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2023/12/28
大今里
2017/12/16 更新
口ひげとサングラスがトレードマークのため強面のイメージも強い鈴木雅之さんですが、彼の素顔を知ろうとすればするほど、意外な素顔が隠れていることがわかります。今回は、いろいろな面から鈴木雅之さんの素顔を見ていきたいと思います。
鈴木さんは1956年に東京都大田区で生まれました。
ですから、もう還暦を迎えられていますが、今でも歌手として第一線で活躍しています。
幼少の頃からR&Bに傾倒していて、高校生の頃は毎週末のようにディスコに繰り出していた青年だったそうです。
満を持して鈴木雅之さんは、歌手を目指し、高校を中退後、1975年に『シャネルズ』を結成しました。
鈴木雅之さんは、『シャネルズ』時代ボーカルを務めていただけでなく、作曲のほとんども行っています。
1978年に黒人コーラスグループ『The Willows』を参考にし、全身黒塗りをしてうたったシングル曲「ランナウェイ」は110万を超える大ヒットとなりました。
その後1983年にグループ名を『シャネルズ』から『ラッツアンドスター』に改名し、『め組のひと』などのヒット曲があります。
1985年には28歳で15歳からの知り合いであった一般人女性と結婚します。
現在までにお子さんはいらっしゃいません。
1986年にソロデビューしてから大瀧詠一さんや山下達郎さんなど、様々な人のプロデュースを受けており、1992年のシングル曲『もう涙はいらない』は鈴木雅之さん最大のヒット曲であります。
現在はライブなども精力的に行っています。
鈴木雅之さんと田代まさしさんは、幼馴じみで、鈴木雅之さんの素顔を知る貴重な存在です。
10代の頃は二人して不良グループに所属していたほどですし、田代まさしさんは、『シャネルズ』のメンバーでもあり、まさにマブダチですね。
田代まさしさんは一時期、父親との関係が悪く、鈴木雅之さんの家で居候をしていた時もあるのです。
田代まさしさんは、サングラスを外した鈴木雅之さんの素顔のことを「目がくりっとしてかわいい」と話していました。
鈴木雅之さんにはお姉さんの鈴木聖美さんがおり、お姉さんも歌手として活躍しております。
小さい頃は内向的だった鈴木雅之さんはいつでもお姉さんである鈴木聖美さんの後をついてまわっていたと言いますから、鈴木雅之さんの素顔を誰よりも良く知っている人物だと思います。
さすが兄弟だけあって、お姉さんもすばらしい歌唱力をお持ちですが、デビューは私生活で離婚してからで34歳と遅く、鈴木雅之さんのボーカルグル―プ『シャネルズ』のバックコーラスとして活動を始めたのが最初です。
弟である鈴木雅之さんと『ロンリ―チャップリン』でデュエットもされ、この曲は名曲で今でもカラオケの定番のデュエット曲となっています。
またシングル曲『Taxi』は今でもカラオケで良く歌われる歌の上位に君臨しています。
鈴木雅之さんは常にサングラスをかけていますが、実際の性格はかなりシャイで、そんな素顔を隠す意味もあるのかもしれません。
鈴木雅之さんは、サングラスをかけることで、素顔の自分を封印し、歌手鈴木雅之さんになるのだと思います。
鈴木雅之さんはかつてサングラスのことを、「体の一部」だと表現していました。
ちなみに鈴木雅之さん愛用のサングラスは、『カザール』のミラーサングラスです。
たしかにこのサングラスだと素顔を見るのはかなり難しいですよね。
今でこそ大人の穏やかな男性のイメージが強い鈴木雅之さんですが、鈴木雅之さんの素顔では、けんかっ早く、10代の頃は、不良グループに属し、売られたケンカは買っていたそうです。
また、鈴木雅之さんの意外な素顔として、部類の犬好きで、スイ―ツに目がなく、お笑いが大好きなんだとか。
さらに、かなりの虚弱体質という素顔があり、毎年のように風邪をひいてしまうので、寝る時でもマスクを外すことはないのだそうです。
歌を歌っている鈴木雅之さんのイメージからは、大人のラブソングをしっとりと謳い、大人の男性の余裕を見せているイメージでしたが、鈴木雅之さんの素顔を見ていくと、イメージを覆されるような意外な素顔がたくさん見えました。
しかしながら、そのイメージと素顔とのギャップも鈴木雅之さんの良いところです。
これからも、素敵な声とおちゃめな素顔で、私たちを魅了し続けていってほしいです。
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