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俳優 伊勢谷友介の母が振り返る、伊勢谷友介のあだ名は"興味の人"!

俳優・監督でありリバースプロジェクト代表を務める伊勢谷友介さん。その伊勢谷友介さんの母親は幼稚園から短大までが一貫教育の学校で教師をしていました。伊勢谷友介さんの子育ては母にとって“実験”のように楽しかったそうです。伊勢谷友介さんと母親について調べてみました。

伊勢谷友介のプロフィール

本名   伊勢谷 友介
生年月日   1976年5月29日(39歳)
出生地   東京都
身長   180 cm
血液型   A型
職業   俳優・映画監督・美術家・実業家
ジャンル   映画・CM
活動期間   1998年-
活動内容   1998年:スクリーンデビュー
事務所   リバースプロジェクト

伊勢谷友介の母親にとって子育ては“実験”のようだった!?

伊勢谷友介さんの母親充子さんは、40歳で伊勢谷友介さんを産みました。
その時、伊勢谷友介さんの父は60歳。
20歳の年の差を超えた出逢い。伊勢谷友介さんの父親は仕立て屋(テーラー)、母親の充子さんは教師でした。
どんな出会いだったのでしょう。
しかしこの結婚は伊勢谷友介さんが3歳の時に壊れます。

私が息子を産んだのは40歳の時です。それまではずっと幼稚園から短大までが一貫教育の学校で教師をしていたので、多くの子どもたちが育っていく過程や親御さんの姿勢を見ていました。だから、私にとって子育ては、今まで見てきたことや学んだことが試せる“実験”のようで、楽しかったですね。

出典:https://conobie.jp

伊勢谷友介は「興味の人」!?

伊勢谷友介さんは父親との記憶が無いそうですが、母親充子さんの愛情にたっぷりと包まれて育ったようです。

とはいえ幼いころの息子は、道を歩いていても、穴があったら必ず覗かないと気がすまないし、池に魚が泳いでいるのが気になったら、そのままじゃぶじゃぶと入ってしまう……とにかく興味が先行してしまう子どもでした。近所のお母さんたちからも「興味の人」と言われるくらいでしたから。

出典:https://conobie.jp

伊勢谷友介さんを母親がつれて歩いているところを、きっと近所のお母さん達もよく見かけていて、「興味の人」とあだ名を付けたんでしょうね。

それくらい伊勢谷友介さんは、何にでも興味を持ち、興味を持ったものが何なのかを確認しないと気がすまない性格をしていたのでしょう。

今でもきっとその性格はきっと変わっていませんよね。

伊勢谷友介が興味を持つことに口を出さなかった母

現在、伊勢谷友介さんが取り組む興味深いプロジェクトの芽はこの母親との生活から芽生えたものでしょう。
9才までに自然と触れ合った子どもは、成長すると自然保護に目を向けることのできる人間になるそうです。

ただ、息子が興味を持つことに対しては、危険なこと・迷惑がかかること以外は、口出しはしなかったですね。干からびたミミズも持ち帰ってきても、気持ち悪いと思いながら一緒に観察したり、ゴキブリホイホイの中のゴキブリを必死で観ている息子に虫眼鏡を差し出したり(笑)

出典:https://conobie.jp

伊勢谷友介さんの母親充子さんはこう語っています。
「教師としていろいろな子どもを見てきたからこそ、息子が何を発見してどんな行動や反応をするのかが面白かったのです。反面、実際に育てるのは大変でした」
それまで頭の中で理論としてあったものを、実際に自分の子どもに実践してみるのですから、40歳の母親充子さんが楽しくて仕方がなかったというのはよく分かります。
教師としての理論が勝ると時として大変なことになりますが、母親充子さんは聡明な方だったのでしょう。

母は伊勢谷友介を地球上のどの場所でも生きて行ける人間にしたかった!?

伊勢谷友介さんの母親充子さんは友介さんが生まれたとき「地球上のどの場所でも生きていける人間にしたい」と思ったそうです。

地球上のどの場所でも生きて行ける人間にしたくてという伊勢谷友介さんの母親の想いが、息子にしっかりと伝わっているからでしょうか。

伊勢谷友介さんの地球規模で物事を考えるところは母親充子さんの願い通りですね。

伊勢谷友介さんの母親は息子が「いろいろな国や人に対して、決めつけや偏見を持ってほしくない。日本で生まれたからといって、その国でしか生きていけない人にはなって欲しくなかった」と語っています。幼い伊勢谷友介さんに母親充子さんは世界各国の面白い話を伝え、同時に世界に通じる英語が話せることの意味を教えたそうです。

伊勢谷友介さんの母親は息子に、「井の中の蛙大海を知らず」になって欲しくなかったのでしょう。

そんな母親の想いをしっかりと受け止めて、伊勢谷友介さんは地球のことを考えるようになったのですね。

小さい頃から、日本人以外の人間と、日本語以外の言葉で触れ合いながら、地球上には日本人以外の人間がいるんだということを、子供ながらに身近に感じながら生きていたのが伊勢谷友介さんなのですね。

伊勢谷友介さんの母親は、そういうことも知って欲しくて、英会話を習わせたのでしょうね。

顎の発育と英語の発音が関係すると知っていたので、英会話教室には、ベビーの時から通わせていたのですが、本人も面白がってやってたみたいです。でも、その他は音楽も美術も習わせていなかったですし、中学や高校生になっても、クラブにさえ入ってなかったですね。

出典:https://conobie.jp

何でも楽しみながらチャレンジすることによって、伊勢谷友介さんは母親から与えられた環境の中で伸び伸びと育つことが出来たんですね。

なんだかとっても楽しそう。

伊勢谷友介の母が特に大切にしたのは教育だった!?

伊勢谷友介さんの母親充子さんが子育ての中で最も大切にしていたのは「教育」だそうです。
「物事を広い視野で考えるには、教育の土台が必要だと思ったから」と充子さんは語っています。幼いころから芸能界へのスカウトがあった伊勢谷友介さんを守り、教育の基盤ができるまではと思って芸能界への誘いを断っていたそうです。

私が子育ての中でも、特に大切にしていたのは教育です。


物事を広い視野で考えるには、教育の土台が必要だと思ったからです。それに、私が子どもたちに残してあげられるのは教育だけだとも思ってましたから。実は、幼いころも芸能界からのスカウトがあったのですが、教育の基盤ができるまでは…と思って断っていました。

出典:https://conobie.jp

伊勢谷友介さんの母親充子さんが行ってきた教育は知識を詰め込むのではなく「考えることのできる子どもに育てること」だったのでしょう。

伊勢谷友介さんの母親が、息子に広い視野も持たせようと与え続けてきた教育が、今の伊勢谷友介さんの地球規模の考え方に反映されているのですね。

けれど息子に、勉強しなさいとか「◯◯しなさい」「◯◯しなければいけないよ」と言ったことは一度もないんです。かといって“褒めて伸ばす”こともしなかったですね。特に絵に関しては、数学のように答えがない分、上手い下手はないと思ってましたし、本人が好きで描いているだけですから。

よく口にしていたのは「どんな風になりたいの?」ということです。将来のことを考えて欲しくて、いつも尋ねていました。

出典:https://conobie.jp

伊勢谷友介さんの母親が教えたのは、自分の道を探求し続けること。自分で考えること。

将来どんなふうになりたいのか?と尋ね続けた伊勢谷友介さんの母親充子さん。
伊勢谷友介さんの答えはここにありそうですね。

様々な切り口から地球環境や地域創成を考えるプロジェクト「リバースプロジェクト」を立ち上げ、代表として活躍している伊勢谷友介さんです。

「子育てを楽しんだ」母親充子さん、「プロジェクトを楽しくやる」伊勢谷友介さん。
伊勢谷友介さんの視野が広く常に目標があって、その目標を目指して進み続けるブレない生き方。
伊勢谷友介さんの母親充子さんの教えは、今の伊勢谷友介さんの中に、しっかりと根付いているのですね。

自分の道を真っ直ぐ進み続ける伊勢谷友介さんの今後の活躍からまだまだ目が離せません。

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