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2023/12/28
大今里
まずは、羽生結弦選手のプロフィールからご紹介します!
1994年12月7日に宮城県仙台市で生まれた羽生結弦選手。
身長は172cm、体重は53 kgで現在の年齢は22歳。
愛称はお馴染みの”ゆづ”、血液型はB型。
また、学歴については早稲田大学人間科学部人間情報科学科通信教育課程に在学中です。
フィギュアスケートに関しては現在、カナダのクリケットクラブに所属しており、ブライアン・オーサーコーチとトレイシー・ウィルソンコーチに師事しています。
また、今シーズンの振付はSPにジェフリー・バトル氏、FSはシェイ=リーン・ボーン氏が担当しています。
羽生結弦選手とシェイリーン・ボーン氏。
名前は「弓の弦を結ぶように凛とした生き方をして欲しい」と父が命名した[4][17]。
演技前に必ず行う胸の前で十字を切るような動作は、実際には「士」の形を描いており、「ジャンプの回転軸と両肩を平行に保つ意識を確認するためのおまじない」である。2015年11月以降から、両手で天を仰ぐような動作を最後に加えるようになった[18]。
名前の由来も演技前の動作もそのような意味があったのですね…。
よく、十字を切っていると言われていましたが、実は「士」なのですね。
早速、演技前の動作に注目して観てみましょう。
確かに「士」と描いているようです。
尊敬する選手にはジョニー・ウィアーさんやエフゲニー・プルシェンコさん、日本の選手では、同じスケートリンクで練習をしていた荒川静香さんの名前を挙げています。
ロシアの皇帝、エフゲニー・プルシェンコ。
1982年11月3日にロシア(旧ソビエト)で生まれた。
身長は178cm、体重は69.5kgの34歳。
日本での愛称は”プル様”など。
現役時代はユビレイニースポーツクラブに所属していたようです。
そんなプルシェンコさんと言えば、やはり4回転。
彼がいなければ今の4回転時代はなかった、と言えるくらい4回転ジャンプに強いこだわりや思いを待ち、現役時代は数多くの試合に臨んできました。
そんなプルシェンコさんは、2017年3月31日に現役を引退しました。
小さい頃の羽生結弦選手。(チビゆづと呼ばれることも)
このマッシュルームカットはどこかで見覚えがあるような…。
そうなんです!幼き頃の羽生結弦選手はプルシェンコさんに憧れ、髪型を真似ていたのです。
羽生結弦選手がソチオリンピックで金メダリストとなった後には、プルシェンコさんが花束を持って駆けつけてくれたこともあります。
エフゲニー・プルシェンコが引退を表明したことについて、羽生結弦(ANA)は2日、「平昌までやると聞いていたので、びっくりしました」と話した。さらに、「彼に育ててもらったと言ってもいいくらい憧れて、まねをしてここまで来た。映像などの記録も残っているし、彼が引退した後も僕たちの中に生きると思う」と思いを語った。
プルシェンコさんが現役を引退した時には上記のように自身の思いを語っていました。
2017年のアイスショーでの一コマ。
プルシェンコさんを慕っているのが伝わってきますね。
羽生結弦選手に壁ドンするプルシェンコさん。
憧れのプルシェンコさんに壁ドンされて嬉しそうですね。
プルシェンコさんはソチオリンピックのインタビューの時に下記コメントを残しています。
”彼(羽生結弦選手)のジャンプは素晴らしい。彼はフィギュアスケートの未来だ。”
”僕は彼(羽生結弦選手)のヒーローだったかもしれないけど、今は彼が僕のヒーローになっている。”
オータムクラシック2017で羽生結弦選手が自身のSP最高点(歴代最高点)を更新した時には下記コメントも寄せていました。
仲睦まじい2ショット!プルシェンコさんも羽生結弦選手も浴衣姿が似合いますね♪
まずは、プルシェンコさんの戦歴から。
欧州選手権では7度優勝。グランプリシリーズでは通算22勝。
グランプリファイナルでは、4度優勝。
世界選手権では3度の優勝。
オリンピックでは2度銀メダルを獲得、トリノオリンピックでは金メダリストに輝く。
ソチオリンピックでは、団体金メダリスト。
プルシェンコ/ニジンスキーに捧ぐ
お次は、羽生結弦選手の戦歴です。
ジュニアの頃には、ジュニアグランプリファイナル制覇、ジュニア世界選手権優勝。
シニアデビュー後は、全日本選手権にて4連覇、グランプリファイナル4連覇、世界選手権2度優勝、ソチオリンピックでは日本人フィギュア選手男子初の金メダリストに輝く。
現世界歴代最高点の記録保持者でもあり、現在の世界ランキングは1位。
なお、2013年10月より現在まで世界ランキング1位を保持しています。
羽生結弦/SEIMEI
プルシェンコさんと羽生結弦選手。
これまでに何度対戦歴があるのかというと、直接対決出来たのは意外にもたったの一度だけなのです。
それがソチオリンピックの団体戦。
※プルシェンコさんはソチオリンピックの男子フィギュアSPにも出場していますが、FSは直前練習での故障を理由に棄権しています。
その為、SP/FSの合計点で優勝が決まるフィギュアスケートにおいては、直接対決出来たとは言い切れません…。
憧れのプルシェンコさんとやっと直接対決出来る!とワクワクしていた羽生結弦選手にとっては、複雑な気持ちだったかと思います。
同様にプルシェンコさんも、伸び盛りの羽生結弦選手との直接対決をとても楽しみにしていたはず。
この二人の直接対決はなんとも言えない複雑な結末だったのです。
ソチオリンピック団体戦男子SP
羽生結弦選手もプルシェンコさんも歳は離れていますが、お互いがお互いを尊敬し、刺激し合えるとても素敵な関係性だったということですね。
プルシェンコさんが引退後も、一緒のショーに出演する時には仲の良い様子を見せてくれます。
そんな二人の今後にも大注目です!
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