2024/02/16
r.y6
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安達祐実さんは、2歳時に子育て雑誌でモデルデビューしています。その後、東京児童劇団、スペースクラフトジュニアに所属し、CMなどで活躍するようになりました。
1990年ドラマ『自由の丘に私が残った』で女優デビューすると、翌年NHKの単発ドラマ『秋桜-COSMOS-』にも出演し、大きく注目されたのは、1991年、テレビCM「ハウス食品・咖喱工房」で、「具が大きい」のセリフが流行りました。
1993年には、『REX 恐竜物語』で映画デビューし、初映画にして主演を務め、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。
そして、1997年、大人気漫画原作のドラマ『ガラスの仮面』で主演を務めます。マンガ原作者の美内すずえに直々に指名され、主人公の北島マヤに選ばれ、再現の高さで話題を呼び、ガラスの仮面、ガラスの仮面2、ガラスの仮面SPなどシリーズになりました。
今年で芸能生活40年を迎える安達祐実の同期は、ウッチャンナンチャンなんだそうです。
1994年、12歳の時に出演した、テレビドラマ「家なき子」が、最高視聴率37.2%の大ヒットとなりました。
家庭内暴力を受けている小学生の少女が、理不尽な環境の中でも困難に負けずに生きていく様を描いた物語で、逆境にめげず、たくましく生き抜いていく主人公・相沢すず役を演じた安達さんも大ブレイクしました。
周囲の大人たちへすずが発するセリフ、「同情するならカネをくれ」は、新語・流行語大賞にも選ばれるなど、社会現象を巻き起こし、劇場版『家なき子』、『家なき子2』などシリーズとなりました。
それまでのドラマにはないような衝撃的な内容が続き、視聴者からは「面白い」という反応がある一方、苦情や叱りの電話が毎回100件以上は当たり前となり、社会現象とも言えるドラマでした。
赤ちゃんのころから芸能活動を始めた安達祐実さんは、12歳の時、「家なき子」で大ブレークし、人気子役となりました。
しかし、人気子役だったがゆえに、いつまでもその印象から抜け出せない苦しさも味わったと明かしています。
2023年に出演した「情熱大陸」で、その時のことをふりかえり、だんだん減っていく仕事に、
「仕事をしていない自分に何の価値があるのかを全然見出せてなかったから。仕事なくなったら“死”を宣告されたようなもので。っていう、命にかかわっちゃう、そこが、絶対。そういう重いつめ方をしていたから、たぶん本当に焦っていたと思います。やばい、やばいって毎日思っていて」と語っていました。
「もう少し若いころは昔の自分の壁が破れなかったけど、あの時があって、今がある、と受け入れられる」と振り返りました。
2013年には、デビュー30周年を迎えるにあたり、セルフプロデュースした写真集「私生活」を発売し、セミヌードにも挑戦しました。
続いては、安達祐実さんの1度目の結婚について詳しく見ていこうと思います。
2005年9月14日に井戸田潤さんと安達祐実さんが結婚を発表し、さらに、授かり婚であることも併せて発表され、大きな話題となりました。
当時、安達祐実さんは24歳でした。
結婚の会見をした際、安達祐実さんは井戸田潤さんのことを「この人となら大変なことがあっても一緒に乗り越えていける。彼は努力を惜しまない人です」と語りました。
そして、安達祐実さんは2006年4月に第1子となる女児を出産しましたが、2009年1月8日に離婚を発表しました。
井戸田潤さんと安達祐実さんは、安達祐実さんの弟がセッティングした合コンで知り合いました。井戸田潤さんの一目惚れで積極的にアプローチしていたそうです。
しかし、当時、安達祐実さんは21歳年上の黒田アーサーさんと交際していたため、すぐに関係が進むことは無かったそうです。
安達祐実さんの母・安達有里さんが二人の交際を大反対していたこともあり、安達祐実さんと黒田アーサーさんは3年間の交際ののち、2005年の春に破局をします。
その間、井戸田潤さんに恋愛相談をしていた安達祐実さんでしたが、相談するうちに相談相手を好きになってしまったそうです。
2009年1月に離婚をした井戸田潤さんと安達祐実さんですが、離婚理由は公表されていません。
離婚は安達祐実さんから切り出したそうです。そしてある日、井戸田潤さんが仕事で家を開けて2〜3日後に帰った時には、3人の自宅から安達祐実さんの荷物が綺麗になくなっていたんだそうです。
井戸田潤さんとしては離婚理由がサッパリ分からないと発言していました。
離婚理由として噂されているのは
などが挙げられています。
井戸田潤さんは、安達祐実さんが娘・凛ちゃんを出産する9日前、渋谷のシティホテルで元カノと4時間密会していたことをスクープされています。
さらに、井戸田潤さんの育児放棄やDVの可能性も囁かれていますが、安達祐実さんもそれは否定しています。
離婚後も、井戸田潤さんはしばらくは復縁をずっと迫っており、テレビに出演した際『この間、『復縁しようよ』って言ってみたんですよ。そしたら(安達は)『無理無理無理無理!』って』と、拒絶されたことを明かしていました。
後に安達祐実さんは「なかなか他の人と恋愛に発展しないことはあった」と迷惑に思っていた事を明かしています。
続いては、安達祐実さんの2度目の結婚について詳しく見ていこうと思います。
桑島智輝さんは、2002年に武蔵野美術大学卒業後、鎌田拳太郎氏に師事し、2004年に独立後、雑誌やタレント写真集、広告などで活躍しているカメラマンです。
グラビアなどをカメラマンとしては珍しく物静かなタイプだそうです。
二人の出会いは、先ほどもご紹介した、安達祐実さんのセミヌード写真集「私生活」がきっかけでした。
この写真集は、2年半程かけて撮影されたのですが、撮影期間中は必要な会話以外しないくらいの距離感だったそうです。
しかし、撮影期間が終わり、安達祐実さんは自身の桑島智輝さんへの好意に気づき、告白をしたそうですが、桑島智輝さんからの返事は『被写体とそういう関係になるのは違うと思うので』と、1度は振られてしまったんだそうです。
しかし、1か月後ぐらいに、桑島智輝さんから連絡があり、今度は桑島智輝さんからの告白で交際に至ったのだそうです。
安達祐実さんは、子連れのシングルマザーをもらってくれることに対しては、嬉しいと言うよりありがたいと感じたと明かしています。
また、離婚経験があるので、ちゃんと大事にしてくれるか、子供を愛してくれるか、確信が持てる人でないと結婚は出来ないと思っており、その責任を持てるかどうかは結婚前にたくさん二人で話し合ったといいます。
そして、2014年11月13日、桑島智輝さんと再婚しています。
2020年に出演した「ボクらの時代」では、再婚当時、長女が小2で、再婚するかどうかを子供に相談したと明かしていました。
そして「娘に再婚についてどうかなあって聞いたんです。まだ娘が小2だったのかな。娘が“いいと思うよ”みたいなことを言ってくれて。後押ししてくれる感じでした」と振り返っていました。
安達祐実さんは、2022年11月3日に「結婚記念日、9回目」とインスタグラムに写真を投稿し、9度目の結婚記念日を迎えたことを報告しました。
安達祐実さんの背後には2つの影が落ちていて、桑島智輝さんが撮影した写真と思われます。
2014年に結婚して以来、桑島智輝さんは被写体として安達祐実さんを毎日のように撮影し続けています。
出版物としては、2015年からの約3年間にフォーカスした『我我』、4度の旅行とパンデミック以降の生活を収めた『我旅我行』、最新作の『GAGAZINE No.1』を発表しています。
日常の中を切り取って撮影しているようで、「あ、今いいな」って思ったところで撮っているのだそうです。
続いては、安達祐実さんの子供について、詳しく見ていこうと思います。
安達祐実さんにはふたりの子供がいます。
2006年に元旦那の井戸田潤さんとの間に長女が、再婚後の2016年に桑島智輝さんとの間に長男が産まれています。
長女については名前は凛さんと言いますが、息子さんの名前、それぞれの学校などは公表されていません。
SNSに子供さんとの写真を投稿する事もありますが、子供さんの顔出しはしていません。
凛さんは、父親の井戸田潤さんとの関係も良い様で、2023年7月には、井戸田潤さんのインスタにて井戸田潤さん&(井戸田潤さんの再婚相手)蜂谷晏海さん、凛さんとディズニーランドへ出かけたことが、投稿されていました。
凛さんと蜂谷晏海さんは良い関係を築けているようですね。
2022年12月に「ホンマでっか!?TV」に蜂谷晏海さんが出演した際、井戸田潤さんと凛さんと一緒に食事をすると明かし「本当にいい子」と語っていました。
井戸田潤さんは、3、4カ月に1回ぐらいのペースで凛さんに会っており、昼ショッピング行ったり、夜はご飯に行ってデートしているのだそうです。その時は蜂谷晏海さんも一緒にいく事を明かしていました。
安達祐実さんは、長女の出産は2006年の25歳の時で、その10年後の2016年35歳の時に息子を出産しています。
長男が誕生した際は、自身のブログにて「ご報告」とし、
「このたび、2900グラムの男の子を出産いたしました。母子ともに健康です」と報告し、「沢山の方々にお力添えをいただき、この日を迎えられましたことを心から感謝しております」と綴りました。
さらに「我が家は喜びに満ちております。二人の子供の親として、主人と共に誠実に歩んで行きたいと思っておりますので、これからもよろしくお願い致します」とコメントしました。
血縁関係の無い娘と桑島智輝さんはどんなにお互いが歩み寄ったとしても、無意識に他人であることを気遣って生活していたと思うと明かす安達祐実さん。
息子が生まれたことによって血の繋がりが感じられて家族の絆が強くなった気がすると語っていました。
安達祐実さんは、夫婦円満の秘訣をインタビューで聞かれ
と答えています。
桑島智輝さんは、安達祐実さんの写真をずっと撮り続けていますが、桑島智輝さんにとって被写体は別に安達祐実さんでなくても食べていけるからこそ、安達祐実が必要と思わせるために彼にとっての1番の被写体でありたいと思うと語っていました。
続いては、安達祐実さんの女優としての葛藤や悩みなどを詳しく見ていこうと思います。
2歳から子役を始め、家なき子での大ブレイクと順調に女優としての成功を掴んできた安達祐実さんでしたが、年齢を重ねるにつれ、顔の幼さと年齢とのギャップに悩むようになりました。
本来なら母親役を演じる年齢になってきても、幼く見える顔立ちのせいで母親のイメージが出ない、かと言って高校生役をできるような年齢でもないことで、徐々に仕事が減ってしまったのだそうです。
安達祐実さんと言えば、童顔で、現在も40代とはとても思えない見た目ですよね。
2018年には、『人生が変わる1分間の深イイ話×しゃべくり007合体SP』にゲスト出演した際、いまだに小学生に間違われるという安達祐実さんが、何歳まで通用するのか、セーラー服を着たり、小学生の扮装をしてその年齢に見えるのか、実証していました。
マネージャーやスタッフを集めて、なぜ仕事が来ないかを問いただしたこともあったという安達祐実さん。
模索して、変わった役をたくさん挑戦してみようと引き受けたのが、2014年に公開された映画「花宵道中」での吉原の遊女役でした。
純愛映画であるが、遊女という役柄上、ヌードや濡れ場のシーンもあり、賛否両論の全てを受け止める覚悟で演じることを決めたんだそうです。
花魁役に挑戦する事に関して、「花魁の役は今までやったことがなかったので嬉しかったですし、今の私にはとてもいい役だと思いました」とコメントしています。
子役時代から「こうあって欲しい」という振る舞い方をするのが、安達祐実さんにとっては当たり前だったそうです。
しかし、写真集「私生活」の時、桑島智輝さんだけは安達祐実さんに「こうあって欲しい」というオーダーを一切しなかったのだそうです。
そのまんまの安達祐実を淡々と取り続ける桑島智輝さんに、自分の生きる方向性を他人の意見によって変える必要もないのだと気づいたそうです。そこからは、何者でもない自分をさらけ出したほうがいいと思って、見せ方もどんどん変わっていったとインタビューで語っています。
2016年、インターネット上にオフィシャルフォトギャラリーが立ち上げられ、安達祐実さんの普段を撮った写真が多数アップされ、これまでの「安達祐実」とは違った表情を見せる写真ばかりで、大きな話題を呼びました。
事務所の協力を得て夫・桑島智輝さんとふたりで始めたフォトギャラリーには、今の安達祐実を知ってもらういたいという狙いがあったんだそうです。
所属事務所のサイトにある安達祐実さんのページは、1枚の顔写真とプロフィールがのっているだけで、多くの世代がすでに知っている情報しか書いておらず、あんまり意味ないだろうと感じたのだそうです。
サイト立ち上げに関して、安達祐実さんはもう『(同情するなら)金をくれ!』なんて言ってないよ!とコメントしていました。
子役の頃から女優として活躍中の安達祐実さんの結婚歴や子供などについてご紹介してきました。
今は、カメラマンの桑島智輝さんと2人の子供さんと4人で、幸せな毎日を送っていらっしゃるようです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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女優として活躍中の安達祐実さん。
子役時代から変わらない可愛さの安達祐実さんは、なんと現在40歳なんだそうです。
とてもアラフォーには見えない安達祐実さんの結婚歴や子供など気になり調べてみました。
気になる人はぜひ内容を確認してみてください。