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ケント・デリカットの現在は?仕事や宗教、出演番組やメガネについて!

80年代と90年代にテレビタレントとして、バラエティー番組を中心として活躍をしたケント・デリカットさん。メガネを目から離すと大きくなるという持ちネタが有名でした。現在は何をしているのでしょうか?祖国アメリカでの仕事や宗教について詳しくまとめてみました。

ケントデリカットをご存知ですか?

ケント・デリカットは1980年代から90年代にかけて、バラエティー番組を中心に活躍していたタレントです。メガネから目を離すと目が大きくなるという持ちネタで人気を博しました。今の若者は知らないかもしれませんが、30代以上であれば一度は見かけたことがあるはずです。

ケント・デリカットのプロフィール

  • 本名(ふりがな):Kent Derricott(けんとでりかっと)
  • 所属事務所:三桂
  • 生年月日:1955年3月3日
  • 現在年齢:64歳
  • 出身地:カナダ アルバータ州
  • 血液型:不明
  • 身長:180cm
  • 体重:75kg
  • 活動内容:タレント
  • 趣味:ゴルフ
  • 家族構成:妻、5人の子ども

ケント・デリカットとは?

ケントデリカットは、1980年代から1980年代にかけて、日本のバラエティ番組で活躍したテレビタレントです。メガネを使った持ちネタやその真面目なキャラクターからにとても人気の存在でした。

そんなケント・デリカットの過去の活躍ぶりやこれまでの経歴を振り返ってみましょう。

ケント・デリカットのこれまでの経歴

カナダで生まれアメリカで育ったケント・デリカットさんは1974年に、はじめて日本の地を訪れます。訪れた目的はモルモン教という宗教を広めるため、宣教師として訪れました。北海道で2年間、布教活動に勤しみました。

その後帰国し、ユタ州の大学に入学しましたが途中で退学してしまいます。(理由は不明)その後日本に再入国し、1984年「笑っていいとも」の外国人が出演するコーナーがきっかけで、芸能界デビューを果たします。眼鏡ネタで人気を博します。

ケント・デリカットの芸風は?メガネのネタ?

ケント・デリカットさんが当時よくテレビで披露していたのは、自分がかけている遠視用の眼鏡を使ったものでした。度のきついレンズを前後に動かし、目玉を大きくするというものです。

動画で見て頂ければ分かりますが、現在の変顔に当たります。メガネをかけている子供達はよくケント・デリカットさんのモノマネをしていました。

この持ちネタ以外にも個性的なキャラクターやひょうきんな話し方でも笑いをとっていました。時折、ドキュメンタリー番組では真面目なコメントを披露する時もありました。

ケント・デリカットの主な出演番組

ケント・デリカットさんが出演していた番組は、1980年代後半から1990年代前半にかけて多数あります。主なものには「世界まる見え!テレビ特捜部(レギュラー)」「世界まるごとHOWマッチ」「世界バリバリ★バリュー(準レギュラー)」「関口宏のサンデーモーニング(準レギュラー)」などがあります。

バラエティー番組などで「ケント・ギルバートさんです」と紹介され、「ちがうよー。それケント違い」と返すのが鉄板ネタでした。ケントと見当をかけたものでした。

郷土のユタ州ネタもおなじみで、よく共演者にユタ州の田舎具合をいじられ「ユタ田舎じゃないよ」「ユタは土地が安くていいんっだぢょ」と言い返していました。

ケント・ギルバートと間違えられる?

ケント・デリカットさんは、よくケント・ギルバードさんと間違えられることが多いです。2人は名前が似ているだけでなく、他にもアメリカ国籍やモルモン教の宣教師として来日していたことや、活躍していた時期など共通点はたくさんあります。

ケント・ギルバートさんはアメリカ出身の弁護士で、1971年にモルモン教の宣教師として日本に来日しました。1983年頃から「世界まるごとHOWマッチ」などで芸能活動を開始しました。

芸能活動以外にも、タコスのファストフード店「タコタイム」を経営したり、英語学習塾「ケント・ギルバート外語学院」を運営するなどマルチな才能を見せていました。

ケント・デリカッとのコスプレを大泉洋がした?

水曜どうでしょうの企画「アメリカの有名人私は誰でSHOW」の前枠と後枠で、大泉洋さんがケントデリカットさんのコスプレをしていました。水曜どうでしょうは北海道テレビ制作の深夜バラエティ番組で、北海道のローカル番組ながら旅をメインとした様々な規格を行い、ファンを拡大していきました。

ケント・デリカットは現在どうしてる?

ケント・デリカットさんは1990年代後半にはテレビではあまり姿を見なくなってしまいました。それでも2002年にNHKの連続テレビドラマ小説「さくら」には出演しています。その後、ケント・デリカットさんはどうしているのでしょうか?

家族はいるの?どこに住んでいる?

ケント・デリカットさんは、現在アメリカのユタ州で家族と暮らしています。家族構成は奥さんと三男二女の子ども5人と暮らしています。ちなみに、ケント・デリカットさんのアメリカの自宅の一部は畳敷きで土足厳禁になっているようです。さらに、こたつまであるようです。日本愛好家です。

ケント・デリカットさんの母親が畳をとても気に入っているようで、近所の人や友人を自宅に呼ぶ際、畳の部屋で裸足でくつろぐことを進めているみたいです。

ユタ州については、番組内で所ジョージさんやビートたけしさんからいじられていました。ケント・デリカットさんはそれに反論し、その姿が笑いを誘っていました。

カイアニというネットワークビジネスで大成功している

ケント・デリカットさんはアメリカに帰国後、健康食品ブランド「カイアニ」によるインターネットビジネスを始めます。「カイアニ」が取り扱っているのは健康食品や基礎化粧品で、ワイルドブルーベリー、ノニ、サーモンなどを原料に自然の恵みを損なわずに商品化しているようです。

アメリカでは足りない要素をサプリメントで摂取することを推奨しています。そうした背景もあって、ケントさんはこのビジネスを思いついたのでしょう。日本ではよくないイメージをもたれがちなネットビジネス。しかしアメリカではコストのかからない流通形態として広く受け入れられています。

ケントさんは「カイアニ」のアジア地区統括マネージャーとして活躍しています。カイアニジャパンのセミナーにも参加しています。日本では流行らなそうな「カイアニ」ですが、ケントさんのマネージメントスキルの賜物か、カイアニジャパンの会員は2018年の時点で2万人になったようです。

現在も株式会社三桂に所属している

ケント・デリカットさんは、現在も株式会社山桂という関口宏さんが代表を勤める芸能事務所に所属しています。日本での活動を辞めたわけではありませんが、日本での仕事はほとんどありません。

事務所に所属しているということは、講演やイベントの出演依頼は可能となっているようです。しかし、その場合もアメリカから呼び寄せなくてはいけないので、出演料は高いことが予想されます。

ケント・デリカットは熱心なモルモン教徒?

ケント・デリカットさんは、熱心なモルモン教徒でした。しかし、キリスト教や仏教と比べてモルモン教は馴染みが薄く、いったいどういった宗教なのか疑問に思う人も多いでしょう。ここではケント・デリカットさんがどれだけ熱心なモルモン教徒であったのか、またモルモン教の具体的な中身などを紹介していきます。

そもそもモルモン教を布教するために来日した

ケント・デリカットさんの来日理由は芸能活動ではなく、自身が敬愛しているモルモン教の布教のため、お兄さんとともに来日しました。

デリカット兄妹は宣教のため、2年間北海道に住み布教活動をしていました。北海道にはその頃の友人や知人が多く、アメリカ帰国後も北海道で講演を行うなど交流は続いています。

ケント・デリカットさんは熱心なモルモン教徒だったため、下ネタをやられると異常に怒ります。ゲスト出演した「世界丸見え」で海外のセクシー番組が流されると、目を背けて嫌そうな顔をし、その様子を所ジョージさんやビートたけしさんにからかわれました。

モルモン教とはどんな宗教なの?

モルモン教とは正式名称を「末日聖徒イエスキリスト教会」といい、この教会で使われている経典を「モルモン書」と呼ぶことから、モルモン教と呼ばれることになりました。1830年にジョセフ・スミスという人物が創設しました。宗教としては歴史が浅く、キリスト教の新興宗教という位置づけです。

世界中に約1500万人の信者がいて、日本にも約13万人の信者がいます。国内には教会が200以上あり、日曜日に礼拝が行われています。

キリスト教から派生した宗教なので、教えの内容も基本的にはキリスト教に準じていますが、独自の解釈で派生した戒律がいくつもあります。

モルモン教の独特の戒律

モルモン教の戒律はモーゼの十戒が基礎となっています。モーゼの十戒では、親を敬う、偶像崇拝をしてはならない、盗みを働いてはならない、殺してはならない、姦淫を犯さない、むさぼってはならないなどの掟がありますが、モルモン教の戒律は基本的にはこの掟に従いながらも、一部辻褄があわない思想を取り入れています。

モルモン教の独自の戒律としてあげられるのは、ガーメントという下着の着用や、一度結婚したら離婚はできない、避妊を禁止している、自転車での勧誘活動、一夫多妻制の容認、食事の制限など一風変わった内容です。

特に着目されるのがガーメントという下着の着用ですが、この下着は全てのモルモン教徒が着用するものではなく、エンダウメントと呼ばれる儀式を神殿で受けた者だけが与えられます。髪に忠誠を誓う敬虔な人達だけが着用できる下着なのです。

ガーメントは特別な下着なのではなく、普通の下着と同じような素材を使い、上着とズボンの2パーツに分かれます。上はTシャツのような形で、下はステテコのような形です。女性の場合、身体の形に沿うようにカッティングされています。

またモルモン教では、アルコールやたばこ、コーヒーなどが禁止されています。そのため日本人の信者は、社会人になった際の飲み会などで、大変心苦しい気持ちになることがあります。

あの人も信者なの?モルモン教徒の有名人

モルモン教徒と噂されている有名人は数多くいます。最も有名なのは女優の斉藤由貴さんでしょう。斉藤由貴さんは尾崎豊さんとの不倫報道から、モルモン教の信者であることが注目されるようになりました。

斉藤由貴さんは父親が厳格なモルモン教信者だったようで、斉藤由貴さんがモルモン教の信者となったのも自然な流れだったと言えるでしょう。ちなみに会社員である斉藤由貴さんの夫もモルモン教徒で、しかもモルモン教の幹部となっています。

また、元女優で現在も女優として活動されている斉藤こず恵さんもモルモン教徒です。アメリカ留学中に聖歌隊に入っていたようで、モルモン教の教会で歌う姿が目撃されています。

また、新世紀エヴァンゲリオンの主題歌「創成のアクエリオン」で有名なAKINOさんもモルモン教の信者ではないかと噂されています。「創成のアクエリオン」がヒットしてもAKINOさんがブレイクしない理由は、AKINOさんがモルモン教の信者だったためだと言われています。

ケント・デリカットは母国アメリカで活躍している

日本で見ることの無くなったケント・デリカットさんですが、現在は母国のアメリカで活躍しています。今は、先述のように、ネットワークビジネスで成功を収めていますが、日本から帰国した後はそれ以外にも、色々と活動をしていました。この章では、その内容についてせつめいしています。 

番組制作会社と貿易会社を設立した

ケント・デリカットさんはネットワークビジネス以外にも番組制作会社と貿易会社を設立しています。番組制作会社は「LORIEN ENTERPRISE」、貿易会社は「デリカットインターナショナルカンパニー」という会社です。

「LORIEN ENTERPRISE」が制作したドキュメンタリー番組「日本の心」は、全米でオンエアされ高い評価を受けましたが、この番組ではケントさんの日本での経験が強くいかされています。

貿易会社を設立したのは北海道で布教活動をしてその後一時帰国した後です。その後に再び来日して、タレント活動を開始しています。

2002年の冬季五輪ではボランティア活動も

地元ソルトレイクシティで開催された2002年の冬季五輪では、ケントさんはボランティア活動で関わっていました。JOCの会長、竹田さんのアシスタントを務めたそうです。ケントさんが選手村を訪れた時に、スピードスケートの選手が「本物だ!」と歓喜したというエピソードも残っています。

若い頃は俳優として活動していた

ケント・デリカットさんは、若い頃はメガネを外すとアメリカの俳優であるカール・ダグラスや、同じくアメリカのプロゴルファーのジャック・ニクラスに似ていると共演者によくからかわれていました。

カール・ダグラスはニューヨークのアムステルダムで生まれ、貧民街で育ちました。子どもの時から新聞配達や庭師などで稼ぐ苦学生で、借金をして大学に進学するとボクサーになり、ファイトマネーでその返済に当てるという生活をしていました。

ジャック・ニクラスはアメリカのプロゴルファーで、1960年代から19990年代にかけて活躍しました。ゴルフをメジャースポーツに格上げしたのは、このジャック・ニクラスと同時期のアーノルド・パーマーの活躍が大きかったと言われています。

ケント・デリカットの人となりは?

ケントさんはテレビを通してもその人柄が伝わってくるような熱い人物でしたが、実際の人柄はどうだったのでしょう。この章ではケント・デリカットさんの人柄をまとめてみました。

ケント・デリカットのモットーは?

ケントさんには有名なモットーがあります。それは下記の言葉です。「All you can do is the best you can do(あなたの出来ること全てがあなたに出来る最高のことである)」あなたのなすことすること全てが最高のことという意味です。

ケントさんはこの言葉をモットーにビジネスで成功を続けてきました。

大の日本びいき

ケント・デリカットさんは、自宅に畳の部屋を作り、設立した貿易会社では日本との貿易に関わり、ソルトレイクのオリンピックではボランティアとして日本選手団に関わり、番組制作会社では日本のドキュメンタリー番組を制作しました。

ここまでの行動でも分かるように、ケントさんは大の日本びいきです。日本への愛情だけでなく、ビジネスパートナーとしても日本を評価しているのでしょう。

さらにケントさんは日本での講演活動を続けており、講演のため時折来日しています。日本文化に精通しているケントさんならではのテーマをも扱い、ケントさんの人柄もあいまって講演はとても評価を得ているようです。

ケント・デリカットは家族愛の人

ケント・デリカットさんはその活動背景には常に家族の影があります。2002年にアメリカに帰国した理由も、お子さんの教育のためでした。自分の仕事よりも子どもの養育環境を選んだわけです。並々ならぬ愛情の注ぎ方です。

講演テーマのひとつも家族が挙げられています。1999年には著書「パパになる」を出版しています。これにはケントさんの家族の物語が綴られています。ふさぎこんでいる時も優しく接してくれた母親や自然や仕事のすばらしさを教えてくれたお父さんの姿が描かれています。

ケント理想の家族は両親そのものであり、両親を模範として自分の妻や子どもにも接してきました。子育てに熱心なだけでなく、妻とのコミュニケーションも欠かさず行っていました。

ケント・デリカットは才能あふれる人

ケント・デリカットさんは日本ではバラエティタレントとしての姿しか多くの人は知らないでしょう。しかし、母国アメリカでは貿易会社や番組制作会社を設立したり、ネットワークビジネスで成功を収めたりとマルチな才能を発揮しています。

これはケントさんのモットーである「All you can do is the best you can do(あなたの出来ること全てがあなたに出来る最高のことである)」を常に意識して行動してきた結果だといえるでしょう。

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