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    三浦マイルドの現在は仕事なし借金ありの極貧生活?消えた理由は?

    2013年にR-1グランプリで優勝した三浦マイルドさん。一時期はテレビやラジオに引っ張りだこでしたが、現在は仕事のない状態が続いているようです。そんな三浦マイルドさんの生い立ちやR-1優勝するまでの苦労、現在をご紹介します!

    三浦マイルドは現在何をしている?芸能界から消えた理由は?

    R-1ぐらんぷり2013で見事に優勝を果たした三浦マイルドさんですが、優勝してから活躍どころかテレビ出演が激減してしまいました。一夜でシンデレラボーイとなるはずだった三浦マイルドさんですが、噂では借金を抱えているようです。

    今回は、三浦マイルドがR-1ぐらんぷりで優勝するまでの壮絶な過去と、優勝してからの生活ぶりを中心にご紹介します。

    三浦マイルドのプロフィール

     

    • 本名(ふりがな/愛称):三浦健一(みうらけんいち/三浦マイルド)
    • 所属事務所:よしもとクリエイティブ・エージェンシー
    • 生年月日:1977年10月18日
    • 現在年齢:41歳
    • 出身地:広島県
    • 血液型:O型
    • 身長:160cm
    • 体重:非公開
    • 活動内容:お笑い芸人
    • 所属グループ:なし
    • 家族構成:非公開

     

     

    大阪NSC23期生

    広島県江田島市出身の三浦マイルドさんは、生まれてすぐに両親が離婚した影響で、母親1人で育てられてきました。高校時代は柔道部に所属、そこから甲子園大学に進学しました。順風満帆な学生生活を送っていましたが、お笑い芸人になる為に就職活動は一切しませんでした。

    母親に「お笑い芸人になりたい!」と、伝えたときは猛反対を受けたそうです。いずれ父親になる息子が安定しない仕事に就くことを恐れていたのでしょう。しかし、三浦マイルドさんは母親の反対を押し切り、大学2年生の頃からNSCを受験しました。

    1998年(当時大学2年生)にNSCを受験しますが、失敗。2000年に再び受験をして合格を果たしました。三浦マイルドさんの同期には、友近、ガリガリガリクソン、モンスターエンジンの西森洋一がいます。

    3回コンビを組むが3回とも解散

    NSCに入学した時は「コンビを組んで活躍したい!」と望んでおり、それからすぐにコンビを組んでツッコミとして活動していましたが、解散してしまいました。本人は「相手を追い込みすぎて、嫌気が差した」と語っています。

    具体的にどんな事が嫌だったのか述べてはいませんが、お笑い芸人の世界で、コンビの仲が悪くなり解散するのは珍しいことではありません。また、三浦マイルドさんは1度だけではなく、同様の理由で3回もコンビを解散しています。3組目はNSCを卒業してからすぐに解散しました。

    ハゲていることを生かした芸風で人気に

    三浦マイルドさんと言えば、「マイルドフラッシュ!!」という強烈なフレーズですよね。自身のコンプレックスであるハゲを逆手に取って、笑いに変えている三浦マイルドさんを真似する子供達もいました。

    「クイズ!紳助くん」に出演した際には、島田紳助さんから提案により、2010年頃からちょんまげを結っていました。しかし、2011年に島田紳助が芸能界から引退をしたことによって、ちょんまげをやめて現在の髪型になりました。三浦マイルドさんの名前の由来は、好きなタバコの銘柄である「ラークマイルド」から取ったそうです。

    ピン芸人となった三浦マイルド

    大学生の頃からお笑い芸人に憧れて、自分の夢のために就職活動という選択肢を捨てた漢気溢れる三浦マイルドさんですが、これまでコンビを3回も解散してきました。卒業後にはピン芸人として活動をしていくのですが、ここからが三浦マイルドさんの転機になるのです。

    コンビ志望だった三浦マイルド

    今ではピン芸人としてのイメージが強いですが、NSCに入学した当時は「ピンで活動をするのは難しい」と、あまり良い印象が無かったそうです。彼がコンビ芸人を熱望していた理由は、ダウンタウンに憧れているからでした。

    特にツッコミの浜田雅功さんに憧れていたことから、「自分もこんなツッコミがしたい!」と、思い立って、ツッコミ役を続けていました。結果的にはピン芸人になってしまうのですが、この経験があったからこそ後々の栄光に繋がってくるのです。

    ピン芸人として初めての舞台はR-1グランプリ

    NSCを卒業してからすぐにピン芸人になってしまった三浦マイルドさんですが、お笑い芸人としての夢は諦めきれずに、活動を続けていくことを決意しました。2002年の第1回R-1ぐらんぷりに出場したのが、ピン芸人としての初めての舞台です。

    第1回R-1ぐらんぷりの応募総数は351名。この中に三浦マイルドさんもいたのですが、順位も付かずに敗退。当時は座布団の上で漫談をすることが決まりだったので、もしかしたら三浦マイルドさんの芸風と大会のルールの相性が悪かったのかも知れません。


    記念すべき第1回R-1ぐらんぷりの優勝者は「だいたひかる」さんです。優勝してからの反響が物凄く、賞金はもちろん、一夜で人生が変わる大会として、翌年からは約2倍の609名がエントリーをしました。

    初ギャラをもらったのは活動6年目

    三浦マイルドさんは、得意では無いピンの仕事でも悲観的にならずに数多くの賞レースやオーディションに受け続けていました。当時は芸人としての収入がゼロに等しかったのですが、ある転機が訪れたのです。

    活動6年目である2008年に、オーディションの最終選考に残ったことで、初めて芸人としてのギャラと給料明細を手にしました。普通のアルバイトをしている方なら給料明細を貰うことは当たり前に感じますが、お笑い芸人は歩合制なので、仕事が無ければ給料明細もありません。

    初めてのギャラは500円だったのですが、「嬉しくて給料明細は今でも保管している」と語っています。見た目や口調に圧力がある三浦マイルドさんですが、お笑いに対して愛のある一面を見せてくれました。

    アルバイトで食いつないでいた三浦マイルド

    無名の芸人がR-1ぐらんぷりで優勝したことで、一躍ヒーローの様な扱いを受けていましたが、実は壮絶な下積み生活を送っていた事が分かりました。テレビでは優勝した部分だけを切り取られて放送されますが、その舞台に立つまでは、辛いアルバイト生活を続けていました。

    伊藤ハム売り場でアルバイト

    三浦マイルドさんはお笑い芸人をやりながら、近鉄百貨店安倍野本店の伊藤ハム売り場でアルバイトをしていました。870円の時給で1日8時間、週4日のペースでハムを売っていました。

    ピン芸人としての仕事をしていたのですが、芸人としての収入は年間30万円ほどだったことから、芸歴と同じぐらいアルバイトをしていました。R-1優勝当時も当時も30万円ほどの年収だったことから、まさに一晩で夢を掴む結果になりました。

    R-1優勝でアルバイト生活に終止符

    R-1ぐらんぷりで優勝するまでは、伊藤ハムの売り場でアルバイトをしていましたが、優勝してからテレビ出演が増え、月収が60万以上に達したことで、売れっ子芸人の仲間入りを果たした三浦マイルドさんは、遂に伊藤ハムのアルバイトから卒業することになりました。

    三浦マイルドさんがアルバイトを辞める日には、卒業イベントと題して、1日店長を務めました。アルバイトをしていた頃の様に「焼豚100グラム270円ですよ〜」「いらっしゃいませ!お買い得ですよ!」と、大きい声で訪れたお客さんに丁寧に対応していました。

    また、同ビル9階のイベント広場では、お得意の「マイルドフラッシュ!」を披露をするなど、会場を盛り上げました。伊藤ハムの取締役である溝口氏からも卒業証書と記念品が送られ、普通のアルバイトでは考えられない見送られ方をされました。

    2013年ついにR-1グランプリ優勝!優勝賞金の使い道は?

    極貧のアルバイト生活から一夜にしてヒーローになった三浦マイルドさんは、知名度だけではなく、多額の賞金も手に入れました。R-1ぐらんぷりの優勝賞金はなんと500万円です。この優勝賞金の使い道がとても気になりますよね。

    これまで年収が30万円だった男が一晩の奇跡によって、月収が60万円を超え、さらに優勝賞金である500万円を獲得した三浦マイルドさんはどんな生活になったのでしょうか。ここからは優勝賞金の使い道についてご紹介します。

    12回目の出場で悲願の優勝!

    第1回のR-1ぐらんぷりに出場してから12回連続でR-1ぐらんぷりに出場してきた三浦マイルドさんは、第11回R-1ぐらんぷりで悲願の優勝を果たしました。当時のエントリー数は3684名だったので、第1回に比べると10倍以上の熾烈な争いを制したことになります。

    決勝戦のファーストステージでは「広島弁講座」、ファイナルステージでは「道路交通警備員・西岡さんの言葉」のネタを披露し、最終的に審査員7人全員の票を獲得して優勝しました。このネタは三浦マイルドさんが大学生時代にやっていたアルバイトの経験が活かされていたそうです。

    三浦マイルドさんが出場した大会には、ヤナギブソンやスギちゃん、キンタロー。プラスマイナス岩橋などの強ライバルがいました。「心優しきパッションモンスター」というキャッチコピーの通り、誰も傷つけずに笑いを取る技術力が評価されています。

    優勝賞金500万円中130万を風俗に

    3600名の中で1番になった三浦マイルドさんには優勝賞金として500万円が贈呈されました。これまで芸人の仕事だけで年収30万円という極貧すぎる生活を送っていたので、大金を手にしたときには怖くて使えなくなるのではないかと予想されましたが、意外にも大胆に使っていました。

    500万円の大金は、2013年6月の時点で80万円まで減っていたのです。まず、200万円は母親にプレゼントした彼は、50万円を寄付、そして、70万円を風俗店で女性に貢いでいたのです。高級なソープランドに通い続けていたことを暴露しています。

    R-1優勝後瞬く間に仕事がなくなっていった三浦マイルド

    R-1ぐらんぷり2013で見事優勝を果たし、高級風俗店に通い詰めるなど、豪遊する生活を送っていましたが、徐々にテレビの仕事も減っていきました。R-1ぐらんぷりで優勝すると、約束された様に翌日から各番組に引っ張りだこになるのですが、三浦マイルドさんは長続きしませんでした。

    ここからは「三浦マイルドさんがテレビに出れなくなった理由」と、R-1グランプリ後の生活についてご紹介します。大金を手にしすぎた男の不運な結末をご覧ください。

    ”2周目”の壁が厚かった

    R-1ぐらんぷりの優勝者は1年後までテレビのスケジュールを抑えられていると言います。次の大会の優勝者が決まるまでは当人が覇者となるので、視聴率も取りやすいことから各局からオファーが殺到するということです。

    しかし、三浦マイルドさんの場合は優勝してからわずか3ヶ月という期間で、「旬が終わった...」と、言われるようになりました。本人曰く「優勝後はいろんな番組に呼んで頂き、1周はしましたが、3周目が始まらない。今は平日もほとんど休みです」と芸能界の厳しさを語っています。

    三浦マイルドさんの様に一発ギャグなどでヒットしたお笑い芸人の場合は、ブレイク直後はどの番組も使ってくれるのですが、ブームが去ると同時に呼ばれなくなるのです。1周目に築いた人間関係で2周目のオファーが決まるそうです。三浦マイルドさんは上手く築けなかったのかも知れません。

    1度親に渡した200万円を切り崩し生活

    R-1ぐらんぷり2013の優勝賞金500万円は源泉徴収をされた410万円が三浦マイルドさんの手取りになりました。しかし、前述した様に高級風俗店で散財をしたことや、優勝してから3ヶ月でテレビ出演の機会が無くなったことにより、再びアルバイトをしなくてはいけない状況まで追い込まれてしまいました。

    仕事がなくなり、再び窮地に追いやられた三浦マイルドさんは、母親にプレゼントしていた200万円を返してもらっていたことが分かりました。この時、母親は200万円を使わずにずっと保管していたのです。

    思い返せば、将来芸人になることに対して猛反対していたのも母親です。「芸人は流行り廃りがハッキリ分かれる厳しい世界」という事を誰よりも分かっていたのでしょう。三浦マイルドが一躍ヒーローになっても母親だけは将来の心配をして、お金を貯めておいてくれたのです。

    それでも努力を続け2016年R-1グランプリで再び決勝に

    一躍時の人として大活躍をしていた三浦マイルドさんですが、今はR-1ぐらんぷりで優勝をする前の生活に戻ってしまったそうです。テレビの出演も無く、主に舞台でネタを披露しています。

    大ブレイクを果たしてから約3年後の2017年には、月収が2〜3万円程度になっています。これだけでは生活ができないので、清掃員のアルバイトをしながらお笑い芸人を続けています。芸人4人で同居しており、知人や消費者金融から150万円の借金を抱えている噂もあります。

    10キロ以上減量し、再び挑戦

    全く仕事が無くなってしまった三浦マイルドさんは、「できることは全部やる」というコンセプトの元、ダイエットに挑戦しています。72kgあった体重を63kgまで落とすことに成功しました。R-1ぐらんぷり当初よりも顔がシュッと細くなった印象があります。

    三浦マイルドさんは「全体的に食べる量を減らす」というダイエット方法を使って、約10kgの減量に成功しました。冷たいご飯の方がカロリー摂取が抑えられるという理論を使い、冷やしご飯ダイエットを実践していたそうです。

    現在も芸人として地道に活動

    R-1ぐらんぷりのブームが去ってしまった三浦マイルドさんは、清掃のアルバイトをしながら芸人を続けています。完全に賞味期限切れになってしまったのですが、「お笑いをやっている時だけが楽しんだ!」と、熱い気持ちを語り、再起を誓っています。

    千原兄弟の兄である千原せいじさんは、三浦マイルドさんが消えてしまった理由として「プライドが高すぎる」という事を述べていました。当時は仕事を選んだり、いじられたらキレてしまうなど、芸人としてのメンタルが備わってなかったのです。そのアドバイスを聞いた三浦マイルドさんは改心。気持ちを新たに舞台に立ち続けています。

    三浦マイルドはなぜ消えた?

    三浦マイルドさんが芸能界から消えてしまったのは、明確な理由があるのです。前述した様に、千原せいじさんが語った「プライドが高すぎる」ことはもちろん根底にあるのですが、三浦マイルドさんだけでは無く、これからR-1ぐらんぷりにチャレンジする全ての芸人に通じて言えることなのです。


    ここからは、三浦マイルドさんが一発屋となってしまった原因と、同じ道を歩まないような解決策をご紹介します。天国から地獄へと突き落とされた彼だからこそ、発言の1つ1つに重みがあります。

    一発屋となってしまった

    三浦マイルドさんは、「優勝直後のみ仕事が増えた典型的な一発屋」と言われています。その理由としては「ネタの幅が少ない」ことが原因でした。ムーディー勝山さんや、長州小力さんの様にネタに爆発力があっても、使い所が限られてしまうと別の土俵では出番が無くなってしまうのです。

    三浦マイルドさんも「マイルドフラッシュ!」という強烈なフレーズを武器に戦っていたのですが、トーク番組などでは使用する機会が少ないことから、自然と一発屋としての異名が付くことになりました。

    とは言っても、芸能界は一発屋から復活することが出来るのです。若い世代の方は馴染みが無いかも知れませんが、今やMCとして大活躍している有吉弘行さんも、かつて一発屋として地獄を味わってきた方です。可能性は低いかも知れませんが、前例はあるので、三浦マイルドさんにも二発目の花火が打ち上がることに期待しましょう。

    東京進出のタイミングが悪かった

    三浦マイルドさんは「東京に出てくるのが遅すぎた」と語っています。2013年の2月に優勝をしたのですが、本格的に東京へ進出したのが翌年の春だったことで、すでに三浦マイルドさんの鮮度が落ちている時期でした。

    まずはここまで育ててくれた大阪でしっかりと基盤を作ってから、東京に行くべきと判断をした様ですが、その決断が明暗を分けることになりました。これからのR-1優勝者の方にも通じることですが、「R-1優勝の余波があるうちに行動する」ことが生き残る術だと語ってくれました。

    霜降り明星の粗品の師匠は三浦マイルド?

    霜降り明星の粗品と言えば、独特のワードセンスでツッコミ笑いを誘うコンビ芸人です。漫才の王者を決めるM-1グランプリでは史上最年少優勝を果たすと、同年のR-1ぐらんぷりでも史上最年少優勝をした、まさにお笑いの天才です。

    お笑い芸人からの評価も高く、万能型の芸人として様々な番組に出演している粗品ですが、彼の恩師が三浦マイルドさんだと言うのです。現状の活躍ぶりを考えると嘘の様にも聞こえますが、実際2人はどんな関係性なのでしょうか。

    粗品を救った言葉

    そもそも粗品は、ピン芸人として吉本の芸人になると、オールザッツ漫才では19歳という若さで優勝をして注目を集めました。その後に現在の相方である「せいや」と出会い、コンビを組むことになるのですが、コンビ結成について周囲からは「コンビを組んで失敗だったな...」という心ない言葉を浴びせられる日々が続きました。

    傷心していた粗品さんに対して、三浦マイルドさんが「自分が沈んでいるか浮いているかは自分で決めること。周りの声に流されるな」と、アドバイスをしてくれたそうです。その言葉に粗品さんは感動をして、それ以来、三浦マイルドさんを恩師として慕っているのです。

    コンビ結成してから上手くいかないときでも、三浦マイルド自身が開催している「マイルドライブ」に呼ぶなど、三浦マイルドさんも粗品さんをずっと気にかけているのです。2人の関係性は良好どころか、家族の様な関係性なのです。

    三浦マイルドと粗品が一触即発!

    粗品さんと三浦マイルドさんは切っても切れない縁で結ばれているのですが、三浦マイルドさんが起こした事件によって、粗品さんは大きな被害を受けることになりました。その事件は「アメトーク事件」と呼ばれており、「悲しきチャンピオン芸人」の放送内で起こりました。

    三浦マイルドさんが、粗品さんにLINEを使ってライブ出演のお願いをすると、その返答が「unknownが退出しました」という無言の返信だったことを暴露しました。このエピソードによって粗品さんの好感度はダダ下がり。薄情者というイメージが付いたのです。

    しかし、粗品さんはこの件について自身のラジオで「たまたま携帯が壊れてしまってLINEが使えなくなってしまっただけ!」と説明をしました。既に新しいアカウントで三浦マイルドさんと繋がっている事なので、三浦マイルドさんの勘違いで粗品さんが一時期悪者になりました。

    三浦マイルドは天国から地獄へ!現在は極貧生活に逆戻り

    大学時代からお笑い芸人として売れることを夢見てきた三浦マイルドさんは、R-1ぐらんぷり2013で見事に優勝を果たしました。優勝したことでお金も名誉も手に入れた彼は、しばらく豪遊していたのですが、自身の芸風が仇となりテレビ番組に出演しても二度と呼ばれなくなってしまったのです。

    現在は再び、アルバイト生活をして月収は約15万円程度。芸人としての給料は7000円程度の月もあるそうです。三浦マイルドさんには「天国から地獄」という言葉がピッタリですが、逆も然り。「地獄から天国」へ羽ばたく可能性はまだまだあります。

    有吉弘行さんの様に毒舌キャラクターという自分だけのジャンルを切り開き、唯一無二の存在になることが芸能界で長く生き続ける秘訣なのです。現在も舞台を中心にお笑い活動をしている三浦マイルドさんに今後も注目していきましょう。

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