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石塚英彦の現在(2020)!病気の噂や年収!子供や若い頃も!

ホンジャマカの石塚英彦さんは「元祖!でぶや」での「まいうー」が流行語となり、グルメレポーターとしてお茶の間の人気者になりました。今回は石塚英彦さんの現在から死亡説の真相まで徹底調査!病気の噂から年収、家族や若い頃についてもご紹介していきたいと思います。

石塚英彦の現在(2020)!病気の噂や年収!子供や若い頃も!

ホンジャマカの石塚英彦さんは「元祖!でぶや」での「まいうー」が流行語となり、グルメレポーターとしてお茶の間の人気者になりました。今回は石塚英彦さんの現在から死亡説の真相まで徹底調査!病気の噂から年収、家族や若い頃についてもご紹介していきたいと思います。

石塚英彦のプロフィール


本名:石塚 英彦(いしづかひでひこ/石ちゃん)
生年月日:1962年2月6日
現在の年齢:58歳
出身地:神奈川県横浜市保土ケ谷区
血液型:O型
身長:175cm
体重:117kg
活動内容:お笑い芸人、グルメリポーター、俳優、ミュージシャン
所属グループ:ホンジャマカ(ワタナベエンターテインメント)
家族構成:妻(石塚直美)、長男(石塚幸作)、長女(石塚くるみ)

石塚英彦の年齢

石塚英彦は、1962年生まれですから、今年58歳になります。

あの、丸々とした肉付きと少年のような笑顔ではかなり年齢不詳で、50代と言われればそうともとれますし、40代と言われてもあまり違和感はないですよね。とても不思議な人です。

若い頃は俳優を目指していた

石塚英彦は、高校時代に自主制作映画の制作に参加するほど演技に興味があり、大学を休学して20歳の時劇団ひまわりに入団し、基礎から2年間レッスンを受けたりもしていました。

1983年、当時の渡辺プロダクションが立ち上げた若手お笑いタレントグループ「BIG THURSDAY(ビッグサースデー)」の第1期生として参加し、その後笑いの道に進みました。

「ホンジャマカ」結成当時のメンバーは11人

石塚英彦は、お笑いグループ「ホンジャマカ」のメンバーとして現在も活動をしていますが、結成当時は11人もメンバーがいました。

しかし、しだいにメンバーが減っていき、最終的に恵俊彰と石塚英彦の2人だけになり、改めて「ホンジャマカ」を再結成したいきさつがあります。

石塚英彦のブログ

石塚英彦といえば、食べ物をおいしそうに頬張るイメージがあります。

ですから、さぞかし彼のブログやインスタでも食べ物に関する写真などを掲載しているのかとおもいきや、石塚英彦の公式ブログやインスタは残念ながら見つかりませんでした。

石塚英彦の服といえば「サカゼン」

石塚英彦は、東京都中央区に本社を置く、紳士服の製造・販売を行う会社坂善商事株式会社(さかぜんしょうじ)のイメージキャラクターを2004年から務めています。

サカゼンでは、従来の紳士服店では、あまり重視されなかった肥満サイズの紳士服をメインに商品展開しており、大きいサイズの紳士服が必要な石塚英彦は、ぴったりのキャラクターのようです。

石塚英彦はサカゼンの服を普段にも着用しているとのことです。

石塚英彦の現在は?年収も!

石塚英彦は、マルチに活躍しており、テレビでの露出度もかなり高いです。

早速石塚英彦の現在の仕事や年収について調査していきます。

現在も沢山のレギュラー番組に出演中!

テレビのレギュラー番組としてテレビ東京「よじごじDays」MCや日本テレビ「火曜サプライズ」、TBS「ぴったんこカンカン」や日本テレビ「メレンゲの気持ち」などたくさんの番組に出演しています。

また俳優として映画やドラマにも出演していますので、現在もかなり精力的にお仕事をしているようです。

バンド「オーバーオールズ」でヴォーカルを担当

「オーバーオールズ」は、石塚英彦、三宅伸治、グレートマエカワ、石塚幸作の四人のメンバーからなるバンドで、石塚英彦はそこでヴォーカルを担当し、音楽活動も行っています。

バンド「オーバーオールズ」は、2020年2月にファーストアルバムを発売し、九州を中心に、ライブ活動も行いました。

石塚英彦の年収

はっきりとした石塚英彦の年収詳細はわかりませんが、5千万円前後はあるとのことです。現在も沢山のレギュラーがあり相当稼いでいると推測できます。

また、石塚英彦の嫁も世田谷でお店を経営していることなどから、まだまだ年収は上がるのではないかと予想されます。

石塚英彦死亡説の真相!

マルチに活躍している石塚英彦ですが、まことしやかに、実はすでに死亡しているという噂があるのです。

早速噂の真相について、調査してみましょう。

死亡したのは、別の石塚?

石塚英彦の死亡説が流れたのは、石塚英彦と同じ苗字のギタリスト石塚'BERA"伯広さんが亡くなったことがきっかけではないかと思われます。

石塚'BERA"伯広さんは、筋肉少女帯のギタリストとして長く活躍していましたが、2019年の2月26日に交通事故により亡くなっています。

石塚英彦は病気だった?

お茶の間で見る石塚英彦が、急に体重が激減し痩せたことで一時期「病気なのでは?」と心配されていた時期があります。その折に石塚英彦死亡説が流れたとも考えられます。

ただ、石塚英彦の激やせは、ピーク時には135キロもあった太りすぎを懸念してのことであり、実際はジムに通い健康的に痩せていたので、病気の心配はありませんでした。

石塚英彦の家族は?娘がデビュー?

石塚英彦には、娘さんと息子さんがおり四人家族です。

早速石塚英彦の家族について詳しく調査してみましょう。

石塚英彦の娘は石塚くるみ

石塚英彦の娘、石塚くるみは2016年に「モデルプレスTV by ひかりTV 4K」(Ch 105)の新番組「ナナイロ」に生出演し芸能界デビューを果たしました。

さすが石塚英彦の娘らしく、少しぽっちゃりして笑った顔もなんとなく似ています。
石塚くるみは番組に白色のオーバーオールで出演し、父である石塚英彦も芸能界デビューを賛成してくれていると語りました。

ただ、現在、芸能活動を続けているのか情報が見つからず、現在の活動内容はよくわかりませんでした。

息子はドラマーの石塚幸作

石塚英彦の息子、石塚幸作は父親と違いスリムな体型をしていて、現在はドラマーとして活躍しています。

石塚英彦のバン度「オーバーオールズ」でも、メンバーの一員で、ドラマーとして活躍しています。

嫁は石田えり似

石塚英彦には、20歳の時に出会って9年の交際期間を経て結婚した奥さんの石塚直美さんがいます。

石塚英彦の奥さんは、石田えり似で、同じ「劇団ひまわり」の同期として出会ったのです。

石塚英彦は当時結婚もせず、だらだらと奥さんと交際を続けていましたが、義父から、「娘も幸せになる権利があるんだぞ」と言われ、結婚を決意したそうです。

石塚英彦の嫁が50歳で歌手デビュー?

石塚英彦の奥さんの直美さんは、長い間専業主婦でしたが、もともと歌手を目指していたこともあり、50歳で急にライブをしようと思い立ちました。

その際に、奥さんの夢を叶えるため石塚英彦が司会などを引き受けるなど協力し、バンドなども呼んで、本格的なワンマンライブを実現させました。

ライブには、奥さんの友人などを中心に50人ほどが集まり盛大に行われました。

石塚英彦のトレードマーク!

石塚英彦のトレードマークといえば、ジーンズ生地のつなぎ、オーバーオールですよね!石塚英彦がいつ頃からオーバーオールを着始めたのかわかりませんが、気がつけば、テレビでは常にオーバーオールを着ていて、すっかりトレードマークとして定着しています。

石塚英彦自身が参加しているバンド名も「オーバーオールズ」ですし、オーバーオールにはかなり思い入れがあるようです。

石塚英彦が好んでオーバーオールを着る理由を、オーバーオールの歴史なども見ながら、詳しく調査してみましょう。

日本でオーバーオールのブーム到来

オーバーオールが誕生したのは1873年頃のアメリカで、もともと厳しい農作業をする人用に頑丈なテントの布を使って作られた作業服だったようです。

そのオーバーオールにラジオ音楽番組のディレクターが目をつけ、カントリーミュージックのもつ田舎の素朴さを強調するため出演者に着せたことから、定着していったようです。

日本でも1970年代にオーバーオールを着ることがブームとなっていきました。このファッションブームに石塚英彦も乗ったとも言えます。

デブキャラ先駆者が着用

デブキャラ先駆者である歌手のウガンダトラが、常にオーバーオールを着たことで、日本ではすっかり素朴で太った男性が来ているイメージが定着していきました。

そこにきて、同じデブキャラである石塚英彦もオーバーオールも疑うことなく、トレードマークに選んだと考えられます。

機能性が良い

石塚英彦が好んでオーバーオールを着る理由に機能性の良さがありそうです。

オーバーオールは普通のジーンズのようにベルトでお腹を締め付けられることもなく、かなりお腹まわりが楽な服です。お腹まわりが楽なように、ジーンズをベルトなしで履くとなると、ずれ落ちてしまう可能性があります。

オーバーオールなら締め付けがなく、しかもずり落ちる心配もないので、かなり実用的であると言えます。

石塚英彦は現在も「まいうー」を連呼していた

石塚英彦の若い頃から現在の仕事、病気の真相や家族やトレードマークについてご紹介してきました。

石塚英彦は、ピンとしての仕事も順調で、デブキャラはそのままに、健康も全く問題ありませんでした。また、家族仲も良く、特に奥さんの夢を叶える手助けをするなど、関係は良好でした。

これからも、素朴な笑顔と豪快な食べっぷりで私たちを楽しませてほしいですね。

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