多彩な才能の伊勢谷友介さんの父親とは一体どんな人なのでしょう?
2022/01/07
sakkomama
伊勢谷 友介(いせや ゆうすけ)
生年月日:1976年5月29日(38歳)
出生地: 東京都世田谷区
身長:180 cm
血液型:A型
主な出演作品は映画「雪に願うこと」「図鑑に載ってない虫」「あしたのジョー」「るろうに剣心
京都大火編 / 伝説の最期編」テレビドラマ「白洲次郎」「龍馬伝」
幼少期を北海道・函館で過ごし、子どものころから絵を描くことが得意だった。
「3浪・4浪」が当たり前という東京藝術大学に現役合格している。
大学在学中の1996年、モデルとしての活動を開始。
CMや雑誌、ファッションショーなどに出演し、「プラダ」のミラノコレクションにも参加しました。
伊勢谷友介さんは、小さい時から芸術的センスは抜群だったようです。やはり伊勢谷友介さんは父の血を受け継いでいるのでしょう。
1997年、東京藝術大学のメンバー3人で『カクト』というアーティストグループを結成し、活動を開始しました。
さらに1998年には『ワンダフルライフ』で映画初出演、2002年には初監督作品『カクト』が劇場公開されました。
伊勢谷友介さんは、俳優としてではなく監督としても活動しているようです。伊勢谷友介さんの父とはまた違う方向で活躍していますが、芸術という面では伊勢谷友介さんも父も同じ感性の持ち主なのかもしれませんね。
伊勢谷友介さんの父は、当時では花形だった紳士服テーラーの仕事をしており、コンテストでも入賞するなど確かな腕前を持っていたそう。
しかし、同時に7回もの結婚と離婚を繰り返したという特殊な女性遍歴を持っていました。
伊勢谷友介さんが30歳の頃に「父のように人に迷惑をかける生き方をしないよう、戒めのために墓参りに行った」というエピソードがあるので、伊勢谷友介さんの父はもう亡くなられているんですね。
生きていれば、今頃95歳くらいになっているはずでした。
当時は、きっと今の伊勢谷友介さんのようにモテモテだったのでしょうね。
7回も結婚をしたと言われていますが・・・実は、まだまだ異母兄弟がいるかも?!しれませんね。
なんと、デザイナーの山本寛斎さんは伊勢谷さんの異母兄弟なんだそうです!(ちなみに山本さんの娘である山本未來さんは伊勢谷さんの姪、山本未來さんの夫である椎名桔平さんは伊勢谷さんの義理の甥ということになります。)
山本 寛斎(やまもと かんさい)
生年月日:1944年2月8日(71歳)
出身地:神奈川県横浜市
ファッションデザイナー
イベントプロデューサー
第21回「装苑賞」
「ファッション・エディターズ・クラブ賞」
第7回「日本イベント大賞・審査員特別賞」
第7回「東京クリエイション大賞・国際賞」
第21回「民俗衣装文化功労者・国際文化大賞」
2004年「ベストジーニスト賞」
と、様々な賞を受賞されています。お父さんもコンテストなどで入賞されていたとのことですから、センスが抜群な家系なんでしょうね。
しかし、山本寛斎さんは7際の時に両親が離婚し、捨てられてしまったそう。
弟と一緒に徘徊していたところを警察に保護してもらい、それ以降養護施設で育ったそうです。
山本 未来(やまもと みらい)一番左
生年月日:1974年11月4日(40歳)
出生地:東京都
特技:英語、犬の知識、スノーボード、水泳、スクーバ、料理など
American School In Japan卒業
2003年(平成15年)9月、俳優の椎名桔平と結婚
2010年(平成22年)1月、第一子となる男児を出産
山本寛斎さんの娘さんはドラマ「Nのために」に出演していた山本未來さん40歳。
やっぱり芸能人の家系ですね。
椎名 桔平(しいな きっぺい)
生年月日:1964年7月14日(50歳)
出生地:三重県伊賀市
身長:180cm
血液型:B型
伊勢谷さんは山本寛斎さんが主宰するファッションショーに出演したり、テレビで共演したりなど、交流はあるようです。
伊勢谷友介さんを53歳の時に産んだお父さんも、伊勢谷友介さんが3歳の時にふたたび離婚してしまったそうです。
お父さんとは離れて暮らしていたためほとんど面識がないそうですが、母から「父親は人に望まれるようなことをしなかった」と聞かされていたそうです。
そのため、伊勢谷友介さんは自分がそうならないように、父の生き方に向き合おうという覚悟で30歳過ぎてからお父さんのお墓まいりに行ったそうです。
しかし、結局伊勢谷友介さん本人も父の女性遍歴を受け継いでしまい、さまざまな女性に手を出しています。
広末涼子さんや吉川ひなのさん。RIKAKOに麻生久美子と、挙げていったらキリがありませんね。
また、あんなにかっこいい伊勢谷友介さんですが、DV癖があるという噂があります。内田ナナさんには慰謝料まで払ったとか.......
しかし、それでも女性にモテる魅力はやはり伊勢谷友介さんの父から受け継いだものなのでしょうか。
2008年より「リバース・プロジェクト」の活動を開始し、色々な活動に積極的に取り組んでいる伊勢谷友介さん。父の影響も少なからずあるのでしょうか。
「「人類が地球に生き残るためにはどうするべきか?」と言う命題のもと、私たち人間がこれまでもたらした環境や社会への影響を見つめなおし、未来における生活を新たなビジネスモデルと共に創造していくために活動」するなど、新たなビジネスモデルに挑戦中の伊勢谷友介さん。その冒険心も父譲りなのかもしれません。
また、東日本大震災の時には「元気玉プロジェクト」という復興支援を自ら行ったそう。モデルや俳優業だけでなく、社会貢献のための活動も積極的に行っているようですね。
こうした社会のための献身的な活動も、女性関係の手癖の悪さの反動のようなものかもしれないと思うと複雑な気分になってしまいます。しかし、そんな影のある部分も含めて伊勢谷友介さんの魅力ですよね。
伊勢谷友介さんの父は、今の伊勢谷友介さんのように女性遍歴が多く、その結果、伊勢谷友介さんや山本寛斎さんといった息子をその時に好きだった女性が産み育てているということがわかりました。伊勢谷友介さんの父が生きていた時代は、そんな事も多くあった時代かもしれませんが、そのことを知らされた時には、伊勢谷友介さんや山本寛斎さんはどのような気持ちになったのでしょうか。それでも、父と同じファッションの世界へと足を踏み入れているところをみると、血は争えないのかなと思ったりします。
この記事に関する記事
キーワードから記事を探す
Copyright© 運営事務局