2024/02/16
r.y6
若い頃に多くのテレビドラマやCMに出演し、ヒロインを演じたドラマは必ず2ケタの視聴率を稼ぐことから「昼メロの女王」とも呼ばれた清純派女優の三ツ矢歌子さん。
芸能界デビューのきっかけや家族について、そして死に至るまでの波乱万丈な彼女の人生をまとめました。
本名(ふりがな/愛称):小野田 宇汰子(おのだうたこ/歌子ちゃん)
所属事務所:元新東宝
生年月日:1936年8月1日
現在年齢:67歳(2004年3月24日死去)
出身地:大阪府堺市東区
血液型:A型
身長:?
体重:?
活動内容:女優
所属グループ:?
家族構成:夫・小野田嘉幹、長男・三ツ矢真之(辻政宏)、義弟・平田昭彦、義妹・音羽美子、義妹・久我美子
昭和を代表する大女優といっても過言ではない三ツ矢歌子さんですが、デビュー当時に所属していた事務所が倒産したことから映画からテレビの世界に一歩踏み出し、多くの視聴者を魅了しました。
芸能界では一体どんな映画やテレビに出演していたのでしょうか。
また、なぜデビューに至ったのかやどんな最期を迎えたのかをご紹介します。
1955年に開催された新東宝のオーディション、「第4期スターレット」に学生時代の友人が応募書類を送ったところ、合格し芸能界デビューを果たしました。何と友人は本人には内緒で応募していたそうです。
「第4期スターレット」というと、三ツ矢歌子さんの他にも北沢典子さん、万里昌代さん、原知佐子さんと女優として活躍した人が多い期でもありました。
そして翌年の1956年には映画「君ひとすじに」にて結城紀子役で銀幕デビューを果たすと、その後は映画を中心に出演を続け、新東宝の倒産をきっかけにテレビにも進出し、特に昼ドラでは数多くのヒロインを演じ「昼メロの女王」と呼ばれる程の活躍をみせました。
1956年の「君ひとすじに」への出演を皮切りに同年には「何故彼女等はそうなったか」、「女真珠王の復讐」など複数の映画にも出演を重ねました。
1957年には「海女の戦慄」「暁の非常線」そして1958年には「 スーパージャイアンツ 宇宙艇と人工衛星の激突」「人喰海女」とコンスタントに映画への出演を続け、所属事務所だった新東宝が倒産する1961年までに40作以上の映画に出演して清純派女優の地位を見事に築き上げました。
同じ新東宝に所属していた池内淳子さん、久保菜穂子さんと「新東宝現代劇の女優三羽烏」と呼ばれ脚光を浴びるまでになりました。
新東宝倒産後はフリーとなり、活動の中心をテレビに移しました。1969年から2009年3月までTBS系列局などで放送されていたお昼の時間帯のテレビドラマ「愛の劇場」シリーズでは「女の絶唱」「新・女の絶唱」「人妻椿」「愛染椿」「妻と女の間」のヒロインを演じ、視聴率が必ず2桁台という驚異の数字から「昼メロの女王」と呼ばれました。
特に純粋な娘役や上品な雰囲気の母親役に定評があったことから、以前と変わらず清楚なイメージを貫いていたことが伺えます。
また平成4年にはワイドショーの司会を務めたり、「味の素」のテレビCMや「三ツ矢サイダー」のCMにも出演していたことがあるそうです。
今も愛されている有名な商品のCMにも出演されてたのですね。
ここで三ツ矢歌子の代表作を見てみましょう。
皆さんも聞いたことのある共演者とともに数々の作品に出演されています。
『犬神家の一族』
横溝正史の長編推理小説で「金田一耕助シリーズ」を映画化したものです。
日本映画史上最高のミステリーとの呼び声も高く、最近ではジャニーズジュニアの加藤シゲアキさんが主演でテレビで放送されました。
三ツ矢歌子さんが出演した時は主役の金田一耕助を中井貴一さんが演じ、財前直見さんや松本伊代さんなど名だたる俳優の方と一緒に出演されていました。
『天城心中~天国に結ぶ恋』
1957年、伊豆半島にある天城山において、行方不明となっていた学習院大学の男子学生と、同級生女子の2名が男子学生が所持していた拳銃で頭部を撃ちぬき、死体で発見された事件がモチーフになっています。その亡くなったヒロイン役を演じたのが三ツ矢歌子さんでした。
『愛染椿』
大林清の小説をテレビドラマ化したものです。三ツ矢歌子演じる津村加代という主人公一人の愛の遍歴を通して、結婚や夫婦愛についてを問いかける作品になっています。
長い間女優として活躍してきた三ツ矢歌子さんですが、2001年に腰痛で病院に行ったところ肺がんが見つかり、最終的には間質性肺炎」で2004年3月24日に亡くなりました。
この「間質性肺炎」は歌姫と呼ばれた美空ひばりさんもお亡くなりになった病気です。
「間質性肺炎」は肺にある小さな風船状の袋「肺胞」に炎症や損傷が起こることの総称で、酸素を取り込みずらくなったり、肺が硬くなることにより呼吸がしづらくなります。その多くは原因が不明で、治療も困難とされています。
肺がんという病名を本人に告知した際、三ツ矢さんは落ち込むどころかいつかは仕事に復帰したいと意欲を燃やしていたそうです。
しかし3年に及ぶ長い闘病生活もむなしく、「息が苦しい」と訴え緊急入院した後、夫、息子ら家族にみとられて、静かに息を引きとりました。
三ツ矢歌子さんと同期だった原知佐子さんは訃報を受けて「歌子ちゃんはスターに成るべく新東宝に入社して来た人だった」とインタビューで語っていました。
純粋で可憐なイメージでありながらも時折見せる妖艶さは、どこかミステリアスな雰囲気も感じると評判です。
三ツ矢歌子さんは結婚して子供はいたのでしょうか?
彼女のプライベートについてもご紹介していきます。
三ツ矢歌子さんは1960年、11歳年上の元映画監督、小野田嘉幹(おのだよしき)さんと結婚しています。小野田嘉幹さんの代表作は「鬼平犯科帳」、「伊能忠敬子午線の夢」です。
特に鬼平犯科帳は今も人気があり、根強いファンがいるといわれています。
そして弟は俳優の平田昭彦さん、妹は女優の音羽美子さんと芸能一家であることがうかがえます。
小野田嘉幹さんは1958年に「人喰海女」という映画で監督デビューしています。
こちらの作品に三ツ矢歌子さんも出演していたため、この頃に知り合い結婚に至ったと言われています。
三ツ矢歌子さんが結婚を決めた理由は「新東宝が潰れそうだったので結婚に踏み切りました」と語っています。実際に結婚の翌年には会社が倒産しています。
夫である小野田嘉幹さんは、三ツ矢歌子さんが亡くなった後も「鬼平犯科帳」の演出な現役で仕事を行っていましたが、5年ほど前の「週刊新潮」には一文無しで生活保護を受けているという衝撃の記事が載っていました。
2019年現在は94歳とご高齢なので生活保護もあり得ない話ではないですが、100本以上の映画監督を務めながらも生活保護を受けなけれないけないというのは芸能界の厳しさを感じます。
小野田嘉幹さんは1958年に「人喰海女」という映画で監督デビューしています。
こちらの作品に三ツ矢歌子さんも出演していたため、この頃に知り合い結婚に至ったと言われています。
三ツ矢歌子さんが結婚を決めた理由は「新東宝が潰れそうだったので結婚に踏み切りました」と語っています。実際に結婚の翌年には会社が倒産しています。
夫である小野田嘉幹さんは、三ツ矢歌子さんが亡くなった後も「鬼平犯科帳」の演出な現役で仕事を行っていましたが、5年ほど前の「週刊新潮」には一文無しで生活保護を受けているという衝撃の記事が載っていました。
2019年現在は94歳とご高齢なので生活保護もあり得ない話ではないですが、100本以上の映画監督を務めながらも生活保護を受けなければいけないというのは芸能界の厳しさを物語っています。
三ツ矢歌子さんは結婚の翌年である1961年に小野田 真之という男の子を出産しています。映画監督と大女優の息子というだけあって成人後は俳優として活動し、鬼平犯科帳にも出演していました。
芸名として三ツ矢真之・辻政宏の名前で俳優活動をしていましたが、台詞や所作ともに「素人以下の大根役者」と酷評されていたそうです。
そんなストレスもあってか1990年には薬物で逮捕されています。
当時息子の逮捕に三ツ矢歌子さんは泣きながら取材に応じ、翌日には謝罪会見を開きました。
その後は三ツ矢プロダクションの代表取締役として「鬼平塾」という時代劇に特化したワークショップを開催したことが分かるブログがありますが、現在は更新されていないため現在は何をしているのかは不明です。
またもう一人男の子を出産しましたが、一般人ということもあり次男の情報は現在全く分かっていません。
昼メロの女王と呼ばれるほど人気のあった三ツ矢歌子さんですから、誰が見ても目鼻立ちのはっきりした「美人」であったことは間違いありません。
当時の写真を見ると演じる役によって雰囲気も変わって見えますが、どの写真もお美しい姿が印象に残ります。
三ツ矢歌子さんを調べていくと里見浩太朗というワードが検索キーワードに上がってくることが分かりました。
調べてみたところ二人が似ているということからこのワードがあがってきたようです。
里見さんの写真を見てみましょう。
少し目元が似ているという意見もありましたが皆さんはどう思いますか?
更に調べていくと、「藤原紀香に似ている」という声も上がっています。
こちらの方が色気があって気品がある雰囲気が確かに似ているという声が多かったです。
中には藤原紀香を見るたびに三ツ矢さんを思い出すといっている方もいるほどでした。
2004年に肺がんでお亡くなってから現在まで、約15年もの月日が流れましたがその美しさは色あせず、いまだにファンという方も数多くいます。
そんな三ツ矢歌子さんの三回忌を前に、夫である小野田嘉幹さんが当時の闘病生活を振り返った本を出版しました。
こちらの本を読んだ方のコメントからは、「最期を看取るまでが夫である著者の本当にあたたかい視線で描かれた名著」「この本にどれだけ励まされたか」などと肯定的な感想が多く目立ちます。
また、がんという病気を持つ家族とどう向き合っていくのか、また治療方法を選択する難しさなどがんと闘う難しさも描かれているそうです。
目次をご紹介します。
目次
第1章 突然の宣告
第2章 迷路のなかで
第2章 夫婦の肖像
第3章 つかの間の夢
第5章 暗転
第6章 夫である私のこと
お二人がどのように病気と向き合い、最期の時を迎えたのかはもちろん、三ツ矢歌子さんという人物を知るには、最期まで彼女と人生を共にした夫である小野田嘉幹さんが書いたこの本を読むことでより理解が深まると思います。
銀幕スターとして活躍した後、テレビドラマに舞台をうつし多くの視聴者を魅了した三ツ矢歌子さん。会社の倒産や息子の逮捕、闘病生活の末に間質性肺炎でお亡くなりになるなど波乱万丈な人生を全うされました。
映画やテレビドラマなど多くの作品に登場していますので、これを機に少し昭和のレトロを感じられる作品たちに触れてみてはいかがでしょうか?
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