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2023/11/27
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柏原芳恵さんは、1979年の秋に「スター誕生!」(日本テレビ系)で、清水由貴子さんの『お元気ですか』を歌って合格しました。その後、グランドチャンピオンとなり、1980年6月に“柏原よしえ”名義で歌手デビューしました。
デビュー曲は「No.1」(作詞:阿久悠 作曲:戸倉俊一)です。1981年に7枚目のシングル『ハロー・グッバイ』が約40万枚を売り上げてブレイクし、アイドルとして人気を博しました。
柏原芳恵さんは、1982年10月にシングル『花梨』を発売したとき、名前のかな表記を改め、本名と同じ“柏原芳恵”に芸名を改名しました。その後、『春なのに』『ト・レ・モ・ロ』『最愛』『タイニー・メモリー』『待ちくたびれて横浜』『春ごころ』など数々のシングルを発売しました。
柏原芳恵さんは、1980年代後半は、歌手の活動はもちろん女優としての活動が増えていき、2時間ドラマに多数出演しています。「ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎狂想曲」「青い山脈’88」など映画にも出演しました。また、ミュージカルなどの舞台に出演し、ラジオパーソナリティーなども務めました。
それだけでなく、グラマラスな抜群の体型を活かしてグラビアアイドルの活動もしました。現在もアイドル時代と変わらない体型を維持するために、ジムに通って水泳やランニングなどを行っているそうです。
柏原芳恵さんは、デビュー日が同じ河合奈保子さんとは、同じ大阪市出身と言うこともあってとても仲が良かったそうです。雑誌で、2人で対談もしたこともありました。
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最近は、テレビなどであまり見かけなくなった柏原芳恵さんですが、彼女が現在はどのような活動をしているのかを調べてみました。
柏原芳恵さんは、現在も歌手活動をしており、2020年にはシングル『KU・ZU~ワタシの彼/A・RU・KU~愛してる人にちゃんと愛を伝えてますか?~(両A面)』を発売しました。また、『柏原芳恵40周年記念コンサート~A・RU・KU~』を配信しました。
柏原芳恵さんが2020年6月1日に発売した、デビュー40周年記念シングル『KU・ZU~ワタシの彼/A・RU・KU~愛してる人にちゃんと愛を伝えてますか?~(両A面)』の作詞は、柏原さん自身が担当しました。「KU・ZU~ワタシの彼」は、柏原さんの知り合いの女性の一言がヒントになって作ったそうです。
2006年5月に発売したシングル『MaMa/みえない翼』、2008年1月に発売したシングル『くちづけに願いを/桜の木の下で』でも、柏原さんは“芳恵”の名で作詞しています。
柏原芳恵さんは、現在も歌手活動を続けており、写真集も出しています。彼女のためにお金を使う根強いファンが多くいます。そこから推測すると彼女の資産は150億円ほどあるのではないかと思われます。
柏原芳恵さんは、小食ですが好きなものを好きなだけ食べたいのだそうです。日本料理店へ行くと、カウンターに並んだ新鮮な海鮮を全部食べたくなり「お造りを一切れずつ全部の種類」を店に頼んで出してもらったそうです。
また、フレンチの名店を訪れた時は、フルコースを頼むのではなく「おまかせのオードブルだけでお腹いっぱいにしたい」と10種類以上の魚介類のオードブルを出してもらったそうです。
一般人なら、柏原さんと同じようなものを注文したら断られそうですが、彼女が名前の知られた芸能人ということもあり断られなかったようです。
柏原芳恵さんは、現在は独身のままなのか、もし夫がいるならそれは誰か、また今までどんな男性と熱愛報道があったのかを調べてみました。
柏原芳恵さんは、若い頃は何人かの男性との熱愛報道がありましたが、いずれも結婚には至らず終わっています。結婚報道もありませんし、柏原さんは恋人はいますが未婚のままのようです。
柏原芳恵さんは、現在も未婚のままですが事実婚状態のパートナーがいます。そのパートナーは、株式会社フリーボードの代表取締役を務める勝間光和さんだと言われています。柏原さんとは22歳も年が上の男性です。
柏原芳恵さんと勝間光和さんは、1990年に柏原さんが主演した東映のVシネマ『女ギャンブラー リベンジ香港』の香港ロケで知り合いました。勝間さんは、俳優としてだけではなく現場のアクション指導を担当していました。
翌年の1991年に、日本と香港の合作Vシネマ『メイプル・オン・ファイヤー』が柏原さん主演で製作され、この作品では勝間さんが監督を務めたそうです。2年間を通じ一緒に仕事をしていく中で、2人は年齢差を超えて深い仲になっていったらしいです。でも、当時、勝間さんには妻と子供がいました。
やがて、柏原さんと勝間さんの不倫関係を香港の芸能誌が報じ、勝間さんの妻と知ることとなりました。そして、勝間さんは妻子を香港に残したまま、日本で柏原さんと同棲生活を始めました。
柏原芳恵さんと勝間光和さんは、事実婚となってから随分と経ちますが、2015年に70歳を超えた勝間さんが白血病を患いました。柏原さんは、仕事をセーブして甲斐甲斐しく勝間さんを介護したそうです。
病状が落ち着いた勝間さんは現在は自宅療養しているそうですが、柏原さんは介護を続けながらも勝間さんからのススメもあり、セーブしていた歌手の仕事を再開しています。
柏原芳恵さんが20歳ぐらいの頃、皇室の浩宮徳仁親王さま(現在の天皇陛下)が彼女の大ファンだったそうで特別な品をプレゼントされたそうです。何をプレゼントされたのかなどを調べてみました。
柏原芳恵さんが1986年10月に新宿厚生年金会館でデビュー7周年リサイタルを開いたとき、柏原さんの大ファンだと公言していた皇太子・浩宮徳仁親王さま(現在の天皇陛下)が出向いたそうです。
そのとき、浩宮徳仁親王さまは東宮御所の庭に咲いていた「プリンセス・サヤコ」というピンクの薔薇を持参し、柏原さんにプレゼントされたそうです。そのために、柏原芳恵さんは、「ロイヤル・アイドル」と呼ばれるようになりました。
ちなみに、浩宮徳仁親王さまがお好きな柏原さんの曲は『春なのに』だったそうです。
浩宮徳仁親王さま(現在の天皇陛下)から柏原芳恵さんに贈られた薔薇、プリンセス・サヤコは、1980年にフランスで作出された品種で、フランスのミッテラン大統領夫人が来日したとき、当時の紀宮清子内親王に贈られました。香りが強く、花の色はサーモンピンクです。
柏原芳恵さんは、浩宮徳仁親王さまから贈られたプリンセス・サヤコを原色ドライフラワー処理をして、現在も家宝として大事に保管しているそうです。
柏原芳恵さんは、2016年2月23日に放送された『マツコの知らない世界』で、“卒業ソング”を特集したとき、サプライズゲストとして柏原芳恵さんが出演しました。番組では柏原さんはヒット曲『春なのに』を歌い、マツコ・デラックスさんは、「変わらない、よしえ!綺麗」と彼女の変わらぬ歌唱力とともに絶賛しました。
去年、デビュー40周年を迎えた柏原芳恵さん。事実婚の勝間さんの介護をしながら、徐々に芸能活動を再開しています。
50歳半ばになってもプロポーションを維持し、変わらぬ美しさを保っていますし、また歌だけでなくドラマやバラエティ、それに映画など、いろいろな方面で活動の幅を広げて昔からのファンを喜ばせてほしいものですね。
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