【羽生結弦】を育てた両親とは?羽生家の家訓「嫌なら辞めればいい」

大人気フィギュアスケーターの「羽生結弦」。彼の華麗な演技や、すらっとした細身なスタイル・そしてまだあどけなさも残る魅力的なお顔立ち・・・メロメロなファンも多いですよね!そんな彼を育てた両親とは、どのような方々なのでしょうか?

スケート界のプリンスを生んだ羽生家

人生をスケートに掛けた男、羽生結弦の生みの親はどんな人?

スケート界の絶対的プリンスといえば、羽生結弦。羽生結弦はスケートに人生全てをかけてきたことでも有名ですよね!

そんなスター選手の羽生結弦を育て上げた両親は、一体どんな方なのでしょうか?

さらに、世界一にまで登りつめた羽生結弦を時に厳しく、時に優しく接してきた両親から羽生家に伝わる家訓についてもご紹介します!

両親に時に厳しく、温かく育てられた羽生結弦

スケート界のプリンス、羽生結弦のプロフィール

誕生日:1994年12月7日
星座:いて座
出身地:宮城
血液型:B型
身長:170cm
体重:54kg
趣味:音楽鑑賞

フィギュア界にはきってもきれない存在の羽生結弦

羽生結弦は、2014年ソチオリンピック・2018年平昌オリンピック2大会連続優勝を果たし、男子シングル種目では66年ぶりの2連覇となる快挙を達成

そのほかには、2014年世界選手権・2017年世界選手権2回優勝、グランプリファイナル4連覇、全日本選手権4連覇の結果を残すなど、羽生結弦はフィギュアスケート界の絶対的プリンスです

説明することも不要なほどの羽生結弦のフィギュアスケーターとしての軌跡。
今後どのように彼が進化していくのか注目され続けるでしょう。

そもそも羽生結弦がスケートを始めたきっかけとは?

小さい頃から持病があった羽生結弦

羽生結弦は2歳の頃から喘息の持病を持っていました。その喘息を克服するためにスケートを始めたそうです。

羽生結弦の母親が、フィギュアスケートなら室内スポーツだから、ホコリなどを吸い込むことが少なくてすむので、喘息もちの羽生結弦でも大丈夫ではないかと思い、すすめたそうです!

羽生結弦は2歳の頃から喘息の持病を持っていました。その喘息を克服するためにスケートを始めたそうです。

羽生結弦の母親が、フィギュアスケートなら室内スポーツだから、ホコリなどを吸い込むことが少なくてすむので、喘息もちの羽生結弦でも大丈夫ではないかと思い、すすめたのだとか。
もう一つの理由は、羽生結弦の4つ年上のお姉さんがスケートを始めた際、よくお姉さんについて行くのが好きだったそうで、お姉さんがスケートを滑る姿を見て「自分もやりたい!」と思ったらしく、羽生結弦が4歳の時にスケートを開始しました。

もし、喘息持ちでなかったらスケートをしていなかったかもしれません。健康なことが一番ですが、持病があったことでスケートの道が開けたのだと思います!
今は羽生結弦といえばスケートというイメージが強いですが、父親が野球好きなことから影響され、羽生結弦も野球が大好きだそうです。

フィギュアスケートでつまづいたとき、野球の道に進もうか悩んだこともあったそう。そんな時、羽生結弦の父親は「スケートが嫌なら辞めてもいいんだぞ」と問いかけたそうです!

結局考え抜いた末に羽生結弦はスケートを続けることにしました。

羽生結弦の両親とは①控え目で謙虚な両親

羽生結弦は両親ともに謙虚な性格

グランプリファイナル終了後の記者会見で、羽生結弦に「わが子を羽生選手のように育てたいというお母さんが多いのですが、どうしたら羽生選手のように育つと思いますか」という質問が飛びました。

「僕は『僕』です。人間は一人として同じ人はいない、十人十色です。僕にも悪いところはたくさんあります。でも悪いところだけじゃなくて、いいところを見つめていただければ、(子供は)喜んでもっと成長できるんじゃないかと思います」と答えた羽生結弦。
羽生結弦の逆境に立ち向かう強い精神力・誰に対しても礼儀正しい振る舞いなど、羽生結弦を見た時、世の母親たちが「子供にあんなふうに育ってほしい」と思う気持ちはよくわかりますよね。

ただ、そこでハタと気づくことがあります。

フィギュア界のスーパースター羽生結弦を育て上げた両親とは一体どんな人物なのでしょうか・・・
表には決して出ない両親について、調べてみました。

羽生結弦を育て上げた両親について知りたい!

「結弦の両親が表に出ないのは、頑張っているのは本人であって、親は関係ないという考えからなんです。
五輪で金メダルを獲得しても『私たちがしゃしゃり出て話すことはない』と言っていましたね。控え目で多くを語らない、お二人とも、まさに東北人の気質を持った両親です」

出典:http://gendai.ismedia.jp

羽生家の友人のコメント

息子・羽生結弦が謙虚なら、親もまた謙虚。
一体、羽生家ではどんな教育が行われ、天才・羽生結弦が育まれたのでしょうか。

羽生結弦の育った街

羽生結弦は宮城県仙台市泉区で育ちました。豪邸などに住まれているイメージがあるかもしれませんが、県営のお家に住まれているそうです!

羽生結弦の父親は教師

羽生結弦の父親の名前は羽生秀利で、公立の中学校教師で教頭先生をされているのだそう。数学を担当しているそうで、若き日は「鬼」よ呼ばれるほど厳しかったようです!

秀利さんの教育方法は自主性を重視するというものだそうで、子供のやりたいことは全力でサポートする方針なんだとか。

だから、羽生結弦のスケートに関しても全力で応援してくれたのでしょう。

羽生結弦の母親はパート勤務

羽生結弦の母親の名前は羽生由美で、羽生結弦が有名になる前はデパートやクリーニング店でパートをしていたそうです!

フィギュアスケートを習わせている親はかなりお金がかかるので、物凄くお金持ちな印象がありますが、パートをしているというのは意外ですよね。

また、お母様が羽生結弦の髪を切ったり、衣装を手作りしたり、他にも栄養バランスを考えた料理を作ったりと、全面的に羽生結弦選手をサポートしているようです!

さらにお母様は、マスコミには非常に厳しいことで有名だそう。インタビューでも羽生選手の横で常に監視していて、記者の質問に対しても、スケート以外の家族の話題などはシャットアウトしているのだとか。

両親だけじゃない!姉も羽生結弦を全力サポート

羽生結弦は優しい両親に恵まれていますが、両親だけでなくお姉さんも全力でサポートしてくれているそうです。お姉さんのお名前は羽生「さや」さんで、元々さやさんがスケートを習っていたため羽生結弦もスケートを習い始めたのだそう。

さやさんは10年間スケートを続けていて選手としてかなりのレベルでしたが、大変お金のかかるスポーツなので羽生結弦とさやさん二人を両立させるのは両親に負担がかなりかかるということで、さやさんは羽生結弦のために引退を決意しました。

もし、さやさんが引退を決意していなかったら、羽生結弦がスケートを続けていられたかはわかりません。現在の羽生結弦が存在しているのは家族のサポートがあったからかもしれませんね!

羽生結弦の人間性は両親をはじめ、周囲の方の教育の賜物だと思われるが、そうではないとの声も。

いいえ、あの子の両親は当たり前のことをしてきただけです。特別なことは何もしていません。

出典:http://gendai.ismedia.jp

有名になってもご両親をはじめ、皆さん、表に出てきません。それが羽生家の方針なのか・・・
それにも、羽生結弦を知る人は、「頑張っているのはゆづ本人ですから。」と。

羽生結弦の両親とは②「嫌なら辞めればいい」

幼少期から羽生を指導し、現在は神奈川スケートリンクの専属インストラクターを務める都築章一郎氏は、

羽生結弦の恩師・都築章一郎氏

「元々は喘息を治すことが目的だったようですが、結弦は体幹がしっかりした子で、『才能の片鱗』が見えました。何度転んでも起き上がってきて、当時から芯の強さや、負けず嫌いなところはありましたね。『お姉ちゃんができるなら僕にだってできる』と言って、果敢にジャンプやスピンに挑戦していました。その頃からうまくいけば世界に通用する選手になると思っていました」

出典:http://gendai.ismedia.jp

と当時の羽生結弦について語っています。

羽生結弦の父親は野球が好きで、野球部の顧問も務めていました。
だから、本当は羽生結弦に野球をやらせたかったのだとか

小学校3~4年生の頃、スケートの練習が少し嫌になっていた羽生結弦に、父はこう言ったそうです。

『野球のほうがおカネもかからないし、スケートが嫌なら辞めてもいいんだぞ』と」

喘息の症状が改善に向かっていたこともあったのだろう、父の提案は羽生を悩ませたそうです。
そして、悩んだ末に羽生結弦が自分の意志で出した答えが「スケートを続ける」だったのです。

羽生結弦の両親とは③「スケートだけの人間になるな」

徐々にスケートの才能を開花させた羽生結弦

そうして続けたスケートで、羽生結弦はますます才能を開花させていきました。
小学4年生の時にノービス(ジュニアの下のクラス)の全国大会で初優勝。
中学1年では、ノービス選手にもかかわらず、全日本ジュニア選手権で3位に輝いた。

羽生が中学、高校と進学するにつれ、両親は「自主性」を重んじる一方で、スケートだけの人間にならないよう、口を酸っぱくして言い聞かせてきたという。

羽生結弦が通っていた東北高校の五十嵐一彌校長が語ったこととは、

羽生君は勉強もスケートもきちんと両立していました。やはり親御さんの教えがあったからだと思います。
お父さんは
『フィギュアだけでなく、勉強もしなければダメだ』
と羽生君に常日頃言っていたようで、遠征先にも教科書や参考書を持ち込んで勉強していました。
中学のころから成績もよくて、特に理数系が得意でした。お父さんが数学の先生という影響があるのかもしれませんね」

ブライアン・オーサーコーチと羽生結弦

バンクーバー五輪金メダリストのキム・ヨナの指導者だったブライアン・オーサーに師事するために、地元仙台を離れた羽生結弦と家族。母と二人で移住をしたのは、カナダのトロント。
父と姉を地元仙台に残し、異国の地で、母と羽生結弦の二人の生活が始まりました。
友人は、

「最初は言葉の壁や生活環境に馴染めず、苦労したみたいです
カナダは肉料理が多いのですが、結弦は食が細いので、外食で胃がもたれることもあった。
そこで、お母さんは家で消化の良い鍋を食べさせるなど、結弦の健康管理には相当気を遣ったみたいです」

出典:http://gendai.ismedia.jp

母と羽生結弦の2人暮らし。
母は、息子の健康管理に気を配り、ここまで羽生結弦をサポートしてきたのですね。。。
温かい愛のあるご両親に育った羽生結弦が、少し垣間見れるエピソードでしたね。

【まとめ】羽生結弦を育てた両親・熱くも厳しく、温かいお人柄だった!

厳しくも温かい両親に育てられた羽生結弦

羽生結弦の母:由美さん

いかがでしたでしょうか?
今回は、羽生結弦のご両親にスポットをあてて、友人や、羽生家をよく知る人物からのエピソードも交えてみました。

すごく厳しすぎるご両親という印象はありませんでしたが、息子・羽生結弦に対し、的確で、スジの通ったアドバイスをしたということがとても、魅力的でした。

これからも、ますます進化し続ける羽生結弦を温かく応援していきましょう^^

いかがでしたでしょうか?
今回は、羽生結弦のご両親にスポットをあてて、友人や、羽生家をよく知る人物からのエピソードも交えてみました。

すごく厳しすぎるご両親という印象はありませんでしたが、息子・羽生結弦に対し、的確で、スジの通ったアドバイスをしたということがとても、魅力的でした。

これからも、ますます進化し続ける羽生結弦を温かく応援していきましょう♪

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