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    村西とおるの現在は?若い頃からの経歴や作品は?結婚や子供は?

    「ナイスですね」のセリフで知られるAV監督の村西とおる。彼は現在どうしているのでしょうか。そこで今回は、村西とおるの現在や若い頃からの経歴、自ら出演した映画について迫ってみたいと思います。また、彼の結婚や子供についてもお伝えします。

    村西とおるのプロフィール

    • 本名(ふりがな):草野 博美(くさの ひろみ)
    • 生年月日:1948年9月9日
    • 現在年齢:74歳
    • 出身地:福島県いわき市
    • 活動内容:AV監督、実業家
    • 家族構成:妻、息子

    有名AV監督

    村西とおるさんは、ポルノ雑誌の販売などを手がけた後、アダルトビデオの制作プロダクションを設立し、草創期のアダルトビデオ業界で多数の作品を制作した有名なAV監督です。

    撮影しながら出演もする

    村西とおるさんは、自身で撮影しながら出演し、「ナイスですね~」を始めとする独特の村西トークで“本番ハメ撮り”するスタイルのアダルトビデオで注目されました。

    波乱万丈の人生が話題に

    村西とおるさんは、選挙の落選、数度の逮捕、事業の失敗などを繰り返して路頭に迷った後に、晩年になって自らの人生を書籍化・ドラマ化して大ヒットを記録するなど波乱万丈な人生が話題になりました。

    村西とおるは現在どうしている?

    波乱万丈の人生を送った村西とおるさんですが、そんな村西さんが現在はどういう活動をしているのかを調べてみました。

    イベントなどに出演

    村西徹さんは、70代を迎えた現在も、各地で公演活動を行うほか、イベントやテレビのバラエティ番組などにもよく出演しています。

     

    上画像は、『絶対に笑ってはいけない大貧民GoToラスベガス24時』(2020年12月・日本テレビ系)に出演時の村西さん。

    執筆活動にも注力

     

    村西とおるさんは、執筆活動にも力を入れているようです。著書に『人生、死んでしまいたいときには下を見ろ、俺がいる。ー村西とおる魂の言葉』(祥伝社新書)『村西とおるの全裸人生相談 人間だもの』(飛鳥新社)『「全裸監督」の修羅場学』(徳間書店)などがあります。

     

    雑誌連載も多数で、『村西とおる 不道徳すぎる講座』(2019年・日刊ゲンダイ)『全裸で出直せ!』(2019年・アサヒ芸能)『全裸監督と呼ばれた男』(2019」年・デイリースポーツ)などがあります。

    ドラマ『全裸監督』の配信

    村西さんに近い存在だった本橋信宏さんによるノンフィクション『全裸監督 村西とおる伝』を原作に、山田孝之さんが村西役で主演したドラマ『全裸監督』が、2019年と2021年にNetflixで制作・配信されました。

     

    共演は、満島真之介さん、石橋凌さん、玉山鉄二さん、板尾創路さん、森田望智さん他。

    村西とおるは若い頃からどんな経歴?

    波乱に富んだ人生を送った村西さんですが、そんな村西さんの現在に至るまでの経歴を調べてみました。

    百科事典のセールスマン

    村西とおるさんは、福島県立勿来工業高等学校を卒業後、1967年に上京し、池袋のバーでボーイとして働き始めました。そしていくつかのバーを転々とした後英語の百科事典の販売会社「グロリア」のセールスマンになりました。

     

    全30巻の高額な百科事典(現在の貨幣価格で100万円近く)で、すべて英語で書かれた英英辞典でしたが、村西さんは毎月20~100セットを売り上げ、伝説的なセールスマンとなりました。

     

    このときの貯えをもとに村西さんは、19720年に北海道・札幌で英会話教室を始めました。講師は米軍の脱走兵を安く雇用したそうです。また、北海道の自衛隊駐屯地近辺にテレビゲーム機を置いた喫茶店チェーンを展開し、こちらも大きな成功を収めたそうです。

    北大神田書店グループを立ち上げる

    村西とおるさんは、1980年に、当時「ビニ本」と呼ばれていたポルノ雑誌の小売店チェーン「北大神田書店」グループを立ち上げました。最初は、北海道全域に48店舗で開業し、のちに全国展開しました。

     

    グループ名の由来は、北海道大学と東京の古書店街・神田という権威ある2つの名前をくっ付けたものだったそうです。

    猥褻図画販売容疑で逮捕

    村西とおるさんは、「ビニ本」と並行して写真の修整モザイクをなくした違法なポルノ雑誌、いわゆる「裏本」の制作と販売をはじめ、北大神田書店の全国流通ネットワークで売りさばきました。原価200円の裏本が1万円で飛ぶように売れ、年商が20億円に達したらしいです。

     

    当然、県警から猥褻図画販売容疑で指名手配されてしまい、村西さんは1984年3月に逮捕されました。後に、懲役1年5ヶ月、執行猶予4年の有罪判決が確定しました。そして、北大神田書店グループは解体され、全財産を失いました。

    クリスタル映像

    村西とおるさんは、1984年秋に保釈されましたが、この頃、個人用のビデオデッキが急速に普及し始め、アダルトビデオが人気を集めるようになっていました。

     

    そこで、村西さんは知り合いのクリスタル映像に所属し、AV監督へ転身することに決めました。そして、逮捕・保釈まで彼を支えてきた「ビニ本」制作プロダクション社長の名前「西村」をもじって「村西」、この名前が世の中に通るようにと「とおる」という名前を付け、以降「村西とおる」と名乗るようになりました。

    村西とおるさんは、監督を務める作品に自らカメラを担いで男優として出演スタイルが注目されました。また「疑似本番」が当然だった当時の日本のポルノ制作現場で、男優と女優が実際に性交する場面を正面から撮影するという手法がたびたび物議をかもしました。

     

    1986年にハワイで空中セックスシーンの撮影ロケ中に、FBI特別捜査チームからアメリカの旅券法違反容疑で逮捕されたことがありました。村西さんは、ハワイの留置所に半年以上にわたって拘留された後、釈放されましたが、弁護・司法取引費用は1億円以上にのぼったらしいです。

     

    1988年には、17歳の少女をAVに出演させたとして、児童福祉法違反容疑で逮捕され、罰金30万円の有罪判決を受けました。

    ダイヤモンド映像

    村西とおるさんは、1988年9月にダイヤモンド映像を設立しました。村西さんは事実上のオーナーでしたが、代表取締役にはついていません。ダイヤモンド映像は、桜樹ルイ他10名以上の専属女優を抱え、目黒区青葉台・代々木上原に構えた本社で、スタッフと女優が共同生活を送りました。

     

    この頃のダイヤモンド映像の年商は100億円超ともいわれています。

     

     

    村西さんは、1989年第15回参議院通常選挙の出馬を宣言し、全日本ナイス党を結成しましたが、政党結党式の翌日に16歳の少女をAVに出演させたとして児童福祉法違反で逮捕され、懲役1年執行猶予5年の判決を受けました。

     

    村西さんは、AVだけでなく日本ビデオ映画を設立し、かとうれいこさんや本田美奈子さんら一般のタレントを起用して1990年から1992年にかけてビデオ映画の製作に進出しました。

     

    でもビデオ映画は失敗し、同時に過剰な不動産投資などもあり、ダイヤモンド映像は1992年に50億円の負債を抱え倒産してしまいました。

    ビデオ安売王解散

    村西とおるさんは、1994年4月からCSテレビで1日に8時間アダルトビデオを観れるダイヤモンドチャンネルの本放送を始めたり(1996年夏に放送中止)、KBS京都でテレビ番組「アイドルお嬢様」を放映したりしました。

     

    また、1994年12月から、ビデオ安売王(日本ビデオ販売)と契約してセル専用のアダルトビデオを製作しました。日本ビデオ販売が倒産後、日本映画新でビデオ制作を再開しましたが、作品の多くはダイヤモンド映像時代の二次使用が主体で、まもなく解散となりました。

    村西とおるが出演した映画作品がある?

    村西とおるさんには、劇映画やドキュメンタリーなどいくつかの映画出演作があります。それがどんな作品だったのかを調べてみました。

    三大怪獣グルメ

    イカ、タコ、カニの巨大怪獣が東京に現れる2020年の特撮怪獣コメディ『三大怪獣グルメ』。村西さんは、料理人・山下役でちょこっと出演しています。

    Ⅿ/村西とおる狂熱の日々

    村西とおるさんの本質に迫ろうとしたドキュメンタリーが『M/村西とおる狂熱の日々』(2019年)。50億円の負債から再起を図ろうと、長編AVとヘアヌードビデオ制作を同時敢行する様子と現在のコメントで構成されています。

    『その男、エロにつき アデュ~!久保新二伝』

    数多くのピンク映画に出演してきた名物俳優・久保新二さんの半生を描いたオリジナルビデオが『その男、エロにつき アデュ~!久保新二伝』(2011年)。村西とおるさんは、インタビュアー役で出演しています。

    結婚や子供はどうなっているの?

    村西とおるさんの現在の奥さんは誰か?また子供は何人いるのかなど、村西さんの私生活について色々と調べてみました。

    AV監督になる前に離婚していた

    村西とおるさんは、AV監督になる前に一般女性と結婚していました。あるとき村西さんが出張から自宅に帰ったときに自宅で妻の不倫現場に遭遇し、それがもとで離婚に至ったそうです。

    妻は乃木真梨子

    村西とおるさんは、1994年にダイヤモンド映像に所属していた元人気女優の乃木真梨子さんと結婚しました。乃木さんは、1970年5月4日生まれで秋田県出身です。

    前妻との間に2人の子供

    村西とおるさんと前妻との間には2人の子供がいるそうです。でも、名前や性別、年齢や交流があるのかなど詳細は全く不明です。

    乃木真梨子との子は慶應幼稚舎に入学

    村西とおるさんと乃木真梨子さんの間には息子が1人おり、2001年に名門・慶應幼稚舎に入学したそうです。息子さんは現在は20代半ばですが、何をしているかなどは不明です。

    村西とおるは黒木香と関係があった?

    黒木香さんは、村西とおるさんの作品でAVデビューし、一躍その名が知られるようになりました。そんな黒木さんと村西さんの関係がどういうものであったかを調べてみました。

    黒木香について

    • 本名(ふりがな):非公開
    • 生年月日:1965年1月21日
    • 現在年齢:57歳
    • 出身地:鹿児島県鹿屋市
    • 血液型:A型

     

    黒木さんは、1986年、横浜国立大学座学中にイタリア留学の費用を工面するため自らアダルトビデ度に出演。村西とおるさんの『SMぽいの好き』(クリスタル映像)でデビューしました。その後、テレビ番組に出演するなど活動の場が広がり、男性だけでなく女性層からも支持されました。

    村西とおるの愛人だった

    黒木香さんは、村西とおるさんとは愛人関係にあったといわれています。村西さんは、黒木さんをダイヤモンド映像の系列会社・ビッグマンの取締役に据えました。

     

    また、東京渋谷に高級焼肉店「香貴苑をオープンし、黒木さんをママとして切り盛りさせました。

    ギャラの未払いで破局?

    ダイヤモンド映像が倒産し、その後CS放送を利用した事業も上手くいかず、黒木香さんと西村さんの関係はギクシャクし始めたらしいです。そして、黒木さんへのギャラの未払いをきっかけにして愛人関係は破局を迎えたといわれています。

    老い知らずで生涯現役(?)を貫く村西とおる

    70歳半ばになった現在も、パワフルに活動を続けている村西とおるさん。これからも老いに負けず元気いっぱい、おもしろい活動を続けていってほしいものですね。

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