記事ID38515のサムネイル画像

超イケメン!37歳で事故死した偉大な映画スター・中井貴一の父

安定感のある演技で映画・ドラマに活躍する中井貴一さん、父親は昭和の映画スターだった佐田啓二さんです。人気絶頂期にわずか37歳で事故死した父親に導かれるように俳優になった中井貴一さんと、父と息子の不思議な関係について紹介します。

偉大な映画監督が命名・中井貴一のプロフィール

中井貴一

中井貴一(なかい きいち、1961年9月18日 - )は、日本の俳優・歌手。本名同じ。東京都世田谷区出身。オフィス貴貴所属。血液型はA型。身長181cm、体重70kg。成蹊大学経済学部卒業。

出典:https://ja.wikipedia.org

現在54歳の中井貴一さん、若い頃から落ち着いた印象だったので見た目はあまり変わらないですね。映画、ドラマ、CMと幅広く活躍中です。

小津安二郎により「貴一」と名付けられた。

出典:https://ja.wikipedia.org

中井貴一の父親・父・佐田啓二と親交のあった映画監督・小津安二郎が名付け親だそうです。小津安二郎は世界的にファンが多い映画監督です。

中井貴一の父・佐田啓二とは?

中井貴一の父・佐田啓二

佐田啓二(さだ けいじ、本名・中井寛一、1926年12月9日 - 1964年8月17日)は、1940年代後半から1960年代にかけて活躍した日本の俳優。

出典:https://ja.wikipedia.org

わずか16年の俳優活動でしたが、映画を中心に活躍したトップスターでした。

学生時代、松竹の人気俳優佐野周二の家に下宿していた縁で、1946年、松竹大船撮影所に入社する。芸名は、「佐野周二」の姓名から一文字ずつ譲り受けて名付けられた。

出典:https://ja.wikipedia.org

佐田啓二デビュー作「不死鳥」

中井貴一さんの父・佐田啓二さんのデビュー作品です。当時19歳、デビュー作でいきなり人気ものになりました。

1947年、木下恵介監督の『不死鳥』で、いきなり、大スター田中絹代の相手役に抜擢される。田中とのラブシーンは話題となり、早くもスターの地位を獲得。続いて、菊田一夫原作のNHKの人気ラジオドラマを映画化した『鐘の鳴る丘』に主演し、さらに人気を高める。

出典:https://ja.wikipedia.org

入社の翌年にスターになった中井貴一の父・佐田啓二さん、1953年に公開された「君の名は」で不動の人気を獲得しました。晩年は演技派として癖のある悪役も演じました。

映画「君の名は」

ハンサムな中井貴一さんは父親譲りですね。

中井貴一の父・佐田啓二

髪の毛の分け目は父と子で逆ですが、中井貴一さんが醸し出す雰囲気は父親の佐田啓二に似ていますね。

中井貴一の家族、母・兄弟は?

佐田啓二の結婚式にて

木下惠介監督と小津安二郎監督の媒酌で結婚した中井貴一の父母

中井貴一さんの母親で佐田啓二さんの奥さんは、中居益子さんという方だそうです。
佐田啓二さんがまだ俳優の卵だった頃、松竹撮影所の前にあった食堂の娘さんが益子さんだったとか。

出典:http://chumoku-topic.info

中井貴一さんの両親は父が映画スター、母が食堂の娘さん、映画のようなシンデレラストーリーですね。母親の益子さんはメディアなどには出ていないようで、写真は見当たりませんでした。

中井貴一の姉・中井貴惠

有限会社オフィス貴貴は中井貴一さんと姉姉・中井貴惠さんの二人のみが所属する個人オフィスのようです。お姉さんの中井貴惠さんは中井貴一さんより4歳年上、女優・エッセイストとして活躍中です。

37歳で事故死した父・佐田啓二へ、息子・中井貴一の思い

父・佐田啓二さんの事故死を報道する当時の新聞記事

大スターの突然の事故死は衝撃がはしりました。当時撮影中だったドラマは生前の映像をコラージュして制作されたそうです。

1964年8月13日から夏休みを兼ねて妻と信州蓼科高原の別荘に避暑に訪れていたが、NHKドラマ『虹の設計』の撮影に参加する為に帰京する途中、8月17日午前6時30分頃、乗っていた車が前方車を追い越そうとした際に韮崎市韮崎町の塩川橋の欄干に衝突、さらに暴走して別の乗用車へも衝突する事故を起こした。佐田はこの事故で頭の骨と右腕を骨折し、すぐに韮崎市立病院に運ばれたが午前11時過ぎ頃に死去した。37歳没。

出典:https://ja.wikipedia.org

中井貴一さんが3歳になる前に、映画界のスターであった父・佐田啓二さんは交通事故で亡くなりました。

父の17回忌の法要の際にスカウトされる。

出典:https://ja.wikipedia.org

中井貴一のデビュー作・映画「連合艦隊」

中井貴一はデビュー作となる映画「連合艦隊」の仕事が来たとき、中井は初め断ろうとしたが、その瞬間に父親が憑依して、「やります」と言わせたという。

それ以来中井は役者の道へと進んでいった。これは亡き父が、息子貴一を俳優にさせたかったようなのだ。

出典:http://xn--8mrv98c.seesaa.net

姉・中井貴惠さんは中井貴一さんが年々父親に似てくると言っているそうです。父親の法事でスカウトされた中井貴一さん、名優だった父の佐田啓二さんが息子の中井貴一さんを俳優に導いてくれたのかもしれませんね。

父・佐田啓二さんについて語る中井貴一さん

映画「アゲイン 28年目の甲子園」の完成報告会見で父親について語りました。

名優・佐田啓二を父にもつ中井貴一は、自身が2歳の時に父を亡くしたことから「直接、父親との思い出はない」と語りながらも「親父がいなかったから俳優をやっている。俳優をやりながら今、親父との思い出を作っている」と亡き父への思いを明かした。

出典:http://japan.techinsight.jp

3歳を前に父親を事故で亡くした中井貴一さん、残念ながら父との思い出はないようですが、同じ職業に就いていることを誇りに思っているのが伝わってきますね。

父の年齢を超えた中井貴一が決意したこと

中井は「37歳になったら自分も死ぬ」運命と思っていたようだ。
そのため、結婚もしなかったという。

出典:http://xn--8mrv98c.seesaa.net

中井は「38歳は僕の成人式でした」と言った。
その後すぐ結婚する。

出典:http://xn--8mrv98c.seesaa.net

父親が亡くなった年齢を超え、2000年の39歳の誕生日に一般女性と結婚しました。

デビュー以降毎年のように映画・ドラマに出演している中井貴一さん、年々父・佐田啓二さんに似てくると言われていますが父親にも勝る演技派の俳優として活躍していますね。誠実な姿勢で物事に進む姿は清々しく、視聴者に安心感と好感を与えてくれる希有な存在の俳優です。安定感のある演技で今後も魅了して欲しいですね。

関連する記事

この記事に関する記事

この記事に関するキーワード

キーワードから記事を探す

アクセスランキング

最近アクセス数の多い人気の記事

TOPへ