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    17年前に起きた「茨城大女子大生殺人事件」の衝撃の真相とは?

    2004年に発生した茨城大女子大生殺害事件は、女子大生が行方不明になり翌日に遺体で発見された痛ましい事件です。事件から13年後の2017年についに主犯のフィリピン国籍の男が逮捕されました。犯人の殺害動機や裁判・判決までこの事件について詳しく紹介します。

    茨城大女子大学生殺害事件の概要

    まずは、『茨城大女子大学生殺害事件』の概要について見ていきたいと思います。『茨城大女子大学生殺害事件』とは、どういった事件だったのでしょうか。

    女子大生が行方不明になり翌日遺体で発見される

    2004年1月30日に、茨城県阿見町に住んでいた当時茨城大学の学生だった女性が、行方不明となり翌日に遺体で発見されました。行方不明となった翌日の午前9時に、女子大生は自宅から6キロ離れた阿見町の清明川で遺体となり発見されたのです。

     

    遺体で発見されたのは、茨城大学農学部2年生で21歳だった原田実里という女性でした。彼女の死因は、頸部を圧迫されたことによる窒息死だったといいます。また遺体には複数の傷があり、首には切り傷、胸部には心臓にまで達するほどの刺し傷もあったのです。

    パパ活が原因の事件ではない

    2019年にも茨城県内において女子大生が遺体で発見される事件が起きており、この際には被害者女性がネットの通信アプリを利用していたとされています。それもあり、2004年の事件に関しても『パパ活だったのか』と噂されることもありました。しかし、2004年の被害者はパパ活を行っていません。

    事件から13年間手掛かりなし

    『茨城大女子大生殺人事件』は今から17年前の2004年に起きた事件ですが、事件発生から13年が経過しても、犯人の手がかりは得られませんでした。また、最後の目撃者となった当時の被害者の彼氏も、犯人として疑われたことがあったのです。この事件は、捜査が難航したということです。

    2017年ついに犯人が逮捕される

    2017年になり、ようやく犯人が逮捕となりました。2017年9月2日にフィリピン国籍の35歳の男Aが逮捕されています。この男が主犯格と見られています。容疑者が逮捕されるまでには、3万3910人という捜査員が投入され4185日間にわたる捜査が行われたのです。なお、提供された情報は約360件にのぼりました。

    そして2019年1月24日には、当時33歳となっていたフィリピン国籍の男Bも逮捕されたのです。

    犯人逮捕までに至るまでの経過

    続いては、犯人が逮捕されるまでの経過について迫ってみたいと思います。犯人はどの様な経過を辿り逮捕されたのでしょうか。

    女子大生が外出した当時の様子

    2004年1月30日の午後9時頃に、被害者である女子大生は自宅アパートに帰宅し、彼氏と共に夕食をとっています。そして彼氏が寝ていた2004年1月31日午前0時頃に、女子大生は当時の彼氏に宛てて『明日の朝には戻る』とメモを残して、阿見町の自宅より外出し行方がわからなくなりました。

     

    その日の午前中に彼氏が女子大生がいなくなったことに気付くと、テーブルには、『友人に会いにでかける。遅くなる』と書かれたメモが残っていたのです。携帯電話や財布なども自宅に残されたままでした。女子大生は視力が0.1程度しかなく、普段からメガネやコンタクトレンズを使用しています。

     

    しかし、事件時にはそれらも部屋に残っていたといいます。なお、女子大生が家からいなくなる前に、2人は喧嘩をしていたというのです。どちらかが散歩に出掛けるというのが、2人が喧嘩をした際の習慣となっていたのでした。

    事件から数日後に女子大生の自転車が見つかる

    事件発生から数日が経った2004年2月4日に、美浦村の隣街である土浦市で女子大生の自転車が鍵が付いたまま発見されました。自転車が発見された場所は、被害者の自宅から2.5キロ離れていたのです。

    2008年公的懸賞金制度が適用

    2007年になると、女子大生の家族が犯人の逮捕に繋がるような情報を提供をしてくれた人に、懸賞金として200万円を支払うことを決定し発表しました。そして、翌年の2008年に警察庁の『公的懸賞金制度』も適用となっています。

    岐阜県瑞穂市で主犯A・成田空港で共犯者Bを逮捕!

    犯人は逮捕されましたが、その場所は事件の起きた茨城県内ではありませんでした。主犯とされる男Aは事件当時に土浦市に住んでいましたが、事件後に出入国を繰り返しています。そして逮捕時には、岐阜県瑞穂市に住んでいたのでした。

    また共犯者Bは2004年3月に日本を出国してからは、2007年以降再入国はしていません。その後2018年末までに、共犯者Bが日本を訪れることを望んでいるとの情報があり、2019年1月24日に成田空港から入国したところを逮捕されました。

    フィリフィリピン国籍の犯人3人と犯行動機について

    ここで、茨城大女子大生殺害事件の犯人について詳しく見ていきましょう。また、犯人の動機についてもお伝えします。

    犯人はフィリピン国籍の男3人

    茨城大学女子大生殺害事件の犯人は、フィリピン国籍の3人の男でした。主犯格Aと共犯者Bだけではなかったのです。茨城県は外国人労働者が多いという特徴があり、街中でも外国人を見かけることがあります。事件の犯人であるフィリピン国籍の男たちも、土浦市にある工場で働く同僚でした。

     

    まず主犯格Aはフィリピン人のランパノ・ジェリコ・モリであり、事件当時22歳でしたが36歳で精神鑑定の末に逮捕となっています。また共犯者としてフィリピン国籍のBとCがあがっており、事件当時は18歳と19歳の未成年でした。共犯者Bは前述の通りに逮捕されました。

    共犯者B・Cは事件後フィリピンに逃亡

    事件当時に未成年だった共犯者BとCは、事件後にフィリピンへと逃亡していました。共犯者Cに至っては、その後1度も日本に入国することはなかったといいます。茨城県警は共犯者BとCについて『国際刑事警察機構』を通じて国際手配しました。

    しかし、日本とフィリピンには『刑事共助協定』がないことから、迅速な逮捕には至らなかったのです。共犯者Bは逮捕されましたが、もう一方の共犯者Cはフィリピンに帰国後に1度も出国をしていないことから、フィリピンにいる限りは逮捕されていません。

    もし共犯者Cがフィリピンを出国し、日本と『刑事共助協定』のある国に入国をしているなら、身柄を確保することができるでしょう。ただ、現在はその見通しは立っていないのです。

    主犯Aは逮捕時に家族がいた

    主犯格とされるランパノ・ジェリコ・モリには、逮捕時に家族がいました。前述もしていますが、逮捕時には岐阜県に住んでいたのです。彼には、妻と3人の娘や息子もいました。それだけでなく義父母も同居していたといい、7人家族で暮らしていたとされています。

    逮捕される7年前に、岐阜県瑞穂市祖父江にあるアパートへと引っ越してきました。事件発生からは6年が経った頃です。またランパノ・ジェリコ・モリは自動車工場に勤務しており、近所で子煩悩として知られていたといいます。

    なお、ランパノ・ジェリコ・モリの妹も岐阜県に住んでおり、兄が逮捕された後に在留資格を不正に取得したとして逮捕されているのです。

    犯行動機は強姦

    茨城大女子大生殺害事件の、犯人らの犯行動機は強姦をするためだったといいます。被害者である女子大生の遺体も、検証をした結果強姦をされた痕跡が見つかったというのです。犯人らは、自転車に乗っていた女子大生の進路を車で塞ぎ、車の中へと連れ込んで強姦をしました。

    それだけでなく、犯人らは女子大生を車内に連れ込んだ時点で、既に彼女を殺害することを決めていたのです。殺害すると決めたのは、警察に話したりされないためという理由でした。

    茨城女子大生殺害事件の裁判や判決

    次に、茨城大女子大生殺人事件の裁判や判決について迫ってみたいと思います。犯人らには、どういった判決が言い渡されたのでしょうか。

    犯人は犯行を認める

    茨城大女子大生殺人事件の第一審が、2018年7月17日に水戸地裁において行われました。この際に、主犯格とされるランパノ・ジェリコ・モリが「間違いない」と、容疑を認めています。ただ、犯行までの動機については「仲間に誘われたから」などと言い、自身が主となったわけではないことを主張しました。

     

    その後の証言においては、ランパノ・ジェリコ・モリが仲間に凶器となったカッターナイフを渡したことなど、主体的であったことが明らかになっています。

    主犯Aは無期懲役

    茨城大女子大生殺人事件の判決公判が、2018年7月28日に開廷されました。検察側はランパノ・ジェリコ・モリに対して無期懲役を求刑しています。これについて、裁判長はランパノ・ジェリコ・モリが主体的に殺害に関与していると認め、『重大な責任がある』として求刑通りの無期懲役を言い渡しました。

    その後にランパノ・ジェリコ・モリは、刑が重すぎるとして控訴をしています。しかし2018年12月に開かれた控訴審初公判いおいて、控訴が棄却されました。無期懲役という判決は変わらなかったのです。判決は、2019年1月16日に言い渡されています。

    女子大生の遺族はコメント発表

    被害者となった女子大生の遺族が、2017年に主犯格であるランパノ・ジェリコ・モリが逮捕された際に、容疑者が起訴されたことを受けてコメントを発表しました。コメントには、警察や事件の捜査に協力してくれた方々への感謝の気持ちが綴られていました。

    また、被害者の遺族としての心情についても『娘がやすらかであるよう祈りながら暮らしていきたい』とも綴っています。

    犯人の生い立ちが事件に関係している?

    茨城大女子大生殺人事件が起きてしまったのは、犯人の生い立ちも関係しているのではないかとも考えられます。さて、犯人の生い立ちとはどういったものであり、事件とはどの様に関係しているのでしょうか。

    母親が逃亡をアドバイスした?

    外国人あるいは未成年による犯罪の急増には、犯人の生い立ちも深く関係していると言われます。茨城大女子大生殺人事件の場合も、犯人がどういった生い立ちで育ったかは不明ですが、犯人の母親が逃亡をアドバイスしたというのです。

    犯人の育った環境がうかがえる

    通常の心というのを持っているなら、親として自首を勧めるべきところであると考えられます。しかし、犯人の母親は日本の法律では裁かれないフィリピンへの逃亡をアドバイスしたとされるのです。そうした点からも、犯人の育った環境がうかがい知れるでしょう。

    育った環境が、犯行へと走らせた人間性を生んだ可能性もあります。

    女子大生はフィリピン人男性3人に殺された

    2004年に、茨城県の女子大生が無残な姿で遺体となり発見されました。犯人はフィリピン国籍の男3人であり、犯行動機は強姦目的だったといいます。自身の欲のために、女子大生は被害に遭い殺害されてしまったのでした。犯人のうち2人は逮捕されていますが、1人はまだフィリピンでのうのうと暮らしているものと考えられます。

    この様な事件は、2度とあってはならないものです。ほとんどの外国人労働者は真面目に仕事に取り組み日本で生活をしていると考えられますが、こうした犯罪が起きてしまうのは悲しいことです。

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