嫁大好きで嫁大事にしてる芸人土田晃之!土田晃之の嫁愛!家族愛!
2016/08/15
fusafusatakako
宮川大輔
お笑い芸人が自分の恋人や嫁、夫について語るときはたいていが苦労話になる。宮川大輔も苦労した時期を嫁と一緒に乗り越えてきたと話すが、嫁とのエピソードを紹介する前に宮川大輔自身を紹介しなければならないだろう。
1972年生まれの宮川大輔は今年で43歳になる。高校3年生のとき、父親の知人の紹介でNSC大阪校に入学した。NSCとは、吉本興業直属のタレント養成所である。当初は役者志望だったという宮川大輔は「役者養成のコースもある」と聞いていたために入学したが、入学した同期が全員お笑い芸人志望だったため、自らもお笑いの道に入ることを決めたらしい。
1991年3月から、同期だった星田英利という芸人とコンビを組み「チュッパチャップス」を結成。しかし、皆さんご存知のお菓子の名前とかぶったためにメーカーからクレームが入ったために「チュパチャップス」に変更された。これもギリギリだろ、とツッコミたくなるが・・・。
このチュパチャップス時代に嫁と結婚することになる。宮川大輔が25歳のときだった。当初結婚式を挙げることが金銭的に無理だったため、結婚から13年後に結婚式をあげた。
「人志松本のすべらない話」には初回の2004年からずっと出演している。擬音や動作を交えた得意の話術でお茶の間の笑いを誘い、これがきっかけでバラエティ番組への出演が増えるようになったという。
だが宮川大輔が現在のように売れっ子になるまでには苦労も苦悩も多かったという。そのため、嫁にはとても感謝しているそうだ。ではおまちかね、その嫁について紹介していこう。
宮川大輔と嫁のマーコ(画像左)
宮川大輔の嫁は一般女性で、本名は明らかになっていないものの宮川大輔や芸人仲間たちは「マーコ」という愛称で呼んでいる。この記事では嫁、と表記することにする。
嫁の勤務先の店によく訪れていたという宮川大輔。
ある時、東京から大阪に帰る新幹線の中でたまたま会って、「大阪着いたら、買い物付き合ってくれへん?」って誘ったんです。
その日から、なんとなくよく一緒にいるようになったのがきっかけですね
これは宮川大輔本人の話。友人関係だった嫁と宮川大輔は偶然に新幹線でばったり。買物に誘ったことでなんとなく距離が近づいたという。
嫁は一度もテレビに出たことがないので、その素性や年齢などは一切分からない。宮川大輔も嫁のことは恥ずかしくてあまり話さないという。そんな宮川大輔が語った、嫁との結婚エピソードを紹介する。
嫁と結婚した当初はテレビに出ていなかったからあまり話す機会がなかったという宮川大輔。嫁とのエピソードを話している貴重な(?)コラムを見つけたので抜粋して紹介する。
現在の自分があるのは嫁のおかげと話す宮川大輔。
「この子といる自分はこんな楽しそうにしてるんやなぁ。この子がずっと隣にいてくれたらええなぁ」って。そこからですね。『結婚』ということを意識しだしたのは。
嫁と二人である日旅行に出かけ、帰ってきて旅行中のビデオを見たときのこと。楽しそうに写っている自分をみて、この娘と一緒に居られたらいいと思ったという宮川大輔。
「部屋代を折半して同棲するなんて、お前男としてそれでいいのか?お前が今6万のところにしか住めへんのやったら、6万のところから始めろ。それで嫁さんの面倒もちゃんと見る。それが東京に行くっちゅうことちゃうんか!」
25歳という若さで結婚を選んだ理由について。
当初は東京で嫁と二人で家賃を折半し、同棲しようとしていたらしい。だがそれを宮川大輔の父親が猛反対。人としてケジメをつけるため、嫁との結婚を決めたという男らしいエピソードがあった。
お金はなかったが嫁への愛で結婚を決めた宮川大輔。男らしいが、生活は苦しかったようだ。
嫁へのプロポーズは特別なことはなにもしていないという。
当時はテレビにも出てないし、お金もないですし、嫁は怖かったと思いますよ。
嫁が働いて、僕はバイトして…それも長く続かなくて。不安はいっぱいあったと思いますけどね。
嫁も働いて家計を助ける日々が長く続いたという。苦労をかけたという点で、宮川大輔は「よく結婚してくれた」と話す。
出費を減らす為に毎日お弁当を作ってくれましたし、嫁が働いてくれていたので生活ができていたんです。
だから、これがあったからというよりも、そばにいてくれたことが支えですね。
嫁との結婚に続き、自分を支えてくれた嫁とのエピソードを語る宮川大輔。嫁が自分のためにいろいろと努力や心配りをしてくれたことを深く感謝しているという。
僕、「すべらない話」からテレビにだいぶ出させてもらえるようになりましたが、「すべらない話」の収録に行く前って、「一発かましてやろう!」「何かやってやろう!」という気持ちになるんですよ。ギラギラ、ソワソワしてしまうというかね。
ものすごく緊張するし、寝れないし、ずーっと家の中で練習してるんです。
「人志松本のすべらない話」がバラエティ出演のきっかけだったことは前述のとおり。だがそのロケ前は緊張で夜も眠れなかったという。
嫁も「緊張してるんだろうな」って感じたみたいで、「行ってくるわ」って玄関を出ようとしたら、嫁が後ろから「フレー!フレー!大ちゃん!」ってパンツ一枚、上半身裸でエール送ってくれたんですよ。
それ見たら緊張がほぐれて、「よっしゃ!やったろう!」って収録に向かえたりするんです
嫁なりのエールに励まされて収録に臨むという宮川大輔。このような話はいくつもあるらしい。
嫁からの手紙は励ましになるのではないだろうか。応援してくれる人がいるだけできっと頑張れるに違いない。
本当にそれだけ迷惑かけたからなんですよ。
結婚してからかけた迷惑や苦労を考えたら、そのくらいのことはして当たり前というか、全然足りないくらいだと思いますよ(笑)
いろいろと迷惑をかけた嫁に、番組でもらった賞金全てを使ってネックレスを贈ったことがあるという宮川大輔。ここに紹介したエピソードだけでも、その夫婦仲が良好なことは言うまでもない。
インタビューに答える宮川大輔。どこか恥ずかしげではあるが、嫁への感謝と愛情が伝わってくる。
宮川大輔と嫁に長男が誕生 ※画像の子供は宮川大輔の息子ではない
2010年12月、宮川大輔の長男が誕生した。結婚から実に13年目のことであった。
これからは父親としてもますます芸能活動に熱が入るだろう宮川大輔。その影には常に家族の支えがあることだろう。今後も宮川大輔の活躍と家族円満を願う。
この記事に関する記事
キーワードから記事を探す
Copyright© 運営事務局