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高倉健さんの映画に、「動乱」があります。昭和史を題材にしてます。

映画「動乱」は、1980年11月に公開されました。第1部「海峡を渡る愛」と 第2部「雪降り止まずは」の2部構成で、昭和史を背景に、青年将校(高倉健)とその妻(吉永小百合)の愛を描いた映画。高倉健は軍部首脳と東北農村で苦しむ人々を見て決起。昭和の動乱です。

動乱の映画の最後は、高倉健が銃殺刑になります

高倉健 映画「動乱」

高倉健 映画「動乱」のラスト近く。銃殺シーンです。

物語の背景は、昭和七年から昭和十一年。経済恐慌と凶作が重なり苦しみを強いられる庶民たち、皇道派と統制派に分裂する陸軍内部、昭和維新の声が高まる皇道派の青年将校たち、そして決起される二つのクーデター--昭和史の起点となった五・一五事件から二・二六事件までの風雲急を告げる動乱の中、時代の波に翻弄されながらも信念を貫き生きる寡黙な青年将校と、その妻との愛と生きざまを、一大叙事詩として二部構成の雄大なスケールで綴った感動のドラマ。

出典:http://www.happinetonline.com

昭和史。クーデターですから、昭和の動乱です。高倉健と吉永小百合の夫婦愛に感動します。

高倉健の映画「動乱」。主題歌は小椋佳の曲。

高倉健 吉永小百合 映画動乱 主題歌 流れるなら

高倉健、吉永小百合の映画「動乱」。主題歌「流れるなら」(小椋佳)

この小椋佳の主題歌がもの悲しい。とても時代背景を表現していると思う。流れるまま。流れに逆らおうとしても、流れるままにしかならない。昭和の動乱期のことでした。

高倉健のプロフィール

高倉健(たかくらけん):映画「動乱」の主役

生年月日: 1931年2月16日
生まれ: 福岡県 中間市
死没: 2014年11月10日, 東京都
身長: 180 cm
配偶者: 江利チエミ (1959年 - 1971年)

吉永小百合(動乱の中で高倉健の妻役)のプロフィール

吉永小百合(映画「動乱」出演:共演は高倉健)

吉永小百合(よしながさゆり)
生年月日: 1945年3月13日 (70歳)
生まれ: 東京都 東京都 渋谷区
身長: 157 cm
配偶者: 岡田 太郎 (1973年から)
親: 吉永 芳之、 吉永 和枝

映画「動乱」のストーリーを(引用から)。

昭和7年、仙台の連隊。  宮城大尉( 高倉健 )が中隊長を務める部隊の「 新兵 溝口 」が脱走する。  溝口は脱走直前に姉からの手紙を何度も読み返していた その内容とは、「 姉・薫( 吉永小百合 )は家の貧しさから芸者に売られようとしていたのだ。  溝口は程なく捕まってしまい、銃殺刑に遭う。

出典:http://8mada.at.webry.info

昭和7年頃の話です。高倉健が、吉永小百合と出会うシーン。ここから動乱が始まります。

薫(吉永小百合)と宮城(高倉健)が再会するシーン

高倉健 映画「動乱」

自殺未遂(吉永小百合)を図るが、宮城(高倉健)が救う。動乱の一シーン。

上官の宮城は薫が芸者に売られないよう金を用立ててやり、香典代わりに渡す。   宮城は脱走者を出した責任を負い、朝鮮国境守備隊へ転任。   しかし、その朝鮮で偶然芸人に身を落とした薫と再会するのです。   その夜、薫は別の軍人に犯されそうになり、自殺未遂を図るが、宮城が薫の命を救う。

出典:http://8mada.at.webry.info

まさに、昭和の動乱期。高倉健は、薫(吉永小百合)と、再び出会ったのです。

高倉健は、薫(吉永小百合)の介護で命を取り留めました。

宮城は日本に戻り、薫と同居するようになった。 ・・・その後、宮城は神崎の軍務局長暗殺に関わっているとして憲兵に呼び出され、毒を盛られ昏睡状態に陥る。   しかし、薫の手厚い看護で何とか一命を取り留める。   一連の軍務局長暗殺事件を受け、青年将校たちの「 昭和維新 」への機運は一気に高まり、決起する。

出典:http://8mada.at.webry.info

高倉健は、吉永小百合の献身的な介護で命を取り留めたのです。

高倉健 映画「動乱」

高倉健 映画「動乱」。吉永小百合さんとは、映画の中では肉体は交わらなかった。そういうやり方しか出来ない。という堅物の役どころ。不器用を体現した高倉健。動乱。動乱期だけど、高倉健は、揺れ動きながらも自分を失わなかったということを表していると思いました。

判決が下り、宮城以下15人は反乱罪により死刑。   薫が宮城の面会に訪れ、先日正式に宮城と籍を入れたと知らせる。そして7月12日、死刑が執行されるのである。

出典:http://8mada.at.webry.info

これにてラストです。私は、見ましたが、感動しました。高倉健さんと吉永小百合さんの演技もさることながら、動乱期に揺り動かされているものを感じました。

高倉健 映画「動乱」

高倉健 映画「動乱」の一場面です。

決起部隊を止める米倉斉加年を躊躇なく切り捨てる高倉健さんでした。動乱の一場面です。

高倉健 映画「動乱」

高倉健 映画「動乱」の一場面。東北の農村に、脱走兵を捜索に行ったところ、その姉(吉永小百合)と出会ったシーン。もの悲しかったです。

高倉健 映画「動乱」

吉永小百合さんが、高倉健さんに、追従して歩いているように見えます。高倉健さんの生き方について行こうと決心したのでしょう。そういう表現だと思いました。

高倉健さんが、無口で前を歩き、戸惑いながらもついて行く妻(吉永小百合)。芸人(芸者)に身を落としていた薫(吉永さん)を妻にしたんです。そういう貧困から救うじゃないが、そのような意味も含んでいるように考えさせられた。

高倉健さんご逝去後の吉永さんのコメント

高倉健さんの訃報を受けて、吉永さんは

高倉さんの訃報を受けて、吉永さんは、コメントを出しました。

高倉健さんの訃報を受けて、映画『動乱』(1980)で共演した吉永小百合が配給の東映を通じてコメントを発表。「お知らせに信じられない思いでおります」

出典:http://www.cinematoday.jp

高倉健さんに映画のすばらしさを教えて貰ったとも仰っておりました。

高倉健さん主演の映画は沢山ありました。その中でも、冬の華、動乱、幸せの黄色いハンカチ。
この3つが個人的には、心を打ちました。今でもその思いは変わりません。高倉健さん。動乱の世の中にあって、大衆に、日本人に心の豊かさを教えてくれてありがとうございました。

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