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2023/11/27
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坂田おさむは、1975年にフォークロックバンド『宿屋の飯盛』のメンバーとしてデビューしました。当時は、本名である坂田榮一としてギターを担当していたのです。そして同年には、アルバム『飛んでみたのさ』もリリースしています。
同じ音楽でも、"うたのおにいさん"とは異なるジャンルの音楽を最初はやっていたことがわかるでしょう。
1977年に坂田修名義で『BYE BYE東京』を発表して、ソロシンガーとしてデビューを果たしました。さて、その後はどういった道筋を辿ったのでしょうか。
1982年には、フォークシンガーでありタレントのなぎら健壱と共に、『フォークマン・ブラザーズ』というユニットを組み活動していたこともありました。
1984年に、作詞家である遠藤幸三の紹介により『おかあさんといっしょ』のプロデューサーに売り込み、自身で作詞・作曲した『はるのかぜ』等3曲が番組に採用されています。これは、うたのおにいさんに就任することへと繋がるのです。自身で売り込んでみれば、どこにチャンスがあるか分からないものでしょう。
楽曲の採用から半年後に、再度自身の楽曲の売り込みをしたところ、『うたのおにいさん』のオーディションへの参加を勧められ、結果として採用となり1985年4月に7代目うたのおにいさんに就任しました。その後8年間にわたり、うたのおにいさんを務めています。
坂田おさむは、自身で多くの楽曲(特に子ども向け)の作詞・作曲を手掛けていて、名曲が多数存在します。続いては、坂田おさむの作った楽曲を一部だけご紹介いたします。
『どんな色がすき』は、『おかあさんといっしょ』の1992年6月の歌であり、クレヨンとその色を組み合わせた歌詞になっています。動画では、後述する坂田おさむの娘との共演を見ることが可能です。
『にじのむこうに』は、『おかあさんといっしょ』の1996年4月の歌でした。坂田おさむがうたのおにいさんを引退した後の楽曲であり、茂森あゆみと速水けんたろう時代の楽曲となっていて、希望に満ちたような歌詞になっています。
『ありがとうの花』は、「おかあさんといっしょ」の2009年10月の歌でした。またこの楽曲は、「坂田おさむ ファミリーライブ」でも歌っています。
みんなのうたにも使われた『ママの結婚』は、母子家庭の母親の再婚を、娘の目線から描いた歌となっているのが特徴です。さらにこの楽曲は、『シングルマザーを応援してほしい』というファンレターを元にして制作されています。
『ありがとうの花』などの名曲が詰まったCDアルバム、『ベストヒット!ありがとうの花 だいすき☆おさむさんのうた』が2014年に発売になっています。"おさむおにいさん"の作り出した楽曲の数々を1枚で堪能することができるでしょう。
"坂田おさむ"という名前は本名のようにも思えるかもしれません。では、坂田おさむの場合は本名なのでしょうか。次は坂田おさむの名前について見ていきたいと思います。
坂田おさむという名前は本名ではありません。坂田 榮一(さかた えいいち)というのが本名であり、下の名前だけ変えてあります。
坂田おさむは、作詞・作曲活動においては「坂田修」や「坂田修一」を名乗っています。ちなみに、読み方はどちらも「さかたおさむ」です。
坂田おさむが結婚をしているとしたら、相手がどういった女性なのか気になる方もいるでしょう。ここでは、坂田おさむの結婚相手について迫ってみたいと思います。
坂田おさむ既婚者ですが、いつ結婚したのかという点や、結婚相手が誰なのかという点については情報が見当たりません。嫁は、一般人である可能性が高いでしょう。
坂田おさむは、『おかあさんといっしょ』に出演し始めた1985年4月の放送開始時には32歳であり、既に結婚をしていたとされています。ソロ活動をしていた時代に結婚した可能性もあるでしょう。
坂田おさむは、うたのおにいさんになった頃には既に結婚をしていたのですが、子どもはいるのでしょうか。続いては坂田おさむの子どもについて迫ってみたいと思います。
坂田おさむには娘がいて、うたのおにいさんになった頃には娘は既に3歳になっていました。ちょうど、『おかあさんといっしょ』を視聴する子どもたちと同年代だったということです。そして、『おかあさんといっしょ』に一般の子に混じり娘が収録に参加し、親子共演を果たしています。
2021年の今でも、うたのおにいさんが実子と在任中に共演したのは坂田おさむのみとなっています。
娘は“坂田めぐみ”として現在は芸能活動をしています。娘も父親である坂田おさむのように歌などの分野で活動をしているでしょう。
坂田めぐみは、20歳を過ぎた2002年以降にはたびたびCDやステージ、テレビで坂田おさむと共演をしています。イベントにも一緒に出演することもあり、動画が残っています。娘と一緒にイベントに出演する機会が持てて、坂田おさむも嬉しいのではないかと推測されます。
ここで、11代目のうたのおにいさんである横山だいすけと坂田おさむの関係性について見ていきたいと思います。同じうたのおにいさんを担ったとはいえ、7代目と11代目とでは接点がそれほどないようにも考えられますが、2人にはどういったエピソードがあるのでしょうか。
うたのおにいさんとしての在任期間が8年であり、うたのおねえさんの神崎ゆう子とのコンビも6年にわたることから、『おかあさんといっしょ』の史上最長記録として称えられてきました。しかし、11代うたのおにいさんを務めた横山だいすけが在任9年、コンビ8年として塗り替えたのです。
時代は異なっても、共にうたのおにいさんを長年務めた坂田おさむと横山だいすけですが、親交があるとされています。続いて、2人の関係性について見てみましょう。2人は一体、どういった間柄なのでしょうか。
横山だいすけの最後の『おかあさんといっしょ』の収録現場にも坂田おさむが現れ、現場で見守っていたとされています。長年うたのおにいさんを務める苦労を知っている坂田おさむは、これまでの横山だいすけの頑張りを労ったのでした。
また、横山だいすけはうたのおにいさんを卒業してからも、民放のテレビ番組に初めて出演する際に、『(坂田おさむの作った)「虹の向こうに」を歌わせていただきます』と前日に丁寧にメールを送ってきたとされています。このメールを読み、坂田おさむはとても嬉しかったと語っているのです。
現在アラフォーに近い世代であれば、おさむおにいさんといえば懐かしい人もいると思います。8年という長い期間にわたりうたのおにいさんを務めた坂田おさむは、自身で作詞や作曲も手掛けるシンガーソングライターなのです。
そんな坂田おさむは、現在も活動を続けて子どもたちに素敵な歌を届けています。娘である坂田めぐみが成人してからは、一緒にイベントに出演する機会もあり、ますます精力的に活動しているのです。68歳となった坂田おさむですが、まだまだ子どもたちに夢を与えて欲しいものです。
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