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松田聖子さんは今後引退の可能性はある?今後の活動や現在の様子を解説

松田聖子さんが歌手活動から引退する可能性があるのか気になっている人は多いのではないでしょうか?松田聖子さんは過去に結婚をきっかけにアイドル活動からの引退なども噂されていましたが、その際には活動復帰しています。本記事では、松田聖子さんの引退について解説します。現在の活動状況や今後の活動予定も紹介するため、詳細が気になる人はぜひ最後まで内容を確認してみてください。

松田聖子さんは現在すでに引退をしたとの声があり、話題になっています。歌手活動を続けていた松田聖子さんは、娘の神田沙也加さんとの死別後に、表舞台に登場する機会が減り、今後引退する可能性も囁かれています。

本記事では、松田聖子さんの引退について詳しく解説します。現在の活動状況や今後の活動予定も紹介するため、気になる人はぜひ最後まで内容を確認してみてください。

松田聖子さんは引退していない!2023年にコンサートを開催

松田聖子さんは、これまでに度々引退の噂が浮上してきました。しかし、2023年7月時点では芸能界活動を継続していることが判明しています。

 

2021年12月に1人娘の神田沙也加さんが死去した際には、紅白歌合戦の出場を見合わせ、ライフワークの一環と見られてきたディナーショーも休止していたことは事実です。

 

その後、松田聖子さんは想像を絶する苦悩を乗り越え、仕事に復帰しました。2023年からは埼玉、大阪、東京、福岡、名古屋の5都市を飛び回るコンサートを開催しました。なお、2023年8月には、武道館の追加公演も予定しています。

松田聖子さんの現在の活動

現在の松田聖子さんの活動内容について見ていきましょう。歌手だけではなく映画監督としても活躍しています。

コンサートツアーを開催している

松田聖子さんは、これまで毎年のように全国ツアーを開催してきました。神田沙也加さんの死去後すぐはコンサートをキャンセルしていたのですが、現在コンサートツアーを再開しています。

 

2023年7月時点の松田聖子さんの年齢は61歳。体力も気力も厳しいはずです。しかし、松田聖子さんはプロとして弱い面を見せていません。

 

今後も往年のヒット曲をファンのために、披露し続ける決意を固めたのではないでしょうか。

 

1979年にデビューした松田聖子さんは2023年で芸能活動44年が経過しました。今も衰え知らずの美貌でピンク色の可愛い衣装を纏い「永遠のアイドル」と絶賛され続けています。

 

松田聖子さんのファン層は40代~50代といった長年のファンだけではなく、近年は若い世代にもファン層が広がっているそうです。

 

世代を問わず愛される松田聖子さんの秘密は、変わらない可愛らしさと内面の強さがあるのかもしれませんね。

映画監督としても活動中

松田聖子さんは2021年に映画監督デビューを果たし、注目を集めました。作品のタイトルは「フォークロア2:あの風が吹いた日」で、美しさと悲しさを持つラブストーリーです。

 

主役のケンを演じたのは歌手の森崎ウィンさんで、ヒロインのミカを演じたのは高橋春織さん。

 

松田聖子さんは主役のケンについて「イメージがすごくはっきりとあった」といいます。

 

キャスティングにあたり、実際に歌手で、優しくて繊細な男性を探していた時に、偶然森崎ウィンさんの映像を見て松田聖子さんはピンと来たそうです。

 

松田聖子さんによると、撮影は冬の寒い時期に行われ、夜中の時間帯が多く大変だったそうです。

 

なお、この作品は「第34回東京国際映画祭」で上映されています。

ファンクラブも運営している

松田聖子さんは自身のファンクラブも運営中です。ファンクラブに入会すると、最新情報や特別なメッセージ、プライベートシーンの写真も見ることができます。

 

また、コンサートのチケットを優先的に予約ができますし、限定オンライングッズも販売されています。

 

なお、気になる会員費は入会費が1,100円で、年会費が5,800円となっています。

公式YouTubeチャンネルの運用も

松田聖子さんはYouTubeの公式チャンネルも運営しています。これまでにアップされた動画は、楽曲のMVやDVDのダイジェスト映像などを視聴することができます。

 

特にライブの映像は松田聖子さんと観客が一体になって楽しんでいる様子がうかがえますので、気になる方は視聴してみてくださいね。

松田聖子さんは3回結婚を経験!結婚しても引退することはなかった

松田聖子さんは、これまでに3回の結婚を経験しています。その度に引退が囁かれてきましたが、そうはなっていません。

ここでは、松田聖子さんの過去の結婚について、現在の結婚相手である河奈裕正さんについても詳しく紹介します。

最初の旦那さんは神田正輝さん!今後芸能界を引退する可能性も

松田聖子さんが最初に結婚した旦那さんは俳優の神田正輝さん。2人の馴れ初めは映画「カリブ・愛のシンフォニー」で共演したことにあります。

 

1985年2月頃に交際に発展したようです。同年6月に目黒区にあるサレジオ教会で挙式。

 

人気絶頂のトップアイドルである松田聖子さんの結婚は大きな注目を集めました。1986年に一人娘の神田沙也加さんを出産。

 

1997年1月に田正輝さんと離婚。そして2021年12月には神田沙也加さんが死去し、日本中に衝撃を与えました。

 

神田正輝さんは、現在も芸能活動を継続しているのですが、30年続く「旅サラダ」では2023年3月にレギュラーを務めた向井亜紀さん、三船美佳さんが番組を降板しました。

 

神田正輝さんについても「旅サラダ」からの番組鋼板だけではなく、俳優活動についても引退するのではないかと噂が浮上しています。

 

今後、神田正輝さんが電撃的に引退する可能性もあるのではないかと見ている人が多いようです。

2人目の結婚相手は歯科医の波多野浩之さん

神田正輝さんと離婚した松田聖子さんは、1998年5月に再婚を発表しました。2人目の旦那さんは歯科医の波多野浩之さん。

 

2人の出会いは、神田沙也加さんが治療のために通院していた時に出会いました。

 

松田聖子さんは結婚の報告会見の場で「出会った時にビビビときた」と語ったことから「ビビビ婚」と呼ばれ注目を集めることに。

 

しかし約2年半で2人は破局を迎えています。松田聖子さんから離婚の理由は明かされていません。

現在の夫は歯科医の河奈裕正さん

3人目の旦那さんは神奈川歯科大で教授を務めている河奈裕正さんです。2012年6月に松田聖子さんと結婚した当時の河奈裕正さんの肩書は、慶應義塾大学の医学部准教授でした。

 

河奈裕正さんの詳細なプロフィールは不明なのですが、年齢は松田聖子さんより2歳下であることが判明していますので恐らく誕生年は1964年で、現在の年齢は59歳であると考えられています。

 

河奈裕正さんとの出会いは、2010年頃になります。

 

週刊誌「NEWSポストセブン」の記事によると、テレビ局で撮影をしていた松田聖子さんが急な歯痛で局内の歯医者に飛び込んだところ、担当した医師が河奈裕正さんだったんだとか。

 

最初のうちは松田聖子さんの方が積極的にアプローチをしていたのですが、最終的には河奈裕正さんの方が夢中になったとのこと。

 

交際に発展したものの当時の河奈裕正さんには妻子がある身の上でした。このことから略奪婚だった可能性が考えられます。

松田聖子さんの子供は神田沙也加さん!

1人娘の神田沙也加さんは、1999年にロサンゼルスにある日本人学校に通っている時に両親の身の上を隠してオーディションを受け、短編映画「ビーン・ケーキ(おはぎ)」のヒロイン役で出演し女優デビュー。

 

その後、神田沙也加さんは2001年に日本で本格的に芸能活動をスタート。デビュー当時は「SAYAKA」と名乗っていました。

 

一時期活動休止していた時期がありましたが、復帰後はミュージカル女優や声優活動に力を入れ、2014年には「アナと雪の女王」が大ヒット。

 

プライベートでは2017年5月に俳優の村田充さんと結婚しましたが、子供に関する考えの相違があったとして2019年12月に離婚したことを発表してます。

 

そして、2021年12月18日、仕事で訪れた札幌市内のホテルの部屋から転落し、35歳の若さで死去しました。

 

遺書は見つかっていませんが、ホテルの部屋には書置きが残されており、愛犬の死や恋の悩みなどが書き綴られていたそうです。

松田聖子さんは神田沙也加さんとの死別後に引退の可能性があった?

愛娘の神田沙也加さんが死去した際には悲しみのあまり、芸能界から引退するのではないかと見られていたようです。

当時の松田聖子さんの様子や、ファンの声、今後の見通しについて紹介します。

神田沙也加さんとの死別後は活動を一時中止

娘の神田沙也加さんの死去が報じられると、すぐに松田聖子さんと神田正輝さんは札幌市に入り、現地で神田沙也加さんと悲しみの対面を果たし、すぐに荼毘に付しています。

 

そして、現地でメディア向けの記者会見が開かれ、神田正輝さんが遺骨を、松田聖子さんが位牌を抱えて会場に現れ視聴者の涙を誘いました。

 

松田聖子さんは「本当に皆さま、お寒い中、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」と、ふりしぼるように声を出して深々と頭を下げています。

 

その後、松田聖子さんは紅白を辞退し、ライフワークの一環だったディナーショーもキャンセル。芸能活動を休止し神田沙也加さんの喪に服していたようです。

 

年が明け2022年1月末に49日の法要を行い、やっと気持ちの整理ができるようになったとのこと。松田聖子さんは同年3月に芸能活動を再開しています。

 

音楽関係者の「(松田聖子さんは)沙也加さんの分も歌を届けていきたいという思いを強くしているそうです」という証言をWEBメディア「zakzak」が報じています。

ファンからは引退の理由として理解できるとの声も

神田沙也加さんが死去した際に、ファンは「松田聖子さんが引退していしまうのではないか」と心配する声が多く寄せられました。

 

ネットでは「娘との死別は松田聖子さんが引退する理由としては十分に理解できる」というコメントや、「むしろ、これを機に引退した方が良い」という厳しいコメントもあり、感じ方は様々なようですね。

松田聖子さんは今後も神田沙也加さんを胸に活動を続ける可能性が高い

松田聖子さんは、2022年12月に、コンサートの中で追悼の意を込めて神田沙也加さんのデビュー曲「ever since」を披露し観客の涙を誘いました。

 

松田聖子さんが歌っている様子が、YouTubeで公開されているのですが、ファンから「観てるだけ、聞いてるだけで泣けてくる」、「沙也加さんへのリスペクトが感じられる」、「感動した」という絶賛コメントが寄せられています。

 

なお「ever since」の歌詞を見ると傷ついた人がまた前を向いて力強く歩いていくという意味合いの応援ソングになっています。

 

松田聖子さんは、亡き神田沙也加さんの想いを胸に抱き、これからも「ever since」を歌い続けていくのではないでしょうか。

松田聖子さんの娘神田沙也加さんと同様に事故死した芸能人

芸能界を見渡すと神田沙也加さんのように、不幸にも事故死をした芸能人がいます。ここでは、才能があり、愛されながらも事故死をした芸能人を紹介します。

闘病生活中に転落死!坂井泉水さん

坂井泉さんはZARDのヴォーカルで、1990年代に女性ヴォーカリストの中で最も多くのCD売り上げ枚数を記録し、「負けないで」、「マイフレンド」、「揺れる想い」といったミリオンセラーを残しました。

 

2000年頃から坂井泉さんは子宮筋腫や卵巣のう腫、子宮内膜症など病を患って密かに通院しながら治療していたのですが、2006年に子宮頸癌が発見されました。

 

一度は、手術による病巣の摘出を行い退院したのですが、2007年にがんが肺に転移していたのです。坂井泉さんは再び入院生活に戻り抗がん剤治療を受けていたようです。

 

そして2007年5月26日に入院先の病院で高さ3mの地点から転落し、後頭部を強打した坂井泉さんが発見されました。集中治療室で処置を受けるも脳挫傷で息を引き取りました。

 

坂井泉さんの没年は40歳。なぜ転落したのかという疑問が残っています。ネットでは「自殺ではないか」と推察する声が寄せられました。

飛行機の墜落事故で他界!坂本九さん

坂本九さんは1960年代から1980年代まで世界的な活躍をした歌手で「上を向いて歩こう」は、「SUKIYAKI」のタイトルでアメリカのビルボードの「BillBoard Hot 100」において3週連続1位を獲得しました。

 

まさにスターとして活躍してきたのですが、1985年8月12日に起きた日本航空123便墜落事故に巻き込まれ命を落としました。没年43歳で当時、誰もがその死を悼んでいたのです。

 

日航機123便墜落事故は、死者520人という単独機の事故としては過去最大の犠牲者を出しています。

 

この日、坂本九さんは元マネージャーが羽曳野市議会議員選挙に出馬すると聞き応援演説のために羽田から飛行機に搭乗し、駆けつける途中だったそうです。

 

日頃、坂本九さんは飛行機のチケットを押さえる時はANAを指定していたのですが、お盆の帰省ラッシュの時期だったこともありANAは満席でした。

 

同行したマネージャーの小宮勝廣さんは、早めに羽田に向かい「ANAのキャンセルは無いか」と搭乗ギリギリまで交渉していたというエピソードも残っています。

車にはねられて事故死!桜塚やっくん

桜塚やっくんは生前お笑い芸人として活動していた人物です。少年時代はジャニーズJr.として活動していました。

 

19歳の頃に劇団に入り芝居の稽古を学んでいた時期もありましたが、大学を卒業すると「スクールJCA」の門を叩きます。

 

その後1999年に「あばれヌンチャク」を結成しお笑い芸人に転向しました。2005年にコンビを解散すると、桜塚やっくんはピン芸人として「スケバン怖子」のネタを披露するとたちまち人気者に。

 

2006年7月に歌手デビュー、2008年からは俳優活動を開始と順風満帆な芸能生活を送っていました。

 

2013年10月5日、桜塚やっくんは山口県美弥市の中国自動車道を自ら運転している時に、中央分離帯に激突。同乗したマネージャーが電話で通報しようと車から降りたところを後ろから来た車に撥ねられました。

 

桜塚やっくんは、これを見て自身も外に出たのですが別の車に撥ねられて心臓破裂を起こし死去。没年37歳でした。

松田聖子さんは引退せずに今後も活動を続ける

松田聖子さんは、2021年12月に神田沙也加さんが死去した際には、仕事を全てキャンセルした時期がありました。ファンから「引退してしまうのも仕方がない」と松田聖子さんの気持ちを慮る意見が多数寄せられていたのです。

 

しかし、松田聖子さんは2023年7月現在も引退していません。それどころか、若々しい風貌を保ち元気いっぱいに各都市を回りコンサートを開催しています。

 

2022年12月には神田沙也加さんのデビュー楽曲「ever since」を披露しています。きっとこれからも松田聖子さんは、愛娘の想いと共に活動を続けていくのではないでしょうか。これからも応援していきたいですね。

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