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昭和を代表する伝説の俳優・勝新太郎!数々の豪快伝説をふりかえる!

今から18年前に65歳で亡くなった俳優・勝新太郎さん、中村玉緒さんの夫としても有名です。この勝新太郎さんには子供がそのまま大人になったような、豪快で可愛らしいどこか憎めない伝説が語り継がれています。そん勝新太郎さんの伝説をまとめてご紹介します。

伝説の俳優・勝新太郎のプロフィール

勝新太郎

勝新太郎(かつ しんたろう、1931年11月29日 - 1997年6月21日)は、日本の俳優・歌手・脚本家・映画監督・映画プロデューサー・三味線師範。市川雷蔵とともに大映の「二枚看板」として活躍。その後は「勝プロダクション」を設立し、劇場用映画やテレビ作品などの製作にも携わった。

出典:http://ja.wikipedia.org

数々の伝説を生んだ勝新太郎さんは享年65歳、奥様はバラエティでも活躍する女優・中村玉緒さんです。

勝新(かつしん)と愛称で呼ばれ、豪放磊落なイメージと愛嬌のある人柄で、不祥事が起こっても多くのファンから愛された。

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ファンだけでなくマスコミにも愛された勝新太郎さん、その豪快で愛らしい人間・勝新太郎の伝説をご紹介します。

伝説1:語り継がれる伝説の記者会見!パンツはもう履かない!?

1990年1月、アメリカ合衆国ハワイ州のホノルル空港で下着にマリファナとコカインを入れていたとして現行犯逮捕される。

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ホノルルで逮捕された勝新太郎さん、日本からマスコミが殺到しました。まるで映画のワンシーンのような写真ですね。この写真を見るだけでも勝新太郎さんの豪快伝説を感じます。

麻薬を下着に入れていた理由について「気付いたら入っていた」としらを切り、逮捕後の記者会見では「今後は同様の事件を起こさないよう、もうパンツをはかないようにする」「なぜ、私どもの手にコカインがあったのか知りたい。」ととぼけ通し、結局誰から薬物を受け取ったかについて、最後まで口を割ることはなかった。

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コメントを取ろうと同じ飛行機に乗っていたマスコミを集めて、開口一番、「総理大臣の代わりはいるが、勝新太郎の代わりはいない」と言い放ちました。

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コメントを聞いたマスコミも驚いたでしょうね。この発言をこのタイミングでする勝新太郎さん、伝説の男と言われる所以でしょうか。

日本でも逮捕され、懲役2年6ヶ月・執行猶予4年の有罪判決を受けました。裁判中は傍聴者を観客と呼んだそうです。

伝説2:盲目を演じるために習得した伝説の技がスゴイ!勝新太郎の役者魂

俳優・勝新太郎さんが不動の人気を得たのが「座頭市」、主人公・座頭市を演じた勝新太郎さんは役作りをしながら疑問に思うことがありました。

リアルな殺陣にこだわった勝さんは、『どうして目が見えないのに切れるのか?』という疑問にぶち当たります。

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盲目ながら居合いで人を切る座頭市、その役を自分のものにするために伝説の俳優・勝新太郎は特訓ともいえる役作りに励みます。

居合いの達人に弟子入りし、実際に目隠しをして五感で感じる訓練をした

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盲目の人は、音に対して敏感なはずだと考えた勝さんは、それを強調するために、あることを思いつきます。それは「自分の耳を動かす」こと

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最初は動かなかった耳が数ヶ月後には自在に動かせるようになったそうです。

徹底した役作りをして演じた「座頭市」、映画は海外でも大ヒットしました。この没頭する姿が今でも語り継がれる勝新太郎さんはまさに伝説の俳優です。

伝説3:豪快生活で借金まみれ!それでもやめなかった豪遊が伝説

1年間の飲み代は、ゆうに1億円を超えたといいます。

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毎日飲み歩いていたと言われる勝新太郎さん、その飲み代も伝説・桁外れです。

当時、勝プロに所属していた松平健さんは、「驚くようなお金を制作費につぎ込んでました。気に食わないシーンは何度でも撮り直し、見てるこっちが冷や冷やしました」と証言します。

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松平健さんは勝新太郎さんの付き人をしていた時代がありました。この二人の師弟関係もある意味、伝説です。

1981年に12億円の負債を残し倒産。この時の記者会見で「勝新太郎は負けない」と述べ、借金と戦っていくことを宣言する。

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12億円の負債を抱えて、勝新太郎さんの会社「勝プロダクション」は倒産しました。

勝プロダクションが倒産してからは借金取りにまで追われる生活であったにも関わらず、借金で豪遊し、高級車に高級な服と豪勢な生活を続け、返済できぬまま死去。

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この会見でも伝説の勝新太郎節が披露されました。

結局、妻の玉緒が完済のために奔走することとなった。

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伝説4:病を恐れず会見で記者を笑わせた伝説の記者会見、勝新太郎の男気

1996年、大麻事件から復帰した勝さんは、舞台『夫婦善哉・東男京女』で、結婚後初めて妻・玉緒さんと共演します。しかし、その地方巡業の途中で、勝さんは緊急入院することに。

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1997年6月に家族を中華料理店に待たせて一人で医師から告知を受けたという勝新太郎さん、精密検査の結果は「下咽頭ガン」でした。

店に入るや否や、告知書を家族に見せ、一言だけ呟きました。『残念…いや、無念だ』と。

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手術はせず、抗癌剤と放射線の治療を行なった。入院中も外出を繰り返して寿司や酒を楽しみ、平然と煙草をふかした。

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約4ヶ月後の記者会見でも「煙草はやめた」と言いながらに堂々と喫煙する様を見せた。

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「煙草はやめた」というのにサービス精神でタバコを吸う様子は、勝新太郎さんならではのギャグだったようです。後に中村玉緒さんはこれはパフォーマンスで実際にはふかしていただけと語りました。人を驚かすのが大好きだったという勝新太郎さんならではの伝説の記者会見です。

1997年6月21日、入院先の千葉県柏市の国立がんセンター東病院で下咽頭癌で死去。65歳没。

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葬儀は築地・本願寺で行われ、約11000人が参列したそうです。

伝説5:愛する妻・中村玉緒へ、照れ屋の夫・勝新太郎が残したメッセージ

仕事では豪傑ながら、惚れた女性に対してはシャイな面がある勝さんは、プロポーズさえもマネージャーに頼むほどだったのです。

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当時のマネージャーが中村玉緒さんに「結婚してください」とプロポーズしたそうです。数々の豪快伝説の持ち主・勝新太郎さんの意外な一面ですね。

妻の中村玉緒について「中村玉緒は勝新太郎無しでも存在し得るが、勝新太郎は中村玉緒無しでは存在し得ない」と最高の賛辞を語っているが、玉緒は直接は聞き取っておらず「生きている時に言ってくれれば・・・」と語っている。

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いろいろと苦労があった中村玉緒さん、借金返済にも翻弄されたそうです。照れ屋の勝新太郎さんらしく、こんなステキな愛の言葉を残すなんてステキです。

死後、莫大な借金が残されたが、香典代わりに債権放棄した債権者もいたという。

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誰からも愛される勝新太郎さんらしい逸話です。借金も伝説ですが、人間的な魅力が偉大な伝説を生んだように思います。

昭和の名優、勝新太郎さんの伝説をまとめてご紹介しました。映画と人を愛した勝新太郎さん、どこまでも納得するまで探求し、人を驚かすためにハチャメチャをする、それにより多額の借金を背負いました。その借金を完済した中村玉緒さんも伝説の妻ですよね。
偉大な映画スターの勝新太郎さんの伝説、まさにアッパレです。

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