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広島一家失踪事件のまとめ!動機や真相は未だに秘密になっている?

広島一家失踪事件はかなり不可解な事件として当時から話題を呼んでいましたが、その一年後には大きく急展開し、広島一家失踪事件を大きく解決させます。今回は、そんな広島一家失踪事件の動機や真相に迫ります。警察から未だに明かされていない動機とは一体何なのでしょうか。

広島県の一家が突然行方不明に!

2001年、広島県で不可解な失踪事件が起きました。それは、家族4人と愛犬1匹が突然姿を消したというもの。これは、広島一家失踪事件としてメディアでも多く取り上げられましたが、不審な点が多く、未解決事件へと発展することになりました。

 

失踪した一家4人の家は玄関が施錠されており、4人分のサンダルも無くなっていたことから、自らの意思で車に乗り失踪したと推測されましたが、一家には失踪するような理由も無く、特に争った形跡や血痕などの事件性を疑わせるような不審な点が無いことからも事件は迷宮入り。

 

しかし、それから1年が過ぎたとき、広島一家失踪事件が起きた自宅近くの京丸ダムから、失踪した一家が乗った車が見つかり、中からは一家4人の遺体と愛犬の死体が発見されました。

広島一家失踪事件とは?

一家全員の遺体が車で発見

2002年9月、世羅町にある京丸ダムの湖底で、車が裏返しになった状態で湖底に落ちているのを通行人によって発見されました。中からは遺体4体と犬の死体が発見され、その車のナンバーからその遺体は1年前に広島一家失踪事件として報道された山上さん一家であると判断されました。

 

その時期は、ちょうど水不足が続いていたことからダムの水かさが減っていたことが、車の発見に繋がったようです。すぐに警察によって車が引き上げられましたが、車のフロントガラスは割れ、エンジンキーはONの位置にあり、運転席の窓が開いた状態でした。

遺体はほぼ白骨化

車の中の遺体はどれも損傷が激しく、ほぼ白骨化していましたが、歯型の鑑定により広島一家失踪事件により失踪した山上さん一家の4名であると確認されました。また、司法解剖が行われましたが、死因は不明。さらに、骨折や刺し傷などの外部からの損傷はなかったと伝えられました。

 

4体のうち、運転席にあった遺体は父親の山上政弘さんのもの見られ、広島一家失踪事件が起こった日に車を運転していたのは山上政弘さんであると推測されましたが、全員シートベルトは非着用。車の運転中にも非着用だったのか、車がダムに転落した際、逃げ出すために外されたものなのかは定かではありませんが、衣服は何を着ていたのかわからないほど痛んでいまいた。

家族構成の紹介

広島一家失踪事件により失踪した一家は、父親の山上政弘さん、母親の山上順子さん、娘の山上千枝さん、政弘さんの母親の山上三枝さん、愛犬のレオです。近所の方の証言によると一家の仲は良く、お互いが争うような関係には見えなかったといいます。さらに、周りからの聞き込みからも失踪する理由が見つかっていません。

 

・山上政弘

当時58歳。身長167㎝。山上家は地元では有名な旧家で町の有力者として知られていました。建設会社に勤務する会社員をしていて、ダムから見つかった車・トヨタスプリンターを所有していました。

 

・山上順子

当時51歳。身長160㎝。採石会社に勤める会社員で、失踪当日は社員旅行の準備が整っていて、旅行費15万円や旅行バックが残されていました。

 

・山上千枝

当時26歳。身長164cm。竹原小学校の教師をしていて1年生を担任していました。山上夫妻とは同居はしておらず、実家から30kmほど離れたアパートで1人暮らしをしていました。また、「ミス・フルーティー世羅」に選ばれたことがあるほどの美人で、小学校でもアイドル的な人気の先生で、結婚間近である交際男性がいたといわれています。

 

・山上三枝

当時79歳。政弘さんの母親で山上夫妻と同居していました。

 

・レオ

山上一家の愛犬・シーズーで「ヤマガミレオ」と書かれた赤い首輪をしていました。

不審な点が多い事件

広島一家失踪事件は不審な点が多いことでも有名な事件ですが、まず、山上一家には失踪する理由が見つかっていません。つぎに、親族から通報を受けて警察が山上宅を調べた際にも、家が荒らされた様子や争った形跡などはなく、血痕の反応もありませんでした。さらに、玄関は施錠されていて、誰かが押し入った様子も無く、現金や通帳などもそのまま残されていたため、強盗などが侵入した様子もありませんでした。

 

部屋の中には布団が敷かれており、シーツには乱れは無く、翌日に着るための着替えも用意されていて、いつもの日常を感じさせる様子です。また、台所の電気はついていて、翌日の朝食が用意されて虫除けネットがかぶせられていました。

 

広島一家失踪事件が起こった当日の現場の様子は、旅行を控えた順子さんの旅行バックや代金が置かれたままで、順子さんと千枝さんの運転免許証や携帯電話も置きっぱなし。無くなっていたのは、4人分のパジャマとサンダルと車だけという状況で、失踪するために準備を整えた様子も無く、何者かに急かされた様子も無いのです。

広島一家失踪事件の概要は?

会社の同僚が家を訪ねて発覚

山上順子さんは、広島一家失踪事件が起きた翌日、勤務先の採石会社の社員旅行のため中国へと出発する予定になっていました。約束の時間になっても連絡もなく、姿を見せない順子さんを心配して、同僚が正午すぎに山上家を訪れたところ、もぬけのからになっていたことから警察へ通報されました。

事件性のない部屋

警察により山上家の室内が調べられましたが、誰かが争った様子も無く、血痕の後も見つかりませんでした。また、玄関の鍵は閉まっていて、外部の人が侵入した形跡も無く、事件性はないと判断されました。

日常的な雰囲気の部屋

山上家の部屋の中には、旅行に出かけようとしていた順子さんの旅行バックが準備されていて、翌日の着替えもたたんだ状態で用意されていました。また、台所と廊下の電気がついたままで、レンジで温めればすぐに食べられるような朝食も準備されていました。

布団はきれいに敷かれていて、シーツに乱れはなく、いつでも眠れる状態になっていて、失踪を企てていたのであれば持っていきそうな、順子さんや千枝さんの携帯電話や、政弘さんのポケベルまでが置かれたままでした。

千枝さんの足取り

千枝さんは広島一家失踪事件が発覚する前日の6月3日、勤務する小学校の日曜参観日でした。担任するクラスで図工の授業をした後、午後3時くらいまで竹原市内で開催されたPTAの球技大会に参加しています。その後、竹原市内の飲食店で行われた親睦会に出席して、帰りは自ら車を運転して同僚を家まで送り届けたのが午後9時半のことでした。

 

これが千枝さんの姿が確認された最後の証言になりますが、同僚によると千枝さんが母親の順子さんに電話をし、「化粧品を忘れたから取りに行く」と実家に行く旨を伝えている様子も証言されています。

失踪時刻が推測された

広島一家失踪事件の失踪時刻については、近所の住民による証言が有力視されています。失踪前日の6月3日の午後10時半ころ、「バタン」と車のドアが閉まる音がしたということです。誰かか車に乗り込む音であったのか、降りた音であったのかは明らかではありませんが、山上家の側で音がしたと証言されていることから、山上一家が車に乗り込んだ際の音ではないかと推測されました。

 

また、翌朝の4時過ぎには新聞配達員が山上家に配達したときにはすでに人の気配は無く、車もいつも場所になかったということ。そのため、証言をまとめた上で、広島一家失踪事件の失踪時刻は、失踪と推測された前日の10時半から翌朝4時までの間といわれています。

広島一家失踪事件の真相は?

ダムから車と遺体が発見

広島一家失踪事件が展開を見せたのは、山上家が失踪して1年が経過したころ。広島県世羅町にある京丸ダム付近を通行しいていた人が、ダムの底に転倒している車を発見します。広島一家失踪事件が起きてから車が発見されるまでの間、広島県は水不足になっていたため、京丸ダムの水かさも低くなっていたことから車が発見されたのです。

 

警察への通報によりすぐに車は引き上げられ、社内からは大人4人の遺体と犬一匹の死体が見つかりました。その車のナンバーは広島一家失踪事件で無くなった車のナンバーと一致し、歯型の鑑定からも、中の遺体は山上政弘さん、山上順子さん、山上千枝さん、山上三枝さん、愛犬のレオであると判断されました。

無理心中と断定

こうして、失踪した家族全員が遺体で発見された広島一家失踪事件。車の中からは、広島一家失踪事件で失踪した山上一家が乗っていたこと、さらに、車は自らダムに転落したと判断されたことから、広島一家失踪事件は、「無理心中」として結論づけられました。

転落場所は管理者用の通路

広島一家失踪事件の一家の車が発見された場所は、一般の人はもちろん近所の人でも知らない、ダムの管理者用の通路でした。山上政弘さんは、建設会社に勤務していたことからダムの工事に携わっていたためにこの場所を知っていたようです。

 

また、車が転落した場所には車止めが設置されているため、関係者の人であれば尚更落下するとは考えにくいものでした。また、それぞれの遺体には傷跡も無く争った外傷も無いことから心中と判断されたことに繋がりました。

広島一家失踪事件の動機は?

警察が動機を公開していない

広島一家失踪事件において、山上一家が無理心中を図った動機は、警察の捜査では「納得できる理由があった」とされていますが、実際に何が動機だったのかは公開されていません。なぜ、これほどまでに世間を騒がせた事件が発生することになった動機が公表されなかったのでしょうか。この報道を受け、広島一家失踪事件さんの無理心中の動機について、ネットなどでは様々な憶測が飛び交いました。そんな部分も謎が残る事件となっています。

金銭的なトラブルではない

広島一家失踪事件の無理心中理由は、金銭トラブルではないことは判明しています。それは、失踪した山上家は、多額の預金がある裕福な家庭だったからです。山上家は地元では有名な旧家で、生活ぶりも裕福であったといわれています。また、山上一家が失踪したことで自宅を捜索した際に2000万円が入った定期預金通帳が見つかっています。

 

そのため、借金などがあったとも考えにくく、山上家の周りを調査してみても金銭トラブルがあったという証言は全くありませんでした。

夫婦は仲が良かった

山上政弘さんと順子さんの夫婦仲について調べてみても、周囲から見ると夫婦仲は良かったと言われています。

 

政弘さんと順子さんの出会いは順子さんが看護師をしていたときのこと。美人と評判だった順子さんと政弘さんは結婚を誓い合いますが、政弘さんの親から猛反対を受けてしまったようです。それは、山上家の「代々続く旧家」という身分や格式と順子さんの家柄が釣り合わないという理由からでした。

 

そのため、政弘さんと順子さんは駆け落ちを決意。失踪するときに住んでいた世羅町の隣町に10年間暮らした後に娘の千枝さんを連れて帰ってきたそうです。その後、近所でも駆け落ちで結ばれるくらいの仲良し夫婦と評判であったといいます。

順子さんが浮気をしていた?

仲良し夫婦として評判であった政弘さんと順子さん夫妻ですが、ネット上では順子さんの浮気があったと噂されています。順子さんの浮気は山上一家の周りの人達も知っていて、その浮気相手というのが、順子さんの会社の上司であり、失踪が発覚した日には中国に社員旅行に出発する予定でしたが、行動を共にするグループが浮気相手と一緒だったそうです。

 

順子さんは、この旅行をとても楽しみにしていましたが、その様子を見ていた政弘さんが激怒し、家族全員を連れて無理心中を図ったのではないかといわれています。しかし、この順子さんの浮気については証拠が得られていないため、単なる憶測であることも否めません。

妻が夫の相談をしていた

政弘さんは広島一家失踪事件が起きる前、思いつめているときがあったようで、順子さんはそれを実の父親に相談していました。側にいる順子さんが心配するほど、政弘さんは何かに悩んでいたのかもしれません。

 

悩んでいた内容についてははっきりしていませんが、順子さんが浮気していたことに悩んでいたという説があります。でも、もし順子さんが浮気をしていて政弘さんが悩んでいたとすれば、順子さんは実の父親には相談できないのではないでしょうか。こ説も、未だ謎に包まれています。

無理心中は夫が実行犯

様々な憶測が飛び交いましたが、いろいろな状況を総合すると広島一家失踪事件の無理心中の実行犯は、夫の政弘さんなのではないかといわれています。単純に考えると、失踪当日に車を運手していた人が無理心中を図った可能性が最も高いですが、それが政弘さんです。

 

また、政弘さんと幼い頃から親交がある親戚の人への聞き込みによると、政弘さんは「普段は大人しいのですが、カッとなると手が付けられない性格」であったということ。昔、順子さんとの結婚に反対されて駆け落ちするところにも、政弘さんの衝動的な性格が出ているようです。

日教組が深く関係していた?

広島一家失踪事件は、日教組が原因だという説もあります。日教組とは、「日本教職員組合」の略で、日本の教員や学校職員による労働組合の連合体で、広島県は東部を中心に世羅町でもトラブルが多くありました。日教組の影響で、平成11年には広島県世羅高校の校長が自殺するなど、これまでに数十人の教職員が自殺に追い込まれています。

 

様々な問題を抱える中、広島県では同和問題も進み状況は複雑化しています。千枝さんは、そんな地域で教員といて働いていましたが、日教組の男性が婚約者のいる千枝さんに恋心を寄せており、千枝さんの結婚をやめさせるために、父親や仲間たちと山上家へ押しかけたことがあるともいわれています。そのため、千枝さんは「もう結婚してもこの辺りで先生はやっていけないね」と噂されたこともあるということです。

 

日教組から千枝さんへの圧力を心配した政弘さんが千枝さんの未来を案じて無理心中をさせたのではないかといわれています。

広島一家失踪事件の当時の推理!

痕跡を残さない拉致説

広島一家失踪事件の真相は闇の中ですが、推理してみると「拉致説」が浮上しています。それは、山上一家の誰かではなく第三者によって無理やり拉致されたのではないかというもの。

 

でも、第三者の拉致によるものであれば自宅には争った形跡があるはずですが、争った形跡どころか第三者が侵入した形跡もありませんでした。誰かが山上一家を拉致しようとしたならば、大人4人の中の誰かが抵抗するはずです。また、犬も一緒に拉致する理由が見当たりません。

伝説の神隠し説

広島一家失踪事件の真相について、「神隠し説」も浮上しています。それは、神隠し伝説がある大神将山は山上一家が住む世羅町に近く、失踪にも影響しているのではないかというものです。

 

話は江戸時代に遡りますが、とある有力者の家にお夏という女中がいました。お夏がおつかいを頼まれて大神将山に行ったとろ、いっこうに帰ってくる気配がありません。村人たちは懸命に探し回りますが、とうとうお夏を見つけることはできませんでした。

 

村人たちは、お夏が神隠しにあったとし、山中にお夏のお墓を立てて供養しました。その伝説を知る村人たちの間では、大神将山に近づくと神隠しにあうと言い伝えられており、その大神将山は山上さんが所有している山だったことからも神隠し説は根強く囁かれたようです。

残された千枝さんの婚約者

広島一家失踪事件が起きた当時、千枝さんと婚約していた彼氏は、大学のときに教育実習で知り合い、両親も公認の仲であったといいます。2年後には結婚しようと約束までしていたといい、そんな彼女の失踪に、彼氏は理由もわからず、山上家でうなだれていたといいます。

 

 

 

謎が謎を生んで事件は幕を閉じた

2001年に発生した広島一家失踪事件。そして、その1年後に発見された失踪一家の遺体。失踪が発覚した当時も何ら変わりのない日常の家から、ただ人と犬だけ忽然と消えていることから多くの謎が生まれ、様々な憶測が飛び交いましたが、遺体が発見されてからも、なぜ命を落とさなければいけなかったのか、理由は何なのかなど、多くの不可解さが残る事件となりました。

 

また、失踪するに至った理由を警察がわかっていながらも発表されなかったことも、未解決さを色濃くしているのではないでしょうか。様々な疑問を残した広島一家失踪事件。今後もいろいろな視点から注目され続けるのではないでしょうか。

 

 

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