2020/04/19
グリ777
81歳で亡くなった菅原文太さんってどんな人?
菅原 文太(すがわら ぶんた、1933年〈昭和8年〉8月16日 生まれ)
農業従事者。宮城県仙台市出身。愛称は文ちゃん・文太兄い。
代表作は映画『仁義なき戦い』シリーズ、『トラック野郎』シリーズ。どちらも日本映画史に残る配給収入を上げた。父は洋画家、詩人の狭間二郎。妻は菅原のマネージャーを務めており、長男は菅原加織。他に娘が2人いる。
大学在学中に中原淳一のモデルとなり、1954年(昭和29年)、旗揚げしたばかりの劇団四季に1期生として入団、初期の作品に端役として多数出演した。
早稲田大学を中退。1956年(昭和31年)に東宝の『哀愁の街に霧が降る』に出演。1957年(昭和32年)に岡田眞澄・旗昭二・池田二郎ら総勢8名で日本初の男性専門モデルクラブ、ソサエティ・オブ・スタイルを設立し、雑誌やショーのファッション・モデルをしながら1958年(昭和33年)に喫茶店で新東宝の宣伝部員にスカウトされ、映画俳優になる決心をし、新東宝に入社。同年『白線秘密地帯』で本格映画デビュー。
早稲田大学なんて、菅原文太さんは頭もよかったんですね。モデルもされていたとのことでさぞモテられたでしょうね。
1973年(昭和48年)から始まった『仁義なき戦い』シリーズで、東映を代表するスターのひとりになった。映画史に残る作品にもなったこのシリーズは現代でも有名だ。
菅原文太さんといえば『仁義なき戦い』ですよね。若い子でも知っているほど有名なシリーズです。
悲報!!!菅原文太の長男が自殺した?!
菅原文太さんの長男・菅原加織(かおる)さんは 2001年10月23日小田急線の踏切内で電車にはねられ翌24日に搬送された病院で逝去されました。
享年31歳でした。
長男・加織さんは携帯電話で話しながら、下りたままの遮断機をまたいで、踏切内に入り電車にはねられたということです。 また、酒を飲んでいたようだという目撃者も いました。
でもそれって長男の自殺ではなのでしょうか?携帯で話していても、酔水していても、耳が聞こえる限りは踏切に間違って入らないような気もします。長男を見ていた目撃者はいたなら止めてほしかったですね。
菅原文太さんは長男の死については、「何もやる気が起きない」と消衰しきっておられたようです。自殺ならなお、なぜもっと長男の話を聞いてあげれなかったのかと悔やまれるばかりですね。長男とはおしごとも一緒にされていたらしく、長男との仲も良好だったようです。そんな長男の死を受け入れることはなかなか難しいですね。
菅原文太さんは息を引き取る最後の最後まで、長男の事を思っていたようです。
遺言書には長男と同じ場所で眠りたい旨が書かれていたようです。
81歳で亡くなった俳優、菅原文太さん。家族葬は30日に福岡県・太宰府天満宮で営まれ、そこで荼毘に付された。なぜ太宰府で…。そこには今は亡き長男、加織(かおる)さん(享年31)への思いが秘められていた。
2007年にぼうこうがんを発症。関係者によるとこのとき、親交のあった医師の鎌田實氏(66)に「おしっこ袋をぶら下げて生き延びても、それは菅原文太じゃない」と相談。手術を拒否し、ぼうこう温存療法を選択したという。一時は“完治”したと思えるほど回復した。
肝臓への転移が判明。2カ月ほど前には「余命半年」と告知されていたという。11月13日には都内の病院に入院、11月28日には帰らぬととなった。わずか16日の闘病生活だった。
菅原文太さんも長男はただの事故死ではなく自殺かもしれないと思われていたようです。どちらにせよ、今頃、先立った長男と一緒にお酒でも組み合わしていることでしょう。
太平洋戦争を経験後、 モデルとして活躍され、そののち、俳優に転身して 20代から多くの名作に出演されていた菅原文太さん。菅原文太さんの体は着実に病に侵されていました。
一時期は体力を戻され退院し、元気に過ごされていたようですが、最後は抗がん剤もやめ、およそ16日間の闘病生活でお亡くなりになられました。先立った長男の元へいきたかったのですかね。
菅原文太さんと高倉健さんは”日本映画”を引っ張ってきた大物俳優でした。
菅原文太さんは子供が親よりも先に逝くという、この世の不条理に愚痴をこぼし「オレ、もう仕事したくない…」と口にしたという。その後、俳優引退を宣言。
2012年に公開された映画『東京家族』への出演を、自ら降板。
長男の死が、菅原文太さんにとっては本当に大きな事でした。
こうして、名俳優、菅原文太は俳優引退をし、81歳というまだ現代では若い年齢で、お亡くなりになられました。高倉健に続く大物俳優の死に映画界やファンからは悲しみの声が寄せられたそうです。しかし、今天国できっと菅原文太さんと最愛の長男・加織さんは仲良くお酒を酌み交わしていることでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。
以上、名俳優、菅原文太と長男の死についてご紹介致しました。
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