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お笑い怪獣・明石家さんまには隠された弟との美談があった

お笑いBIG3として今もなお絶大な人気を誇る明石家さんま。そんな明石家さんまの座右の銘と言えば「生きてるだけで丸儲け!」。その言葉には亡き弟への想いが隠されていた。そんな明石家さんまと弟の関係など、秘話をまとめてみました。弟が亡くなった理由とは・・・?

幼少期から複雑な家庭だった!?明石家さんまプロフィール!

明石家さんま(本名:杉本高文)
生年月日: 1955年7月1日(60歳)
生まれ:奈良県奈良市
身長:172cm
所属事務所:吉本興業

実母はさんまを産んですぐ亡くなった!?

明石家さんまの実母(産みの母)は、さんまを産んですぐに病気で亡くなってしまった。その後、父が従姉と結婚し、さんまにとって継母(育ての母)となった。やはり継母らしく、実子をかわいがり、血のつながっていない子どもであるさんまは、あまり可愛がられなかったと言われています。

さんまは3人男兄弟!

明石家さんまは3人兄弟の次男(真ん中)。上に長男がいます。その兄とさんまが前母の子ども。更に(さんまにとって)育ての母と父の間にできた弟の3人兄弟だった。

さんまが大阪で人気絶頂の頃、弟が火事で亡くなってしまう

1970年代、吉本興業所属とタレントとなったさんまは、大阪で若者のカリスマになるほど爆発的な人気者に!当然、同じ関西圏の生まれ故郷・奈良でも知らない人はいないほどとなっていた。
その頃、奈良の実家が火事で焼失、当時19歳だった弟が焼死してしまったのだ。

死因はなんと自殺

わずか19年と言う短い人生で終えたしまった弟。その死因は、自ら手を下した自殺だったというのだ。原因は明らかになっていないが、どんな悩みがあったのだろうか?

さんまも溺愛していた弟だった

子どもの頃、さんまにとって継母だったため、ふすま越しに「うちにとって子どもはこの子(弟の事)だけや」と言う母の声が聞こえ、涙したなんて言う逸話も残っています。
それでもさんまは、持ち前の明るさで笑わせ、可愛がっていたと言う事なので、自殺と知った時と悲しみと驚きは計り知れないものがあったでしょう。

運命のいたずら?自分も血のつながっていない子どもが!

ご存知の通り、明石家さんまは1988年9月、ドラマでの共演を機に女優の大竹しのぶと結婚。その際に、大竹には前夫との子どもが1人(ニチカ)がいた。
さんまにとっては、血のつながっていない子どもになるが、自分が幼少期、弟ばかりを溺愛した母親に育てられた悲しい経験から、実子のイマルと同じようにニチカも分け隔てなく育てたと言われています。
そして、離婚後も、血縁的には関係のないニチカとも交流している家族想いの一面がある。

生きてるだけで丸儲け!

明石家さんまの座右の銘と言えば「生きてるだけで丸儲け!」。
さんま作詞、BIGIN作曲で作られた「笑顔のまんま」にも度々このフレーズが登場してきます。
その言葉には、亡き弟への熱い想いが含まれていると言われているのでしょうね。
若くして自殺してしまった弟の事を想い、生きているだけでも素晴らしいという事を伝えたいのだと思います。

夜中まで撮影して笑わせたのに、その後、朝までスタッフと飲食、朝型から草野球を楽しんで、それで寝るかと思いきや、夜、寝ている時に面白いことが起きるかもしれないと寝ないくらい人生ストイックなさんま。
常にお笑いの事ばかり考えていそうなイメージでしたが、隠された悲しい幼少時代の継母からの差別、弟との悲しい別れなど笑えない事もあったのでしょうね。
やはりこれだけ芸能界で第一線で働き続けるには、やはり人としての深さがあるのだと思いました。

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