股名を高鐵山に変更しています。しかし1981年11月場所からは、また本名の板井に変更しています。

板井圭介が相撲を始めたのは高校時代

板井圭介が相撲と出会ったのは高校時代です。卒業後は実業団で国体優勝をしています。それが認められ、1978年に初土俵を踏んでいるのです。その後は3場所連続優勝や、26連勝という輝かしい成績を収めています。

天才的な立ち会いが有名でした。1991年に千代の富士に敗れたことで、引退を決意したようです。

板井圭介は本当に八百長をしていたのか?

千代の富士に敗れて大相撲を引退した板井圭介。週刊ポストでは、大相撲の八百長疑惑を過去に何度も掲載しています。

本当にそのような八百長があったのでしょうか。

週刊ポストの八百長キャンペーンで板井圭介は証言した

1980年に週刊ポストが「角界浄化キャンペーン」を企画しました。その中で板井圭介は、八百長の告発をするのです。八百長の仕掛け人である元十両力士の四季の花を告発し、その後は数々の物証と実名を挙げていくのです。

そんな板井圭介の告発を相撲協会は黙殺していたのですが、ある事件を切っかけに大相撲の八百長問題は大きく動き始めます。

板井圭介が告発した力士には横綱もいた

板井圭介が告発した大相撲の八百長事件。その中には横綱曙なども含まれていたのです。当時の横綱以下十両、幕下力士20名の力士を告発するのです。

その中にはあの名横綱、千代の富士の名前もありました。その千代の富士の場合は、板井圭介自身が仲介役を引き受けていたそうです。

今は亡き名横綱千代の富士も八百長に加担していたとは、とても信じられませんね。

板井圭介の告発を相撲協会は無視できなくなったのか

板井圭介の告発を相撲協会は初めのうちは無視していました。しかしある事件をきっかけにして、無視できなくなってしまうのです。

野球とばく事件で板井圭介の告発を無視できなくなった

大相撲の八百長事件を最初のころは黙殺していた相撲協会。しかし2010年に起きた大相撲野球とばく事件で、無視できなくなってしまいます。

野球とばくの捜査のために、力士の携帯電話などが押収されてしまいます。その中に、八百長を記した記録が残されていたのです。

主なやり取りはメールで行っていたようです。中には「相撲の内容はどんな感じにするのですか?」など具体的な指示のメールもありました。この前はその力士に星を貰ったから、今度は勝ち星をあげないとね。などの内容のメールのあったようです。

板井圭介が告発した八百長で春場所が中止になる

板井圭介が告発した八百長は、野球とばくのおかげで明るみに出るのです。野球とばくと八百長を含めて、20数名の力士が引退勧告を受けています。

長い大相撲の歴史の中で、最大級の汚点を残した八百長事件。その責任を取って相撲協会は、その年の春場所を中止と決定しました。一部の力士にとっては力を試す場所でもあるので、無料で行おうと考えたようです。しかし膿を出し切るまでは場所の開催はできないという、断腸の思いだったようです。

板井圭介が告発した八百長はどうして起こったのか?

八百長問題で春場所が中止になった大相撲。しかし、どうして力士達は八百長に手を染めたのでしょうか。

その原因を探ってみたいと思います。

板井圭介が告発した八百長に関与した力士は13名

板井圭介の手によって告発された大相撲の八百長疑惑。その八百長に手を染めていた人数は、13名の力士が関与したと思われます。その13名のうち12名が十両の力士と言うことです。

力士への聞き取り調査で、関与を認めたのは3名の力士だけでした。残りの10名は関与を否定しています。そして八百長に関与した力士の中で、十両以上の力士がほとんどだと言うことなのです。

十両以外では、3段目の力士が一人いると言うことです。認めたのは3人だけですが、ほかの力士達も関与したのは間違いないようです。

板井圭介が告発した八百長で力士は白星を手に入れる

大相撲の世界は実力の世界だと言われています。番付が1枚違えば待遇が違うそうです。幕下以下の力士は、まだ関取ではなく研修生だそうです。関取になるのは十両からとなっています。

関取になると給料が貰えて、付け人という身の回りの世話をしてくれる研修生が付くのです。十両で103万円ほどの月給が貰えるようです。幕下は一ヶ月のお手当が15万円ほどになります。

ですから十両の人は幕下に落ちたくないのですよね、103万円と15万円では全然違いますから。

お給料の違いだけではありません。付け人として関取に付いたり部屋の雑用係もしなければならないのです。食事に準備をしたり、関取の背中を流したりとかしなければなりません。

だから幕下に落ちたくないために、白星を買うという行為の出るのでしょう。それが大相撲の八百長が起こった原因だと思います。

八百長を告白した板井圭介の死因はなんだったのだろう

大相撲の八百長を告発した板井圭介。2018年8月14日に死亡したというニュースが流れました。

八百長を告発した時は、話題になった板井圭介でしたがその死因はなんだったのでしょう。

板井圭介は一人暮らしをしていた

力士時代に序の口から三段目まで、連続優勝をしたことのある板井圭介。当時では最高の26連勝も成し遂げています。そんな輝かしい経歴を持つ板井圭介は、一人暮らしをしていたのです。

八百長を巡る記事を出版した事による裁判では、自ら出廷して八百長に関与したことを証言したりしました。

大相撲を引退した後は、体調を崩し糖尿病の治療もしていました。板井圭介の胸には、ピースメーカーが入っていたようです。現役時代の付け人とはいまだに交流があり、自宅を訪ねたら板井圭介が倒れていたのです。

いまだに板井圭介の死因が判らない

横綱大乃国キラーと言われていた板井圭介。大乃国からは、金星を3回も獲得しています。そんな板井圭介の死因は、いまだにハッキリとは判っていないようです。元付け人が見つけたときには、水道の水が出しっ放しだったとも言われています。

ピースメーカーを嵌めていたので、何らかの不具合が起きた可能性もあると思います。スポーツ新聞では、突然死というような報道もあるようでした。

現役時代に膝も痛めていましたし、あれだけ暴飲暴食をする力士ですからね、突然死というのも頷ける気もしますよね。それにしても自ら八百長を告発した板井圭介の死は、孤独な死に方のように思われますね。

板井圭介の最後の電話はどんな内容だったのか

大相撲の八百長キャンペーンをしていたある週刊誌の記者に、板井圭介から1本の電話が入ったそうです。

その電話の内容はどんな事だったのでしょう。

板井圭介はガチンコ相撲を喜んでいた

週刊誌の記者に電話をしてきた板井圭介。その内容とは、ガチンコ相撲の時代が来て良かったと語ったそうです。ガチンコ相撲とは、八百長で星のやり取りをするのではなく、真剣に相撲を取って勝ち負けを決めることです。

板井圭介の八百長告発で、相撲界が浄化されたのかもしれませんね。引退後はあまり相撲を見ていなかったようです。だけどガチンコ相撲の時代が来たことで、再び相撲を見るようになったと話したそうです。

板井圭介は八百長したことを後悔していた

板井圭介が引退した後に八百長を告発したのは、後輩のためにだと言われています。自らが八百長という道に入ったことを、引退した後に後悔していたのです。板井圭介は八百長をしなくても良いような、相撲界にならないとダメなんだと話していたそうです。

八百長に関与した俺が言うから間違いない、とまで語っていた板井圭介。だから後輩のためにも八百長がなくならないとダメだと思い、告発をしたのでしょう。

自らの過ちを認めた板井圭介の本音と色気

板井圭介はジャズが好きだったそうです。セロニアス・モンクのピアノを愛し、ブルーノートでは酒は飲めないのでコーヒーを飲んでいました。

目を閉じて身体を揺らしながら、茶目っ気と色気たっぷりに笑う板井圭介。安らかにお眠り下さい。

関連記事をチェックしよう!

関連する記事

この記事に関する記事

この記事に関するキーワード

キーワードから記事を探す

アクセスランキング

最近アクセス数の多い人気の記事

TOPへ