2023/12/15
take79
まずは、千原兄弟がどういったコンビなのかについて見ていきたいと思います。彼らの芸歴はどの程度であり、コンビ名を名付けたのは一体誰なのでしょうか。千原兄弟について様々に探ってみましょう。
NSCは、先に兄のせいじが入学していて、相方を決めるとなった時に「明日弟を連れてくる」と言って、その頃15歳であり引きこもりであったジュニアを入学させたのでした。もしせいじがその時に弟を誘っていなければ、今の千原兄弟はなかったでしょう。
千原兄弟というコンビ名は、吉本興業の広報を担当する女性社員が名付けたとされています。きっかけは、お笑い新人コンテストにエントリーシートに記入する際に、「千原兄弟でえぇやん!」と言われたことでした。それ以降、千原兄弟として一線で活躍し続けています。
先輩であるダウンタウンや雨上がり決死隊が上京した後には、千原兄弟は大阪でシュールなコントが受けて、ジャリズムと共に心斎橋2丁目劇場において躍進しました。それに大阪城ホールでライブ公演を行い、超満員にしたこともあります。
これは、お笑いライブでは異例のことだったのです。
その後はテレビでも活躍中ですが、ルミネtheよしもとに出演したり、『チハラトーク』というフリートークライブも毎月開催しています。2020年も『チハラトーク』は開催されていて、10月は28日に有楽町シアターで開催されました。
現在は有料配信も行っている模様です。
千原兄弟には『ダンボ君』というコントがあるのを知っているでしょうか。この『ダンボ君』は怖いと言われるコントなのですが、一体どういったものなのか見てみたいと思います。
『ダンボ君』は、段ボールのキャラクターであるダンボ君と、千原ジュニア扮する子供番組に登場する歌のお兄さんのような男によるコントです。アップテンポなBGMの中で、ダンスをしながらジュニアが登場し、ダンボ君に様々に話しかけるもののダンボ君は話ができないという設定になっています。
ダンボ君は話せないので、あらかじめ録音された答えの音声をジュニアがボタンを押すことで再生し、会話をしていくというコントであるものの、徐々に不穏な雰囲気になっていき双方の関係が明らかになるのが見どころです。
そして、このコントを観た人は「サイコ過ぎる」などといった感想が出ています。
このコントで、ジュニアは初めお客さんが笑ってくれると思っていたといいます。しかしオチの後にも笑いが起きずに、それがなぜなのか理解できなかったとしているのです。ちなみに、大阪では受けたという話もあります。
芸人の世界にも、どのコンビとどのコンビが同期であるとか、誰は先輩だなどといったことがあります。では、千原兄弟の同期は一体どのコンビなのでしょうか。
千原兄弟の同期には、FUJIWARAやバッファロー吾郎、博多華丸大吉などがいます。そしてジュニアに関しては特に15歳でデビューをしているため、陣内智則など年上でも後輩にあたる芸人が多くいますし、年上の芸人から敬語で話されることがあるのです。
なだぎ武も千原兄弟と同期ですが、せいじとなだぎ武は共演NGであることを、弟のジュニアが『水曜日のダウンタウン』で明かしています。ただ、なぜ共演NGになっているのかなど、詳細については分かっていません。
中川家も、千原兄弟と同様に兄弟でコンビを組んでいますが、同期ではありません。中川家はNSCの11期生であり、8期生である千原兄弟の方が先輩にあたります。
千原兄弟は、この頃はあまりコンビでテレビで観る機会が少なくなっているように感じられるかもしれません。では、2人には格差というものはあるのでしょうか。
ジュニアは2015年に結婚し、その1年後から家の新築計画をして、4階建てとなる3億円の豪邸を建て2019年3月に完成しています。窓の配置についても、周囲からは中が伺い知れない作りになっているとされているのです。
ジュニアの父親は一級建築士であり、そのこともあってか建築の際の設計には拘ったのでした。特に地下室の防音に拘り、芸人仲間あるいは放送作家を集め、お笑い会議をする予定であるとも言われています。
兄のせいじも『世界の村で発見!こんなところに日本人』のアフリカ54か国に住む日本人に会いに行く企画で、アフリカントラベラーとして渡航するなど色々と活躍をしているものの、副業では苦戦をしている模様です。
せいじは2010年の夏から『せじけん』という居酒屋を営んできました。それからは、その半径500メートルほどの範囲内にラーメン店などをどんどんと出店させています。せじけんブランドの店舗が5から6店舗ほどあった時期もありました。
ラーメン店が2店舗あった時期もありましたが、2014年頃には閉店してしまい一号店である居酒屋も2016年に店をたたむことになったのです。バーも経営していたものの、その店舗も2018年には閉店しました。せいじの知名度に集客を頼りすぎ、リピーターが定着しなかったのが、理由と考えられるでしょう。
ダウンタウンは千原兄弟にとって先輩にあたりますが、千原兄弟とダウンタウンの関係とは、一体どういったものなのでしょうか。
ジュニアが東京に進出してきてから10年ほどは、彼はずっと松本人志と一緒にいたとされています。しかしある日共に酒を飲んでいると、松本人志から「俺とおらん方がええ」と言われそれ以降はプライベートでは交流が減ったのでした。
そのことで、ジュニアは『プライベートで遠ざけられた』と思ったと、笑福亭鶴瓶がMCのテレビ番組『A-Studio』で語っていました。
松本人志がジュニアを遠ざけた理由について、笑福亭鶴瓶が松本人志に聞いてみると松本人志は「あいつは俺といると“松本”しか吸収できない。ジュニアはジュニアの世界を持っているから俺から離れた方がいい」ということを話していたのでした。
さらには「あいつは本当にテレビでやりたいことができていない。もっと(ジュニアは)いくから」ということも松本人志が言っていたと、笑福亭鶴瓶がジュニアに伝えました。するとジュニアは「ありがとうございます。もう泣きそうです」と言って感激したのです。
ダウンタウンは千原兄弟にとって先輩ですので、通常は敬語で話すのが当たり前でしょう。しかし千原兄弟の場合は、テレビで突っ込む際にはタメ口になることがあります。ただ、やはり普段は敬語で話しているでしょう。
せいじの場合は、彼の性格もあってか先輩にも敬語を使わない面がありますが、それでもダウンタウンとも仲良くやっていると考えられます。
千原兄弟のコント『ダンボ君』についてはお伝えしましたが、その他にはどういったコントがあるのでしょうか。ここで、千原兄弟のコントをご紹介したいと思います。
『検索ちゃんネタ祭り』で行われた、『コイツ』というネタです。ラストのオチがとても面白いという声もありますので、要注目となっています。また、ジュニアのキーボードを打つ速度も見どころでしょう。
千原兄弟のコントライブ『15弱』より、『Yの新しいやつ』というコントです。ジュニアが医者役でせいじは患者役をしていて、斬新なテーマになっている点が見どころとなっています。
『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』より、『少年と鹿と鉄骨』というコントです。少年と、その少年を救おうとした鹿の運命にスポットを当てています。このコントには、世界のナベアツとしても活躍した、落語家の桂三度も出演している点もポイントです。
千原兄弟は、様々なバラエティー番組に出演していて活躍していますが、コントも作っています。ネタは弟であるジュニアが作っているとされていて、そのシュールな世界観がクセになるでしょう。これからも、元気にコントなどを見せてくれることを期待したいところです。
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千原兄弟は名前の通りに実の兄弟であり、せいじが兄でありジュニアは4歳年下の弟です。ちなみにせいじの本名は"靖史(せいじ)"といい、弟であるジュニアの本名は"浩史(こうじ)"といいます。ジュニアは千原浩史の名で活動をしていた時期もあるのです。
2人は京都府福知山市の出身であり、NSC8期生でもあります。せいじは卒業をしていますが、ジュニアはNSCを卒業はしていません。身長に関しては両者とも高く、せいじは181センチありジュニアも180センチとなっています。
千原兄弟は1989年に結成されたことから、芸歴は2020年現在で31年です。