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2023/12/28
大今里
サプールは、中部アフリカのコンゴでハイブランドの服を着こなす紳士のことです。高級な服を身に着けていますが、意外にもサプールは裕福なわけではありません。サプールの身に着ける服のブランドや月収についてご紹介します。
サプールは、コンゴの街を練り歩くお洒落な紳士のことです。サプールは週末になると、30度を超える街中を1950年代から1960年代のパリ紳士の服装で歩き回ります。サプール(Sapeur)は、いくつかのフランス語の頭文字を繋げた造語といわれています。
サプールの身に着ける色鮮やかな服装は、ケンゾーやプラダ、ヨウジヤマモトなどのハイブランドばかりです。そのスーツは、20万円ほどのものが多いといわれています。単純にオシャレなだけでなく、サプールにはさまざまなルールがあり、教養や高潔さが求められます。
平和を愛する考えやそのエレガントさから、サプールは、「世界一お洒落で平和を愛する紳士」と呼ばれているのです。
コンゴは、内戦の続いた貧しい国で平均月収はかなり安いです。その平均月収は、正確な数字を出すのが難しく300ドルから100ドルを程といわれています。300ドルだとしても、月収は3万円ほどです。
高級スーツを身に着けたサプールは、コンゴの富裕層に見えるかもしれません。しかし、サプールをしている人達は、裕福なわけではなく月収は平均的といわれています。サプールは、給料数か月分をつぎ込んでハイブランドの服を買っているのです。
そのため、サプールは長時間労働をする人が多く、服を買うために仕事を選ぶなど服を中心に考えた生活を送っています。服を分割で購入することもあるそうですが、日本と違い全額払わないと服を手に入れることはできないそうです。
サプールは裕福ではないのに、大金をつぎ込んでお洒落な格好で街を歩いています。なぜ、そこまでお洒落にこだわるのでしょうか?実は、サプールがお洒落な格好で街を歩いているのは、争わないというメッセージが込められています。
また、お洒落な格好をすれば誰でもサプールになれるわけではありません。サプールが争わない理由やサプールに求められるものについて解説していきます。
サプールが住んでいるコンゴは、何度も内戦を繰り返している国です。90年の歴史があるといわれるサプールですが、内戦が起こるたびにその歴史は途絶えそうになったといいます。サプールの活動には「服が汚れるから戦わない」というメッセージも込められています。
サプールは単にお洒落を楽しむのではなく、お洒落なファッションで街を歩くことで平和を訴えているのです。こうした背景があるからこそ、サプールの活動は世界中で注目されています。
サプールは、お洒落な服を着れば誰でもなれるわけではありません。サプールになるには、外見以上に内面が豊かであることが求められます。高い教養と倫理観が求められ、人間性が高貴でなければならないのです。
流暢なフランス語を話しことも求められます。こういった誇り高い考えが根底にあるからこそ、サプールはファッションに情熱を傾けることができるのです。服装に常に気を配るのはもちろん、立ち振る舞いにも常に気を使っています。
また、周囲から認められて初めてサプールになれるとされており、自分で名乗ってもサプールだと認められるわけではないようです。
コンゴでは内戦が繰り返されています。グランド・サプールの1人として尊敬されているゼブラン・ムイエンゴさんは、NHKの番組でサプールの大切さを語ったことがあります。ゼブランさんは、内戦からサプールの服を守るために庭に埋めて隠しました。
3日もすれば戻れると考えていたゼブランさんですが、帰ってくるまで1年もかかってしまいました。埋めたものを掘り返すと、何もかもがボロボロになってしまっていたのです。ゼブランさんは、平和でなければサプールを続けることはできないと実感しました。
そして、平和を願うサプールがいなくなった町は、環境が悪くなってしまうとも感じました。ゼブランさんは、サプールの文化を守ることの大切さを伝えています。それが平和につながることを信じているのです。
サプールのファッションは、非常にカラフルでお洒落です。そんなサプールの画像はネットにも広まっています。画像を見ながら、サプールのファッションについて解説していきます。
サプールの衣装は非常にカラフルで目を引きます。何人ものサプールが並んだ写真は奇抜にも見えますが、決してごちゃごちゃして見えません。サプールには着こなしのルールがあり、コーディネートは3色以内で決めることになっています。
サプールは、3色より多くの色を使ったらエレガントでなくなると考えているのです。サプールはこのルールを守り細心の注意を払いながら、コーディネートを決めています。身に着けるもの1つ1つに意味があり、誰かの真似ではない独自のファッションを意識しています。
サプールは挑戦的なカラーの組み合わせをするといわれ、世界的なデザイナーからも高く評価されています。身に着けた服のタグを見せながら歩くのもサプールの流儀の1つです。人に見せて楽しませることも意識しているのです。
サプールの身に着ける服は、非常に特徴的なカラーものが多いです。着こなすのが難しい服がばかりですが、写真に写るサプールの人たちはバランスよく見事に着こなしています。サプールのコーディネートは、小物の1つに至るまで計算されているのです。
世界的なデザイナーのポールスミスさんも、サプールのファッションはパリやロンドンのような場所でも一際目を引くものと高く評価されています。
サプールは、単にお洒落な格好で街を歩くだけではありません。タップを踏み、さまざまな決めポーズを取りながら街を歩くのです。これは、街の人たちにその姿を見せて楽しませるためでもあります。
ファッションを楽しむだけでなく、人々に楽しんでもらうこともサプールの作法なのです。ポーズはコミカルなものなど非常に豊富で、表情の変化でも周りの人を楽しませてくれます。
靴下は見えにくいため手を抜く人が多いです。しかし、世界一お洒落な紳士と呼ばれるサプールは、靴下に関しても手は抜きません。裾が上がった時に靴下が見えることを考えて、計算されたお洒落な靴下を履いています。
靴下を見せたり、最初から靴下が見えるコーディネートをするサプールも珍しくありません。
サプールはお洒落な格好で街を歩いているだけで、国際的に活動しているわけではありません。しかし、サプールのファッションは海外からも注目されるようになり、世界的に高い評価を受けるようになっています。サプールが採用された広告や写真集などについてご紹介します。
サプールのファッションは、世界的に有名なデザイナーにも高く評価されています。ポールスミスさんは、その1人です。サプールのファッションを絶賛し、唯一無二のものと評価しました。
ポールスミスさんは、サプールのファッションから影響を受けたコレクションを発売しただけでなく、ブランドの広告にも採用しました。
サプールは「Guiness Beer TVCM」に採用されたことでも話題に成りました。フランスのカンヌで開催された世界最大の広告祭で、このCMが公開されたことでサプールは世界中に存在を知られることになったのです。
サプールの写真集は、日本でも発売されています。2015年6月に第1弾が発売され、2016年7月には第2弾の撮影のために6人のサプールが日本を訪れました。日本を訪れたサプールは、街を闊歩し日本でも抜群の存在感を見せました。
日本の各地でサプールの写真展が開催され、大勢の人が訪れています。グランサプールのムイエンゴ・ダニエルさんも会場を訪れました。写真撮影が許可されていたため、サプールの写真がSNSでも公開され大きな反響を呼んだのです。
日本を代表するデザイナー山本寛斎さんも、サプールに注目している1人です。山本寛斎さんは、「日本元気プロジェクト2016『スーパーエネルギー!!』」に来日した6人のサプールを招待しています。
ムイエンゴさんと山本寛斎さんの対談も実現しています。山本寛斎さんは、カラフルなデザインで海外で高い評価を受けるデザイナーです。鮮やかなカラーをファッションに取り入れるサプールと山本寛斎さんは、共通点があるともいわれています。
サプールの服は、非常に大胆で奇抜なカラーが印象的です。しかし、サプールの愛用するブランドの1つとしてヨウジヤマモトが知られています。ヨウジヤマモトは、黒を基調にしたブランドでサプールのカラフルなイメージとは全く違います。
実は、カラフルなサプールとは別のもう1つのサプールがいるのです。サプールがヨウジヤマモトを愛用する理由などについてご紹介します。
実は、サプールはコンゴ共和国とコンゴ民主共和国の2つの国に存在しています。コンゴ共和国のサプールは、色鮮やかなコーディネートが特徴です。しかし、コンゴ民主共和国の街キンシャサのサプールは、黒づくめのコーディネートをしています。
コンゴ共和国とコンゴ民主共和国は非常に近い距離に位置していますが、サプールのスタイルは全く違うものになっています。キンシャサのサプールは、カラフルさとは対照的ですが非常にファッショナブルです。
どちらもサプールであることは、間違いありませんが着こなしは全く違います。キンシャサのサプールが身に着けているブランドは、ヨウジヤマモトなのです。
国が違うとはいえ、なぜキンシャサのサプールはヨウジヤマモトを愛用するようになったのでしょうか?これは、キンシャサ出身のミュージシャン・パパ・ウェンバの影響といわれています。
パパ・ウェンバは、ルンバロックの第一人者でアフリカを代表するミュージシャンです。独裁政権が国民服を作ろうとしたことに反抗して、パパ・ウェンバがヨウジヤマモトの服を着てステージに上がったといいます。
このことがきっかけでヨウジヤマモトがサプールに愛用されるきっかけになったのです。
本来、パパ・ウェンバの行動は逮捕されるものでしたが、圧倒的な人気を誇った彼は逮捕されませんでした。パパ・ウェンバに続いて、ヨウジヤマモトを身に着けるミュージシャンや若者はどんどん増えていきました。
こうして、ヨウジヤマモトはキンシャサのサプールに愛用されるブランドになったのです。
サプールのルーツには諸説ありますが、コンゴ全体に大きな影響を与えた社会活動家のアンドレ・マツワさんがサプールのルーツといわれています。サプールの父と呼ばれるアンドレ・マツワとサプールが今後に根付いた理由をまとめました。
アンドレ・マツワさんはコンゴ出身でパリに移住していた人物です。パリで黒人に対する差別や植民地政策に反対し、黒人基盤の労働組合設立にも力を注ぎました。最終的に今後に強制送還され獄中で死を遂げることになります。
しかし、その死後アンドレ・マツワさんは救世主と見なされ、マツワニズムと呼ばれる宗教運動が起こることになりました。アンドレ・マツワさんは、常にパリの紳士の装いをしていたといいます。
そのため、アンドレ・マツワさんのファッションがサプールの元になったといわれているのです。
サプールのルーツには諸説ありますが、西洋のファッションに強い影響を受けていることは間違いありません。しかし、サプールのファッションは決して西洋のファッションを真似しただけのものではありません。
50年近くサプールを続けるムエンゴ・ダニエルさんは、インタビューで今後の人たちのファッションへの意識は高かったと語っています。元々、スタイリッシュに服を着こなしていたコンゴ人ですが、西洋のファッションに触れることになりました。
西洋のファッションをコンゴ人が独自のセンスで発展させたのが、サプールのファッションなのです。サプールのファッションは平和の精神と結びつき、コンゴに根付くことになったのです。
サプールは男性というイメージがありますが、女性のサプールも増えているそうです。女性のサプールの情報や愛用するブランドについてご紹介します。
女性のサプールはサプーズと呼ばれています。サプーズは、コンゴ民主共和国のキンシャサに多いといわれています。まだまだ男性中心の社会のコンゴ民主共和国ですが、女性の社会進出が急速に進んでいるといわれています。
サプーズの女性たちは、こうした女性の社会進出のためにもサプーズをしているのです。現在でも、女性が社会に出ることに対して批判的な意見は多いといわれています。サプーズが男性の服を着ることも批判されています。批判的な声に負けないためにも、サプーズを続けるという女性は多いです。
サプーズの中には娘を持つ女性も多いといいます。娘が大人になる頃には、女性が生きやすい社会を作るためにサプーズを続ける女性もいるのです。サプーズの数は増えており、キンシャサのサプールの5人に1人はサプーズともいわれています。
サプーズが愛用するブランドとして、ヴェルサーチ、ロベルト・カヴァリ、アレキサンダー・マックイーンなどが知られています。アバンギャルドなブランドを好むのがサプーズの特徴です。
サプーズが多いのがキンシャサということもあり、ヨウジヤマモトも愛用されています。また、川久保玲のブランド・コムデギャルソンも高い人気があります。
男物の服を身に着けても、アクセサリーなどで女性らしいエレガントさを演出するサプーズは多いです。
サプールのカリスマとも呼ばれるゼブラン・ムイエンゴさんは、来日した際に日本人の服装をどう感じたか質問されました。ゼブランさんは、日本のスタイルには感心しているといっています。
そして、アクセサリーをもう少し取り入れるといいそうです。アクセサリーをつけるには色を意識するといいともいっていました。サプールのコーディネートは3色以内に抑えるのが原則ですが、日本人も色を意識した方がいいのかもしれません。
お洒落な格好で街を歩くことで、サプールは平和の精神を伝えています。その活動は国内で認められ、サプールは英雄視されるようになりました。
身に着けるもの1つ1つにこだわるサプールのファッションは、流行とは異なるものですが世界中で評価されています。ファッションだけでなく、さまざまな面で学ぶべき点があるといえます。
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サプールはコンゴでハイブランドの服を着こなす世界一お洒落な紳士呼ばれる人たちです。そのファッションは海外からも注目され、その生き様や美学も高く評価されています。サプールの情報についてまとめました。