木村良平さんの結婚相手がバラされた事件の真相は?子供がいるのかも解説
2023/12/28
大今里
2017年発売 「騎士団長殺し」
2017年に発売された「騎士団長殺し」は、村上春樹さん14作目の小説作品として知られています。
現在全2巻が発売されており、第1部"顕れるイデア編"と第2部"遷ろうメタファー編"の2部編成になっています。
2010年に発売された"1Q84 BOOK3"から7年ぶりの長編作品として大注目されました。
村上 春樹(むらかみ はるき、1949年1月12日 - )は、日本の小説家、アメリカ文学翻訳家。京都府京都市伏見区に生まれ、兵庫県西宮市・芦屋市に育つ。
早稲田大学在学中にジャズ喫茶を開く。1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の『ノルウェイの森』は2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり[2]、これをきっかけに村上春樹ブームが起きる。その他の主な作品に『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などがある。
村上春樹さんは国内外問わず、主に若者層に人気のある作家であることで知られています。
日本国外でも人気が高く、柴田元幸は村上を現代アメリカでも大きな影響力をもつ作家の一人と評している[3]。2006年、フランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞し[4]、以後日本の作家の中でノーベル文学賞の最有力候補と見なされている[注 1]。
デビュー以来、翻訳も精力的に行い、スコット・フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、トルーマン・カポーティ、レイモンド・チャンドラーほか多数の作家の作品を訳している。また、随筆・紀行文・ノンフィクション等も出版している。後述するが、ビートルズやウィルコといった音楽を愛聴し自身の作品にモチーフとして取り入れるなどしている。
村上春樹さんは、大学入学前から独学で英文で書かれていた小説を読んでいたそうです。
その影響もあってか多くの作家の作品を翻訳しています。
J.D.サリンジャー、村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」の名言
相手が誰であれ「グッド・ラック!」なんて僕は叫んだりしない。だってさ、そんなこと言われたら気が滅入っちまうじゃないか。
(J.D.サリンジャー、村上春樹訳「キャッチャー・イン・ザ・ライ」30ページより引用)
J.D.サリンジャー著、村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」は、J.D.サリンジャーの書く主人公ホールデンのティーンエイジャー独特のやり場のなさや切なさ、儚さと村上春樹さんの日本語訳の文体がとても良くマッチしています。
数ある「ライ麦畑でつかまえて」の翻訳書の中でも雰囲気があり、とても読みやすいです。
村上春樹 代表作の1つ「ノルウェイの森」
1987年に刊行され、村上春樹さん5作目の長編小説となった「ノルウェイの森」は、日本だけでなく、世界各国で大ベストセラーとなりました。
一時期は冒頭文が、大学受験の問題に出たことでも話題となりました。
村上春樹さん8作目の長編小説「ねじまき鳥クロニクル」
村上春樹さん8作目の長編小説となる「ねじまき鳥クロニクル」は、全3部作で構成されています。1994年に1部が発行され、1995年に3部が発行されました。
1996年に第47回読売文学賞を受賞したことで知られています。
村上春樹さん12作目の長編小説「1Q84」
村上春樹さん12作目の長編小説の「1Q84」は、BOOK1からBOOK3まで発行され、全巻ミリオンセラーを記録し話題となりました。
2009年にBOOK1とBOOK2が、第63回「毎日出版文化賞 文学・芸術部門」を受賞し、2013年に英訳版が国際IMPACダブリン文学賞にノミネートされました。
「風の歌を聴け」文学賞応募時のタイトルの元になった名言
鼠はまだ小説を書き続けている。彼はその幾つかのコピーを毎年クリスマスに送ってくれる。昨年は精神病院の食堂に勤めるコックの話で、一昨年のは「カラマーゾフの兄弟」を下敷きにしたコミック・バンドの話だった。あい変わらず彼の小説にはセックス・シーンはなく、登場人物は誰一人死なない。原稿用紙の一枚めにはいつも、「ハッピー・バースデイ、そして ホワイト・クリスマス。」と書かれている。僕の誕生日が12月24日だからだ。
村上春樹さん初の小説「風の歌を聴け」のタイトルは、トルーマン・カポーティの短編小説 「Shut a Final Door"」(「最後のドアを閉じろ」)のラストの一行「Think of nothing things, think of wind」から取られたと言われています。
応募時のタイトルは「Happy Birthday and White Christmas」であり、この言葉は表紙の上部分に小さく書かれています。
村上春樹さん2作目の長編小説「1973年のピンボール」名言
「二つの対立する考え方があるってわけね?」と208。「そうだ。でもね、世の中には百二十万くらいの対立する考え方があるんだ。いや、もっと沢山かもしれない。」「殆んど誰とも友だちになんかなれないってこと?」と209。「多分ね。」と僕。「殆んど誰とも友だちになんかなれない。」それが僕の一九七〇年代におけるライフ・スタイルであった。ドストエフスキーが予言し、僕が固めた。(「1973年のピンボール」39ページより引用)
村上春樹さんが「地震のあとで」をテーマとして書いた短編小説「かえるくん、東京を救う」名言
「正直に申し上げますが、ぼくだって暗闇の中でみみずくんと闘うのは怖いのです。長いあいだぼくは芸術を愛し、自然とともに生きる平和主義者として生きてきました。闘うのはぜんぜん好きじゃありません。でもやらなくてはならないことだからやるんです。きっとすさまじい闘いになるでしょう。生きては帰れないかもしれません。しかしぼくは逃げません。ニーチェが言っているように、最高の善なる悟性とは、恐怖を持たぬことです。片桐さんにやってほしいのは、まっすぐな勇気を分け与えてくれることです。友だちとして、ぼくを心から支えようとしてくれることです。わかっていただけますか?」(「神の子どもたちはみな踊る」収録「かえるくん、東京を救う」165ページより引用)
「地震のあとで」をテーマとした連作の短編小説を短編小説集にした「神の子どもたちはみな踊る」に収録されています。
2010年メキシコとアメリカ合作で映画化された短編小説「パン屋再襲撃」名言
「もし君が言うようにそれが呪いだとしたら」と僕は言った。「僕はいったいどうすればいいんだろう?」「もう一度パン屋を襲うのよ。それも今すぐにね」と彼女は断言した。「それ以外にこの呪いをとく方法はないわ」(「パン屋再襲撃」収録「パン屋再襲撃」25ページより引用)
村上春樹さん10作目の長編小説「海辺のカフカ」名言
死に方に比べたら、生き方なんてたいしたことじゃないのかもしれない。とはいえやはり、人の死に方を決めるのは人の生き方であるはずだ。(海辺のカフカ 下巻 399ページより引用)
村上春樹さん初の短編小説集「中国行きのスロウ・ボート」名言
でもちょっと待ってほしい。もし寒くなったから冬というのなら、いったい摂氏何度以下が冬なのだ?冬のさなかにすごくぽかぽかした日がつづいたとしたら、それは「あたたかくなったから春」なのか?ほら、わからないでしょ。僕にだってわからない。でも「冬だから寒くなくちゃいけない」という考え方は一面的にすぎるんじゃないかと僕は考えている。だから僕はまわりの人々の固定観念を打ちこわすためにも十二月から二月までを冬と呼び、六月から八月までを夏と呼んでいる。だから冬は暑く、夏は寒い。(「中国行きのスロウ・ボート」収録「シドニーのグリーン・ストリート」209ページより引用)
村上春樹さんのローマ滞在時に執筆された短編小説「TVピープル」名言
いつの時代でもそうなのだけれど、いろんな人間がいて、いろんな価値観があった。でも一九六〇年代が近接する他の時代と異なっているところは、このまま時代をうまく進行させていけば、そういう価値観の違いをいつか埋めることができるだろうと我々が確信していたことだった。ピース。(「TVピープル」収録「我らの時代のフォークロアー高度資本主義前史」79ページより引用)
村上春樹さん7作目の長編小説「国境の南、太陽の西」名言
「どうして新しいものを読まないの?」「たぶん、がっかりするのが嫌だからだろうね。つまらない本を読むと、時間を無駄に費やしてしまったような気がするんだ。そしてすごくがっかりする。昔はそうじゃなかった。時間はいっぱいあったし、つまらないものを読んだなと思っても、そこから何かしらは得るものはあったような気がする。それなりにね。でも今は違う。ただ単に時間を損したと思うだけだよ。年をとったということかもしれない」(「国境の南、太陽の西」141ページより引用)
村上春樹さんの自伝的エッセイ「職業としての小説家」名言
バットがボールに当たる小気味の良い音が、神宮球場に響き渡りました。ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の脈絡もなく何の根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。(「職業としての小説家」42ページより引用)
村上春樹さん×小澤征爾さん対談集「小澤征爾さんと、音楽について話をする」名言
僕がこのセミナーに参加するにあたって一番興味を持ったのは、どのようにして「良き音楽」が作られていくかというプロセスだった。僕らは良い音楽を聴いて感動したり、あまり良くない音楽を聴いてがっかりしたりする。そういうことをごく自然におこなっている。しかし実を言うと、どのようにして「良き音楽」が作られていくかというプロセスについては、あまり多くを知らない。
地下鉄サリン事件の被害者や関係者に村上春樹さん本人がインタビューをした「アンダーグラウンド」名言
私たちはあの衝撃的な事件からどのようなことを学び鳥、どのような教訓得たのだろう?ひとつだけたしかなことがある。ちょっと不思議な「居心地の悪さ、後味の悪さ」があとに残ったということだ。私たちは首をひねる。それはいったいどこからやってきたのだろう、と。そして私たちの多くはその「居心地の悪さ、後味の悪さ」を忘れるために、あの事件そのものを過去という長持ちの中にしまい込みにかかっているように見える。
「アンダーグラウンド」では、日本の歴史に残る大事件に関わる貴重なインタビューを読むことができます。
続編の「約束された場所で―underground 2」は、地下鉄サリン事件を引き起こしたオウム真理教の信者、元信者に村上春樹さん自身がインタビューをしたノンフィクション作品です。
村上春樹さんの作品には、主に若い年齢層の読者に共感される名言が多く、人気の理由のひとつとなっています。
村上春樹さんの小説以外の作品もおすすめです
今回のまとめでは、村上春樹さんの小説、インタビュー・エッセイの名言について、まとめてみましたが、村上春樹さんの小説以外の作品もおすすめです。
一度ハマると抜け出せない村上春樹ワールド
村上春樹さんの作品には、他の文学作品や作家、音楽、絵画、歴史など、さまざまなジャンルの作品やエピソードが登場し、文学好き以外の方も「おっ!この作品知っている!」と言うシチュエーションになることが多々あります。
まだ村上春樹作品を読んだことがない方も、すでに"ハルキスト"の方も、読書の秋の一冊に村上春樹作品を読んでみてはいかがでしょうか?
数々の名作を世に送り出している村上春樹さんのそのほかのおすすめ小説もたくさん紹介されている記事もありますのでぜひご覧下さい!
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