2015/10/12
yuumi28
女優としての松田聖子
出生◆1962年3月10日
出身地◆福岡県久留米市
学歴◆堀越高等学校卒業
ジャンル◆アイドル歌謡曲、ポップ・ミュージック
職業◆シンガーソングライター、女優
活動期間◆1979年 -
【女優としての松田聖子の主な活動】
1979年 ドラマ「おだいじに」 役名・松田聖子 役でドラマデビュー
1981年 映画「野菊の墓」で映画デビュー
2012年 NHK大河ドラマ「平清盛」出演
神田正輝
本名◆神田 正輝
生年月日◆1950年12月21日
出生地◆東京都港区
身長◆178cm
血液型◆A型
ジャンル◆俳優、タレント
活動期間◆1976年 -
活動内容◆1976年:『大都会 闘いの日々』でデビュー
1978年:『青春ド真中!』、『ゆうひが丘の総理大臣』
1979年:『俺たちは天使だ!』
1980年:『太陽にほえろ!』
1997年:『朝だ!生です旅サラダ』司会
事務所◆石原プロモーション
松田聖子さん、郷ひろみさんとの破局会見
松田聖子さんは、
郷ひろみさんと交際していることを認めていたのですが、
郷さんは仕事を続けることに反対
松田聖子さんの母親は、芸能界引退に反対
と、双方の板挟みになり、破局したと言われています。
松田聖子さんと神田正輝さんの出会い
1985年 映画「カリブ・愛のシンフォニー」で共演
1985年4月に公開
松田聖子さんの主演映画第4作目
2,3日して心労で倒れちゃった。
で、仕事(撮影)が進まない、仕事が進まないもんだから神田正輝もすることがなくて、
それで病室に見舞いに行ったんだ。
その時、二人の世界が始まったんだ。
郷ひろみさんとの結婚話が上手くいかない中、
松田聖子さんは、引退作として、
「カリブ愛のシンフォニー」のロケのため、メキシコへ向かいます。
日本に残った郷さんが松田聖子さんの家に挨拶に行ったりするものの、
やはり結婚話は進展せず、心労で倒れてしまった。
そんな傷心の松田聖子さんの近くにいたのが、
神田正輝さんだったのですね。
それで(撮影から)帰ってきたのは暮れで、
すぐに(NHKの)紅白に入ったわけ、
それですぐに現場に行っておまえたちどうなっての、
きちんと二人で話をしなさいと、お互いに避けてたんじゃだめだよって言ったんだ。
そしたらこれから話し合うんですっていうから、それならよかったって、
翌朝ひろみから電話がかかってきたんだ。
どうだったって言ったら、先ほど成田空港まで送ってきましたっていうから良かったなって。
ところが向こうへ行けば神田正輝をはじめ石原軍団が待ってるじゃない、
そうすると聖子の声ってこっちに届いてこないんだよ。
マスコミを通じて、例えば、引退しなくていいといったから、
聖子がちょっと神田正輝に傾いているとか
聖子の両親がその話に乗りまくってるとか、
一方的な話しか来ないわけ。
それでやがて、石原プロがお祭り騒ぎになっちゃって、
やれ結婚だ、仲人は裕次郎だ、裕次郎夫妻も参加するって、
どんどん話が大きくなって、
その時に僕が裕(次郎)さんと話しあってね、
「裕さんとにかくね、ここまで来たらおまえさんは聖子くんを守ってくれ」って、
(俺はひろみをまもるから)お互いに何かあっちゃら連絡を取り合おうって二人で約束したんだ。
それで当時はポケベルもなけりゃ、
携帯もなくて、そんな状態で二人(聖子とひろみ)はこっそりと愛の巣をかまえましたよ。
やがてムードの押されて正輝と聖子の結婚という形になって、あの別れの記者会見になる。
そのあとがあるんだよ、記者会見が終わった、
ひろみのマネージャーと僕とひろみの3人で、
東京にいないで横浜、中華街にでも行こうかって、
そしたら途中で携帯に電話が入ったんだよ。
聖子がね、「やはりひろみさんと一緒になりたい、仕事家もも全部捨てるから・・・」って、
だけど記者会見までやっちゃったんだから、もう無理だろうって話して、
「でも来てくれなくてもいい」って言って、二人の愛の巣に彼女はひとりで行ったんですよ。
でも本当にね、つらかったね、だって二人ともすきなんだもん。
芸能リポーター鬼沢慶一さんの話ですが、
この流れをみていると、松田聖子さんは、
郷ひろみさんへの思いを断ち切れないまま、
流されて神田正輝さんと結婚したということになりますね・・・
松田聖子さんと神田正輝さんの婚約会見
松田聖子さんと神田正輝さんは、
結婚を決めた段階で、婚約会見を開きました。
そこでは、
松田聖子さんが直前まで付き合っていた
郷ひろみさんに関することだったり、
「2人で初めてモーニングコーヒーを飲んだのはいつ?」
など、今では考えられない質問が飛び交ったようです。
聖輝の結婚!
1985年6月24日、
松田聖子さんと神田正輝さんは結婚。
披露宴はテレビ中継され、
視聴率は34.9%を記録!
松田聖子さんと神田正輝さんの愛娘・神田沙也加さん
出生名◆神田沙也加
別名◆SAYAKA
出生◆1986年10月1日
出身地◆東京都世田谷区
ジャンル◆J-POP
職業◆歌手・女優・タレント・声優
活動期間◆1999年 -
レーベル◆ソニーレコーズ(SAYAKA時代)
ポニーキャニオン(2011年)
日本コロムビア(TRUSTRICK)
事務所◆ファンティック
共同作業者◆Billy(TRUSTRICK)
神田沙也加さんは、
母親・松田聖子さんとも似ていると思うのですが・・・
父親・神田正輝さんに顔がよく似ていると言われています。
神田沙也加さんは、
歌手として大活躍中。
母親・松田聖子さんからは、
天使のような歌声を引き継いだようですね。
松田聖子さん復帰!
神田正輝さんは、結婚しても、
引退をする必要はないと約束していた事もあり、
1986年に沙也加さんを出産した1年後、
1987年 2年ぶりのシングルリリース
【ママドル】と呼ばれ、また多忙な日々へ
松田聖子さん、数々の男性との噂・・・
神田正輝さんとの結婚生活の中、
松田聖子さんは、数々の男性と浮名を流します。
近藤真彦さんとのNY密会の噂などは、
スタッフも交えて食事をしていただけと言われていますが、
語学教師の「ジェフ・ニコルス」には、
暴露本を出版され、
バックダンサーの「アラン・リード」には、
逆セクハラで訴えられるなど…
夫・神田正輝さんにとっては、
憂鬱な日々であったろうと思われます
ついに離婚・・・へ
松田聖子さんと、神田正輝さんは、
1997年1月10日に、
声明文を出して、離婚を発表。
12年間の結婚生活でした。
松田聖子さんは再々婚
神田正輝さんと離婚後も、
数々の男性と浮名を流した松田聖子さん
2012年には、一般男性と再々婚
松田聖子さんと離婚後、
2011年には、タレント・長谷川理恵さんとの交際が報じられた
神田正輝さん。
その後、長谷川理恵さんと別れ、暴露本を出版されましたが、
長谷川理恵さんが二股をかけていたこともあり、
神田正輝さんを擁護する声の方が多く聞かれました。
2009-2011年
舞台「レ・ミゼラブル」でコゼット役を務めた神田沙也加さん。
コゼット役は、古くは、
斉藤由貴さん、早見優さん、
純名里沙さん、安達祐実さんらが演じてきた重要な役です。
帝国劇場での公演には、
松田聖子さんと神田正輝さんが、
そろって観劇に訪れました。
娘の晴れ姿をを見ようと母・松田聖子(47)も来場。
しかも沙也加の父で聖子の元旦那の神田正輝(58)も揃って訪れ、周囲はどよめいたという。
休憩時間には、ロビーでは聖子と神田の仲睦まじい様子に話題が集中していたという。
「ロビーを手をつないで歩いていました。
気付いた人も多く、騒然としてましたよ」(観客)
ふたりは1階のほぼ真ん中の席に並んで、舞台を鑑賞。
やがてカーテンコールが始まると、ふたりは立ち上がって熱烈な拍手を送っていた
男女としての夫婦関係は終わっても、
沙也加さんの父親と母親としては、
今も良好な関係を築いている、
松田聖子さんと神田正輝さんです。
今後も温かく見守りましょう!
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