「世界のキタノ」ことビートたけしの年収がすごい!?発表します!!
2017/05/10
yasuhiro1038
俳優
高倉健
高倉 健
1931年(昭和6年)2月16日 - 2014年(平成26年)11月10日
日本の俳優・歌手
福岡県中間市出身
身長180cm、体重71kg、血液型はB型
2006年に文化功労者、2013年には文化勲章を受章
日本映画界の大スター高倉健。高倉健が日本映画界に残した功績は計り知れないものがありますね。
高倉健は各界の有名人、多くの人と親交を温めていたようで、その中のひとりにはビートたけしの名前が挙がります。高倉健はビートたけしのことを「たけちゃん」と親しげに呼んでいたようです。
そんな高倉健とビートたけしの関係についてあれこれまとめてみたいと思います。
ビートたけし
プロフィール
台本を手にする
ビートたけし
ビートたけしと高倉健の出会いは1985年にまで遡ります。
高倉健が主演つとめた映画「夜叉」での共演がはじめての出会いのようです。
高倉健とビートたけし共演
映画「夜叉」
ビートたけしは共演前は、高倉健に「怖い」イメージを抱いていたといいます。
映画「夜叉」
ビートたけし
健さんは雪の中で、花束を持ってオイラを福井の駅のホームで待っててくれたの。『たけしさんですか? 高倉健です。私の映画に出てくださって、ありがとうございます。よろしくお願いします』。電車から降りたらそう言われて、花もらっちゃってさ。ああ、今のは高倉健だ。どうしよう。参ったなと思った
ビートたけしはそう語り、高倉健に抱いていたイメージが一変したそうです。
ビートたけしと高倉健
翌日の撮影(夜叉)では「皆さんが働いているから差し入れ持ってきました」という高倉さんが現れ、たけしが「健さん座ってくださいよ」とうながすも、高倉さんも「皆さんが働いてますから」と拒否。
ビートたけしがすすめるも、周囲に気遣い高倉健は座ろうとしなかったようです。
映画「夜叉」
高倉健と田中裕子
これにビートたけしは「そうするとみんなが(健さん気遣って)立っちゃわけよ」といい「(健さんが)これから僕にできることありませんか?というから。じゃぁ、帰って!って言った」と笑いながら二人の思い出を明かした。
映画「夜叉」
ビートたけしと田中裕子
高倉健は現場では座らないという噂(伝説)はビートたけしのせいだと言います。それも時を経て「和解」したようですが。
その後、共演した映画『あなたへ』で、高倉さんが椅子に座っている写真を披露。その写真には直筆で“タケちゃん僕だって座ります”と書かれており、高倉さんのユーモアある一面も紹介した。
舞台挨拶での
高倉健とビートたけし
冗談を言い合う親密さがうかがえるエピソードです。
舞台挨拶での
高倉健とビートたけし
酔っ払った時に「健さん、女に興味ないんですか」と質問。これには高倉さんも「何言ってんですか。僕はホモじゃないですよ」「女性は面倒だから、1人でいた方が楽なんです」と打ち明けたと笑った
「共演する女性がメロメロになっちゃう。健さんね、そういうこと(男女とか)関係ない」
「紳士でしょ。優しいでしょ。みんな健さんに惚れちゃう。男のやつも惚れちゃうんだよね」
おそらくビートたけし自身も高倉健に「惚れた」うちの一人なのでしょう。
高倉健について語る
ビートたけし
「健さんが俺の事務所に電話くれたんだ。『もしもし、高倉健です。たけしさんと連絡を取りたいんですが』と。ところが、まさか健さん本人から電話がくるとは思わないから、出たヤツが『何言ってんだ。この野郎』と、すぐに電話を切った。さらに、2度目の電話は『松村(邦洋)だろ。モノマネばっかりしやがって』と、ガチャンと電話を切っちゃったんだよ」
ビートたけしのネタのようではありますが、本当のようです。
健さんに謝りの電話を入れたところ、「たけしさんのところに電話すると、すぐに切られるんですよ。モノマネするなと言われるんです」と、ちゃめっ気ある対応をしてくれたという。
ビートたけしの事務所スタッフが、高倉健本人から電話があるわけない、と思い込んでしまうほど、高倉健の存在は大きかったということでしょう。
映画『あなたへ』で共演した
高倉健とビートたけし
高倉健から「一緒に映画を撮ろう」と言われていたビートたけしは、そのときのために、いくつかの企画を温めていたいたといいます。しかし、残念ながらそれが実現することはありませんでした。
高倉健が遺した多くの作品を楽しみながら、今後の「キタノ映画」に一層の期待を寄せましょう!
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