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「子供のために生きる」生稲晃子さん。がん告知から現在までの全記録

突然の乳がん闘病生活を公表した生稲晃子さん。現在までに2回の乳がん再発と5回の手術を受けています。闘病生活を知っていたのは家族と事務所社長、マーネージャのみ。どのようにして闘病生活をしながらレギュラーを続けてきたのか、現在の生稲晃子さんの様子が全てわかります。

生稲晃子さんプロフィール

名前   生稲晃子(いくいなあきこ)
本名   佐山晃子
生年月日 1968年4月28日生まれ
血液型  B型
1986年、女性アイドルグループ、おニャン子クラブ会員番号40番としてデビュー。

生稲晃子さん現在の活動

現在は、歌手・女優として活躍。現在もおニャン子ファンを魅了いていますね。
また、1児の母として子育てをする傍ら、夫婦で鉄板焼き店を営んでいます。

生稲晃子さん突然の発表

2015年11月、生稲晃子さんは突然、乳がんであることを公表。
すでに摘出手術は終わっており、右乳房の再建術も終了していることを報告しています。
現在は闘病生活をTVなどで伝えています。

生稲晃子さんの突然の乳がん発表に驚いた人は多いと思います。
先立って、タレントの北斗晶さんが、乳がんであることを発表。
現在、闘病生活に入っていますが、そのニュースあったばかりのことでした。

それも、生稲晃子さんの場合は乳がん告知と1回目の手術から現在まで、既に約5年も経過しています。
その間、全く世間に知らせず普通にレギュラー番組をこなしていました。

生稲晃子さんは乳がんを公表してから、現在までの様子をTVなどで話しています。その闘病生活を知るにつれて、どのような気持ちで過ごしていたのかがわかってきました。
生稲晃子さんの乳がん告知から現在までをTVインタビューをもとにお伝えします。

「命があれば・・・」乳がん告知

「自分のことよりも子供のこと」
「右胸がなくても命があれば」
インタビューの冒頭でそう答える生稲晃子さんは、いつものTVで見る生稲晃子さんではなく、完全に母としての佐山晃子さんになっていました。

デビューから乳がん告知・1回目の手術

生稲晃子さんの1回目手術までの経過です。
1986年   18歳 おニャン子クラブで芸能界デビュー
2003年   35歳 結婚
2006年   37歳 長女出産
2011年   42歳 人間ドッグで右乳房に異変
2011年4月 43歳 誕生日に乳がん告知
2011年5月 43歳 1回目乳がん手術

生稲晃子さんの正式な病名は「浸潤性乳頭腺管がん」です。
乳管にできたがんが少しずつ広がるタイプのがん。
大きさは8×6×4mmのごく小さいもので、5年生存率が90%のステージⅠです。

現在、生稲晃子さんは当時のことをこう話しています。
「とったら治るのかな、終わるのかなと思っていました」と。
その後「まだ、なにもわかっていなかったんですね・・・」
と振り返っています。

現在、生稲晃子さんは当時のことをこう話しています。
「義父が悪性リンパ腫で他界したばかりで、私までがんになってしまって。主人に申し訳ない」と。

1回目の手術を決断。その決断を後押しさせてくれたのは娘だそうです。
現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「ママ、入院は嫌」と泣いていた娘が入院当日「ママ、愛してる。頑張ってね」と。
生稲晃子さんは当時を振り返ります。

娘の言葉に対して現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「辛くなっても、この子がそばにいてくれたら、頑張る勇気をもらえるんじやないかな」と。

そして転移もなく1回目の手術が成功しました。
「1日1日大切に生きていこう」と。

2度の乳がん再発・・・

4回までの手術の経過

生稲晃子さんの手術の経過です。
2011年5月 43歳 1回目乳がん手術
2012年9月 44歳 乳がん再発 2回目手術
2013年11月 45歳 乳がん再発 3回目手術
2013年12月 45歳 右乳房全摘出術 4回目手術

生稲晃子さんは2012年9月、2度目の手術をします。
その後も再発し、2013年11月には3度目の手術をします。
現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
医師の「これが最後の手術とは思わないでください。次に再発したら非常に危険」という言葉で右胸の全摘出を決断したと当時を振り返ります。

現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「自分がいなくなると娘がかわいそう」と命を守るために摘出を選択したと。
そして、2013年12月27日、右乳房全摘出。

以前より、娘から「銭湯に行きたい」と言われていたようです。
そして、全摘出の3日前12月24日に娘と銭湯に行っています。
現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「もう銭湯には行くことがないかなと・・・とても楽しい時間でした」

手術日、前日からの様子を現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「前日からずっと右胸を触っていました。手術室に入って麻酔をかけるまで、ずっと右胸に手をあてていました」と。

そして現在、生稲晃子さんはその時のことを次のように話しています。
「45年、一緒に生活してきた体の一部と別れる。生きるために右胸に対して申し訳なくて・・・」

正月を病室で迎えた生稲晃子さんはその時の心境をこのように日記に残しています。
「失った胸はもう戻ってこない。今ある全てて幸せに生きていこう。0時になった瞬間、笑顔になってみた。今も・・・。2014年頑張る」

そして2015年10月に人工乳房を用いた乳房再建術をうけています。
現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「乳がんを公表した時期が2015年11月だったのは、乳房再建術が終了した時期でタイミング的には今かと考えたから」だそうです。

生稲晃子さんは乳がん告知から現在まで、3回の部分切除術、右乳房全摘出術、右乳房再建術と5回もの手術をしてきたことになります。

そして、現在の生稲晃子さん

現在、生稲晃子さんは次のように話しています。
「健康番組のレギュラーをしていたこともあり、元気で居たいという思い。
それから、この経験が命から大切さを知ってもらいたい」
という思いから公表に至ったそうです。

闘病生活しながらのTV収録を現在、生稲晃子さんはこう話しています。
「収録と収録の1週間の間に手術を入れてもらっていました」
「部分麻酔の時は手術の翌日に仕事の時もありました」

そして、現在は生稲晃子さんの公式ブログには、同じ病気の方からの励ましや感謝の言葉が絶えないそうです。これに、生稲晃子さんも感謝を述べています。

現在、生稲晃子さんはというと、2016年4月に闘病生活を綴った本を出版しました。その本で、命の大切さを訴えています。
そして、本の出版イベント・サイン会などでとても忙しく、充実した現在を送っています。

現在、生稲晃子さんの言葉「しあわせ・・・」

生稲晃子さんは次のような言葉を残してインタビューを締めています。
「小さくても膨らみが2つあるのは、しあわせ・・・」
命の大切さ、家族への思いを再確認する機会になればいいな。と思いつつ、生稲晃子さんの現在の様子をお伝えしました。

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