【心に響く名言】笑いと感動を贈る「銀魂」の名言をまとめてみた
2015/10/09
take nomoto
本名 栗原 清志(くりはら きよし)
別名 肝沢幅一、ボス
生年月日
1951年4月2日 ー 2009年5月2日(満58歳没)
ジャンル
ロック、R&B、ロックンロール ブルース・ロック、フォーク・ロック、パンク・ロック
職業 シンガーソングライター、音楽プロデューサー、俳優
担当楽器 ギター、ウクレレ、ほら貝
忌野清志郎さんと言えば、愛と平和を歌い続けた偉大なミュージシャンの一人です。
忌野清志郎さんの真っ直ぐなその姿勢を、世間ではどう受け止めたのでしょうか。
歌詞の切れ味が最高。
今の日本のロックシーンには、こういう存在のバンドがいないのが残念。
戦後最低の狂った政権が牛耳る今の時勢だからこそ、こういうパンク精神は必要。
今、この日本の情勢で忌野清志郎さんのcoversを聴くと、本当に素晴らしい!清志郎さんが、今生きていてくれてたら、どんな曲を歌ってくれたのか…残念でならない…
2006年咽頭癌を発症し、音楽活動を休止。
癌を摘出すると声が出なくなることを危惧し、放射線や抗癌剤治療で治療する道を選んだそうです。
2007年には音楽活動を徐々に再開し、2008年には本格的に活動していたといいます。
亡くなる直前まで愛と平和を歌い続けた忌野清志郎さん。
歌が人生だったのでしょうね…。
そんな命そのものを歌う忌野清志郎さんの歌や姿が、見たり聴いたりする人に届いていたということですね。
まずは音楽についての名言から紹介します!
「ロック・ミュージシャンになりたい」なんて言ったら、親も教師も友達も、みんながみんな 100% 反対してくれたもんだった。もうそれだけで社会の落伍者みたいなもんだから。でも、それはとても幸福なことだったと、今は思える。
本当に口うるさいロックン・ロールや、口の匂いまでするようなリズム&ブルース。
そんな音楽は21世紀には無くなってしまうのだろうか。
ロボットやサイボーグが聴くような計算された音楽だけが市場にあふれている。
政治的な名言も数多くある忌野清志郎さん。
忌野清志郎さんから見て、日本はどんな国だったのでしょうか?
起きろよBaby 今日はいい天気だ Hoo
選挙に行って投票しようぜ
起きろよBaby 誰か違う奴に Hoo
君の一票を託してみないか
とんでもないのを選んでみないか
何もしないより退屈しないぜ
誰かいい奴を選んでみようぜ
誰か違う奴 選んでみようぜ
いろいろなジャンルの名言を集めました!
周囲からの反対やら妨害やら軋轢やらがあるからこそ、自分が本当は何をやりたいのか、何になりたいのか輪郭がはっきりしてきて、「よし、オレの気持ちはホンモノだ」っていう確信が固まっていく……そういうものなんじゃないのか?
亡くなる前は周りの知人やファンに心配をかけまいと、ポジティブな言葉を投げかけてくれた忌野清志郎さん。
そんな名言をご紹介します。
俺は病気から逃げ出してやる。
現代医学の治療法から、医学の常識からトンズラしてやる。
冗談じゃねえ、俺を誰だと思ってやがるんだ。
俺を捕まえられる奴なんか何処にもいない。
いかがでしたか?
愛と平和を歌い、レコード会社や社会や病気と戦い続けた忌野清志郎さん。
そんな忌野清志郎の名言は心と愛の籠った素敵な言葉でしたね。
これからも忌野清志郎さんが生みだした音楽と共に永久に不滅な名言でした!
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