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2023/12/28
大今里
羽生善治さんの学歴についてまずは「小学校時代」のお話です。羽生善治さんは出身が埼玉県所沢市ではありますが、東京都八王子市の将棋道場「八王子将棋クラブ」に通っていました。
そこで通った小学校が「八王子の小学校」という噂が出ていますが、それは本当なのでしょうか。また、小学校時代の学歴、その他エピソードがあるのかをご紹介いたします。
羽生善治さんが通っていた小学校は「八王子市元木小学校」というようです。やはり、八王子の将棋道場に通っていたことから、小学校も八王子の所を選んだことが分かります。
八王子市元木小学校は「市立」なので、特に私立の小学校ではなかったようです。学歴や偏差値などの話もあまり表沙汰になっていないので、小学校時代は将棋をしながら学力を気にせず過ごしてきたことが予想できます。
小学校1年の時に「近所の友達の家」に遊びに行って、将棋を指したのがきっかけだった羽生善治さん。そこから少しずつハマっていき、将棋盤も買ってもらい、夜な夜なやっていたというエピソードもあります。
1978年8月2日、小学校4年生の頃に初めて「八王子将棋クラブ」の小学生将棋大会に行ったそうです。それがきっかけで八王子将棋クラブに入ったとのこと。
それからは将棋漬けの毎日で、殆ど友達と遊ばず、道場に通い詰めだったと言います。そして、道場に入ってわずか4年の1982年。小学校6年生だった羽生善治さんは「奨励会」の入試試験にみごと合格しました。
羽生善治さんが小学校6年生で奨励会に入会してから、プロ棋士になったのが1985年。中学校3年生の頃にプロ棋士になりました。(当時15歳2ヶ月で史上3番目の早さ)
では、その当時は羽生善治さんは中学生ということで、どれぐらいの学歴で中学校に通っていたのでしょうか。また、中学生時代の学歴エピソードや逸話などもあるかどうかをご紹介いたします。
中学校は「八王子市立恩方中学校」に通っていた羽生善治さん。小学校同様、中学校も「市立」ということで偏差値などはありません。ただ、八王子市立恩方中学校は口コミを見ると「不登校などが多い」という事が多く出ています。
校則は自由な風潮のようで、羽生善治さんも学力にそこまで力を注がずとも大丈夫だった可能性が高いですね。奨励会は大事な時期であるので、将棋ばかりしていたのでしょうね。
羽生善治さんの中学校エピソードはほとんどど出ていません。しかし、将棋のプロになるには「鬼門」とされる奨励会3段リーグを突破する必要があります。
また、中学生で棋士になった方は、現在なら藤井聡太さんが有名ですが、現時点でも5人しかいません。(他には加藤一二三さん、谷川浩司さん、渡辺明さん)
当時は現在ほど人数も多くなく、厳しくなかったようですが、それでも中学生時代は小学校の時よりも「将棋漬け」で将棋に集中していたことが分かりますね。
羽生善治さんは中学生でデビューはしておりますが、すぐに高校生になったので、実際の将棋としての活躍は高校時代でした。高校ではすでにプロになっているので、日本将棋連盟がある「渋谷区千駄ヶ谷」に通っていました。
では、高校は千駄ヶ谷の近くにある高校、それとも八王子市だったのでしょうか。そんな羽生善治さんの高校生時代の学歴、偏差値、その他エピソードなどをご紹介いたします。
羽生善治さんが通った高校はこちらも八王子市にある「東京都立富士森高校」に入学しました。気になる学歴ですが「偏差値53」と中堅の高校に通ったようです。
しかし、高校時代は活躍による勝ち進みで対局が多くなり、出席日数が足りなくなり退学をしたそうです。編入後は通信制の高校に入学、無事卒業されたと言います。
気になる通信制高校については情報が出ていませんでした。しかし、通信制高校を卒業しても「高卒資格」が貰えますので、一部で噂であった「最終学歴が中卒」ではないことが分かりました。
高校時代は最も羽生善治さんが活躍していたと言われる時代になります。将棋で記録を出したのは高校生になってからのことでした。
1986年の高校1年生の頃には「全棋士中で勝率1位(0.741・40勝14敗)」を記録しています。また、有名な将棋NHK杯で名人4人(大山康晴さん・加藤一二三さん・谷川浩司さん・中原誠さん)を破って優勝したのも1988年の高校3年生の頃です。
ただ、初タイトルは惜しくも1989年の19歳の頃の「竜王」でした。しかし、高校生当時の羽生善治さんは「五段時代」は特に有名で、度々NHKなどでも注目が続く時代でした。
羽生善治さんの学歴がわかった所で、次に気になるのは「子供さんの学歴」になります。1996年(26歳)に元歌手の畠田理恵さんとご結婚をした羽生善治さんですが、2人のお子さんに恵まれました。
何か学業の方針などはあるのか、羽生善治さんの子育て、子供さんの学歴に注目してみたいと思います。その他、結婚の馴れ初めや子どもたちの学力、偏差値も気になったので調べてみました。
羽生善治さんは1996年の26歳の頃、元歌手で女優の「畠田理恵さん」とご結婚されました。寝癖がついている状態での結婚式というのは有名なエピソードです。
お二人の出会いきっかけ、馴れ初めは1994年9月の雑誌「はつらつ」の対談だったようです。元々、羽生善治さんではなく、ムツゴロウさんこと「畑正憲さん」が出演する予定だったようです。
その運命的な出会いの末にご結婚。現在は奥さんである畠田理恵さんはツイッターなどで活動されており、羽生善治さんの良い奥さん、パートナーであることが分かります。
羽生善治さんの現在の自宅は日本将棋連盟の割りと近くである「世田谷区深沢」であるという噂が出ています。子供さんに関しては「2人の娘さん」に恵まれました。
現在、その2人の娘さんは20歳と18歳。お二人とも東京都千代田区の「雙葉中学校・高等学校」出身と言います。偏差値67-73と言われ、高学歴であることが分かりますね。
また、娘さんたちは「国立の医学部」に通っているという噂もあるようで、それが「慶應義塾大学の医学部」に発展。ただ、学歴が高い娘さんであることは間違いないようです。
羽生善治さんは最終学歴が高卒ながら、学歴・学力の高さを感じる名言・メッセージを多数残しています。羽生善治さんはどのような名言を残されているのでしょうか。
また、将来の夢を持つ子供たちに向けても羽生善治さんは素晴らしいメッセージを残しています。その中で特に良いと思ったメッセージを1つをご紹介いたします。
羽生善治さんの名言としては、多くのものがYoutube動画やまとめサイトで紹介されています。その中で特に有名なのがこちらのYoutube動画で、30万回再生されています。
その中でも有名な名言が「何十年と同じ姿勢で同じ情熱を傾けられることが才能」です。天才と言われることが多い羽生善治さんがたどり着いた結論とされています。
また、「勝ちにこだわりますが、大切なのは過程。結果だけならジャンケンでいい」、「追い詰められた場所にこそ、飛躍がある」などもあります。どれも素晴らしい名言ですね。
羽生善治さんは著書やインタビューなどで度々、子供たちに送るメッセージが素晴らしいとしても注目されています。こちらのの動画はドワンゴ「N高校」でのインタビューによる動画です。
内容として、将来に悩んでいる子供たちのために「それがどうしてもやりたいなら、やった方が良い」「ためらいがあるのなら、やめたほうがよい」と回答。
さらに「自分の適性と業界の相性はやはりある」「でも、それでも残りたいという人が結果を出していることも多い」という金言を残されています。
羽生善治さんの最終学歴は「高卒」です。将棋界では当時はまだまだ大学まで行く方は少なく、高校までは一応行くというのが常識でした。
羽生善治さんは多忙により単位が取れずに、1度高校を編入しています。「中卒説」も出ていますが、編入先の高校は卒業をしているため最終学歴は「高卒」になります。
羽生善治さんは高卒という学歴ではありながら、英語が話せることでも有名。将棋界で英語を話せる人は少なく、羽生善治さんは貴重な存在です。
元々、「チェスの世界大会に出場するため」に英語を勉強したという羽生善治さん。将棋の普及のためという目的もあるでしょうが、2016年の後半はずっと「えいご漬け」だったと言います。
キムタツの「東大リスニング」や「キクタン」「CNNENGLISH EXPRESS」などで英語を猛特訓。リスニング力があり、スピーキング力も十分だと言えます。しっかり目的を決めて、英会話をマスターされたようですね。
そんな学歴について話題になる羽生善治さん。最終学歴は「高卒」で偏差値53ということが分かり、高学歴ではないことが発覚しました。
しかし、羽生善治さんは英語が堪能で、しかも数々の将棋界での成績、前人未到の「永世8冠」を獲得した生きる伝説の棋士です。さらには多くの著書も執筆しています。
ですので、天才と言われる方であることは間違いなさそうですね。今後も多くの方が羽生善治さんの学歴について気になることが予想できます。
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将棋棋士の羽生善治さんについて「学歴」の話題が挙がっています。羽生善治さんは将棋道場として有名な「八王子将棋クラブ」に通っていたことでもよく注目される方です。
その羽生善治さんの学歴はもちろん、逸話や伝説も数多く注目されています。今回は学歴に絞って、その小学校から高校までの学力、偏差値などに迫ってみたいと思います。